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「とんぼ帰りだね」
操縦席の後ろからマチの声が聞こえ、ハンドルを握る俺は誰にも見えない位置で苦笑を浮かべた。
昨晩遅くにこの国へ高速船へ辿り着き、硬いベッドで数時間眠った後にノストラードファミリーへ赴く。クラピカと話をして少し以上にいざこざがあり、再び空港から高速船で空へと舞い上がったのはまだ日が変わらぬ時間。全くもってマチへ返す言葉がない。
この船に乗っているのは俺とマチ、それからブーディカとネオンだ。ブーディカを喚ぶことには躊躇いがあったのだが、ネオンを乗せている為に同じ女性として選択した。
そのネオンだが、彼女は運転室と区切られていない居住室のソファーベッドで寝息を立てている。寝息とは言ったが、睡眠ではなく気絶だ。
それは数時間前、クラピカがネオンに告げた言葉が原因である。ちなみにその様子はサーヴァントで覗き見ていた。
◇
「失礼する」
「あ、クラピカ」
俺との話が終わり、クラピカはネオンを引き渡す準備をする為に彼女の部屋を訪れていた。準備と言ってもネオンの身の回りの物を纏めて、彼女自身と併せて俺に引き継ぐだけだが。
とはいえ、ネオンは物ではない。最低限の説明は必要だろうと彼自身がネオンの部屋に行ったのだ。その部屋にはエグエグと泣くネオンと、フルートの演奏でなんとか彼女を慰めているセンリツの姿があった。彼女たちを見て、クラピカは冷めた瞳でネオンに話しかける。
「落ち着きましたか?」
「…………」
ぐしぐしと泣きながら、ネオンはキッとクラピカを睨みつける。ノストラードファミリーもこの屋敷も、実質的にクラピカが牛耳っていることを理解できていないからこその幼い抵抗だ。尤も、それを理解できていないのは皮肉にも前のボスであるノストラード親娘だけなのだが。
ネオンに気を遣う必要もないクラピカは淡々と事務的に口を開く。
「お嬢さま。貴女の処遇ですが、このままこの屋敷に居ていただくことは難しいと判断しました」
「……待ってよ。どういうこと?」
まるでこの屋敷から追い出されるようではないだろうか。その恐怖心から、ネオンは涙を引っ込めて問い返す。
クラピカはそんなネオンへの配慮なしに言葉を続ける。
「貴女はヨークシンから帰って以来、占いができなくなっています。今まではそれでも回復の可能性もありましたが、先ほどボスによって誓約を破らされた為に二度と占いができなくなりました。
ボスはともかく、私たちはそれを正しく把握しています」
それを最も正確に把握しているのはネオンだろうが、それでもクラピカは残酷なまでの事実をネオンに叩きつける。やはり彼は本質的にネオンのことが嫌いらしい。
一方のネオンは震える声で言葉を絞り出す。
「そ…それで占いができなくなった私を追い出すの? そ、そんなのパパが黙ってないんだからっ!」
ネオンの言葉に思わず顔を伏せてしまったのはセンリツ。この屋敷には、いやもっといえばノストラードファミリーにはもうライト=ノストラードの言うことを聞く人間などいやしない。既にクラピカを若頭として纏まり始めている新体制のノストラードファミリーを知っている彼女には、ネオンの言葉はあまりに痛々しい。
そして心音を聞く限り、クラピカにネオンに対する配慮の感情は一切聞こえなかった。その事実を表すかのように、クラピカは感情なく言葉を続ける。
「私としてはお嬢さまをこの屋敷に置いておくことはやぶさかではない。
だが、貴女を引き取りたいという人物が現れたので彼に託すことにしました」
「だ、誰よ。私を引き取りたいって」
ネオンとて、自分の立場が悪くなっていることは感じ取っていた。今までいた侍女がいなくなり、好き放題許されていたワガママがほとんど通らなくなったのに。それでも察せない方が愚かが過ぎるというもの。そんな彼女の想像よりも現状は最悪な訳だが。
そしてそれを心配したのはセンリツもだ。ネオンが
「クラピカ、誰なの?」
センリツの問いに、クラピカはふっと笑う。まるで自慢の親友を紹介するような誇らしい心音に、センリツは彼女自身が感じた予感は杞憂だと悟った。
「彼の名は、バハト」
「バハト?」
「え、バハトさん? あの人がここにいるの?」
「ああ。彼は私の友人でね、たまたま訪ねて来たんだ」
センリツは聞き覚えのない名前に首を捻るが、クラピカの言葉を聞いたネオンには通じたようだ。もっとも、ネオンはバハトが自分を引き取りたいという意図を測りかねているようだが。
ネオンの意識が逸れた隙に、クラピカはセンリツしか聞き取れないようにほとんど発声しない音を口から漏らす。
「情報のシングル。クルタ族。ネオンの占いで窮地を脱した」
その単語でおおよその事情を把握したセンリツは口を閉ざした。確かにそれならば下手にこの屋敷に置いておくよりは安全だろう。
そしてそうだとするならばネオンもこの屋敷から離れる準備をしなくてはならない。侍女もいないし、クラピカは男性だ。必然、彼女がトランクに服などの荷物を詰める係になる。
「でも、別に私はこの屋敷から出るつもりは無いし」
「それに関しては、ボスの声をここに録音してある」
クラピカが再生機を取り出し、センリツは何もそこまでとも思うが口出しはしない。
そして再生ボタンを押すと、同時に響くその怒声。聞くに絶えない罵詈雑言。
『クソクソクソクソ、ネオンの役立たずがっ!』
『なんの為に大金をはたいて好き放題にさせてやったと思っているんだ、あのクソガキィ!!』
『クラピカァ! ネオンを殴れ、犯せ、苦しめろっ! そうすればこんな未来から逃れるにはどうしたらいいか占うだろ!!』
『あのガキに命の価値はねぇぇんだよぉ! 占い、占い、占いだ!!』
『俺が首をしめてやる、あのガキを殺してやる! 俺を、俺を裏切りやがってぇ!!』
本当に、聞くに堪えない。仮にも親から娘に言う言葉ではない。
クラピカも聞くのが嫌になったのか、その音声を止めた。しかしその音声を直接向けられたネオンは、顔面蒼白だ。
「ぅ……ぇ、ぁぅ」
「聞いた通りだ、お嬢さま。ボスは君を苦しめて殺す気だ。そしてボスを止めることを私たちはしない」
「ぁ」
頼るべき父からの憎悪と殺意、寄る辺を無くした喪失と絶望。それに耐えられなくなったネオンは、意識を失って倒れ込む。それを慌てて抱き留めるセンリツ。彼女はネオンが倒れた原因が極度のストレスにあることと、他に問題がないことを確かめてネオンをベッドに横たえた。そしてフルートで心を落ち着かせる曲を数分流した後、ずっとそこで待っていたクラピカを睨みつける。
「酷いわ、クラピカ。ここまでする必要があったの?」
「あった。ネオンは未だに自分の立場を分かっていなかった。既にもう何の後ろ盾もなく、肉親であった父親に見捨てられたというその立場が。
帰る場所がなく、ワガママも許されないという立場でなければバハトに迷惑がかかる」
そこにはネオンに対する気遣いはなく、ただただバハトに対する心配しか存在していなかった。
そんなクラピカが支配する屋敷がここである。ここから出るならば、確かに必要な通過儀礼だったのかも知れない。だがしかし、それでももう少しオブラートに包むことはできなかったのだろうか。
センリツはそう思いつつ、ネオンの荷物をまとめていくのだった。
◇
そうして、本人の意思を完全に無視した状態でネオンを別の国へ運んでいる最中なのが今だ。
ノストラードファミリーでの会話は、俺やマチが思うことはあまりない。クラピカ、ナイスだ。そう思うくらいだ。ネオンがワガママに振る舞うことに釘を刺した上で、こちらに依存させるような方向にもっていく。その上でヘイトはクラピカが持っていってくれた。これから彼女の面倒を見ていく上で、これはとても喜ばしいことだ。
尤も、そんなことを無視する手段がないこともないのだが。
「で、バハト。もう決めたんだね?」
「ああ、決めた」
主語の抜けた言葉。それはマチができるだけ口にしたくない単語、アサンが他人を操ったその能力。
右手の小指の条件、俺の命を助けた相手であること。そして女性であること。これらが揃った今、俺がネオンの額に右手の小指を当てて念を発動する意思を込めるだけでネオンは操られる。死者の念さえ除念できる念能力のストックも増やせる貴重なチャンスでもあるし、美少女であるネオンに絶対に愛を向けられる機会などまずと言っていいほどない。ここまで強くなった俺の命を助けることなど、そうそうあることではないのだ。
「ネオンは操らない」
「そう。あんたがそう決めたんならいい」
それでも、俺はネオンを操らない。というかそもそも、恩人を操るという発想が俺にはない。それを発動条件にするアサンが心底理解できない。
ちなみに同じく操作するとはいえ、バッテラは別だ。アレはこちらもリスクを背負い、メリットを提示して相手が受け取ったその対価。そう思えば裏切りの道を潰す為に操作することに忌避感は薄かった。バッテラがいい大人、というかもう老人だったのだから彼自身の責任でもあった。
だが、ネオンはまだ少女だ。しかも箱入りだったため、善悪の区別や責任感などは皆無。ただただ好き勝手をしてきただけ。それをただ一方的に操るなんて、命の危険もないのに俺にするつもりはない。
人は自由であってこそ。そう思うのは間違っていないと、そう思う。
やがて目覚めたネオンを含めて、3人の旅が再開される。到着までは2日、ちょっとした親睦を深めるにはいい時間だ。
ちなみに高速船に万が一があった時の為に喚び出したサーヴァントはライダーであり、女性であるネオンを相手にする可能性があるとなるとやはり女性がいいと考えて召喚したブーディカだが、彼女はほとんど霊体化して過ごしてもらっている。ネオンをマチのように操作しなかった以上、密室の高速船の中で出たり消えたりしてみせてサーヴァントの優位性と異常性を晒すような真似はできない。となれば、本当にいざという時になるまではブーディカには霊体化していて貰う他はない。無理を言っているのに、あははと笑ってくれる彼女には頭が下がる思いだ。
一度、ネオンが寝静まっている隙にブーディカにシチューを作って貰った。料理も上手な彼女のご飯は旅のいいアクセントになり、密室にこもるだけの旅にはよい刺激になった。このシチューはどっちが作ったのというネオンの質問には、秘密とだけ答えたが。
そして着陸の少し前。
「やっぱり無理!」
ネオンが集中力を散らし、俺はもう匙を投げたかった。
「なんで発は使えたのに纏もできないんだよ」
「そんなの私だって知らないし~」
ぶーたれるネオンに俺はどうしたらいいのかと頭を抱える。なんと、ネオンは己のオーラを留める纏すら習得していなかったのだ。
それでよく発が使えたなとは思うが、凝で見ればネオンから噴き出るオーラは一般人よりも遥かに多い。おそらく
アカズの少女、コムギも近い状態になるのかも知れない。己の興味がある分野にのみ才覚を発揮する、それ以外は例え初歩の初歩である纏さえも使えない。天才型というか、特化型というか、アホみたいにピーキーな念の発現である。
とにかくこれは良くないと思い、ネオンに纏の基本である瞑想から始めさせたのだが、とことん上手くいかないのだ。
まず、ネオンがすぐに飽きる。そもそもワガママ放題の活動的な性格なネオンにとって、瞑想というものと相性がすこぶる悪い。
その上で才能がない。発に至るのは興味関心素質が揃っていれば楽に壁を越えられるのかも知れないが、本来ならばそれよりも難易度が格段に低い筈の纏は全くできる兆しがない。念には相性があるというが、ネオンにはそもそも努力するということと相性が悪いような気がする。
この状態でどうしろというのか。念を教えるという方向性が間違っていたのか。素直に学校にでも通わせて友達でも見つけさせればいいのか。
(いやいや、めげるな俺)
生まれてくるレントがこのような性格でないとは限らない。ネオンはともかくとして、まさかレントの教育を投げ出す訳にもいかない。となれば、言い方は悪いがネオンへの教育はいい勉強になるはずだ。
そうだ、自分で分からなければ他人に聞けばいい。例えばそう、ビスケ――は、やめておこう。彼女は明らかに自分の気に入ったタイプしか育てない。ネオンについて相談するのに最適な相手とは思えない。
ならばウイングか。彼は努力家で真面目だし、才能がない相手に教えることも勉強していそうだ。彼に相談するのはありだろう。
「いったんそこまでにしな。もう着陸するよ」
操縦席からマチの声が聞こえる。そして着陸した振動。
ネオンについては急ぐ必要はないだろうと、俺はいったん思考を切り替えた。
離陸前にバッテラに連絡を取れば、俺たちが到着する前にユアとポンズは回収できる手筈だそうだ。そのままポンズはバッテラが最警戒するホテルのような病院に入院、ユアはその付き添いだ。
俺たちはその病室へと行き、そこで俺が持つグリードアイランドを起動して再びあの島へ旅立つ。グリードアイランドをプレイする際にはゲームディスクにも配慮が必要だが、ポンズの病室と一緒にして警備の負担を減らそうという案である。もちろん、俺としても文句は全くない。
「じゃあ行くか」
高速船に向かってくる車を見つつ、俺はマチとネオンに高速船から降りる指示を出すのだった。
「うわー、うわー、うわー! ほんとに赤ちゃんだ! うわ、今お腹蹴った!!」
「ふふ。元気でしょう?」
…………。いや、まあいいんだけど。
ポンズの入院している部屋に行き、初対面となるネオンに挨拶をさせる。その場にいたのはユアにポンズ、それからバッテラ。
バッテラが俺のスポンサー、ユアが俺の妹であると挨拶をした後。ポンズは俺の妻であり、そして子供を妊娠していると言った瞬間、ネオンの興味は俺とポンズの赤ちゃんに向けられた。母体が生命を宿しているという神秘に強い興味を惹かれたようなのだ。まあ、彼女は人体収集家という側面もあったから、死だけではなく生にも興味があったのだろう。
そしてポンズも無垢?なネオンを気に入って色々と話をしたあげく、今ではネオンに彼女のお腹を触らせるまで気を許している。ネオンには害意もないし、そもそも人を傷つける術もない。そこら辺は自由にさせればいいと思ったが、なんというか意外な組み合わせである。
「まあ、いいんじゃないかい」
自然、省かれた組である俺たち4人の中で、マチがそう言った。
「ポンズは妊婦だし、体も心も不自由な時期さ。話し相手がいるだけでも大分違うよ。
言い方は悪いが、ここに軟禁されているようなものだしね」
「ああ。夫である俺は情報のシングルだし、そもそもポンズ自身もハンターだ。ライセンスだけでも価値があるから、狙われる危険は付き纏う。軟禁に近くなるかも知れないが、安全の為にはここは譲れない」
「うむ。我々の中でも配偶者などが子供を孕んだ時には不自由な思いをさせるのは珍しい話ではない。話し相手としてカウンセラーを雇うつもりだったし、その予定を変えるつもりもないが、ポンズくんの話し相手としてネオンくんがいるのも悪くないだろう」
「それにポンズさんがウイングさんと連絡をとって、ネオンさんの念の指導法を聞いてくれるんでしょ。あっちは任せていいんじゃない」
続けての言葉は、俺にバッテラ、ユアのもの。意外にもネオンが落ち着いたのを見届ければ、これはこれで良しとも思う。
そしてそろそろ正午だ。キルアが約束を覚えていれば、12時5分にバインダーをチェックしてくれる筈、スタート地点からマサドラまで行くのも面倒くさいしな。
流石にバッテラはできる男で、この部屋にはジョイステの準備が整っている。後は俺がディスクを入れて起動すればいいだけだ。
「ポンズ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
声をかければ、ポンズは俺に向かって微笑んでくれる。ほんの少しだけ膨らんだお腹を労わるように椅子に腰かける彼女は、母性に溢れていた。
きょとんとしたネオンも、俺がここからいなくなることは分かったらしい。にこやかに別れの挨拶をしてくれる。
「バハトさん、お世話になりました?」
「なんで疑問形なんだ?」
「実感ないから。
それじゃあね、ショーイン!」
言いながら、ウインクしながら顔の半面に手のひらをかざすようなポーズを取るネオン。
「……ナニソレ?」
「知らないの? 最近の流行りなのに」
白けた俺の言葉を聞けば、ネオンは意外そうな声で返してくる。
返してくるが、知るもんか。情報ハンターだって何でも知っている訳ではない。むしろネオンの年頃の女子の流行りなどは明らかに守備範囲外だ。どちらかというと、それはかわ美ハンターの領域だろう。奴らは奴らで流行を作り出すから、実は相当厄介なハンターなのだが――まあ今はいいか。
気を取り直して、俺はグリードアイランドのディスクをジョイステにセットする。そこには既にマルチタップと、メモリーカードが3つセットされていた。俺とユア、マチの分だ。
「先に行くぞ」
そう言い、ジョイステを掴むような恰好から練。
瞬間。俺は別の場所に飛ばされると同時、サーヴァントとのラインが切れるのを感じた。
次回はちょっと間が空くかも?