殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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一ヶ月ぶりです。
楽しんでいただけたら幸いです。


049話 爆弾魔(ボマー)たち

 ◇

 

 ゴンがバハトに交信(コンタクト)で連絡を取る少し前。

 ゲンスルーとその仲間であるサブとバラは、難しい顔で話し合っていた。

「バハトが他のガキ共と一緒に行動している様子はない、か」

「いくらなんでも怪し過ぎるぜ。罠の可能性が捨てきれねぇ」

 ゲンスルーが深刻そうに議題を提議し、バラが真っ先にそう言い返す。しかし、この話題が尽きないのはサブの返答が全てである。

「だが、奴らが大天使を独占しているのは確かだ。いつか攻略しなくちゃいけないぜ」

「そりゃそうだが……」

「バハトが3枚の大天使を持っていないことを鑑みても、奴らは全ての大天使を堅牢(プリズン)で防御しているんだろうな」

 ゲンスルーの言葉に返すものはない。彼らもゲンスルーの指定ポケットのページを堅牢(プリズン)で防御しているからこそ、その戦略の重要性を把握できている。攻撃スペルによってカードが奪取されないということは、残る手段は力づくしかない。

 少し前まではそれで問題なかった。彼らは己の腕に自信があり、長年グリードアイランドをプレイすることによってそのレベルもだいたい把握。戦って揺らぐ可能性があるのはシングルハンターのツェズゲラくらいだと判断していたのだ。それなのに、いきなり湧いて出たプレイヤーがSSランクカードの大天使の息吹を独占し、しかもその実力が恐ろしく高いものだとは完全に想定外。どちらか片方ならばどうとでもなったのだが、世の中はままならないものだ。

 以前の交戦を考えれば、バハトを殺すことならばまだ可能性はある。彼ら3人がかりでバハトとほぼ互角であるのならば、彼らの切り札である命の音(カウントダウン)を設置できれば勝機は十分にあるといえた。しかし、これはあくまでバハト独りを相手にして殺せる可能性である。バハトからカードを奪うことはできないし、そもそも奴の仲間に除念師がいることもほぼ確定。命の音(カウントダウン)が除念されてしまえば元も子もない。

 つまり、彼らはまず外堀を埋めなくてはならないのだ。

「ゲームから一度脱出したバハトとポンズだが、ポンズは戻ってきていない。何があったかは知らんが、俺たち爆弾魔(ボマー)に狙われて除念師を遠ざける程間抜けではないだろう。

 つまり、除念師は他のガキ共のうち誰かだ」

「黒髪のガキと銀髪のガキは、明らかに戦闘職だった。多分だが強化系か、その隣接系統だ。除念師であるとは考えにくい」

「ユアって金髪のガキは自分が除念師って言っていたが、自分からそう言うとは考えにくいだろ。奴も除念師じゃないんじゃないか?」

「――消去法で、除念師はビスケットっていうゴスロリだな」

「つってもよ、ユアってガキが除念師じゃない証拠もねぇぜ。男のガキはともかくよ」

「それもそうだ」

 彼らの中で除念師の可能性が最も高いのはビスケとなり、次点でユアとなった。この2人を殺すのが第一目標。そして大天使の息吹を持っているのはバハトとゴン、キルアの3人。バハトと真っ向から戦う選択肢はない為、ゴンかキルアを攫って拷問にかける。これが第二目標。

「つうか、こうなるんだったらバハトがいないうちにガキ共に攻撃を仕掛けるんだったぜ……」

「今更それを言っても始まらねぇだろ、バラ。あの時はバハトが不用意にゲームを離れるのは不自然だって結論だったじゃねぇか」

「そして不自然な状況は今以って解消されていない。俺たちと互角に戦えるバハトが大天使の所持者であるゴンやキルアと離れているんだ。

 おそらくだが、奴らの自信の源は何も揺らいじゃいねぇ」

 バラとサブは愚痴を言い合う体だが、ゲンスルーは彼らよりも深いところが見えている。

 もしもバハトが何らかの理由で一時的にゲームから脱出せざるを得なかったとしても、戻ってきてからも大天使の側を離れるとは考えにくい。つまり大天使の息吹を奪われない強い確信があるということで、それはバハトが側にいる必要がないことなのだろう。

 だがしかし、それに恐れを抱いて攻撃しなかったらいつまで経っても大天使の息吹は入手できない。彼らが入手した大天使の息吹の引換券は既になく、たった一度の回復権はバラを癒すことに使ってしまった。名簿(リスト)念視(サイトビジョン)で引換券は既にツェズゲラ組が所持しているのは確認済。仮にゴンやキルアを殺したとしても、ゲンスルーたちに大天使の息吹が回ってくる順番ではない。交渉をしようにも、バハトたちとは既に交戦状態だ。話し合いの余地はないだろう。

 彼らとしてはゴンやキルア、もしくはバハトから大天使の息吹を奪うのが一番可能性がある話なのだ。そしてそれは、決して現実性のない話ではない。

「前の戦いの時、同行(アカンパニー)で逃げた俺たちをバハトは追って来なかった。バラが銀髪のガキに痛手を負わせたから、おそらくは仲間を優先したんだろう」

「ああ。銀髪のガキの内臓を痛めつけてやった。念能力者でも重傷は確実、もしかしたら致命傷だった筈だ」

「それなのに元気に動いているということは、銀髪のガキに大天使を使ったって事だよな」

「それで俺たちの引換券が大天使になったとなれば、辻褄は合うな」

「つまりバハトには人質が有効ってことだ」

 彼らが勝算を見出したのはそこだ。バハトは大天使よりも仲間を取る。ならばガキ共を捕まえて交渉材料にすれば、バハトと直接交戦しなくても大天使を入手できるかも知れない。もう少し欲を言えば、ゲンスルーたちの念能力を知ったのだから殺してしまいたい。だがそこまでの考えは余分というものだろう。まずは確実に人質を取らなくてならないのだ。

 その結論に達したゲンスルーたちは、頷きあって覚悟を確かめる。いつか戦わなくてはならないのならば、それは今だと。

 ゲンスルーはバインダーからカードを取り出し、高らかに開戦を宣言する。

同行(アカンパニー)使用(オン)! ビスケット!」

 空を高速で移動する感覚が3人を支配する。そしてそれは、十数秒の時間を置いて終了した。呪文(スペル)によって高速移動を為した彼らは、目の前に4人の子供がいる場所に移動した事を確認して、即座に行動に移る。女のガキと男のガキを1人ずつ確保するのが最低条件であり、優先順位は除念師の可能性が高いビスケットというゴスロリと大天使を使う程大切にしているのが確定している銀髪のガキであるキルアだ。

 その目論見は、行動に移す前に頓挫した。彼らがゴンとキルア、ユアとビスケを確認すると同時、4人の側も襲撃者がゲンスルーたちだと確認が終わっていたのだ。今更話し合う可能性を考えていなかった彼らは即座に迎撃態勢に移行。そしてこの状態で先手を取れるのは最も戦闘経験が深い者だ。

「破っ!」

「がっ!?」

 目にも留まらぬ速さ、そう表現していいだろう。ビスケが高速にてゲンスルーに接近し、その拳を深く胴体にめり込ませる。

 バハトが居ない以上、戦闘力は自分たちが上。そう思っていたゲンスルーたちにビスケの実力は意外過ぎた。しかしそれでも彼らは素人ではない、痛恨の一撃を受けつつもゲンスルーは仲間2人に声をかける。

「このガキは俺がやる、お前らは予定通りにしろっ!」

 言いながら、ゲンスルーはビスケを掴もうと手を伸ばすが、彼女はそれをするするりと回避していく。彼女も流石に一握りの火薬(リトルフラワー)は喰らいたくはないのだろう。最優先で掴まれることを回避し、反撃にゲンスルーの体に拳を置いていく。

 年下の女、しかもガキに一方的に嬲られる屈辱。しかしゲンスルーはそれを噛み殺した。この女、ビスケットは確かに巧く強い。しかし重くはない。痛いがしかし、行動不能になるほどの威力は上乗せされていない。

 見る限り、流の滑らかさは確かに異常だ。しかし掴まれることを回避する以上、どうしても攻撃部位にオーラを集める量は少なくなる。他の部位の身体強化を疎かにすれば、回避に支障が出ると彼女自身が一番分かっているのだろう。

 そしてここで一番の謎が氷解した。このビスケットという女こそがバハトの自信の源、彼女がいれば他の仲間も守れると思っていたのだろう。だがしかしそれは甘い、甘すぎる。彼らは3人の仲間がいるのだ、サブとバラまでは止められない。

「いくぜガキ共、この前のリベンジだ!」

 バラがゴンとキルアに襲い掛かる。この前はキルアを仕留めることに集中し、ゴンの必殺技を受けてしまった。しかし、ゴンの技はあまりに隙が大きい。来ると分かっていれば回避することは難しくない。その代わり仕留めるには攻撃が浅くなってしまうだろうが、ひとまずは問題ない。

 何故ならば、サブがユアと一対一の構図になったのだから。彼らの中でユアが除念師なのはほぼ確定。そして除念師は特質系に近い系統である為、戦闘能力は低い傾向にある。サブも操作系で強化系から遠いとはいえ、接近戦はむしろ得意な方だ。年端もいかない女のガキに負ける訳がないと、ゲンスルー対ビスケの事を忘れて攻撃を仕掛ける。

「おらぁ!!」

「! っふ!」

 だがしかし、ユアもバハトの元で遊んでいた訳ではない。サーヴァントに教えを乞うこと、早数年。しかもやや過保護気味なバハトが修行の概要を組んでいた為、ユアは防御にかなりの修行時間を割いていた。その成果は確かに表れ、格上であるサブの攻撃を的確にいなす。

 少しだけ驚きに顔を歪めたサブだが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。確かに巧いが、それ以上に固い。おそらくだが、実践は多くても実戦は少ないのだと看破する。そしてそれはやはり正しかった。過保護の弊害として、ユアは実戦経験はかなり薄い。霊体化させたサーヴァントを護衛につけて、そこらの雑魚念能力者と戦うのがバハトが許した精一杯。その戦闘経験の少なさは、こういった致命的な場面で芽を出すものだ。

 サブは鋭く両手を繰り出し、ユアの眼前で合わせて鋭い空気音を響かせる。ねこだましと言われるフェイント技に、ユアは自分に向かわない攻撃ということで油断して思いっきり正面からそれを受けてしまう。

「っ!」

 眼前にかざされた両手と、破裂音。慣れていてもこれで怯むなという方が無理な話だ。ましてや実戦経験の薄いユア。必要以上に体を強張らせてしまう。

 サブはその隙を突き、ポケットから小型の爆弾を取り出す。軽くユアに向けてそれを投げて、彼だけの念能力を発動。

爆風の行方(ブラストフロー)

 爆弾が生み出す熱力と風力を操る操作系能力。サブが今回使用した爆弾はそれほど大きくはないが、しかしその攻撃力が全て向かうならば堅で耐えるしか方法はない。何せ、全身余すところなく爆風が舐めるのだ。凝をしてる余裕はない。怯んでいたユアはそれでも何とかギリギリで全力の堅を展開して防御を成立させる。

 全力の堅で必死に耐えるユアだが、彼女にはこれで手一杯だった。次のサブの攻撃まで対処することはできない。オーラを多く込めた拳を、ユアの胴体に食い込ませるサブ。ミシリと肋骨がひび割れる手応えを感じ、サブは自分の下手さに顔をしかめる。

(手加減し過ぎたか)

 何せ彼女は大事な人質だ。バハトに対する手札が必要な以上、殺す訳にはいかない。その思いが過ぎて、骨の一本すら折れない不手際。この程度のダメージ、容易く意志力でカバーできる。

 しかしそれは、意志力が十分にあるという前提条件があってこそ。

「うぇぇ、おえぇ…」

 ユアはヒビが入った肋骨を押さえて、その場でうずくまってしまう。今までほとんど格下としか戦わずにダメージを負わなかったユアにとって、骨が軋むダメージというのは戦意を喪失するのに十分な痛手だった。あるいはここもユアの甘さと云えるかも知れない。少しの時間があれば立て直せるだろうが、今この瞬間にそんなものは存在しない。

 無言でユアの側頭部に蹴りを入れるサブ。その追撃にユアはあまりに無力だった。脳を揺らされる感覚に、彼女は自発的な行動能力を奪われてしまう。それを確認したサブはユアをその場に捨て置いて、残りの戦局を見る。

 ゲンスルーはビスケに一方的に嬲られて、バラはゴンとキルアと互角。もう少し具体的に言うならば、ゲンスルーは殴られつつも大きなダメージを避けてバラは深入りを避ける傾向にあるようだ。

 ここでサブがもう少し思慮深い行動を取れるならば、撤退を選んだだろう。しかしそもそもとして確かな実力に裏打ちされたやや傲慢な傾向にあるのがこの3人。それでもゲンスルーは頭が回るのだが、サブは冷静な撤退よりも愚直な殲滅を選ぶタイプである。2人がかりならばビスケに勝てる、そう判断してしまったのが誤りだった。

「加勢するぜ、ゲン!」

「バッ……!」

 ゲンスルーの戦闘に割り込むサブに、ビスケの戦闘力を肌で感じ取っていたゲンスルーが止めようとするが、遅い。

 ビスケとユアではモノが違う。ビスケがユアと同じような相手だと思ったのがそもそもの間違いである。ビスケの背後から無警戒に手を伸ばしたサブは、次の瞬間には宙を舞っていた。伸ばした手を取られて投げられたと気が付いた、同時。

「破っ!!」

「っっっ――――!!」

 背中に強烈な一撃。かつてビノールトを倒したのと同じ技を以って、ビスケはサブを制した。ビノールトほど弱くもないサブだから戦闘不能にはなっていないが、十分にダメージが大きい。ビスケと戦うには致命的といっていいだろう。

 この状況で冷徹に思考を回せたのはゲンスルーであった。もはやビスケを抜いてサブを回収することは不可能、そう判断した彼の行動は早い。素早くビスケから離れてユアに走り寄る。その間にバインダーからカードを取り出し、使用。

左遷(レルゲイト)使用(オン)! バラ!」

 サブを飛ばしても、追撃されたら逃げきれない。故に、万全の状態のバラをこの場から追放する。

 スペルカードの効果により、バラはグリードアイランドのどこかに飛ばされる。それがどこかはゲンスルー自身も分からないが、ひとまずそれでいい。ゲンスルーはそのままユアを通り越し、4人から離脱。したように見せた。

 実際はビスケから離れ、ユアを半径20メートルに収めた場所に移動しただけであったのだが。その地点に着くまでに、更にバインダーからカードを取り出したゲンスルー。

同行(アカンパニー)使用(オン)、バラ!」

「しまっ――!!」

 ビスケの声を聞きつつ、ゲンスルーは倒れ伏したユアと共に高速移動を開始する。行先はどことも知れない場所に飛ばしたバラの元。

 十数秒の滞空時間を終えて着地するゲンスルーを、不満そうな顔をしたバラが出迎えた。

「おいゲン。サブは?」

「連れてくる余裕はなかった。分かるだろ?」

「…………」

 バラとしては言いたいことは山ほどあるが、大切な仲間であるゲンスルーに強く言うのもはばかられる。その矛盾して拮抗した思いが、沈黙の形として表れていた。

 ゲンスルーはその無言の抗議を重く受け止める。

「もちろん俺としてもサブを見捨てるつもりは毛頭ない。人質交換をする為にメスガキを奪うことを優先したんだ」

「ならいいが……」

 バラとしても、あの状況ではゲンスルー以上の妙手を打てた自信はない。選べて2対3の戦いで、ビスケットを相手にした分の悪い戦いにならざるを得なかっただろう。人質交換を成立させれば、向こうの手札を一枚暴いた形になる。すなわち、危険視すべきはバハトだけではなくビスケットもそうだという事実だ。

 そして問題の2人を殺すには、やはり命の音(カウントダウン)が重要になる。となれば、除念師であろうユアを捕獲できたのは見方によっては僥倖だ。

 ゲンスルーは無遠慮に、地面で呻いていたユアの脚を踏みつける。

「がぁ!!」

「起きろ、ガキ」

 痛みを与えて気付けするという、乱暴極まりない方法でユアの意識を覚醒させるゲンスルー。そして我を取り戻したユアは、即座に堅。

 しかし先ほどよりも多量のオーラとはいえ。仲間から引き離されて格上の敵2人を相手にして、その程度はあまりに無力と言わざるを得なかった。

「――くっ」

「現状を把握できているようで何よりだ。テメェはサブを取り戻す為の大事な人質だ。

 抵抗しないなら現状維持だが、逃げようとすれば手足の一本は爆破するぞ」

 ボンと小さな爆発をその手に起こすゲンスルー。爆破という極めて殺傷能力の高い現象に、ユアは沈黙するしかない。何せそれは格上の強化系でもあるバハトが何とか防げた攻撃だ。操作系で念のレベルも低いユアが防ぎきれるものではない。

 逃走という選択肢を諦めたユアは、しかしオーラは緩めずにゲンスルーを睨みつける。

「それで、私に命の音(カウントダウン)を仕掛けるのかしら?」

「お前如きを殺すのに命の音(カウントダウン)は必要ねえ」

 ややイライラしながらゲンスルーは返答する。彼としては解除条件を話すのを先にするのは不本意なのだ。爆弾を設置する難易度が格段に上がるし、設置前に解除条件を満たされてしまえばもう命の音(カウントダウン)は使えない。一度でも解除条件を満たした相手に命の音(カウントダウン)は使えないというリスクを負っているからこその攻撃能力の高さだ。

 できればユアはとっとと殺してしまいたいのだが、サブを取り戻す為にはそれはできない。下手に傷つけようものならば、そのダメージがサブに返ってしまうと考えれば痛めつけることも得策ではない。その葛藤がゲンスルーの冷静さを奪っていた。

「じゃあ、私は無傷で返して貰えるのかしら?」

「お前の仲間が人質交換を飲めばな」

「それまでに私に命の音(カウントダウン)を仕掛けたら、解除した上よね?」

「――オイ。うるせぇよ」

 それでもキャンキャン騒ぐユアにゲンスルーの苛立ちは大きくなる。

 殺気を込めてユアを睨みつけ、心にもない脅し文句を突きつける。

「生きてさえいれば人質としての価値はあるんだ。

 お前らは大天使を持っているだろ? 達磨になって大天使で癒される方がお好みか? アァ!?」

 対して痛みに耐性さえなかったユアはゲンスルーの脅し文句にすくみ上ってしまう。悪意ある殺気を叩きつけられ、ユアの心は折れる寸前だった。

 それでも、ユアは声を震わせながら、ゲンスルーに向かって言葉を投げかける。

「わ、私の安全を聞かないと怖くて仕方ないものっ!

 だ、だ、黙って欲しかったら約束して。もしも私に命の音(カウントダウン)を仕掛けたら解除させてくれるって」

「ああ、人質交換が成立するなら命の音(カウントダウン)を仕掛けても解除させてやる。約束する。

 だから、もう黙れ。今にも腕を爆破させたい気持ちを必死に抑えているんだよ、こっちは」

 ゲンスルーの目は血走り始めている。彼は自分が我を失うとは考えていないが、それでもそろそろユアの拷問を視野に入れようかと思ってきたところだ。今すぐではないにしろ、奴らの目の前で手足の一本でも爆破してやろうかと。

 その気迫に飲まれ、言質を取ったユアはようやく黙る。ゲンスルーとしては守る気のない約束を口にした程度で引っ込むのなら、最初からおとなしくしておけと思うところだが。

 ともかく、ピーチクパーチクうるさい奴は黙った。ならば次は交渉だ。

 どうせバハトに話は通っているだろうし、そうでなければ動揺も誘えるかも知れない。ゲンスルーはバインダーからカードを取り出して使用する。

交信(コンタクト)使用(オン)、バハト」

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

「は?」

 ほんの数メートル離れたところからそんな声が聞こえ、ゲンスルーは間抜けな声を上げながらそちらを見る。

 そこには悪鬼もかくやという形相をした金髪片眼の男が、思いっきり腕を振り上げて迫っていた。

「っっっ!!」

「死ねぇぇぇぇぇーーーー!!」

 完全に不意を打たれたゲンスルーは混乱の極みにありながらもなんとか凝で防御することに成功した。

 しかし、殴り掛かった男であるバハトの攻撃も今回は堅ではない。硬だ。

 身をよじらせたゲンスルーだが、バハトの拳が左肩に当たってしまう。骨は砕け、勢いに押されたゲンスルーは錐もみしながら後ろに吹っ飛ばされる。その最中にあって、まだゲンスルーは混乱していた。

(バカな、何故奴がここにいるっ!?)

 現在地はバラが左遷(レルゲイト)で飛ばされた場所で、どこであるかはゲンスルーも知らない場所だ。そしてここに着いてから、まだ10分も経っていない。ここに辿り着くのは不可能と断言していい。

 それでもバハトはここにいる。可能性としては、奇跡の確率でバハトが潜んでいる場所に飛ばされたか、スペルの着地を見逃したか。

(どちらだってあり得る訳がない!!)

 あり得る訳がないのにバハトがここにいる。現状をどうやっても咀嚼できないまま、状況は動いていく。

 バラは突如として襲い掛かってきたバハトに向かうが、バハトは迎撃する様子さえ見せない。冷めた激怒を宿した瞳のまま、一方的に宣言する。

「死ね」

 その声が響くと同時、バラはガクンと力を失ってその場に倒れ伏す。

 それを見たゲンスルーはドクンと心臓が跳ね上がる。

(死んだ!? 本当に!? あり得ないっ!!!!)

 かけがえのない仲間が力を失う瞬間を見つつ、ゲンスルーはようやく地面に叩きつけられた。

 ダンと背中を強く打ち、一瞬だけ呼吸が止まる。

「っ、が」

同行(アカンパニー)使用(オン)、ゴン」

 バハトはそれを見る事無く、ユアの様子を確認すると同時に撤退を選択していた。

 きょとんと目を丸くしていたユアを伴って、同行(アカンパニー)で空の彼方へと消えていくバハト。

 しかしゲンスルーもかかずらっている場合ではない。動かない左肩を引きずるように、全速力でバラの元へと向かう。

 うつ伏せに倒れ伏したバラは、倒れ込んだ時に地面に体をぶつけた以外に外傷はない。しかし、だけど、心臓は動いていない。

「くそがぁぁぁ!!」

 ゲンスルーは泣きそうになりながらも、動く右手で心臓マッサージを行う。まだ心臓が止まって1分も経っていない。

(まだ間に合う、まだ間に合う!)

 自分を説得するように心の中で繰り返しながら、それでも必死で蘇生を行う。

 そして、果たして。

「がはっ」

「……はぁ、はぁ、はぁ」

(間に合った)

 蘇生、成功。バラは意識こそ戻っていないが、呼吸と拍動は取り戻した。

 仲間の蘇生に喜びつつも、ゲンスルーの心は一切晴れない。己の左腕は砕かれて、バラの意識もない。更にサブを取り戻す為の人質を奪い返されてしまった。

 万事休す。そんな諦観が心によぎるが、諦めてしまっては何も解決しない。

 ゲンスルーは、今最優先ですべきことを考えて、バインダーからカードを取り出す。

同行(アカンパニー)使用(オン)、ユア」

 そして呪文を唱え、生き返ったばかりのバラと共に空を飛ぶ。

 

 数分の騒がしさに包まれたその場所には、もう誰の姿も存在しなかった。

 

 ◇

 


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