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◇
グリードアイランドから遥か西に存在する富豪たちが集う大都市、ヨークシン。
さらにその中でも最上級の人間にしか用意できない、高層マンションのワンフロア。そこで数人の女性が寛いでいた。
「人生を表すカードはワンドのテン。
……多くの困難がある、っていう暗示だね。レント君には」
机に並べたタロットカードをめくっているのは、バハトによってここに連れてこられたネオン。クロロによって発を奪われ、狂乱した実父によってその誓約を破らされて完全にそれを失った彼女だが、占い好きという性格が変わった訳でもない。今は発に目覚める前から学んでいた占いでポンズのお腹の中にいるレントの運勢を見ていたところ。
それを聞いたポンズはふふ、と穏やかな笑みを浮かべながら自分の大きくなってきたお腹を撫でる。
「苦難困難こそ人生を磨く石となる、だったかしら。きっと素敵な男の子になるわね。
逆境を乗り越える教育はしっかりとしなきゃ」
思ったよりも教育ママになりそうなポンズの言葉を聞いて、また容赦や遠慮のないネオンの占いを聞いて。座っていたもう一人が苦笑を浮かべる。彼女の名はマリア、大富豪バッテラの恋人である。
先日まで事故に遭ったせいで数年の眠りについており、バハトが助けなければそのまま永遠の眠りについていたであろう彼女はしかし。今では失った時などなかったかのように笑みを浮かべていた。もう二度と目覚めないかも知れないと言われていた彼女だが、バッテラが文字通り彼の全てを投げ出したおかげで目覚めを果たした。
その代償にバッテラがその富豪としての全てを捧げると誓った以上、遺産目当てに見られるのが嫌だと言えるはずがない。マリアを救ったのは自分の勝手であり、もしも別の人生を探すなら止めはしない。そうバッテラが言ったものの、そもそもとしてマリアとしてもバッテラを好ましく思ったからこそ連れ添ったのである。このように話が転んだ以上、マリアはバッテラの連れ合いとしての立場を明確にせざるを得なかった。妊婦のポンズやマフィアから疎まれているネオンと一緒に隔離されているのは、バッテラの連れ合いという立場が危険であるからというのも含まれる。
更にこの場に居るのはポンズの後ろに立つ女性2人。アサンが操作しバハトがその権利を奪ったルーシェとベルンナ。彼女たちはバハトの下僕として強く己を律しているので、自覚している立ち位置としてはポンズの侍女といった風情だ。そのうちのベルンナは念能力者として最終防衛ラインであり、ルーシェはポンズが好んで食べる果物の蜂蜜漬けの皿を用意している。至れり尽くせりなポンズだが、彼女もまた貴族の娘。ハンターとして自分のことは自分でできるが、世話をされるのにも慣れたもの。ルーシェが出したフルーツにフォークを刺し、自分の口に運ぶ。
ちなみにだが、この広いフロアの外には屈強な護衛が数多く存在し、重火器を装備した人間や念能力者たちが24時間体制で警戒している。よほどの例外でない限り、この部屋にいる女性たちを害することは不可能であるだろう。
「じゃ、これで私の占いはお終い。次、ポンズさんが見せてよ」
「はいはい。
ネオンの催促に応えたポンズが自分の掌に小瓶を具現化する。そしてその内部に存在する蜂の念獣を見て、ネオンは瞳を輝かせた。
そして許可を取る前に小瓶の中に手を突っ込み、その念獣の頭を撫でる。
「か~わ~い~!」
うりうりと頭を撫でられる
そんな動作もネオンのお気に入りであり、きゃーきゃー言いながら
さて、ここで少々蛇足ながら
ポンズの能力である
調査型に分類される発であり、その基本性能は捕食した物体の解析と記録である。
しかしその弱点は明確であり、小瓶の中にいないと実力が発揮できない以上は小瓶を遠ざけるように攻撃をすれば問題なくポンズ本体に攻撃が通ってしまう。ポンズとしても小瓶の開き口を相手からの攻撃を合わせなくてはいけないので、戦闘に関して言えば外見以上に繊細さが必要な能力といえるだろう。
そして解析した物体はポンズ自身と
更にその血液を解析。ネオンの血液型はもとより、血液物質から想定される病気の有無やDNA情報までも回収。病院でするであろう厳密な血液検査で得られる情報を一瞬でその内にしまい込むことが可能なのだ。
ちなみにだが、DNA情報を得たとしてもネオンの生体を具現化することは不可能である。ポンズが可能とするのは物質の再現やオーラ機構の複製が限度だ。これは例えば殺人現場に残された血液を回収して、その血液の持ち主がネオンかそうでないか程度の判定にしか用いられない。それでも十分凄いといえば凄いが。
そしてこの判定は当然、ネオンだけに用いられるものではない。ポンズは仲間の皮膚や毛髪などを回収して多くのDNA情報を回収している。バハトにユア、ゴンにキルア、ビスケにマチ、レオリオまで。クラピカは発を習得してから出会っていないので、彼の分の情報は入手できていない。そしてこの能力は、バハトどころか彼のサーヴァントすら察知していない。ポンズの大きな秘密の一つといえるだろう。
困ったような笑顔を浮かべる裏で、ネオンから情報を回収するポンズは流石だろう。かつてクーフーリンに腹黒女と言われただけの事はあり、プロハンターである以上は一癖も二癖もあるのは当然なのだ。
自分の情報が漏れているとは全く気が付かない、知ったとしても気にも留めないネオンは
(念って……凄いなぁ)
彼女はかつて
しかしポンズという女性と出会えたことでその意識が変わりつつある。具現化された
そしてまた、ポンズは妊婦であるということもネオンの精神に大きな影響を与えていた。ライト=ノストラードは自分の娘を都合のいい道具にしようとしたことから、乳飲み子の時分からネオンと母を引き離して自分に依存させるように誘導していた。それ故に、母親が自らの子に与える無垢にして無限の愛というものは。情のないマフィアの父を持ち、物心ついた時から母親がいなかったネオンにとってとてつもない衝撃だった。
そもそもネオンは人体収集家としての側面も併せ持つ。善か悪かはさておくとして、興味の範疇に人の生死や運命のウエイトは大きい。それが生命の胎動を目の当たりにして一気にムズムズと動き出した形だ。
(この感覚、覚えてる)
かつて
と、そこで部屋の扉が開く。
「失礼するよ」
にこやかな笑みを浮かべて入ってくるのは大富豪のバッテラ。そもそもこの部屋に遠慮なく入れる人間は限られる。彼か、この部屋にあるグリードアイランドでプレイしている人間くらいか。それ以外の存在が侵入してきたらベルンナが即座に排除するだろう。
「バッテラさん。ヨークシンに来ていたのですね」
マリアが嬉しそうな笑みを浮かべる。彼女の言葉の通り、バッテラは忙しい。他の都市に比べればヨークシンに居ることは比較的多いが、それでも世界を飛び回る方が遥かに比率が高い。
そんな生活に嫌気が差し始めていたバッテラはある計画を画策していた。最優先の仕事の一つとしてそれをこなしている彼だが、今回ヨークシンに来たのもその関係。是非とも口説き落として味方に引き入れたい人物の情報を入手したからこそのヨークシンへの到着だ。
言い方は悪いが、マリアに会いに来たのはそのオマケである。尤も、彼の感情としては最大の意味を持つオマケであるのだが。マリアとの会話を楽しみつつ、妊婦であるポンズの様子をさりげなくうかがう。問題ないと判断したバッテラは、ほんの数分後にはその部屋を出ていた。
部屋の外で待ち構えていた秘書は、部屋を出た途端に厳しい表情をしたバッテラと共に歩く。
「準備は」
「万端です。先方の手配、つつがなく」
「病院にいるのだったか?」
「はい、仲間2人と共に。
重傷でしたが、失敗者が役に立つので?」
「そこらの雑魚よりかはずっといい駒になると確信しているよ。
5年、仲間を作ると同時に裏切る準備を進め、実行と同時に口封じ。これほど忍耐力と胆力のいる作業はない。
少なくとも私は高く評価をしている」
「そうですか」
バッテラの言葉に秘書は慇懃に返す。
彼が向かう先にいるのは、ゲンスルー。グリードアイランド攻略に雇った男だったが、ほんの数ヶ月前まではバッテラの記憶にその名前さえも残っていなかった。
それが一変したのは数十人のプレイヤーの同時死亡と、その原因を告げたニッケスという男のおかげ。
悪魔的というほどに悪辣なその手口を、グリードアイランド内部の情報と共に1億ジェニーというはした金で買ったバッテラは歓喜した。ゲンスルーの手口は素晴らしいというに限る、それがバッテラの忌憚なき意見だった。目的を達成するのに容赦がないというのは好悪が分かれるから切り離すとして、その手口は見事の一言。
もしもマリアと共に財政界から引退するという未来があったならば必要がなかった男だが、バハトをフォローする土台を作るには必要な人材であるといえた。
重傷を負ってグリードアイランドから脱出してきたということは、実質的に脱落したのだろう。グリードアイランドに戻る気配もないことから、それはほぼ確定的。
ならば新しくする仕事に雇い直したい。それがバッテラの偽らざる本音であった。
そして辿り着く一つの病室。ゲンスルーが収納されているその部屋の両隣には、サブとバラが入院していた。
「バッテラさんか。まずは病室を手配してくださったこと、感謝申し上げる。そして横になったままの非礼を先に詫びたい」
「固い言葉使いはいらない。こちらにも下心あってのことだ」
病室のベッドの上で横になっていたゲンスルーだが、入ってきたバッテラに関しては流石に丁寧な挨拶をした。
それを聞きつつもバッテラは側にあった簡素な椅子に座ってゲンスルーを見る。
(なるほど、酷いものだ)
体中から発される塗り薬の匂いは全身に傷があることを示し、右腕と左肩につけられたギプスは骨が折れていることを教えてくれる。
ニッケスから聞いたゲンスルーの能力を鑑みるに、彼の敵対者はよほどその能力を警戒していたのだろうと予測が付く。
「手酷くやられたね。ゲームのモンスターか? イベントか? プレイヤーか?」
「プレイヤーです。敗北し、カードは全て奪われました。命を助けられた代わりに、敵対しない事とゲームに入らないことを約束しました。
申し訳ないが、私はもうゲームに戻ることはありません」
「ああ、それは別にいい」
「それでは手当の代償にゲーム内の情報を話すべきですか?」
「そういう訳でもないのだよ」
「そうですか」
バッテラの言葉に、顔に出さないまでもゲンスルーは怪訝な感情が湧き出て来た。
ゲーム内に興味がない風なのに治療された理由が思いつかない。対価なく治療されるはずもなく、バッテラの思惑が測れないのだ。
そんなゲンスルーを見透かしたように、バッテラは苦笑しながら口を開く。
「君がゲーム内でしたことは聞き及んだ。
指定ポケットカードの大半を集める為に、仲間を大量に募ってそれを裏切り、殺したと」
「!!」
ゲンスルーは一瞬自分に浮かんだ動揺をミスだと断じた。ゲームから出た中でその事実を知るのはニッケスかポンズか。
ポンズという女の事は詳しく知らないが、ニッケスならば十分可能性はある。退場させられた腹いせに情報をばらまかれるくらいは想像してしかるべきだった。バハトたちに意識が行き過ぎて失念していたその可能性に己の失策を知る。
殺人、それも己の欲の為に大量に殺す。それはまともな倫理観を持っていれば唾棄すべきものである。そんな一般常識をゲンスルーとバッテラは共通認識としつつ、しかし老年の男は薄く笑う。
「そんな君は、稀有な才能を持っていると思う」
「……それは、どういった意味ですか?」
「裏も含みもない。人を容赦なく殺せる、それは私が持たない貴重な才能だ」
「――俺に、誰を殺させたい?」
ゲンスルーが被っていた仮面を剥がす。バッテラの意図を正確に把握したが故に。
バッテラは人を殺したい、そして殺人の才能がゲンスルーにはある。ならば依頼人として立場は同等に近くなる。それが故の強気であった。
素に近いだろう表情をゲンスルーが見せたことにより、バッテラも笑みを深くする。ゲンスルーは数年ゲームにこもっていた。ならば世俗に疎くなることもあるだろうから、自分のような大富豪の仕事は受けるだろう。金と情報、両方が手に入る貴重な機会だ。彼ならば乗ってくると信じていた。
「私はな、一つの都市が欲しいのだよ」
「――ほぅ」
「その都市の名は、ヨークシン。今、私と君がいる街だ」
言われた言葉にゲンスルーは諦めたように首を振る。
「無理だ、いくらアンタでもな。
言う必要もないが、ヨークシンを支配しているのはマフィアンコミュニティー。十老頭とその直轄の武闘派である陰獣が金と暴力とで支配している。
これを敵に回すのは、世界の裏の半分を敵に回すのと同義になる」
「その十老頭は全員暗殺された」
バッテラの言葉に思わずといった具合で彼の顔を見るゲンスルー。
揺らがない、確信に満ち満ちたその表情に。現実を語っているという実感がふつふつと湧いて来る。
「――誰が」
「さあな。噂ではゾルディックが動いただの、幻影旅団が暗躍しただの、ブラックリストハンターが動いただの。様々さ」
「いや、しかし。では、陰獣は……」
「そっちは幻影旅団に始末された。こちらは確かな情報だ」
それが事実であるならば。ゲンスルーの頭が急速に回る。
マフィアはメンツを潰されることを極端に嫌う。トップが殺されて黙っていられるほどに穏健ならばマフィアなど名乗っていない。
しかしバッテラが犯人の情報を掴めていないならば、マフィアンコミュニティーは犯人の情報を得られてはいない。もしも得られていれば探す為の固有名詞がバッテラの情報網に掛からない訳がないからだ。
そこから導き出される答えは、怪しげな相手に誰構わず喧嘩を売るという愚行だ。それを止めるべき十老頭がいないのだから当然為される。しかもまとめる人間がいないのだから戦力はガタ落ち、どころか次のマフィアンコミュニティーの支配者の椅子を巡って内部紛争も多発しているだろう。
盛大に敵を作りつつ、内部からも崩壊していく構図がありありと目に浮かぶ。そしてその合間を縫って、のし上がる自分の姿も。
「――ハ」
ぞくりとした快悦がゲンスルーの背中を奔る。
自分と仲間たちだけでは手に入らないのは理解している。だがしかし、バッテラという巨星と共にならば、あるいは。
数日前に逃した500億。しかしそれに匹敵する金と地位を手に入れるチャンスがいきなり巡ってきて、ゲンスルーは奮い立つ。グリードアイランドで為した悪徳がここに来て好機に化けたのだから、世の中は本当に何が起きるのか分からない。
「結構。やる気になってくれたようで何よりだ。
マフィアンコミュニティーから奪うか、中に入り込んでその利権を吸い上げるか。臨機応変に対応するだろう。
君の働きによってはそれ相応の地位をプレゼントできると思う」
「次の陰獣か?」
「或いはそれ以上か」
上等だとゲンスルーは思う。死んだ奴らの後釜なんてまっぴらごめんだ。
それに自分の性格に合っているというこの感覚が最高だ。ゲンスルーは自分で自分が狂っていると思っているが、その狂気に相応しい仕事だと考える。
総じて、やる気は十分だ。
「まずはゆっくり体を癒したまえ。
人を殺して利益を貪る外道を相手にするんだ。
よい正義を期待するよ」
バッテラは盛大な皮肉を口に出しながらその場を後にする。
残されたゲンスルーは提示された次の仕事に、凶悪な表情で思いを馳せるのであった。
◇