やや短めですが、最新話をご賞味下さい。
ヒラ長老の後ろを歩く。
背後で開けられた隠し通路が閉まる振動を感じ、部屋からの光が消えていくのと同時にゴゴゴゴゴという壁がずり上がる音も聞こえる。
もちろん、今更退路を断たれた程度で怯えるはずもない。黙ってヒラ長老の後ろを歩き続ける。
そしてほんの数メートル程度進んだところでヒラ長老が止まった。何事かと思い、円を展開。それによって感知したところ、ヒラ長老は行き止まりの壁をまさぐっているようだった。変化はすぐに表れ、ヒラ長老の前の壁がゴゴゴゴゴという音を立てながらズリ下がり、光が漏れてくる。
(なるほどね)
脱出の為の隠し通路ならば、当然出口も隠しているだろう。逆方向から侵入されたら目も当てられない。
まあ、この先から侵入者がいるとも思えないが、そこら辺はリアリティを追及したグリードアイランドらしいと言っていいだろう。細かいところまで作り込んでいると褒めるべきだ。この先にあるのがSSランクの指定ポケットカードである一坪の密林を手に入れる為のイベントだと思えば、緊張感を煽る間でもある。
そのまま長老の家の裏手から出た俺の目の前にあるのは山の中に続く、獣道染みたそれ。
「このまま行くぞ」
「どのくらい歩かせるつもりだ?」
「なに、ほんの10分くらいじゃ」
ヒラ長老の言葉を聞き、一時間は歩かされる覚悟を決める。また、突発的なイベントが起きて奇襲される覚悟も。
つまり、何が起きるか分かったもんじゃない。ヒラ長老の言葉を全面的に疑いながら、ヒラ長老の後ろについていく。
「…………」
「…………」
無言のまま歩き続ける。
その時間、およそ10分。
「着いたわい」
目の前には小さな木組みの庵が建っていた。
「…………」
警戒した俺、バカみてぇ。
(慎重になるのはいいことですよ、マスター)
(ありがとうな、ディルムッド)
俺の心を察したディルムッドが慰めてくれるが――まあいいや。誰に迷惑をかけたわけでもないし、切り替えよう。
進行するイベントを見る。ヒラ長老はその場で跪いて庵に向かって頭を下げる。
「神官アリエットよ。ドドビオンが長老、ヒラが参りました。どうかご面会をお願いします」
その言葉が響き、森の中に木霊して、そして消える。
ギィと音が鳴り、庵の扉が開かれた。そこにいたのは、外見は初老の女。どこかの部族の民族衣装を身に纏い、そして清廉にして高潔な雰囲気を携えた女性だ。
しかしそんなことに注目している場合ではない。特筆すべきはそのオーラ。纏もしていない、練もしていない。だがしかし溢れるオーラは力強く、そして何より流麗だ。
「っ…」
この女に勝てるのか。一瞬、そんな思考が脳裏によぎる。いや、こんな思考が出る時点で勝ち目なんてない。
念は心構えも重要だ。勝てるのか、なんてことを考えていたら万に一つのチャンスもない。
(勝つ!)
気を引き締め直す。正直、舐めていた。『敵』を殺してその能力を奪った俺は圧倒的に強くなったと自惚れていた。強くなったのは事実だろうが、そこまで圧倒的に強くなる要素なぞないはずなのに。
サーヴァントは使いやすくなったとはいえ、切り札である以上はホイホイと使えない。アサンから奪った
日々鍛錬。それが基本であるはずなのに、たるんでなかったといえば嘘になる。纏と練の修行は一日も欠かしていないが、そんなものは最低条件だ。世界の最強クラスと戦うには向上心が足りなかった。
そして眼前にいるのはジンの仲間の一人であろうゲームマスター。最強クラスに数えていいだろう。自分の不足を認識し、しかし負けてなるものかと睨みつける。
そんな俺を見て、神官アリエットは柔らかな笑みを浮かべた。
「とても逞しい勇者さまですこと。ヒラよ、彼の命運を信じていいのですか?」
「そ、それが……。お許し下さい、神官アリエットよ! 私は異国の者に何も説明していないのです」
「…………」
だからこれはゲームのイベントで、いきなり戦い合う訳ないじゃん。
いかん。レイザーのイベントが最初から敵対関係だったから、それにつられている感がある。一坪の海岸線のイベントとて、ドッジボールというゲームでの対戦だ。ルールありのゲームであり、一応は殺し合いではなかった。死んでもいいつもりで攻撃はしていただろうが、殺すつもりはない。これは天空闘技場200階闘士の洗礼と、美味しい獲物を見つけたヒソカの攻撃くらい違う。冷静に考えれば隔絶した差異があると言えるだろう。
(落ち着け、落ち着け……)
心で唱えて冷静さを取り戻す。カードの移動を許した以上は死ぬ確率は低くはないだろう。しかしグリードアイランドは一応、死者を出したくない名目で運営はしている。あくまでも名目だが、だからこそ問答無用で殺しにかかることは逆にない筈だ。レイザー戦も棄権すれば命は助かる仕様になっている。
俺は命を懸けてでもグリードアイランドをクリアしたいか? 答えは否。せっかく『敵』を殺したのに、こんなところで死にたくはない。外でポンズが俺の子を身籠って待っているのに、子供の顔を見ずに死んでいい筈がない。
場合によっては情報収集に切り替えてもいい。サーヴァントを晒してもいい。肝要なのは、俺が死なないこと。
(よし)
心は決まった。生きるということを最優先にする。目的は勝利でもイベントクリアでもない。生存だ。
高速で頭を回しそこまで考えて、何でもない顔をしながら神官アリエットとヒラ長老の茶番を見やる。何の説明もしていなかったというヒラ長老に、やれやれという首振りをしてから神官アリエットは俺の方に向き直った。
「異国の勇者さま、ヒラ長老から説明がなかったことをまずは私からお詫びさせていただきます」
「いや、今から説明してくれれば構わない」
「異国の勇者さまの広い御心に感謝を」
胸に片手を当てて頭を下げる、独特の礼。設定なのか、彼女の部族?の伝統なのか。どうでもいいか。
そして五体投地をしているヒラ長老の上で会話をするという、シュールな空間が構成される。
「最初に確認させていただきますが、異国の勇者さまは『一坪の密林』についてどこまでご承知ですか?」
「ほとんど何も知らない。山神の庭、とか呼ばれる場所への入り口だとか?」
「その通りです。そして山神の庭とはある種の聖域、と言われています。そしてその聖域に、悪しき獣たちが侵入しようとしているのです」
「侵入しようとしている?」
「はい。先代の神官が張り巡らせた結界によって水際で防いでいるものの、これが突破されるのは時間の問題でしょう。
私は神官として、これを座して見ている訳にはいきませんでした。新たな結界を張るつもりではいたのですが……」
そこで言葉を切り、神官アリエットは言いにくそうにする。が、それも僅か。すぐに真っ直ぐな瞳を俺に向けて言葉を続けた。
「新たな結界を張り直すのは、私一人ではできないのです。とても危険な役目を負っていただく勇者さまの協力が必要なのです」
「それが俺か」
俺が発した言葉に、こくりと頷くアリエット。
「具体的には何をしたらいい?」
「この庵の奥の林に入っていただきます。そして林から出ないまま、悪しき獣を24時間の間、狩り続けていただきたい」
「どういうことだ?」
「一坪の密林の清廉な気配を目指して悪しき獣は襲来しますが、長年の間清め続けたこの林なら一時的にせよ悪しき獣たちにここを一坪の密林と勘違いさせることが可能なのです。
そして集まった悪しき獣たちを狩っていただければ、その分奴らの勢いが減少します。その隙を狙って、私が一坪の密林に新たな結界を張るのです。
それにかかる時間は丸一日、24もの時間が必要なのです」
「もしも24時間経過せずに俺が林から出てしまったら?」
「結界を張る儀式は失敗です。おそらく一坪の密林は悪しき獣たちに見つかり、取り返しのつかないことになるでしょう」
「狩る獣が少なかったら?」
「同じです。悪しき獣たちの勢いに結界が押し負け、一坪の密林は奪われてしまうでしょう」
「…………」
結構エグいイベントだぞ、これ。
要約すれば、このイベントはコンテニュー不可。俺以外のプレイヤーならば参加できるだろうが、俺はイベントを失敗したら二度と一坪の密林は入手できない。
それはまあいいとしよう。マチもいるし、ビスケもいる。だが、彼女たちがクリアできるかというと、これも結構厳しい。その根拠は24時間という時間制限だ。
ハントというのは基本的に追い続けるものではない。むしろ絶を駆使して気配を消し、油断した獲物をハントするのがスタンダード。つまり24時間もの間、臨戦態勢を続けるという想定をしている奴はまずいない。というのも、念の戦闘は
俺も練を続けるのはおよそ18時間が限度であり、これを戦闘可能時間に換算すれば4時間も持たないだろう。これでも俺は相当に燃費のいい方だと自覚している。流に適性が低く、反対に練や円の高い適性があった為に
要するにこのイベントではどれだけ上手く息を入れられるかが一つのポイントになる。しかしそこに追い打ちをかけるのが2つの条件、悪しき獣を一定数狩らなければいけないという事と逆に悪しき獣からの攻撃を凌がなければならないというものだ。
ここまで悪しき獣の狂暴性を伝えてきているのである。まさか攻撃をしなければ襲われない、などという都合のいい話がある訳がない。休んでいるところで仕掛けてくるのは当たり前にするだろう。っていうか、神官アリエットがゲームマスターだと気が付けば見方も変わる。林に現れる悪しき獣というのは、おそらくは神官アリエットの操作した獣か具現化した念獣だろう。近距離戦闘の苦手な系統が、自分が攻撃されない条件で24時間一方的に嬲ってくるのを対処しろという話だ。気が付くと酷い条件だよなコレ。そして場所も林の中と限定されているならば、絶をして姿を隠しても多分無駄だろう。普通に察知されると思っておいた方がいい。つまり24時間、最低限の気を張っていなくてはならないのだ。
更に一定数の悪しき獣を狩らなくてはいけないという条件。ここで何匹狩らなくてはいけない、という情報がない。つまり、どれだけ狩っても足りてないのではないかという不安がついて回るのだ。これは精神的にも滅茶苦茶辛い。特に気力も体力もオーラも使い果たした最終盤で焦燥感を煽ってくるシステム。
いつでも逃げていいという条件を提示しているのは間違いないだろうが、システム全てで撤退を封じてくる形だ。ジンが考えたかアリエットが考えたかは知らないが、性根がひねくれ過ぎている。レイザーに負けてないな、イベントの酷さは。
さて。
ここまで考えて、クリアに最善のプレイヤーは誰かと考えると。俺だと断言できてしまうのが悲しい。
ここで最も有用なのが言うまでもなくサーヴァントである。霊体化すれば敵に見つかる可能性は全くなく索敵が可能。体を休めている最中も警戒をしてくれて、しかも警戒が相手に伝わらないのである。これほど便利な存在はそうそう居まい。更にいざとなれば実体化をして俺を守ってくれる。その実力は俺以上という折り紙つき。これでクリアできなければ誰がクリアできるんだというくらいには適した存在なのだ。
「異国の勇者さま。この哀れな神官にお力を貸していただけますか?」
考え込む俺に、きっちりロールプレイングをしてくる神官アリエット。この遜った態度さえ撤退を躊躇する要因になると気が付けば、まあ白々しいとさえ思う。
とはいえ、最悪イベントクリアは放棄してもいい。サーヴァントは俺から離れて行動できるからして、俺が情報を集めるだけ集めてマチにサーヴァントを憑けて再挑戦、という手段も取れなくもないのだ。
(いや、ねぇなそれは)
思いついた案を即座に棄却する。マチとサーヴァントは念話で繋がっていないから、サーヴァントによる警戒の意味がない。サーヴァントが敵を察知しても、それをマチに伝える術がないのだ。
となれば、やはり俺がクリアするしかない。『敵』がいない今、サーヴァントは俺の念獣で押し通せる。その正体や弱点まで知れるものはこの世界に存在しない。
ならば。
(場合によっては頼むぞ、ディルムッド)
(お任せを)
ディルムッドの力強い返事を聞き、俺は神官アリエットへと向き直る。
「是非、協力させてくれ」
「ありがとうございます」
またも胸に片手を当てて、頭を下げるという礼をする。そして彼女は彼女の後ろにある林を見やった。その林はまるで線引きされているかのように木の生えていない1メートルの幅で周囲の木々と隔てられていた。
奥行きは見えないが、林の中はそれなりに広そうだ。
「異国の勇者さまが林に入った時点から儀式を開始させていただきます。
林の範囲は木の生えている場所です。異国の勇者さまの体全てが木の外側に出た場合、私が張った結界の神聖さは失われ、一坪の密林は悪しき獣に見つかってしまうでしょう」
「分かった」
そう言い、林へと歩を進める。
「ご武運を」
神官アリエットの声が背後からかかる。返事はせずにそのまま林に入った。
「――」
ぴり、とした緊迫感を感じる。神官アリエットの領域に入ったという実感を肌で味わいながら、とりあえずは林の反対側を目指す。
まずはフィールドの大きさを把握しなくては始まらない。
「ケケー!! ゲッ!?」
樹木の上から飛びかかってきた、全身毛むくじゃらの猿にもにた獣を拳の一撃で粉砕する。纏のみをしたその一撃で呆気なく胴体を粉砕されたその獣は、形を失って空気に溶けていった。
「まずは一体」
ぽつりと呟く。この程度の力量しか持たない相手ならば楽だが、そんな希望的観測は持たない。もっと強力な悪しき獣はいくらでもいるだろうと覚悟はしている。
一坪の密林、そのイベントはまだ始まったばかりだ。