殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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006話 地の底から天空へ

 人間が最も隙を見せる時はいつだろうか。

 答えは幾つもあるだろうが、その内の一つが睡眠時だと答えるのを馬鹿にする者はいないだろう。

 睡眠時は分かりやすい隙であり、熟練者ほどそれを知っている。故に寝ていても敵意や殺気に対応できるよう、訓練を受けた者もまた多い。

 では、そのような者は睡眠時は隙ではないのか。

 答えは否である。

 どんな訓練を積んでいたとしても、起きているよりは寝ている方が隙が大きいのは道理。また、緊張をもって眠りについても心の奥底に疲れは溜まる。人間というものは、どうしてもどこかで完全な無防備の中で休む時間がなくてはならないようにできている。

 さて。そんな最大の隙を晒していたとして、敵対者はそれを見逃すだろうか。

 これもまた、答えは否である。

 最大にして絶対の隙を見逃す筈がない。念入りにチェックをして、相手が完全に寝入っていることを確信した瞬間、敵対者は襲撃者へと変化して行動を起こすだろう。

 しかし、しかしだ。もしもサーヴァントなんていう規格外を侍らしているならば、隙は隙足り得ない。むしろ隙を確信した者への強力なカウンターになるのだ。

『いや、流石に無理があるぜ。マスター』

『あ、やっぱり?』

 ごめんなさい、完全に気を抜いて寝こけていました。

 呆れたランサーの声と、俺のテヘペロ。

 ハンター試験。緊迫に満ちた開始直後のどうでもいい一幕である。

 

『――こんなとこか』

『サンキュー、ランサー』

『そう言うならこんな下らない寝坊はこれっきりにしてくれや』

『悪かったって。帰ったら酒を用意するからさ、割り増しで』

『当たり前だ』

 ランサーから俺が一日以上も爆睡していた間の受験生たちの様子を簡単に聞き出し、知ったかぶる用意と注意すべき受験生の情報を入手する。っていうか、俺は何でここまで爆睡してしまったのか。疲れていたのか。

 それはさておき。最も過激だったのはナンバー44であり、少しのいさかいから受験生の両腕を切り落としたとか。落としたはずの腕が誰の目にも見えない速度で上へ飛び上がり、天井に張り付いたのを見ても明らかに念能力者であったと。分かり易くヒソカである。ちなみに舐るように俺を見てきたらしいが、手を出す様子はなかったので無視したらしい。

 後、念を使えるのは顔面に針を突き刺しまくってカタカタ震えるアレ過ぎる男、ナンバー304。こちらも分かりやすくイルミである。

『念能力者にはおかしい奴しかいねぇのかねぇ?』

『それに俺やユアを含めてないよな?』

『ユアのお嬢ちゃんはともかくマスターは含めてるに決まってんだろ』

 ……まあ、念能力者は超人とも呼ばれるし、変人とも紙一重なのだろう。サーヴァントだけには言われたくないが。

 とにかく、俺が注意すべきなのはこれに加えたナンバー5の女のみだろうと締めくくられた。

 情報をかみ砕き、反芻しながら走るうちに見知った姿を見つけて声をかける。

「よう、ポンズ」

「……なんだ、起きたんだ。試験に寝坊するかと思ったのに」

 ジト目で俺を見るポンズ。

 まあ、その感想は一般的には正しい。俺だって、サーヴァントがいなかったら流石にあそこまで油断しないだろうから。多分。いざとなったらランサーが声をかけてくれるし、最後の最後には霊体化を解くという手もある。もちろん、霊体化を解くというのは本気で俺が死にかけた時のみだ。失格程度ではサーヴァントという手札を晒すつもりはない。

「油断したように見せたが、ポンズはまんまとそれに引っかかった訳だな」

「そう清々しく言い切れるのには感服するわ」

「本当さ。受験生が一人、両腕を切られて再起不能になったのとか、確認している」

 嘘を言う俺にポンズは驚きで目を見開いた。

「……ホントに把握してたんだ。じゃあ一応言っておいてあげる、その犯人は恐らくこの試験最大の危険人物――」

「もしかしてそれはボクの話かな♥」

 後ろから唐突にかけられた声に、ポンズは恐怖で顔をひきつらせた上で息を呑む。俺は不気味なオーラが唐突に絶で消えたから、多分こう来ると予測していたから驚かなかったが。

 特に気負うことなく背後を振り返ればそこにはピエロの顔。ポンズの事は完全に無視して、俺の事を視線で舐めまわす。

「初めまして、ボクの名前はヒソカっていうんだ♦ よろしく♣」

「ヒソカ=モロウか。俺の名前はバハトという。よろしく頼む」

 返した言葉にヒソカの目が一瞬だけ開かれ、そしてクックッと機嫌よく笑いだす。俺の隣にいるポンズは顔面蒼白な上、冷や汗だらだらだ。ちなみに逃げ遅れたのは彼女だけであり、他の受験生はヒソカが絶を解いた瞬間から距離を取っている。おかげで不自然に空いた空間ができあがっていた。

「もしかして君、天空闘技場に来たことがあるのかい?」

「いや、ない。これでも情報ハンターなんだ。アマだけどさ」

「それで今回、晴れてプロになる訳か♠ 腕がいいならボクも仕事を頼むかも知れないけど、他にも面白い情報があれば教えて欲しいな♣」

 ヒソカの言葉に少しだけ考え込む。

 どうせ目をつけられているし、まあいいかと興味のありそうな情報を開示する。

「13の中の4」

「……」

 これには流石に予想外だったのか、ヒソカは聞いた瞬間にニチャァとした笑みを浮かべた。

「ひ」

 その余りの形相に、ひたすら空気であろうとしたポンズがとうとう声を漏らした。そんなポンズを変わらずに完全に無視してヒソカは俺だけを見る。見続ける。俺もヒソカを平然と見返す。確かに不気味だし生理的嫌悪感を抱かせるが、俺とて産まれて20年間遊んでいた訳ではない。どんな相手だって、ポーカーフェイスくらいは保てなければ話にならないのだ。

「イイ、実にイイよ君♥ それを言った上で変わらない態度が最高だよ♣」

「気に入って貰えたのなら是非とも御贔屓に。あ、これ俺のホームコードね」

 気安くそう言って、名刺を差し出す。

 ヒソカは愉快そうに俺の名刺を受け取り、そのまま前に走り去っていた。

 あ、前方の受験生の流れが真っ二つに割れた。

 ヒソカが居なくなり、ようやく一息つけたポンズが呆れながら俺に声をかけてくる。

「……バハトさん、あなた、よく平気ね」

「なんとかギリギリ?」

「ギリギリの人間はあんな営業はしない」

 ごもっとも。ポンズのいたく正確なツッコミを受け流しつつ、俺たちは走り続ける。

 明言するのを忘れていたが、サトツの一次試験は原作と同じ。二次試験会場までサトツに着いていく事。よって、今までの会話や行動は全て走りながら行われていた。

 危険人物がいなくなったせいか、開けた空間が徐々に戻ってくる。徐々になのは、ヒソカと普通に話をしていた俺を警戒しているからだろう。

 そんな中にも例外はいるようで、ツンツンした黒髪の少年が後ろから一直線に向かってくる。呆れたような困ったような顔をした仲間たち、銀髪の少年にグラサンの男と民族衣装を着た青年も一緒だ。

「ねえ、お兄さん。ヒソカと知り合い? 仲がいいの?」

「ん? いや、さっきが初対面」

「初対面で、あれか……?」

 グラサンの男の的確でいてそして失礼な発言に、他の2人もうんうんと頷いている。ついでにポンズも頷いている。

 そんな中、黒髪の少年だけがきらきらした目を向けてきた。

「ヒソカは凄くイヤな雰囲気だったけど、お兄さんは全然変わらなくて凄いや!

 俺の名前はゴンっていうんだ。お兄さんとお姉さんは?」

「バハト」

「ポンズよ」

 軽く自己紹介をする。続いて他の面々も名乗りを始めた。

「レオリオだ」

「キルア」

「クラピカという」

 それに驚いた演技をしてクラピカの顔を見つめる。

 ヒソカにすらしなかった表情の変化に全員が、特にクラピカが怪訝な顔をした。

「クラピカ……?」

「? 私が何か?」

「……すまん。ちょっとクラピカと話がしたい」

「う、うん。いいけど」

 唐突に態度を変えた俺に、ゴンは戸惑いながらも言葉を返す。他の者たちから少し距離を取り、ゴンよりも更に戸惑ったクラピカに耳元に口を少しだけ近づけ、一つの言葉を囁く。

「クルタ族」

「……! 貴様、どうしてそれを!?」

 ギラリと俺を睨みつけるクラピカだが、俺はようやく見つけたという安堵の表情。の、ふりをして言葉を続けた。

「ようやく見つけた。お前だけは幻影旅団に襲われる前に旅立ったから無事だとは思っていたよ」

「…………」

 その言葉が意味することを理解して、絶句するクラピカ。

 思わず立ち止まってしまった彼の腕を取り、引っ張って走らせる。

「生き残りが、いたのか」

「ああ。直前に異変に気が付いて、妹と一緒に一目散に逃げ出した。それが正しかったと分かったのは翌日だったな」

「……妹。では、もう一人いるのか。

 バハト、しかしお前の目は?」

「ん。まあ、気にするな」

 眼帯をする俺を悲痛そうに見るクラピカ。何があったのかに想像を巡らせているのだろう。正解は念の制約の為であるので、完全な自業自得な上にクラピカに心配してもらう必要もないのだが。

 俺の目の話題から逸らすように話を変えるクラピカ。

「しかしこんなところで同胞と会うとはな。どうしてハンター試験に?」

「まあ色々と目的があってな」

「――復讐か?」

 クラピカの怨嗟のこもった声。自身の復讐にゴンたちは巻き込むまいとしたクラピカだが、おそらくクルタ族の生き残りである俺なら話は別だろう。

 もっとも、俺は首を横に振るのだが。

「残念ながら。幻影旅団を討ち取っても、何も返ってこない。しかも、もし返り討ちに遭えばユアが一人になる」

「そうか……。いや、自分でそう決めたのならいい。私が文句を言う筋合いでもない」

 一瞬だけクラピカの瞳に失望の色が宿るが、彼はそれを理性でかき消した。

 俺は知っている事ではあるが、クラピカの口からあえて言わせる。

「クラピカは復讐か?」

「ああ、そうだ。私を止めるか?」

「いや、それは俺が文句を言う筋合いではない。だろう?」

 クラピカの言った言葉を使って言い返す。そんな俺に対して、クラピカはほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 そして改めて問いかける。

「では、バハトの目的とは?」

「――俺は情報ハンターをしていてな。どうやら積極的に俺を殺そうとしている奴がいるという情報を掴んだ。

 クルタ族としてのではない、純粋に俺をだ。そしてその関係者が今回のハンター試験に紛れ込むだろうことも」

「なぜお前を?」

「さあな、どこかで恨みを買ったか、依頼されたか。とにかく殺される前にその『敵』を狩る事が最大の目的だ」

 そう言い切る俺に、クラピカは微笑を浮かべながら言葉を続ける。

「そうか。私で手伝えることがあったら言ってくれ。

 もはや世界で3人しかいない同胞だからな、できる限り力になろう」

「ああ。クラピカも欲しい情報があったら言ってくれ。安く売ってやるぜ」

 ニカっと笑う俺に、クラピカもくすりと笑う。

 そこで話を終わらせ、ゴンたちの元に戻る。どうやらちょうどポンズが初受験でないことを話したらしく、ゴンの好奇心溢れる声が聞こえてきた。

「ポンズは5回目の受験なんだね。今までどんな試験があったの?」

「え、ええと……」

「聞くのやめよーぜ。前もって知っちゃったらつまんねーじゃん」

 情報を漏らしたくないポンズが口ごもるが、キルアが簡単に質問を切り捨てる。

 難関と言われたハンター試験を楽しむ為に来た彼にとって、試験の前情報は知りたくないのだろう。

 それを聞くクラピカは苦笑いだ。

「私は是非聞きたいが、ポンズが話したくないならば無理に聞くというのも無神経な話だろう」

「あ、クラピカ。バハト。話は終わったの?」

「ああ、ちょっと個人的な話でな。中座を失礼した」

「硬いな、クラピカ」

「礼節は必要だよ、バハト」

 笑い合う俺たちに怪訝な顔をするレオリオ。

「なんか異様に仲良くなってなってねーか、お前ら?」

「否定はしない」

 さらりと流すクラピカにますますレオリオの顔が曇るが、言いたくなければまあいいかと話を打ち切る。

 現在は5キロ地点であり、序盤以下。まだレオリオにも余裕があるのだった。

 

 

 

 過酷な一日が終わる。

 サトツの試験の後に行われた二次試験。前半と後半に分かれたうち、後半のメンチの試験では予定調和の通り、合格者0名。

 これには流石にハンター試験の本部が動き出し、会長であるネテロが仲裁することでメンチの再試験が決定。これを突破できた48名が三次試験に突入することになる。

 とはいえ三次試験は約半日後の話であり、三次試験会場に着くまでは飛行船で休みをとってもいいと、ビーンズ氏から二次試験の合格者たちに通達された。

「キルア、飛行船を探検しようよ!」

「おう!」

 まあ、休むかどうかは個々人の判断によるのだが。元気よく飛び出す12歳児たちは、300人以上が脱落した上でその半数以上が死者となった試験の真っ最中だと理解しているのだろうか。こういう行動を起こすと知っていたとはいえ、実際に過酷な試験に身を置いた俺は呆れてしまう。

 他の面々は呆れる体力もないようだが。

「元気な奴らだ。俺はとにかく眠りてーぜ」

「私もだ。おそろしく濃い一日だった」

「…………」

 ポンズに至っては言葉を発する気力もないようだ。っていうか、なんだかんだここまで付いてくるポンズ凄いな。トンパには組み合いに持ち込めば勝てると評された彼女だが、一次試験を突破した時点で最低限以上の能力はあるのだろう。

 そういえばここでトンパがクラピカとレオリオに変なちょっかいをかけるシーンがあったはず。ついでに周囲を見渡すと、がっちりトンパと目が合った。その瞬間、トンパは流れるように視線をずらしてそそくさと立ち去る。なんというか、清々しく小物である。

 まあ、あんな小物はどうでもいい。心底どうでもいい。問題なのはナンバー5、黒い肌に黒い髪の女。奴がクラピカに話した『敵』の関係者か、もしくは本人であるとは思うのだが。一次試験、二次試験共に目立った行動は起こさなかった。それでいてしっかり三次試験には駒を進めている。どこに狙いがあるのかは分からないが、要監視対象なのは間違いない。

「バハトは平気なのか?」

 クラピカは気遣うように声をかけてくるが、気持ちだけありがたく受け取っておこう。

「問題ない。試験の前にぐっすり寝たし、軽く何か食べたら見張りは俺がしよう。

 試験の合間とはいえ、何が起きるか分からないからな」

「一応、受験生同士で、いさかいは禁止よ?」

「ヒソカも?」

「「「…………」」」

 かろうじて言葉を出したポンズだが、俺の一言で3人とも黙り込む。

 実際にここでキルアは2人の受験生を殺害している。試験前のヒソカにも共通するが、偶発的な接触からのいさかいはあり得る。もしくはいさかい禁止は名目に掲げているだけで、受験生の潰し合いは黙認されているのか。サトツも自分への攻撃禁止は明言したが、他の受験生への攻撃禁止は言葉にしなかった。あげく、湿原での大虐殺なのだから個人的には黙認だと思うが、さて。

 とにかくそういった危険がある以上、余力があるなら見張りくらいは居てもいいだろう。かなりふらふらな3人と共に、俺はゆっくりと移動するのだった。

 

「ええ。やはり居ました、前もって聞いていた以外の念能力者が」

 飛行船が出発してから2時間。深夜に差し掛かる時間になって、誰も立ち入らないような倉庫に人影が一つ。

 ナンバー5の女が虚空に語り掛けている。

「はい。ご主人様の指示通りに纏を見せ、すぐに解除しました。あれで私が念能力者であることは把握されたでしょうが、接触はしてきませんでした。

 慎重な性格なのか、情報を集めているようですね。特徴としては金髪で、左目に眼帯をした男です。ご主人様が探している本人という確証はありませんが。私と同じくただの駒という可能性もあり得ます。あれが敵対者であって、私をご主人様と勘違いして殺してしまえば早かったのですが、そこまで上手くいきませんでした。申し訳ありません」

 普通に考えればただ気が触れただけなのだろうが、彼女が念能力者であることを合わせればそんなぬるい思考には至らない。

 これは会話が成立していると考えるのが妥当だ。例えここが電波の届かない僻地であり、さらにその雲より高い場所にある飛行船だろうが。念能力者というのはそんな常識などものともしない。

「ええ、問題ありません。誰にも聞かれる筈がありません。円に感知者はないですし、ここは小さな倉庫の中。外まで声が漏れる心配はありません。

 私の『無限に続く糸電話(インフィニティライン)』は声を出さなくては届かないのが欠点ですが、この状況では情報が漏れる可能性は0です。

 ――いえ、確かに相手の能力次第ではありますが」

 危惧する問題は極小だと強い笑みを浮かべるナンバー5の女。

 そして会話は続いていく。

「このままではこれ以上の情報を得ることはできません。なので、四次試験のゼビル島で仕掛けます。あの試験ならば受験生が戦っても不自然ではありませんから。

 ――ああ、ご主人様から激励の言葉を頂けるとは恐悦至極でございます! このエリリ、命を捨ててご主人様に奉仕させていただきます!!」

 最後は悦に入り切った表情を浮かべるその女――エリリ。

 その表情といい、未来の情報といい、決して外に漏らしてはいけないだろう。色々な意味で。

 そう、ランサーはアクビをしながら思う。霊体化をしてサーヴァントでなければ決して感知されない彼は、一次試験からずっとこの女に憑いていた。

 ボロを出すまでずっと憑いていなければならないのは面倒というか苦痛だったが、成果があがれば多少だが溜飲も下がる。

 

 この情報がラインを繋いでいるバハトに全て流れている事に、エリリは全く気が付かないでいた。

 

 

 


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