3週間が過ぎた。
あの後の話をしよう。
ルルイザを捕縛した事によって、アサノード組は事実上壊滅した。新たに十老頭を襲名したルルイザが間を置かずに失脚したことにより、マフィアンコミュニティは混乱。そこにつけこみ、バッテラの威光も見せつけてボマー組のゲンスルーをヨークシンの裏の顔として君臨することに成功。ゲンスルーはこれからしのぎを削って新たな十老頭を目指す事となる。
ジノトーダ市長が失脚したヨークシンの次の市長には、ジェンダー問題を大きく取り上げた元女優のメグリザエが就任。彼女は女優時代に多くの性差別を受けたことを告発し、センセーショナルに人々に取り入ったのだ。そのバックについたのは言わずもがな、バッテラである。
ブドル警察署長はヨークシンを支配しつつあるバッテラに尻尾を振った。これで警察を抱き込むことができ、相当なやりたい放題ができる事となった。
結果的に見て、アサノード組の基盤をそっくり奪いつつ、マフィアンコミュニティにも手を伸ばし始めている構図を作った形になった。俺としては万々歳な結果になったといえるだろう。
そして。
「ばぁーあー」
「今日も元気ね、レントは」
「ああ。無事に産まれてくれて何よりだ」
バッテラが用意したセーフティハウスからエル病院の一等室に移動し、そこで無事にポンズはレントを出産。晴れて俺は一児の父となった。
ネオンやルーシェにベルンナといった面々も、とりあえずポンズと一緒についてきて彼女の出産を見届けた。というか、ネオンがポンズの出産に興味深々で、付いて来たいとダダをこねたとも言う。バッテラの恋人であるマリア嬢は、そんなネオンを苦笑して見ていた。止めなかったあたり、ネオンがワガママを言うと止まらないという事を既に把握していたとも言える。
そして比較的落ち着いた今、俺はベビーベッドにあうあう言っているレントを見つつ、ちょっと頬がこけたポンズと和やかな会話をしているという訳だ。女性の出産は体力消費が凄まじいと言われるが、念能力者でもその例外ではないらしい。ポンズは少し弱弱しくなっている。とはいえ命に別状はないらしく、しばらく養生すれば元通りになるとか。
「しばらく休んだ分、またインセクトハンターとして頑張らなくちゃ」
最近のポンズの口癖である。全く、頼もしい限りだ。とはいえポンズ自身の体調もそうだが、レントも産まれたばかりだ。もうしばらくは身動きが取れないだろう。
ちなみにベビーシッターはプロももちろん雇う予定だが、ネオンがすごいやる気を出している。彼女もレントを気に入っているみたいだし、少し歳の離れた姉として接してくれるかもしれない。
(いや、それはユアが怒るかな)
同じ年ごろの姉貴分として。血縁者な分、ユアの方が近いとも言える。
まあ、その立場は何人居てもいいだろう。それにユアも同性の歳の近い友人が居てもいい。ネオンとユアが気の置けない友人になってくれても俺としては構わないのだ。
そうぼんやり考えながら穏やかな時間を過ごすが、そんな時間も長くは続かない。
『マスター、こちらの準備は整いました』
『分かった。切り上げる』
百貌のハサンから念話が入り、気を引き締める。そんな俺の様子を見て、ポンズが苦笑いを浮かべた。
「仕事ね」
「ああ、今が大事な時期だからな」
「契約ハンターも大変よね」
「ま、いずれ実になる仕事だ。文句も言えないさ」
首をすくめて言葉をかけて、最後にレントに笑いかけた。俺は病室から立ち去り、その足で病院の駐車場に向かって待機させていた高級車に乗り込む。ちなみにリムジンではない。リムジンは何となく俺の趣味ではないのだ。
行先を告げると発進する高級車。到着までの時間、ケータイを操作して百貌のハサンから受け取った情報をゴレイヌに流す。
現在、俺とゴレイヌはバッテラに雇われた契約ハンターという身分だ。ヨークシンを実効支配した彼は、足元の掃除を始めた。すなわちヨークシンに蔓延るドラッグや犯罪者の排除である。それを情報ハンターである俺に依頼し、仕事仲間としてゴレイヌを巻き込んだ形である。
俺たちが排除している犯罪者たちはマフィアンコミュニティに便利に使われていた者たちも含まれている。要は前の支配者の汚れた手足は不要、という意味もあるし。実際に賞金首をかけられた者も数多い。俺もトリプルを目指す身として様々な分野の功績を必要としていた。今回は質より量といった具合だが、ヨークシンの浄化という括りで見れば大きな仕事だ。
とはいえ数が多い。雑多な者たちはゲンスルーが数の原理で駆逐しているが、それでも隠れることが上手な者や大物は網から逃れることが多い。
そういう奴らを狩るのが俺やゴレイヌの仕事、という訳だ。
高級車が止まり、メインストリートに降りる。メインストリートとはいえ、場所としては端の端、少し歩けば薄汚れた建物が立ち並ぶ地区だ。俺の今回の獲物の住処もこの中にある。
歩いて5分程。安いアパートメントに辿り着き、迷うことなくその4階まで上がる。そして階段から3番目の部屋に辿り着くと同時、そのドアを蹴り開けた。
「なっ!?」
中に居た男がこちらに拳銃を構え、発砲してくる。もちろん強化系の俺にそんなものがダメージになる訳がない。悠々と歩いて男に近づく。
「くそ、バケモノがぁ!!」
叫びながら男は窓から身を躍らせる。4階とはいえ、運が良ければ大きな怪我がなく着地して逃げられる可能性ももちろんある。銃が効かない人間を相手にして思い切った良い判断だ。
ここまで追い詰めて逃げられてもつまらない。俺は足早に窓に近づき、宙に身を置いた男の肩を掴んで固定する。
「な、な、な……」
覚悟を決めて4階の窓から飛び出した男は、腕一つで空中にぶらりと垂れ下がり、完全に混乱していた。およそ現実にあり得る光景や感覚でない。そう、念さえなければ。
そのまま俺は男を室内に引きずり戻し、その首を反対の手で締め上げる。
「ぐぇぇぇぇぇ……」
男は絞められたニワトリのような声を出して意識を失う。ちなみに殺してはいない。こいつには吐いてもらわなければならないことが山程ある。
まあ、そこまでは俺の仕事ではない。
ケイタイを取り出して警察幹部直通の番号を押す。
「こちらハンターのバハト。賞金首のゲゲルヨを確保した。至急応援を寄越して欲しい。
場所は――」
現在地を伝えると同時、電話を切る。それと同時に部屋の隅に現れる5体のハサンたち。
「すまん、手間をかける」
「お気遣いに感謝を。こちらが今回の首級です」
ハサンたちが差し出したのは黒い布に覆われた物体。ぽたりぽたりと垂れるのは血。中身は犯罪者の首だ。連続殺人犯や強盗グループなど、デッドオアアライブで目ぼしい奴らは俺が出向くまでもなく、百貌のハサンに狩って貰っている。
これでも手が足りないのが実情ではあるのだが。大都市の闇というのは濃さもそうだが、深さ広さが半端ではない。
黒い布に覆われた5つをその場に置くと、ハサンたちはすぅと霊体化してその場から姿を消す。
そのまま10分程度、俺は確保したゲゲルヨだけに注意して時間を潰す。するとやがてパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。ドカドカドカと音を立てながら警察の面々がここまで上がって来て、銃を向けながら部屋に入ってくる。
「よ、お疲れ」
「は! プロハンター、バハトさん。お疲れ様です!」
最敬礼で奥から姿を見せるのはこの警察を指揮する警部補の男。警察署長のブドルはバッテラの飼い犬だし、俺だってやっていることはただのブラックリストハンターの仕事だ。プロのライセンスを持っている以上おかしな事ではないし、結果的に警察に協力している。
とはいえ、銃を持つ彼の部下たちの顔は強張っているが。彼らの視線は部屋の隅に置かれた5つ黒い布。もう何日も同じことをしているのだから、彼らにはその中身が何だか分かっている。
「ゲゲルヨは生かしてある。じゃあ後は頼んだ」
「はい、お任せ下さい!」
そう言う警部補を尻目に部屋から出る。
そのまま歩いてアパートメントから高級車へ移動し、乗りつける。
「バッテラのところへ」
「かしこまりました」
運転手は素晴らしい腕前で振動少なく車を発進させる。車を発進したところを見たからなのか、先ほどのアパートメントの部屋に残った警察たちの声が聞こえて来る。もちろんサーヴァントによる盗聴だ。
『犯罪者、しかもデッドオアアライブなのは分かっていますが、正直恐ろしいですよ。
日に何人もの犯罪者を捕らえ、しかも5人も生首を捥いで置いておくとか』
『ああ、アイツも異常者だ。プロハンターなんてどいつもこいつも狂った奴らだとは聞いていたが――例に漏れないな』
苦々しそうに言うのは俺に最敬礼をした警部補だ。
まあ気持ちは分かる。俺としても気軽に首を捥ぐ異常者とは関わり合いたくない。
『あの男がヨークシンに牙を剥かないか。心配です』
『実は俺もだ。プロハンターの免責事項を使えば数人の殺しなんて無罪らしいからな。奴が何を企んでいるのか分かったものじゃない』
(酷い言われようだね、オイ)
思わず笑いが出るレベルである。
だが、この場合正常なのはあちらで異常なのは俺だ。ハサンにやらせたとはいえ、客観的には俺は毎日複数個の生首を量産しているのだから。
ちなみにゴレイヌは無駄な殺しは嫌っているらしく、全て生け捕りにしている。その分仕事に時間をかけているが。俺の場合、サーヴァントを使うとなるとその口封じも込みで殺すしかないのだが。
とはいえこれ以上は聞いていて楽しくなるものでもない。忌憚なき意見も聞けたことだし、サーヴァントとの念話を切る。そのまま備え付けられた3本しか缶が入らない冷蔵庫からコーヒーを取り出し、プルタブを開けてブレイクタイム。
「……疲れるな」
ぽつりとこぼした声は運転手には聞こえただろうが、反応されることなく消えて行った。
バッテラの元に着き、戦果を報告。
「お疲れ様です、バハトさん」
「ああ、お疲れさん」
他に誰もいないので、バッテラは臣下の態度だ。ちなみに様付けは落ち着かないのでやめて貰った。
腰を落ち着けて今後の話に移る。
「ひとまずはヨークシンの運営だ。俺の意見を聞いてそちらに向かえそうか、結果は」
「出来なくはない、というのが正直なところです」
俺の意見、それは。
「多くの市民、特に子供が安心して暮らせる町を造る。もちろん賛同者は多いですが、ここはマフィアンコミュニティに支配されていた町。
反対者は自分の権益が削られることに不満の声を上げています」
「だろうな」
「とはいえ、今の支配者は私。そしてゲンスルー。表立って反対しきる訳にもいかない。
既得権益を持った権力者はこれだから。ゴネながら時間を稼ぎ、私たちを失脚させるような情報を集めている段階です」
度し難いと呆れればいいのか、人間らしいと感心すればいいのか。
こちらも力を持つ権力者を全部敵に回す訳にもいかず、痛し痒しの部分はあるのだ。
「それで。どう対策する?」
「全ての市民を平等に勉学の機会と平和をもたらすのは現実的ではありません。中級からやや下までをすくい上げるというのが妥当かと。
言いたくはありませんが、それより更に下の層は教育を押し付けても良い結果にはなりません。それにそれくらいならば反対者も納得のいく損失に収められそうです。
彼らの利益に配慮しつつだと、これ以上は金が足りないですね」
「そうじゃなくても身を削った政策だしな」
頭が痛い問題である。金が湧いて来る訳もなく、今まで運営していたところから持ち出さなくては新しい政策は打ち出せない。
今回は前のマフィアンコミュニティの資金やその源を奪って改革に当てているが、これはつまり前のマフィアンコミュニティよりもバッテラの体制が脆弱な事に直結する。中間層などを取り込もうとしているが、メグリザエ新市長の支持を受けてそれが現実化するまで時間はかかる。それまでにバッテラの体制が折れてしまえばこれまでの苦労がパーである。
こちらは細くなりつつも折れず、新たな枝を増やさなくてならない。
「ゲンスルーもいつこちらの寝首を掻いてくるか分からない、か。
苦労をかけるな、バッテラ」
「なんの。レントさまやポンズさまの為です。この老骨、惜しむことはありません。
それに信頼のできるゴレイヌや
なんとか持ちこたえてみせましょう」
力強く請け負うバッテラ。正直、こういう権力闘争は専門外だ。バッテラに頼るしかない。
こんな日々が続き、やがてその日が来る。
ゴンにキルアとユアが、カイトと共に謎の巨大昆虫を探してヨークシンを訪れる日が。