どうかお納めください。
……しかし、だんだんと短くなっているなぁ。
モラウとノヴの前でオーラを氷に変化させる能力である
この男はクルタ族の生き残り、ユアの実兄であると。
(そう手放しで判断したいがな)
バハトに気が付かれないようにノヴにサインを送るモラウ。送ったサインのその意味は、信用しない。
(全くもって同感ですね)
心の中でそう思いながらノヴもモラウに同意した。確かにこの男は緋の目を発現させた。オーラを氷に変化させた。
だがそれだけだ。
そんな薄っぺらな証明で信用するほど、プロハンターは甘くない。一度信用すれば懐に入れるのを厭わないからこそ、その信用には高い価値が付随する。
「情報のシングルハンター、バハトですか。ポンズやキルアの報告では生死不明とありましたが」
「ああ、逃げるだけで精一杯だった。存在が反則だね、アレは」
「アレとは?」
「護衛軍だとボクは確信している」
護衛軍。おそらくはあの円を展開しているキメラアントか、それと同等の存在。確かに生半可な敵ではないだろう。
相手に取って不足なし。そう判断してノヴは冷笑を浮かべた。
「それはそれはご苦労様です。その護衛軍から逃げるのが精いっぱいな貴方はNGLからも尻尾を巻いて逃げるべきでは?」
「囀るな、負け犬が」
ギロリとノヴを睨みつけるバハト。その言葉を受けて綽々とした笑みを浮かべるノヴ。
「負け犬、と来ましたか。結構、吠える元気がある負け犬はいったいどちらでしょうね?」
「…………いや、いい」
少しだけ言い返そうとしたバハトだが、すぐに言葉を呑み込んだ。まるで話しても仕方がないと言わんばかりの態度だった。
それを見たノヴが少しだけ怪訝な表情を浮かべるが、彼が状況を整理する前にバハトが口を開いた。
「どうあれキメラアントの見張りは必要だ。NGLの人々に説得が利けば退避を願ったんだがな」
「まあ、この国の人々の死生観には合わないでしょうね」
「同感だ。だから無駄な仕事はしないで湧いて来た蟻共を潰すのに一生懸命頑張っていたって訳さ。
ネテロ会長のお手伝いしかできないお前らには任せられない仕事だ」
「フ。なら仕事を代わっていただいても私は構わないのですが?」
会長のフォローをお前がやれるものならやってみろという挑発を込めたノヴの嘲笑はしかし、バハトには届かない。彼を上回る見下げた視線をしたバハトは、心底バカにした口調で言い返す。
「遠慮しておこう。お前らの大事な大事な仕事を奪っては可哀そうだからな」
「それはそれは、同情いただきありがとうございます」
冷笑を浮かべる両者だが、そこにもうめんどくさそうな顔をしたモラウが割って入った。
「あー、クソの役にも立たねぇ言い合いはもういいだろ?
それでバハト、お前はこれからどう動くつもりだい?」
「今までと同じさ。護衛軍が出て来ないように見張りつつ、出てきたら距離を取って退避、動向を探る。
護衛軍が出て来なければ、出てくる雑魚蟻を潰していく。
生き物である以上、喰わなければ死ぬ。補給を絶つのが今の最善だろうね」
首を竦めながらそう言うバハトに、嫌そうな顔をするモラウ。
「……こっちと作戦は同じって訳かい」
「最善手はそうないのかもな。あ、先に言っておくがお前らと合流するつもりはない。
ボクはボクの方法でこの仕事をクリアする」
「そこも同じ考えで嬉しいぜ。お前と一緒に仕事をするなんてゴメンだからな」
「足を引っ張られたらたまりませんからね」
同じ目的を持つプロハンター同士とは思えない険悪に雰囲気である。だが、決して珍しい話でもない。ハンターは狙う獲物が同じならば蹴落とし合う仲でもあるのだ。非協力的なグループが出会えばこうなるのも一つの帰結なのである。
モラウが展開した煙が充満するその場所は。ノヴの罠と自分自身を具現化したバハトの殺戮でキメラアントはその数を減らし、その当人たちは睨み合っている。
しかしそれも終わり。話すことは話したし、キメラアントの数も少なくなってきている。ここに誘き寄せられたキメラアントが全滅するまでもうすぐだろう。
「
バハトは木の質感を持つ棒を具現化し、肩に担ぐ。
「ああそうだ。ボクはNGLの外に連絡する手段がなかったからできなかったけど、ユアたちにボクが無事なことは伝えて欲しいな」
そう言い捨てて、バハトはその場から離脱する。
それを視認した上で、更に煙の結界を展開しているモラウは煙内の全ての存在位置を把握できる。その場を去ったバハトは近くでウロウロしていたキメラアントの元へ向かい、そして一息で始末したのを認識。
バハトが十分に離れたことを確認したモラウは、軽い様子でノヴに話しかけた。
「どうにも胡散臭いヤツだったな」
「ええ、それに不自然なところが1つ」
「ああ、俺も気になっていた。ヤツの念だろ?」
「そうです。あそこまで多彩な念を持つのはほとんどが相手の念を奪ってコレクションするタイプで、特質系です。
ですが話に聞いたバハトは強化系で、調べた情報も変化系。どちらも特質系から遠い。特質系に変わるとは考えにくいでしょう」
「もちろんそれもだが、俺は
バハトのメインの念だって聞いていたからな。しかも強化系と相性がいい。
……護衛軍との戦いで特質系に目覚めたっていうなら分からなくもないが、随分と都合のいい話になる」
「加えて数日前に特質系に変わったのならば、あれだけの発を集めたのはいつだという話になる。
現状から考えるとキメラアントから奪うしかないのでしょうが、あそこまで精度の高い念を使うキメラアントにはまだ出会っていません。結論として使えない筈の念を使えていることになる」
「どうにもきな臭いヤロウだな。少なくとも、ヤツの言う事を聞いてユアたちにバハトが無事だったと伝えるのは反対だな」
「同感です。そもそも頼みを聞く間柄でもない。
要調査事項を容易に結論づける必要はありません」
肩を竦めて締めくくったノヴに、ニヤリと笑うモラウ。
そうしてバハト生存の話はネテロにだけすると決めた2人はその場から離れて安全地帯へと戻っていく。
「そうだよな。あそこまで怪しめば、当然ボクの頼みを聞きやしない。
予想通り、想定通り。分かりやすくて助かるよ、プロハンター」
彼らに気づかれずに仕掛けた盗聴能力で話を盗み聞いたバハトは、遠くで嗤った。
◇
紆余曲折あったナックルとゴンたちだが、彼らは本質的には和解した。
もちろんNGLに向かう一つの椅子を譲った訳ではなく、お互いに納得のいく戦いをしようと決めたのだ。ゴンたちは正面からナックルを倒すまで修行し、ナックルはそれに付き合う。一ヶ月以内にナックルを倒すまでに成長できなければ諦めろ。
相談して決めた訳ではないが、そういった形に落ち着いた。これはナックルの人が良すぎることも原因の一つだろう。
そして今夜もナックルと戦うゴンとポンズ。
「オラオラオラオラオラ!」
「くっ…」
ナックルの猛攻を正面から受け止めるゴン。防御だけではやられると、攻撃の為に手を出すが、逆にそれが隙になる。防御が疎かになった分だけ逆に被弾が増えてしまう。
そしてゴンにかかりきりになったナックルの側面から忍び寄るポンズ。
「気が付いてないとでも思ったか、ナメんなよ!」
「がっ!」
それをあっさりと察知したナックルが蹴りでポンズを吹き飛ばす。中国拳法の技法である化勁で威力を逸らしたが、まともに喰らえば即座にノックアウトされる威力だ。
「ゴン! テメェの思い切りの良さは認めるが、それでも無謀の域を出てねーぞ! もっと頭を使えやコラ!
ポンズ! 臨戦態勢に入った状態の隠はめっちゃ難しい! 戦っている最中に敵意を消すんだからな。オレを騙したいんならもっと心を鎮めろ!」
「言われ――」
「――なくても!」
今度は逆のコンビネーション。ポンズが前で出てガードを固め、ゴンがナックルの背面側面に回り奇襲を仕掛ける。
「効くかオラ! 脅威にならねー前衛は無視されるんだよ!」
「破っ!!」
「!?」
ポンズを無視してゴンを目で追ったナックルだが、ポンズが自分から意識を外されたと気が付いた瞬間に中国拳法の歩法でナックルの懐に入り込む。
そして隙だらけの腹部に発勁を撃った。意識を逸らしていたナックルはそれでも流が間に合い、ポンズの攻撃を無効化する。
しかしそうしてしまえばゴンから意識を外すことになるのは道理。高く飛び上がったゴンはナックルの頭上から拳を振りかぶる。
「驚いたぜオラ。やるじゃねーか!」
ナックルはどこかにいるだろうゴンは無視し、懐で動きを止めたポンズに向かって拳を振り落とす。
「きゃん!」
防御が間に合わなかったポンズは格上であるナックルの一撃で意識を失い、その場でのびてしまう。
それを確認せずにナックルは即座に上を見た。
「!!」
「空に飛んだのは失敗だったな。ほんの僅かに星の光が遮られたぜ。光より早く動ける自信ができてからやれや」
そう言い捨てて、ナックルはゴンを殴りつける。
「がっ!」
宙にいたが為に衝撃を逃がすことができず、思いっきり吹き飛ばされるゴン。公園外れにある樹木まで飛ばされ、叩きつけられた彼は完全に目を回していた。
「「きゅ~……」」
「今夜はここまでね」
「だな」
二人仲良くノックアウトされたのを確認したユアとキルアが回収に向かう。
「――オイ」
「何よ?」
「お前らはオレに挑まねーのかよ、コラ」
「挑まない」
挑発染みた疑問を投げかけたナックルだが、ユアの言葉あっさりしたもの。
「理由は2つ。1つはシュートを捕捉できていないこと。
ナックルのことは信用したけど、シュートは別。彼の奇襲に対応する人手は必要だわ」
「……もう1つは?」
「私がナックルを倒したらこの修行環境が崩れるでしょ?
私よりもナックルの方が肉弾戦は上手だしね」
「ハッ。ガキのジョークは笑えねぇ」
「期限前には叩きのめすわよ、割符を集めなくちゃだし。その時には確かに笑えなくなるでしょうね」
クスリと冷笑を浮かべるユアにナックルの背中がゾっとする。
(ユアの野郎、何かどんどん危うくなってねーか?)
どこか壊れそうな雰囲気を醸し出すユアの事を心配するが、しかしナックルが出来ることは何もない。どうしたらいいのかも分からない。
キルアがゴンを回収し、ユアがポンズを回収する。そしてそのまま夜の町に消えていく。
ナックルはそれを見送っていた。
ただただ、黙って見送る事しかできなかった。
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