殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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早めに書き上げられましたので、最新話をどうぞ。


083話 夢であるように

 

 傷だらけの身体。

 焦点の合わない瞳。

 そんな男が、2体。

「…………」

 絶句とは、この状態の人たちを指すのだろう。ゴンが、ユアが、ポンズが。言葉を失って立ち尽くしている。

 辛うじて我を忘れていないのはキルア。それでも彼の衝撃が少ない訳ではない。カイトはともかくとして、バハトはハンター試験を共にした仲間であり、念の師匠でもある。そんな彼の成れの果てを目にすれば、感情が粟立たない訳がない。それでも彼が一番マシだったのは、キルアの一番がゴンだったからだろう。

 情に厚いゴンは恩師でもあるカイトとバハトを見て言葉も出ない。たった独りの家族であり兄でもあるバハトをこんな形で見るハメになったユアと、夫の末路を目撃させられたポンズの心境は、果たしてゴンと比べてどちらがマシか。

 ギチギチと歯ぎしりをしつつ、ぎょろぎょろとあちらこちらに両目を動かす2人はまるで肉食の昆虫のようだった。人間としての尊厳も何もかも無視して操作されるという、操作系の最も残酷な側面がここに体現されている。

 ゴンの眉が悲哀に歪み、ユアの指が己の掌に食い込み、ポンズがガクンと膝から崩れ落ちる。

 それを見た仲間達は、ここが限界だと判断した。キルアがゴンを後ろから抱きしめ、パームがユアとポンズの肩に優しく手を置く。

「ここはオレたちに任せて貰うぜ」

「――どうするの?」

 震える声でユアが前に出たナックルに問いかける。ゆらりと暗い宿(ホテル・ラフレシア)を発動させたシュートが答えを口にした。

「操作された彼らを助けるには手順が必要だ。まずは捕獲し、無力化させる。話はそれからだ」

 モラウが口から煙のオーラを吐き出す。紫煙が周囲を包み、ナックルのサポートに最適な状況を作り出す。

 ナックルの念能力、天上不知唯我独損(ハコワレ)が肝である。対象を強制的に30日間も絶にするという彼の能力は、念能力者の無力化に強力な効果を持つ。

 そのナックルの能力が発動するようにサポートするのがシュートとモラウ。ノヴはこの場に置いておくには痛々しすぎる3人をその場から退避させた。

 戦闘音を後ろに聞きつつ、その場を辞する6人。

「――とりあえずは生きていた。それは喜ばしいことです」

 そう言いきったノヴの胸倉をユアが掴み上げる。小さな背でノヴを睨み上げるユアの瞳は緋色に染まっていた。

「もういっぺん言ってみろよ。何が、喜ばしいって?」

「生きていたことです。死んだらそれで終わり。そう考えれば、敵に操作されたとしても生きていたことはポジティブな事象でしょう」

 はっきりと言い切ったノヴに向かってユアは右拳を振り上げ、それは後ろから手を伸ばしたキルアに止められる。そして左肩も今にもキレそうなパームによって抑えられていた。

「ノヴ先生に八つ当たりで殴ろうとしてんじゃねーよ!」

「は? ふざけた寝言を言う冷血男を殴るだけですけど?」

「どっちもやめろ! ノヴもわざわざ火に油を注ぐな!!」

 ユアとパームが女の恐ろしさを全面に出しながらメンチを切り合い、それに辟易としたキルアが止める。

 ゴンとポンズは怒る気力もないようだが、ノヴは余裕たっぷりに右手の中指で眼鏡の位置を直している。

「ふ。怒る元気があるなら結構。ならばその気力は事態の解決に役立てる事です」

 そう言ってノヴは足を進める。

「――どこへ?」

「コルトの所へ。護衛軍が操作したのは明白です。誰がどんな操作をしたのか、話を聞きましょう」

 

 ◇

 

 カイトとバハトが殿となり、護衛軍の足止めをしていたのをゴンやユアたち4人は見た。カイトがネフェルピトーと戦い、そしてバハトがトトルゥトゥトゥの行く手を遮っていた。

 コルトがカイトとバハトの姿を見たのはその翌日。ネフェルピトーの戦利品として持ち帰られた2体の人間を、彼女が開花した能力で弄り回している光景だったらしい。やがて中空に浮く傀儡師の念獣を作り出し、それによって手に入れた玩具(オモチャ)を操作するようになったとか。

 以降、彼らの使い道はキメラアントの兵隊たちの訓練相手となった。片やネフェルピトーが操作する強力な念能力者、片や剛柔な肉体を持つ念が使えるキメラアント。ネフェルピトーの念の練習にも役に立ったし、キメラアントたちの強化にも役に立った。

 そしてネフェルピトーが旅立ったのにここに残された彼らを見るに、2体の玩具(オモチャ)はもう用済みになったのだろう。

 大切な恩師が、家族が。ボロ雑巾のように弄ばれ、捨てられた。その事実にどんどんと怒りのボルテージを上げていくゴンとユア。

 対照的にポンズはようやく頭が冷えてきたようだった。疲れた表情で思考を回す。

「ポンズ。貴女の能力で彼らの除念は可能ですか?」

「無理ね」

 即座にポンズはその結論を出す。そして小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を発動した。ただし、それは片手で持てる小瓶ではなく、両手で抱えるように巨大な瓶だった。

「ある程度大きさは変えられるけど、巨大にするのはこれが限界。私が持てる瓶であることが念の発動条件だから、人間大の念獣は内部に取り込むことができないわ」

「そうですか。貴女よりも腕のいい除念師を探すのも現実的ではありませんね、ここはやはりネフェルピトーに解除させるのが正解でしょう。キメラアント討伐という目的にも合致する話です」

「問題はそのネフェルピトーがどこに行ったのか、かしら」

 コルトから聞いた話によれば、王と護衛軍が東へ旅立ったらしい。とはいえ、ここNGLはミテネ連邦の最西端に位置する。東に行くとはいえ、それではミテネ連邦全域が含まれる。しかも途中で北や南に進んで海を越える可能性も捨てられない。

「ノヴさんはどう思います」

「そうですね。予想の範疇でしかありませんが、海を渡る可能性は低いでしょう」

「根拠は?」

「海という存在の実態を奴らは知りません。しかしここには裏のNGLが遺した本がある。海の恐ろしさは理解できるはず。ならばこそ、まずはミテネ連邦を全て手中に収める。

 そうすれば人間が持つ船や飛行船といった海を踏破する道具も手に入る。海を越えるのはそれからでも遅くありません」

 なるほどと頷いたキルアが言葉を続ける。

「それじゃあ奴らが狙うのは……東ゴルトー共和国だな?」

「ほぅ。私も同意見ですが、その根拠を聞いていいですか?」

 ノヴの言葉を聞いて根拠を話すキルア。

「ロカリオ共和国、ハス共和国、西ゴルトー共和国は全てV5の支配下にある。もしも事件を起こせば、世界中を敵に回す。

 だが東ゴルトー共和国だけはV5に属さない独裁国だ。まずはここを支配して力を蓄えるのが上策だな」

「結構。もしも奴らが東ゴルトー共和国に行くまでの国でコトを起こせばそれはそれでよし。全人類に情報が共有されます。

 私たちがすべきは最悪の事態への想定。すなわち、東ゴルトー共和国が奴らの手に落ちた時の対処です」

「具体的には?」

「東ゴルトー共和国は独裁国とはいえ、外交は開かれています。話が通じる相手に強く働きかけて、政治的に影響を与えられる工作を始めます。

 同時に東ゴルトー共和国の内部に入り込む準備を。

 言うまでもなく、我々討伐隊の最適解は王の暗殺です」

「とはいえ、ネフェルピトーの円があるだけで暗殺どころか面会すらロクにできやしねーぜ?」

「分かっています。ネテロ会長も力押しはしなかった相手、軽視はしません。ですので、王の暗殺部隊と護衛軍の分断にチームを分ける事になるでしょう。

 奴らが一所に集まっていれば、どんな策も力業で破られてしまいます」

「――ネフェルピトーの相手は、オレがやる」

「――トトルゥトゥトゥは私にやらせて」

 会話に口を挟むゴンとユア。据わった目は、ここにはいない怨敵を睨んでいた。

 それを見て肩を竦めるノヴ。

「第一希望として聞いておきましょう。高いモチベーションは結構なことです。

 ま、おそらくモラウも反対はしないでしょうがね」

「オレはゴンと組むぜ」

「ユアちゃんとは私かしらね」

 キルアとポンズがそれぞれ止めもせずに後ろから乗っかる。

 どうやっても止まりそうもない様子の4人の気迫を見て、ノヴはそれでも軽口を叩く。

「それらも第一希望として聞いておきましょう。まだ我々は奴らの情報が少ない。まずは敵を識ること、それを怠っては勝てる戦いにも勝てません」

 激怒と憤怒と殺意と敵意を燃やす若い念能力者の矛先をそっと逸らす。これもノヴが練達した人間であるからこそできることだ。

 それに、問題はキメラアントだけではない。

「そして、クルタ」

 その名前を聞いてユアの瞳が更に鋭くなり、ポンズは悲しそうに視線を下に落とす。

「あの男、キメラアントの駆除に参加をしていました。その本意がどこにあるのか、調べても損はないでしょう。

 それに奴はキルアの操作を解きました。こちらを操作することを狙っているのかも知れません。努々、油断なさらないように」

「あったりまえ!」

「聞かなくちゃいけないことが、多すぎるから……」

 気炎をあげるユアと、繊細に表情を歪めるポンズ。彼女たちもまた、対照的だった。

 

 ◇

 

「奴らが行くのは東ゴルトー」

 クルタはNGLの国境から程近い海辺で、手に入れた地図を眺めていた。

「流石に独裁国家の内部情報はそう簡単に漏らしてはくれないか。ボクの取れる手が多くないっていうのも辛いものだね」

 ふー、と溜息をつくクルタ。

「とはいえ、そっちはそっちで使いにくいし。

 人手が足りないよ、本当。

 愚痴っても仕方ないけどさ」

 王と護衛軍を始末するのはクルタだけでは無理がある。やはり討伐隊を上手く使わなくてはならないだろう。クルタの目指す目的の為にも、使えるものは使い尽くさなくてはならない。

 そして当面の目標を決める。

「ここはやっぱり、師団長の始末かな……」

 強さを求めるキメラアントは、場合によっては王に降る。人間に降る選択肢がない以上、より強い者に恭順を示すのは野生らしいといえば野生らしい。

 とはいえ、それを許すつもりは毛頭ない。そんな連中を許せば王と護衛軍を始末することが尚更困難になってしまう。

 故に、殺す。人類と敵対するキメラアントを、一切合切の容赦なく。クルタは躊躇する気は全くなかった、キメラアントは人間の遺伝子が混ざっているだけの害虫に過ぎないのだから。

 女王アリが死んだ時、蟻塚から群れ為して散るキメラアントの中で特に強そうなアリに付けた目印。クルタは先回りしたに過ぎない。

「ん? 旨そうなエサがいるワな」

「来るのが遅い」

 ズシンズシンと重い体を揺らしながら、ワニのキメラアントがクルタの背後に現れる。彼に向かって振り返りながら声をかけるクルタ。

 そんな人間を見て、ワニのキメラアントはカッカッと笑う。

「そうかそうか、お前はオレに喰われる為にここで待っていたんだワな。この大食いキングであるアゲタ様に!」

「喰われる趣味の生物は存在しない。そんなこともお前の脳みそでは分からないのか?」

「分からんなぁ。オレを待っていたのに、喰われる以外の結末があるだワなんて」

 オーラを漲らせるクルタと、ワニのキメラアントであるアゲタ。

 静かに闘志を高ぶらせる一人と一匹。

(――単純に、強い。強化系だな)

 一番イヤな系統だとクルタは心で思う。銃すら通じないキメラアントが強化系に目覚める。それは生半可な攻撃は全くの無効であることをクルタはよく知っていた。

 そして強化系が優れているのは力だけではない。

「――フン、ガッ!!」

 一瞬で誰そ彼れの距離を詰め、その巨大な顎を開いて閉じる。間一髪逃れたクルタだが、直前まで自分が居た場所で閉じられた牙に冷や汗が流れる。

(攻撃を許せば――即死!)

 そんな思考を回す彼の脇腹をめがけてアゲタの尻尾が横薙ぎに振るわれる。ワニといえば顎の力が最も有名だが、全身の筋肉も決して伊達ではない。ましてや相手は強化系のキメラアント。全ての攻撃が一撃必殺。

 迫る尻尾を見つつ、クルタはその両手の間に何百もの念糸を作り出す。マチの能力である念の糸は、細いがしかし柔軟で強力だ。それを尻尾に合わせることにより、その勢いを完全に殺しきり絡めとる。

「ガハハッ! それでオレの動きを止めたつもりかワな!?」

 横薙ぎの勢いこそ止められたが、ギチギチと締まる糸はアゲタの尻尾の皮を切るのが精一杯。痛みも感じていないようなアゲタは、ニンマリと笑って尻尾を上に振り上げた。

「っ!」

 糸と繋がったクルタはそれだけで空高く飛ばされる。そしてその着地点では、アゲタが大口を開けて待ち構えていた。

「わざわざここまでご苦労だったワな。

 では、いただきま~す」

空気醸造法(エアライズ)

 アゲタの顎の下から空気の塊がぶつかり、その顎は強制的に閉じられた。アゲタの表情が驚きに染まる。

「ワニの顎は閉じるには無類の力を発揮するが、開くには微力が過ぎる。自分の身体なのに、そんなことも知らなかったのか?」

 冷たい目でそう言い捨てるクルタ。再度口を開こうとするアゲタだが、その下顎に連続して空気の塊がぶつけられる。アゲタにダメージを与える威力はないが、開こうとする口は閉じたまま。

 そして一撃必殺は何も強化系だけの特権ではない。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 クルタはアゲタの眉間に拳を一つ入れる。彼にとってはそれだけで十分。アゲタの身体は固まり、その場にズズンと崩れ落ちた。

 悠久に続く残響(エターナルソング)はクルタの固有能力であり、操作系よりの特質系である。オーラを注ぎ込んだ対象を停止させる能力を持ち、これを脳に叩き込むと思考が停止して全ての行動が不可能になる。

 その特性から、操作された相手や具現化された念獣とは相性が悪いが、身一つで戦う強化系には無類の効果を発揮する。

 とはいえ、クルタは特質系である。身体強化は最も苦手な系統だ。キメラアントの強化系に対して一撃必殺なのはお互い様といえた。それでもクルタが勝利したのは、あまりに経験値が違っていたからに他ならない。

 停止したアゲタを無感情に見つつ、クルタは口上を述べる。

「貴様は名乗ったな、大食いキングのアゲタと。

 それに倣ってボクも名乗ろう。

 名前はレント、シングルのキメラアントハンターだ」

 もはや何も聞こえていないアゲタに向かってそう言い放つレント。そしてオーラと空気を混ぜ合わせたそれを、アゲタの鼻から大量に注入する。

空気醸造法(エアライズ)

 それを大量に取り込んだ相手を操作する能力を発動したのを確認し、レントはアゲタの停止を解く。

 同時、アゲタは即座にクルタに向かって土下座をした。

「それでいい。ボクにその汚いツラを見せるな、虫唾が走る」

「ハッ!」

 頭を差し出す格好になったアゲタ。その頭部に触れながら、レントは言葉を続ける。

「お前はこれから東ゴルトー共和国へ向かえ。怪しまれないように、王の懐に入るんだ」

「ご主人様のご随意のままにっ!!」

 王を目指していたキメラアントはもうそこに存在しない。存在するのは他者のいいように扱われる操り人形である。

 アゲタはレントに顔を見られないように土下座をしたまま後ろを向き、そして立ち上がってその場から去っていく。それを冷淡に見つめるレント。

「こんな小細工がどこまで通じるか……。そもそも除念されないとも限らないんだけどなぁ」

 可能性が低いと思いつつ、そう口にするレント。まあ、その時はその時である。アゲタへの仕込みは終わっている、場合によっては脳を破壊すればいいだけの話だ。

「もう何体か、師団長を確保できれば……気休めにはなるか」

 ぶちぶちと呟きながら、レントは空間を跳躍する虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)を発動し、彼は瞬く間にその場から消えるのだった。

 

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