ガタンゴトンと鉄道を進む。9人にも及ぶ大所帯であるからして、二等客席を借り切っての、のんびりとした時間が流れていた。プロハンターの財力を考えればささやかな出費だが、そもそもプロハンターは金持ちが多いが散財する者が多いとは限らない。自分に見合っていると思えば、マイカーすら持たない者も珍しくない。
故に9人ものプロハンターが密集するその一室で不満を持つ者はいない。移動と密談にはこれで十分なのだから。
もぐもぐもぐ。
「あっ! キルア! それはオレが買ったやつ!」
がつがつがつ。
「さっきオメーはオレの牛タン弁当喰っただろ!」
ぱくぱくぱく。
「よしなさいよ、みっともないわね」
ひょいっとな。
「あ、これ美味しそう、ユアちゃん、貰うわね」
「どうぞー」
だからここで大食い大会が開かれていても何の問題もないのである。ゴンとキルアにユアは大量の弁当や総菜やらを持ち込んで、その小さな体のどこに入っているのだとつっこまれんばかりにそれらを喰らい尽くしていく。
もっとも、これくらいの食事量は念能力者なら普通だ。念能力者は何も物理法則を無視する訳ではない。コンクリートを殴り壊す破壊力を生み出すのにはそれ相応のエネルギーが必要となる訳で、人間がどうやってそのエネルギーを蓄えるのかと言えば、そりゃ食うしかないのである。
残りの6人もこれくらいは食べるが、流石に子供と同じようにがっつく程慎みを忘れている大人たちではない。ゆっくりと穏やかに、しかし大量に食品を消費している。
彼らが乗っているのは特急列車。西ゴルトー共和国、第三の都市であるウー市行きだ。
「食べながらでいいので聞いて下さい。到着後、私たちの動きを確認します」
優雅にティーカップを傾けるノヴに全員の視線が集まる。
「私たちの標的は護衛軍と、王。最悪の想定は東ゴルトー共和国がヤツラに乗っ取られることですので、それを想定して動きます。
ウー市に行き、東ゴルトー共和国の高官と接触します。金と圧力とをかけて寝返らせる。
まあ、その辺りは私とモラウにお任せ下さい」
「それにウー市は地理的にも東ゴルトーに潜入するにはうってつけだ。そこに居て損はない」
モラウが補足する。普通に考えれば東ゴルトー共和国に接触するにはウー市が最適なのだ。上から話すにしろ、下から侵入するにしろ。そもそも東ゴルトー共和国は競技の場に姿を現すこともある国である。独裁国ではあるが、国交は閉じていないのである。外交の場や輸出入などのハブとなる都市ができるのは自然なことであった。
問題は東ゴルトー共和国もそれを認識してウー市にスパイを捕らえる網を張っていることなのだが、これは今回は問題ない。
「でも、侵入はアリに東ゴルトーが乗っ取られたって分かってからなんだろ?」
「ええ。ミテネ連邦の他の国で動き出す可能性もなくなっていません。その場合、東ゴルトーに侵入してしまえば情報を得る事さえ難しくなる。
ヤツラの動きを捕捉するまではウー市で待機です」
キルアの言葉に頷くノヴ。最悪を想定して動いているが、最悪が形となる前に動くのは悪手。そう判断してのことだった。
「とはいえ、だ。ウー市で英気を養うだけって訳にもいかねぇ。オレたちの最終目標が王ってことに変わりはないが、ミテネ連邦中に広がったキメラアントどもを駆除するのも大切だからな」
そう言うモラウは、先日ナックルと共に一匹のアリをマークしていた。コルトに確認したそのキメラアントの名前はヂートゥといい、師団長級のキメラアントであった。今はヂートゥの居場所だけ捕捉してあり、スピードのある相手と相性がいい能力を持つリァッケに捕縛を依頼しようというところである。
それは何百というキメラアントが解き離れた、ほんの一例に過ぎない。ヒマがあるのならば狩るのがハンターの道理。
モラウは手元の端末を操作しながら言葉を続ける。
「現在、捕縛か殺害したキメラアントは223体。コルトからの話によれば最も脅威度が高い師団長級の数は10体。うち4体は接敵したが、3体は逃がしている。マークしているのはナックルの
「現在、師団長以下のアリと王の間に主従関係はありませんが、頭を使えば王の元に降るキメラアントがいても不思議でもありません。
人間と敵対した以上、ヤツラが頼る先は同じキメラアントでしかありえず、そして明らかな格上なのは王と護衛軍なのですから」
「そうなると、ウー市で網を張るにしろ可能性があるってことになる」
モラウとノヴの言葉を聞きつつ、密かにやる気を漲らせるのはポンズ。彼女の性格的に罠を仕掛けるのは得意分野であるし、そもそもインセクトハンターでもある。ここが一番結果を出し易い場所でもあるのだ。
「まあ、キメラアントの移動速度から考えて一日二日くらいの余暇はあります。本格的に働く前に、しっかりと休むのがいいでしょう」
そうノヴが締めくくり、密談が終わる。
後はウー市まで列車が辿り着くまでゆっくりするだけだ。
◇
ウー市。
前述したとおりに西ゴルトー共和国有数の都市であり、一般人は渡航できないとはいえ東ゴルトー共和国への玄関口でもある。物資を売買する商人たちも多く、賑わいはなかなかのものだった。
そこに9人のプロハンター達が降り立ったのは昼過ぎ。寝るには早すぎる時間でもある。
「冒険に行こうぜ、ゴン!」
「うん、いいよ!」
さっそく駆け出すキルアとゴン。遊んでいるのかどうか微妙だが、現場の地理を自分の目と体で確認するのは有効な手段である。
「ホテルはウーバイミーを取るから、夕ご飯までには戻りなさいよ~」
「「は~い」」
ポンズの言葉を背に受けて駅から離れていく2人。それを見つつ、溜息を吐くポンズ。
「お母さんか」
「いちおう、一児の母よ」
ナックルのつっこみを冷静に受けるポンズ。
次にその場を離れるのはノヴとモラウ、そしてパーム。
「さて。では私たちは仕事を始めますか」
「政治的な駆け引きか。ったく、肩凝るんだよなぁ……」
面倒な仕事を想像して暗い顔をするモラウ。そしてそんな彼に一切の同情をしないノヴとパーム師弟。重い足取りの大男を引き連れた美男美女がその場を去っていく。
「……なんでパームさん、気合い入れた格好をしているんだろ?」
「ノヴさんと一緒だからだろ」
ユアの呟きを拾うのはシュート。ついでにお前はどうするんだと視線で尋ねる。
「ん~。私はまだ情報ハンターとして半人前だし、ホテルで情報収集かしら。
早くお兄ちゃんみたく星が欲しいし」
「さらっととんでもねー事を言うガキだな。もう星を視野に入れているのかよ」
「お兄ちゃんはプロハンターになって一年以内に星を取ったわよ」
「……歴代最速じゃないのか、それは?」
ナックルとシュートが呆れるが、その実妹となれば才能はあるのかも知れないとも思う。
ならば先輩として付き合うのもやぶさかではない。
「ま、そういうことなら勉強させてやるよ。ホテルまで行くぞ」
「マジ? ありがとう、いい機会を作ってくれて」
面倒見の良さを発揮したナックルに連れられて歩き始めるユア。見た目は脳筋であり、討伐隊選定戦では本当にバカをやらかしたナックルではあるが。ユアから見れば先輩プロハンターとしての経験値がある。勉強させてくれるというならば否があるはずがない。
話がまとまって行く中、シュートは残されるポンズに話しかける。
「お前はどうする?」
「ゴンとキルアを真似て散策かな。キメラアントを罠に嵌めるいい場所も探さなくちゃならないし。
まだキメラアントがここに居ないのなら、下見のチャンスは逃したくないわ」
「そうか。だが、キメラアントがいない保証もない。気を付けろよ」
そう言い残してシュートもふらっと雑踏に消える。
それを見送って、独り残されたポンズは。さてと、と気合いを入れ直し。
「そこのおじさん、アイス2段重ねでよろしく! チョコチップとシュガービーンズで!」
「毎度!!」
ついでに全力で楽しむことも決めた。
◇
時間をかけてじっくりと町を見るポンズ。
「お、これも美味しそう。え~と、ドリンクミートを1つ頂戴!」
「はい、ドリンクミートお待ち!」
表通りだけではない。むしろキメラアントが通るとしたら人目につかない裏通りを進む可能性が高い。
「へっへっへ。待ちな、そこのお嬢へぶぅ!!」
「失礼ね、私はこれでも人妻よ」
絡んでくるゴロツキを鎧袖一触に撃退し、目ぼしい所や怪しい所を見て回る。
「小腹が空いたわね。串焼き3本!」
「串焼き3本、あがりぃ!」
喰い歩きしつつもしっかりと仕事をこなしていたポンズだが、そろそろ空が赤くなる頃合いだ。動き続ければ流石に疲れる。
「……ふぅ」
下見を終わらせた彼女は自販機で気の利いた飲み物を購入し、缶ジュースを傾けながら道を歩く。
(いくつか罠を仕掛けるのにいいポイントがあったわね。明日一日かけて仕事をして……)
時間的にもそろそろホテルへ向かった方がいいだろう。十字路を右に曲がればホテルウーバイミー方面だ。そちらの方から聞こえる足音に注意して、角でぶつからないように気を配るポンズ。
音や気配から、相手もこちらに気が付いたらしい。特に思うことなく足を進めて十字路に差し掛かり。
「あっ」
「は?」
そこに居たのはクルタ。片目を眼帯で隠した金髪のクルタ族、クルタだった。
彼も油断していたのか、手に肉まんを持って固まっている。NGLで会った時の張り詰めた空気のない、普通の青年がそこに居た。
それが自分の息子かも知れない。この不意打ちにポンズは完全に思考が停止してしまっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
数秒、流れた。そこでクルタはくるりとポンズに背を向ける。間が持たなかったのか、居たたまれなくなったのか。
固まるだけだったポンズはその様子を見てようやく思考が回りだす。だが、鈍い。なにせ全く想定していなかった事態である。どうすればいいのか、どうしたらいいのか。さっぱり分からない。
それでもクルタがこの場から去ろうとしているのを見て、咄嗟に出た単語は自身で調べた彼の名前だった。
「待って、レント…!!」
その瞬間、ポンズのオーラが枯渇した。
(え?)
何が起きたのかさっぱり理解できず、ポンズはその場に崩れ落ちる。オーラを使い果たした虚脱感に、立つことすらできなくなったのだ。
手から滑り落ちた缶がコロコロと中身をまき散らしながら転がり、それはやがてクルタの、いやレントの足にぶつかって止まる。レントは驚きに目を見開いて崩れ落ちたポンズを見つめていた。
「驚いた、本当に驚いた。
まさかボクの名前に辿り着くとは、ね」
「ぁ…ぁぁ……?」
「説明はしなくちゃだね。
ボクの真名を口にした者は、ボクの支配権を得てボクを自在に操作できる。ボクは今現在、母さんのどんな命令にも逆らえない。ただしその代償として、ボクの真名を口にした相手はボクの存在維持に必要なエネルギーを全て賄わなくてはないんだ。
それがボクの能力、
声を出すにも難儀するポンズを見つつ、レントは無表情のままその手をかざす。
「――母さん、悪いね。こんな手段しか取れなくて、さ。
けど、ボクにも余裕はない。手心を加えるつもりはないよ」
そしてそれを振り下ろす直前、ポンズは言葉を発する。
「レ、ント」
ビタリとレントの動きが止まった。顔には驚愕、オーラを根こそぎ奪い尽くされて尚も口を開くとは。
次に彼の顔に現れたのは恐怖。現状、命は保証されていない。その事実に気が付いて彼は恐怖する。
しかしながら彼は動けない。レントの支配権は現在、ポンズにある。そして彼女が口にしたのが命令の前文である可能性をレントが考えてしまった以上、レントはポンズの命令を待たなくてはならない。レントの支配権を持つということはそういうことなのだ。
(マ、ズイ……!!)
レントの額から冷や汗が流れる。できる事が何もないという現状が、彼から余裕を奪っていた。
「バハ、ト」
ポンズは既に半分意識を失っていた。実のところ、レントの説明すらも耳を素通りしていた。
だから今ポンズが口にしていることは、ただの呻きに等しい。朦朧とした意識の中、それでもこの数日ずっと思ってきたことが口から零れ出ているに過ぎない。
「愛、して、る…わ」
それは変わり果てたバハトを見て、そしてクルタが未来からきたレントだとして。紛れもなく自分の想いをカタチにした言葉。
ポンズは。バハトを、レントを愛している。それは絶対の真実である。
はっきりと口にした彼女は、そこで意識を失った。意識を失ってなお、なくなったオーラを絞り取られているのが現状であるのだが。
「…………」
母を苦しめる趣味はレントになく、彼は顕在オーラを極限まで絞る。
レントは名前を呼ばれた時、全力の練を行ってポンズの余力を一瞬で削いでいた。そうでなければポンズにどんな命令をされるのか分からなかったから。
そして今、今度こそレントはその手をポンズに振り下ろす。
「
◇
「ポンズさん、遅いね……」
「何かあったのかな?」
ホテルウーバイミー、そのホールでユアとゴンにキルアがポンズを待っていた。
ずっと。ずっと。ずっと。