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あるクルタ族の話をしよう。
そのクルタ族は物心ついた時には、最後のクルタ族となっていた。血統としては父がクルタ族であり、数年までクルタ族は彼の父を含めてもう3人いた。
しかし、その3人はこの数年で全員死に絶えた。クルタ族でなかった母も死亡したとされた。
その少年の名前はレントと言う。
レントには良くしてくれる人がいた。マチという女性が母親の代わりであり、バッテラという壮年の男性が祖父の代わりだった。親切にしてくれたメイドも居たし、ネオンというお姉ちゃん代わりの存在もいた。
ヨークシンの最も高い場所で、レントはすくすくと育っていた。
その揺りかごが壊れたのは、レントが5歳になる頃。流星街から溢れ出たキメラアントたち、いわゆる第二次キメラアント災害と呼ばれるものであった。
後日レントは知ることになるが、レントの父母や叔母であるユアは第一次キメラアント災害と呼ばれるものに対処し、そして命を落としたらしい。父であるバハトはその見るに耐えない遺体が回収され、その緋の目が保存されていた。母であるポンズは遺体が発見されることはなく、叔母であるユアは全身が破損した状態で見つかった。
そもそもとして第一次キメラアント災害で多くのハンターが参加したが、生還したのはほんの一握り。王及び護衛軍討伐部隊で助かったのはノヴという男とシュートという男のみ。しかもシュートは開始して数十秒でリタイアした為、王や護衛軍がどうなったのかを知ることはなかった。
故に生き残ったノヴの証言が有力視された。すなわち、王と護衛軍は
残る2体の護衛軍と王の遺体は見つからなかったが、その生存も確認できなかった為、1年の区切りで死亡扱いとされて第一次キメラアント災害は終わりを迎えた。
だが、結論として遺体が発見されなかった王と2体の護衛軍は生き延びていた。
どうやって薔薇の毒から逃れたのかは結局定かではなったが、問題はそこではない。生き残ったキメラアントの王は世界を統べることでなく、安息を求めて盲目の人間の娘を伴侶とし、新天地に旅立っていたのだ。その新天地となったのが外部に情報が漏れないと見做された流星街だった。
過去、師団長級のキメラアントに侵攻された流星街だったが、今度は王と2体の護衛軍である。流星街議会はあらゆる手段を講じたが、敗北。定期的に生贄を捧げることと、王とその伴侶と子供たちに手出しをしないことを決定した。
結果として、これが最大の悪手となる。
妃の胎から生まれた次代の女王はやはりというか人を好み、王とは別の勢力として流星街内部に巣を作った。流星街の800万と呼ばれる人口は3年の間に半減し、それがそのままキメラアントの勢力となった。そして次代の王は流星街の中で力を蓄え、更に2年で流星街の人間はほぼ絶滅したらしい。
そこまでしてからようやく、キメラアントは外界に侵攻を開始した。次代の王は、女王が新たに生む王や護衛軍を屈服させて配下に置き、人間を上回るであろう勢力を確保することに成功していた。
だが、そこまでしても人間は容易に征服される種族ではなかった。多くの犠牲を払い、領土を奪われ、しかしそれでも世界の半分は人間のもののままだった。これは次代の王に屈服させられた王族の一部が反旗を翻し、人間についたことも大きい。
話をレントに戻そう。
父母や叔母がハンターとして参加した第一次キメラアント災害、それが誰の目にも明らかな形で失敗と晒されてしまったのだ。第二次キメラアント災害が途方もなく大きくなったのも厳しい。人々は怒りの矛先を求め、その一つがレントとなった。
ヨークシンという単一の都市の支配者に過ぎなかったバッテラはこれに抗しきれず、マチと共にレントを逃がすのが精一杯だった。その際、バハトから回収した
こうしてレントの放浪が始まる。この過酷な旅を生き抜く為にマチはレントに念を教え、更にキメラアントを狩ることでその生計を立てた。この時点で人類はかなり追い込まれていたが、ネテロとその支持者に全ての責任を被せて生き延びたハンター協会といった組織が稼働していたこともあり、一部の権力者にはまだ余裕もあった。それらに取り入ったバッテラからの援助もレントを生かした要因の一つでもあったことを追記しておく。
義母と呼ぶにふさわしいマチと共にキメラアントと戦い続ける日々。やがて2人は一部で有力なキメラアントハンターと呼ばれるようになる。それを見計らってプロハンター試験を受け、合格。バハトやポンズ、ユアの血縁でありながら、ここでようやくクルタは世間に受け入れられることとなった。
そんなレントが血縁者を疎ましく思わなかったのは、偏にマチやバッテラたちのおかげである。レントの保護者たちは決してレントの血族の悪口を言わず、むしろバハトが生きてさえいてくれればこんな世界にならずに済んだはずと庇ったのだ。一般的には大悪党と呼ばれるレントの血縁者だが、近しいものは決して悪くいわない。レントの中で見る事が叶わない父母や叔母への興味は際限なく大きくなっていく。そしてやがて発露するのは一つの念能力、過去への干渉を可能とする
だが、それでも10数年という時間逆行は許されない。レントが時間逆行を可能としたのは、ほんの数分。それでも十分に凄まじい能力だが、対価なしでほんの数分である。個人で如何なる対価を払ったとしても、レントには父母と叔母に逢うことはできなかった。
そう、レント独りでは。
ゾルディックはキメラアントの殺害を依頼され、一体の王を始末することに成功していた。しかしその代償として、当主とその長男と父を喪う。最も才能あふれる者とされたキルアも第一次キメラアント災害で喪っていたその一族は満足に家業である殺しもできず、ここ数年瘦せ細る一方であった。
そこで交渉の材料となったのは
『たった一度でいいからレントの能力を強化させろ。20年前に時間逆行し、この歴史を変える為に』
愛する夫を、そして愛する息子の大半を喪って憔悴した当主代行の母はこの悪魔の囁きに頷いてしまった。
この話を持ち掛けたマチは知っていた、とある歴史でゴンを癒したナニカはその際に極めて大きな衝撃を世界に撒き散らしたことを。もしも今の歴史を完全否定するとするならば、どんなことが起こるかも予想していた。
そしてそれを誰にも語らなかった。そう、レントにも。
レントの為に全てを捧げる装置と化していたマチは、レントが発に至るまで興味を持った父母や叔母との再会の為には如何なる代償も厭わなかった。
被害から逃れたのは過去への逆行を可能としたレントのみである。
その行為は反射に近かった。ナニカに力を与えられた瞬間、反作用でその時間軸は崩壊した。時間に干渉できない全ての存在は砕ける時間軸と共に世界から消えるしかなく、咄嗟に過去へと逃げたレントが見たのは、砕ける世界と微笑むマチの満足そうな顔であった。
全てを喪ったレントは過去へと飛ぶ。
父母が、叔母が生きていた第一次キメラアント災害の時分へ。
20年前へ。
追記しておくが。
念能力というのは、どんなに親しい相手であってもある程度は秘匿するものである。
だからマチは
世界から弾かれたレントが戻るべき世界はもはやなく、レントはどこに行くことも出来ずに消えるしかないということを知らなかったのだ。
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◇
ポンズが戻らない。
これを異常事態と見たノヴやモラウがウー市の情報を集め始めた時だった。
「ごめんなさい、遅れたわ」
「ポンズ!」
「ポンズさん!」
ひょっこりとホテルウーバイミーにポンズは姿を現した。
やきもきしながら彼女の事を待っていた仲間達は、けろっとしたポンズに怒ればいいのか安心すればいいのか、複雑な表情をする。
「ったく、どこをほっつき歩いていたんだよ」
言いながらナックルは凝をしてポンズを確認する。ポンズ以外のオーラは感じられず、彼女が他者に操られている形跡はない。
苦笑いをするポンズも凝をして仲間達を見る。他者のオーラが混ざって操作されている者がいないかの確認だ。
そして仲間たちが操作されていないと確認した彼女は、即座に表情と声を固くして言う。
「クルタと接触したわ。情報を仕入れたから、全員と共有したい」
それを聞いた仲間達の表情が一変した。それぞれの師匠と電話を繋いでいたシュートとパームはポンズの言葉を伝える。
「――モラウさんたちの部屋に行くぞ」
代表してシュートがそう口にした。
彼ら彼女らは連れ立ってホテルの一室へ移動する。その部屋では既にパソコンを片付けたノヴとモラウが待っていた。
「遅刻の叱責は後だ。ポンズ、クルタと遭遇したとか?」
「ええ」
真顔のモラウに真剣に頷くポンズ。眼鏡の位置をくいと直すノヴが視線で続きを促していた。
仲間達たちがぱらぱらと落ち着く場所に陣取るのを待って、ポンズが口を開く。
「まずは結論から言うわ。クルタの正体は、クルタ族の亡霊よ」
ぴくりと何人かが反応する。
「亡霊……? 死者の念、ですか?」
「死者の念でもあるわね。かつて幻影旅団に殺されたクルタ族のうちの一人、それがクルタの正体」
真顔で聞くノヴに、真顔で頷くポンズ。
「拷問され、非業の死を遂げたクルタ族。彼か彼女かはもう分からないけど、そいつはオーラだけを死者の念としてこの世に辛うじて遺していた」
「ふむ。まあ、そういった事例があるとしましょう。問題は、何故その死者の念が急に現れたか、ですが」
胡散臭そうに言うノヴに、ポンズは言いにくそうに口にする。
「バハト」
「?」
「
そう言ってゴンを見るポンズ。
「?」
「ハンター試験後、キルアを迎えに行く時に聞いた話を覚えている?」
「――あ」
その時、バハトは確かに言った。己は一度死に、神の如き者に甦らせられ、そして弄ばれているのだと。
気が付いたゴンは目を丸くし、呆けた声をあげる。
「え、じゃあ、その時の念がバハトを、あれ?」
混乱しつつ首を傾げるゴン。そんな彼を見つつ、ポンズは軽く首を振る。
「実のところ、私も詳しく知れた訳じゃないわ。クルタは独りだった私を隙と見たのか襲い掛かってきたの。
どうやら生身の身体を奪う本能みたいなのがあるみたい」
「待て待て待て。何言っているのかサッパリ分かんねー。最初から説明しろよ!」
混沌とし始めた場を治めるようにモラウが言う。それを聞いたポンズはちらりとユアを見るが、覚悟を決めたように口を開く。
「そうね。こうなった以上、隠すことはできないわね」
そうしてポンズは語る。バハトはかつて、幻影旅団のクルタ族襲撃によって拷問死させられたことを。そして死んだ後、神の如きモノに復活させられて殺し合いを演じさせられたことを。
黙って聞いている、というか呆然と聞く一同。仲間からの真剣な表情で語る言葉でなければ、狂人の戯言と一笑に伏す内容だ。
特にノヴは心底呆れた表情を浮かべている。
「まあ、少なくともポンズとゴンがその話を聞いたのは本当だとしましょう。で、それがどうしてクルタと繋がるのです?」
「もちろん予想の域を出ないんだけど、その死者の念は『クルタ族』というモノを介してこの世に現界しているみたいなの。だから最終的にクルタ族の肉体を求めているみたい。
私の事を襲ったのも、レントを妊娠していた時の臭いが残ってからみたいだし」
「その理屈でいうと、バハトやレントが襲われないとおかしいのでは?」
「バハトはネフェルピトーに操作されているし、レントは場所が遠すぎるんでしょうね。だから狙いは――」
全員の視線がユアに集まる。
「――私?」
「操作されていない近場にあるクルタ族の肉体。ユアちゃんが第一候補ね」
「じゃあなんでオレが操作された針を取るような行動を取ったんだよ?」
キルアの問いに、多分だけどと前置きをしてポンズが口にする。
「操作された肉体はクルタの死者の念でも操作して奪うことができない。最後にはユアちゃんの肉体を奪うつもりでも、その繋ぎとしてある肉体が操作されているのは不都合だったんじゃないかしら?」
「まあ、理屈は通る、か?」
首を傾げるモラウに、ポンズは追加して情報を開示する。
手元に
「私の能力、
先日のNGLでクルタの髪の毛を回収した時、その遺伝情報はレントを示したわ。そして今日、クルタから採取した血液の遺伝情報はバハトのもの。
多分だけど、バハトはレントの髪の毛をお守りとして持っていたのよ。そして護衛軍との戦いで流したバハトの血と合わせて、クルタは無理矢理この世に具現化しているのかも知れない。
さっきクルタが発した言葉は『クルタ族の肉体を寄越せ』だったわ。これらから推察したの」
ポンズの予測を聞いて、納得半分猜疑半分といった風情の仲間達。
「そりゃ、随分と想像が大きな話だな。
はいそうですか、と呑み込むには無理な話だぜ」
「分かっている、これは私の予測も大きいって。でも、クルタがクルタ族の遺伝情報を複数持っているのは事実なの。だからユアちゃんが狙われる確率は高いわ」
「――それはそれでいいわ。要するに、クルタは何の価値もない敵だから、排除して問題ないって事でしょ?」
冷えたユアの声に、コクリと頷くポンズ。
「そうよ、クルタは排除する。キメラアントとは別の意味で」
◆
『そうよ、クルタは排除する。キメラアントとは別の意味で』
『この点で一致してくれて嬉しいわ。もちろん可能なら捕まえて詳細を調べましょう』
遠く離れたポンズの声が聞こえて来る。
「……無理矢理すぎるけど、なんとか誤魔化せたかな?」
とにかく『クルタ』を『レント』と呼ばせる訳にはいかないのだ。支配権を奪われた場合、全てが瓦解しかねない。
その為にポンズを使い、嘘八百で塗り固め、真実を覆い隠した。この際、レントが敵対者として扱われるのは目を瞑る。レントが討伐隊の仲間ではないことは事実でもあるし。
だが目的を達するには討伐隊を使い尽くさなくてはならないだろう。となれば、やはり。
「討伐隊の突入に合わせるか……」
苦渋と共に誰ともなしに呟いた言葉は、静かに響いて消えていった。
やっとめんどくさい話が終わりました。
これからは東ゴルドー編に向けて話を進めていきたいと思います。