殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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お待たせしました。
最新話が書きあがりましたので、どうかお楽しみください。


086話 ユア・1

 

 ウー市に張った対キメラアント用の網。それについて少し詳しく説明しよう。

 前述した通り、ウー市は経済的な意味で東ゴルトー共和国との最前線だ。表しかり裏しかり、東ゴルトー共和国から輸出入するものはウー市を通り易いという意味でもある。

 そしてキメラアントは人を喰う。つまりバケモノに襲われて人が喰われたという情報が入れば、それは現時点ではキメラアントである可能性が極めて高い。

 これらを考えた時、網の張り方が2つある。何も考えずにウー市を訪れたキメラアントが事件を起こすケースと、東ゴルトーへ向かうキメラアントがつまみ食いをするケース。

 前者であっても看過はできないが、討伐軍にとって真に脅威なのは後者である。それを考慮に入れて、ポンズは東ゴルトー共和国への道で、キメラアントが通りそうな場所をピックアップしていた。

 その上で情報ハンターであるユアが金をバラ撒いて、検問をする末端を買収。()()が起きた時、ユアたちのケータイにも連絡が入るようにしたのだ。防犯意識の低い末端構成員である。彼らは容易く金で転んだ。

 

 そして網を張って4日目でとうとう獲物が網にかかる。

 

 ホテルウーバイミー。

 そこでうつらうつらしていたユア、紅茶を飲みながらパソコンに向かっていたポンズ。その両者のケータイが同時に同じメロディを鳴らす。

「「!!」」

 ユアはベッドから跳ね起き、ポンズは即座にパソコンにロックをかけた。視線で会話をすると同時、ホテルの部屋から飛び出す。ちょうど同じタイミングで隣の部屋から姿を現したのはキルア。

「とうとう網にかかったな」

「少しは働いているところを見せないとね」

 キルアとユアが軽口を叩き合う。政治的アプローチをかけているモラウとノヴにパームを除いた6人で、3人ずつチームを組んでキメラアントの網の当番を決めており、この時間帯は彼ら彼女ら3人の当番だった。

 エレベーターよりも階段の方が早いと判断したキルアがホテルの外側につけられた非常階段のドアを開けて走り続ける。その間にも手持ちのケータイで情報を得ることは忘れない。どこの網に獲物がかかったのかをホテルを出るまでに確認しなくてはならないからだ。

「ポイントBか」

「遠くもないわね」

 キルアの声にポンズが反応した。この中では一番速度に劣る彼女である為、団体行動をする時はポンズの速度に準じることになる。

 一方でユアはポイントBの風景を思い出しつつ口に出す。

「ポイントBは単なる裏路地って感じの場所だったはず。だけどここから東ゴルトー共和国方面への道があるから、テキトーに東ゴルトー共和国に向かうとだいたい引っかかる場所だったわね」

「分かりやすくアリが使いそうな道だな」

「そう思って網を張っていたのよ」

 車を使うより速く駆ける3人は、あっという間にポイントBに辿り着く。そこにあったのは血と肉切れと、それを貪る5体の異形。

「ん~、新しいエサだワな」

「ひゃははは。わざわざ喰われにご苦労な、こった…」

 言葉が消えていくのは、歓喜と憤怒の情が心に宿ったから。百舌鳥とウサギを掛け合わせたキメラアントであるラモットはキルアの顔を見てその表情を壮絶なモノに変える。

「会いたかったぜぇぇ! 吐き気を催すほどになぁぁぁ!!」

「は? 知るかよ、テメェみたいなザコ」

 キルアの挑発にラモットの表情が一気に険しくなった。もはやただ殺すだけでは飽き足らないと、そのオーラが物語っている。

 それを感じつつ、キルアは既にラモットを強敵と見做していない。容易く葬り去れる敵、ただし少しだけ手間がかかる。そういった判断だ。

(アイツはオレがヤる)

((了解))

 キルアのサインを受け取ったユアとポンズはそれに了承する。キルアはともかく、ラモットはもはやキルアしか目に入っていない。キルア以外が襲われる可能性は少ないだろう。

 さて、となれば問題は残りのキメラアントである。明らかに強いのは1体、ワニのキメラアントだ。他のキメラアントはおそらくは下級兵であり、それほど手間取ることはなさそうだ。

「ポンズさん、あのワニは私にやらせて」

「私は構わないけど…」

「お願い。ザコを縊り殺すくらいじゃあ、気が晴れそうもないの」

 そう口にするユアの顔を思わず見てしまうポンズ。瞳を緋色に爛々と輝かせた少女の顔は、漏れ出た激情で美しく彩られていた。

「ユアちゃん……」

「お願い、ポンズさん」

 許可を取っている形だが、ユアは明らかにブレーキを欠いている。いくらポンズが止めようが、ワニのキメラアントに突撃しそうな雰囲気を湛えていた。

 止めても無駄だと、ポンズは諦めた顔で首を振る。

「……死なない事。残りの3匹は私が受けるわ」

「ありがとう」

 笑みを浮かべることなく、ユアはそう口にする。

 固すぎる義妹を心配そうに見るポンズはしかし、すぐに切りかえて残る3匹を見やる。おそらく格下だろうが、それでも念能力を覚えたキメラアント3匹。油断はできない。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 手に己の念能力を具現化し、ポンズは3匹の下級兵に躍りかかる。いつの間にか場所を移していたキルアとラモットもその場になく、残されるのはユアとワニのキメラアントのみ。

「ワははははは! このアゲタ様に喰われたいとは見上げたガキだワな!」

「…………」

 ユアは黙ってアゲタと名乗ったワニのキメラアントを見る。

(――強い)

 己より。それがユアの持った感想だった。

 おそらくは師団長級のキメラアントだろう。下級兵クラスでも操作系のユアでは肉体強度の違いにより、まともな打撃が通らない。それがおそらく師団長級、おそらく強化系では何を況やである。殴って勝てる相手では決してない。

 だからどうしたと、ユアは笑わぬ顔の下で思う。

 彼女の系統は操作系、格上殺しの代名詞だ。しかもユアは敵を操作するのに優れた能力を持つ。殴って勝てないならば、殴らずに勝つまで。それがユアだけにできる戦いだった。

 ユアは念能力の媒体である母の形見のペンを固く握る。

「死ねぃ!!」

 アゲタが尻尾を振るい、ユアの足元を払う。それと同時に大口を開けてユアを目掛けて襲い掛かる。

存在命令(シン・フォ・ロウ)

 対してユアは手に持った紙に命令を書く。

 それはただの紙である。周をしてオーラを纏っているが、その強度は念能力者にとっては文字通り紙きれ1枚分。

 書かれた文字は『目を覆え』。

 その紙はまるで意思を持っているかのように空を飛び、アゲタの両目を塞ぐ。

「ワぷっ!?」

 振るわれた尻尾に手ごたえはなし。慌てて閉じた顎に血の味や肉の味はなし。目に張り付いた紙はオーラを纏っており、剥がすのに1秒弱。

 戦闘に於ける、操作系を前にしての1秒弱。それはあまりに致命的。

 アゲタの噛み砕きを斜め前にするりと潜り込む歩法で躱したユア。兄であるバハトが呼んだ師父、李書文に習ったその歩法によって潜り込んだ彼女はその右手にペンを握る。

「っっっー!!」

 声はあげない、位置がバレるから。殺意は隠す、見つかっては危険だから。

 ようやく目から紙を剥がしたアゲタは瞳を動かして周囲を確認する。ぎょろぎょろと動いた視線が真下にいるユアを見つけるまでの僅かな間が、アゲタに許された最後の行動だった。

 隠にて気配とオーラを隠したユアが、アゲタの巨大過ぎる顔に文字を書く。

 たったの6画。

 『死』と、一文字だけ。

 その文字が書かれたアゲタは一声も発することなく、グルンと黒目を上に流して息絶える。己のオーラで()()ように操作されたアゲタに抗う術はない。

 ズズンと、その巨体を地面に伏させた。

「…………」

 肩で息をしながら、ユアはその姿を見る。僅かな攻防でも、格上の強化系と戦ったユアの精神力は多少なりとも削られていた。

 実戦投入したのは初めてだった。死という文字が有効か、彼女に知る由もなかった。だが、出来るという確信はあった。

 その結果が足元に転がっている。

(――勝てる)

 どくんどくんとユアの心臓が高鳴る。

(――殺せる)

 例え護衛軍でも、たった一文字を顔に書ければ。

 トトを、殺せる。

「――ハ」

 そこでようやく息を吐くようにユアは格好を崩して。

「ア、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 狂ったように笑った。緋色の瞳から涙を流しつつ、つまらそうに笑う。

(そうよ、こんなザコを殺しても気が晴れるはずもない)

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 狂笑し、慟哭するユアを見るのは2人だけ。既にキメラアントを倒し終えたポンズとキルア。

 2人は痛ましくユアを見る。

「…………」

「…………」

「アハハハハハハハ」

(あいつを殺して何になる? それでお兄ちゃんが帰ってくるの?)

「アハハ、ハハ……」

(私の能力を憎悪で黒く染め上げて、それが何になるの?)

「アハ、アハ、アハハ、ハ」

(もういい。もう、疲れた)

「考えるの、疲れたよ。お兄ちゃん」

 空虚な瞳で何も見ずに、ユアはそう呟く。

 ラモットの返り血で己を赤く染めたキルアは透明な顔でユアを見て、具現化した毒で3匹を壊したポンズは唇を嚙みながら目を伏せる。

 今のユアは、見ていられない。

「バハト。ユアちゃんにはアナタがまだ必要よ」

 ポンズは思わずそう呟く。

 

 そのまましばらく、誰ともなしにその場に立ち尽くしていた。

 

「行こう」

 やがて口を開いたのはキルア、冷徹なその思考が、十分に感傷に浸ったのだと結論を出したから。

 それに頷いて答えるのはユア。

「ええ、行きましょう。ヤツラを殺しに」

 折れた心を繋ぎ直したユアは、より強い復讐心に心を委ねる。

 狙いは護衛軍のトト。ヤツを殺すその時まで、彼女の心をは渇き続ける。

 もっとも。

 トトを殺したとて、ユアの心に潤いが戻るとは限らないのだが。

 

 ◆

 

『バハト。ユアちゃんにはアナタがまだ必要よ』

 椅子に座ったままポンズの声を聞き、思わず無言になった。

「生きた情報を欲したのはこっちだけど、さ」

 これは辛い話である。どうしようもない愁嘆場を聞かされてどうしろというのか。

 とはいえ、現場にいるポンズに文句を言う筋合いでもないだろう。結局、仕方のない話なのだ。

「もうそろそろ東ゴルトー共和国がキメラアントに支配される頃合いか。潜むのなら今のうちだな」

 切り替えて、そう言う。この声は通じているだろうから、相手にも東ゴルトー共和国に潜むことが伝わるだろう。

 例え王と護衛軍が東ゴルトー共和国に行かなくても問題ない。ポンズが生きた情報をくれるからだ。やはりプロハンターとして最前線に立つものから情報を得られるのは大きい。

「――建国記念大会まで、二十日か。喉元までは潜り込めるな」

 能力を使えば宮殿の中に転移点を設置するところまではできるだろう。だが、そこまで。王と護衛軍4体全てを葬り去るには人手も戦闘力もスタミナも足りない。

 結局、討伐軍を利用するしかないのだ。

(問題は――)

 薔薇の毒で王と護衛軍が死ななかったことだ。本来ならば死ぬはずだったのに、何がどう狂ったのかメルエムたちは生き残る。

 その事実こそが最大の問題点である。これさえ解決されれば、ネテロに任せても良かった話なのだが。

(普通に考えてトトのせいだが、ピトーが生き残って治療をしたとも考えられる)

 少なくともプフとユピーに毒を解決する手段はない。あれば、とある歴史で王が死ぬはずがない。

 つまり、やるべきはトトとピトーの排除。

(――やるしかない)

 護衛軍と戦う。ぶるりと体が武者震い以外の理由で震える。

「やるしか、ない」

 今度は言葉に出して。この言葉は届いただろうから、もう逃げ出すことは許されない。

 一つの覚悟を決めて、椅子からゆっくりと立ち上がる。

 向かう先は東ゴルトー共和国、首都ペイジン。時間は二十日後の日が変わる瞬間。泣いても笑ってもそれはもう動かない。

 足取りは重く、しかし確かに地面を踏みしめて。

 

 歩みは止めない。

 

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