殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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まだ昼は暑いですが、それでも涼しくなってきましたね。
これからペースを上げていきたいと思います。どうかお付き合い、よろしくお願いします。


087話 発覚

 

 ネフェルピトーを相手にするのはゴンとキルア。

 モントゥトゥユピーを相手にするのはナックルとシュート。

 シャウアプフを相手にするのはモラウとノヴ。

 そしてトトルゥトゥトゥを相手にするのはユアとポンズ。

 

 健闘を祈る。

 

 その言葉と共に、戦士たちは西ゴルトー共和国の都市であるウー市からの解散が宣言された。

 

 ◇

 

「あ、ポンズさん。お茶いる?」

「いただくわ」

 その夜。未だにウー市のホテルであるウーバイミーにて寛ぐユアとポンズ。ゴンとキルア、ナックルとシュートはすでに東ゴルトー共和国へ向けて出発しているのにである。

 とはいえ、感覚で動く彼らとは違い、ユアとポンズは知性派だ。その上に操作系と具現化系ということも相まって、なおさら出たとこ勝負に出にくい性質である。単純に勝率だけでいえば、師団長級以下のキメラアントであろうとも遭遇戦では彼女たちの勝ち目は比較的だが薄くなる。もしも相手が数で勝れば更に、だ。故に事前の準備や情報というのが彼女たちに大事だというのは筋が通っている。

 それにまあ、熟練者であるモラウやノヴがすぐに動かなかったあたり、早ければいいというものではない。やはり重要なのは自分に合うか否かであることに否定の余地はなく、先に動いた男4人が軽挙に走ったとはとても言えないのであるが。

 決して安物でないソファーに腰掛けて、ホテルに備え付けられたカップに紅茶を注いで、ほっと一息。

「……東ゴルトーは完全に王と護衛軍の手中に落ちた」

 ぽつりとユアがそう宣言する。それこそ討伐軍たちが動いた所以であり、ネテロ会長からの指令が出た元であることに相違ない。

 全世界に放送された東ゴルトー共和国総帥であるディーゴ、彼の背後にはネフェルピトーの傀儡人形が存在しており、その糸の先にはディーゴがいた。バハトやカイトと同じく操られているのは間違いないだろう。もっとも、NGLで操作された時よりも確実に人間臭い動きをしていたが、まあ純粋にネフェルピトーのレベルが上がったのだと推察される。もしくは総帥と振る舞う必要があったからこそ、操作を複雑にしたか。

「東ゴルトー共和国で行われる建国記念大会にて、国民が『選別』され、99%が殺される」

 どうでもいいと言わんばかりにユアは首を振る。

 それはポンズの言葉を否定しているようにも見えて、ポンズはそんな反応を返す義妹に対して渋い顔をする。

「ユアちゃん、冗談じゃないのよ?」

「悪いけど、どうでもいいのよね。どっかの国民が全滅するとかどうとか」

 取り繕うこともせず言い捨てるユアに、ポンズに衝撃が走らなかったといえば嘘になる。

 ユアはいい子ちゃんの猫を被り続けた少女であり、ポンズにとってはそんなユアこそ普通だった。義妹のこんな酷薄な面を突きつけられたら動揺もするというもの。

 かといって、予想外と言えばそれもやはり嘘だ。ユアはポンズの義妹であり、バハトと婚姻を結んだからこそ何と無しにユアの本性に気が付いたところもある。それはポンズがより一層ユアを気にかけたという意味であるし、ユアがポンズに対して気を許したという意味でもある。

 だからこそ、ポンズはそこで人道の意味でユアを非難することを避けた。他人の命がどうでもいいと宣うこの少女の性格を糾弾してもこの場で意味がないからだ。そう簡単に人間の性根は変わらない。

「東ゴルトー共和国の国民が全滅することはどうでも良くても、王の配下に何万もの念能力者ができることは本意ではないでしょ? 純粋にトトルゥトゥトゥへの障害になる」

「それは、まあそうね」

 どっかの誰かが何百万と死ぬことは何の痛痒もなくとも、護衛軍に手出しができなくなるのは困る。そういう意味で、建国記念大会が終わる前に勝負を付けなくてはならないという意見にはユアも賛成だった。

 王と護衛軍がこれ以上手に負えなくなるまえに仕留める。そういう前提でポンズは話を進める。

「東ゴル卜ー共和国の宮殿があるのは、首都ペイジンの更に奥。まずはペイジンに向かう、というのは前提ね」

「想定外の事が起きなければ、ね」

 ポンズの言葉にユアが頷きながら言葉を足す。これから先、どんな突発的事態が起きるか分からず、予断は決して許されるべきではない。東ゴルトー共和国に入る前に部隊を分けたのも、敵の罠に嵌まって一網打尽になる危険を避けたというのが大きい。

 作戦決行日である建国記念大会まで後10日。あくまで理想的展開ではあるが、4~5日かけて全員がペイジンに集まり、連携して護衛軍にあたるというのが頭に浮かんでいる最上の策だろう。特にネフェルピトーの円は侵入を途轍もなく困難にしている。

 そんな先の事はさておき、数日のうちにペイジンかその周辺に潜まなくては、息を合わせて王と護衛軍に強襲といかない。やはり敵の方が個として上なのは認めざるを得ない。搦め手で攻めるにしろ、こちらは数の優位を生かしたいところだ。

「次にペイジンまでの道のり」

「どのルートも面倒がありそうよね」

 眉をしかめて言うユア。大まかに人の手が入った大通りを通るルートと、道なき道を行くルートがある。

 どちらも一長一短であり、人のルートでいけば歩く分には不足はないが護衛軍が最も警戒している場所を通るハメになる。東ゴルトー国民に扮していけば紛れられるかも知れないが、ガリガリな彼らに比べてユアやポンズは明らかに血色がよく肉付きもふくよかだ。外見でバレる可能性も十分にあり、バレた瞬間に護衛軍にマークされることになる。

 かといって道なき道を往くというのもそれはそれで問題だ。ウー市で駆除したキメラアントの数、そしてコルトがおおよそ把握していたキメラアントの全体数と処理数。それを鑑みれば、少なくない数のキメラアントが王の下に降ったと考えるのが妥当。野生の血を取り込んだキメラアントが侵入者を警戒していることは十分予想できる。

 つまり、どちらにせよ、キメラアントの警戒網に引っかかる危険は拭えない。

「ま、だからこそここで時間を潰している訳ですが」

「……思ってもそういう事は言わないの」

 しれっと言うユアを窘めるポンズ。罠を回避する方法はなにか。例えば先に誰かが罠にかかってしまえば敵の注意はそちらに向き、そしてまた同じ罠にかかりにくいのは道理。ゴンとキルア、そしてナックルとシュートにその役目を譲り、彼女たちは楽をしようという話である。

 もっとも、殴り合って強いのは彼らの方であるので雑魚のキメラアントの対処を任せるのは理にかなっているといえばそうであるのだが。特質系に寄る彼女たちの真骨頂は格上殺しであり、護衛軍を倒しうる反面として師団長級にさえ不覚を取るかもしれない。やはり安定して強いタイプでは決してないのだ。

「とりあえず敵の視線は彼らに向くとしましょう。それで私たちはどちらのルートを取るのか」

「大通りかしらね」

「そうね、私も同意見」

 護衛軍の警戒が厳しい大通りを選択する2人。もちろん無根拠ではない。

「護衛軍は王の傍から離れない。ってことは、おそらくヤツラは宮殿から動かない」

「もちろん王を含めて全部が来る可能性はあるけど、まあ無視していいわね」

「ええ。宮殿を離れるということは、その隙にこちらが仕掛けをできる余地を敵に与えるってことになるね。少しでも頭が回るなら、その愚は犯さない」

「となれば、護衛軍の指示を受けた手下のキメラアントが襲ってくることになる」

「その通信時間のラグを利用して、できるだけ深くに潜り込む」

 もちろん敵に自分たちの存在を知られるハメにはなるだろうが、どちらにせよ相手も全く邪魔が入らないなんてお気楽な思考はしないだろう。全世界放送のディーゴの背後に己の念能力を晒した傲慢から透けて見えるのは、その程度は何ら問題にしないという絶対の自信である。

「それでも、できるだけ敵に発見されない方がいいわ」

「建国記念大会に出席する為、東ゴルトー共和国は西から段々と人がいなくなる」

「もちろん消えた後にも見張りは残すでしょうけど、普通の相手なら絶が有効ね」

「そして可能な限り気配を消して、じわりと忍び寄る」

「動くのは2日後、ってところかしら」

 じっくりと事前準備を整えてから、電撃的に東ゴルトー共和国に侵入するのが2人の作戦だった。

 そして話をしなくてはならないのはそれだけではない。護衛軍を刺す刃、その有効性も重要だ。

「――最終的な決定打はユアちゃん、あなたに任せていいのね?」

「うん。この前のワニで確信したわ、私の存在命令(シン・フォ・ロウ)はヤツラも殺しうる、って」

 書いた通りに相手を操作する能力で、相手を死ぬように操作する。必殺の道理であり、格上殺しとしてはこれ以上はない。

 問題はただ一つ。たった6画の文字をどうやって敵の顔に書くか、である。どんなに奇襲が上手くいったとして2画も書けば絶対に敵対者に気が付く。残りの半分以上をどう仕上げるか。その隙を作るのは必然ポンズの役目になる。

「私は武闘派ではないんだけどね」

 はぁと溜息を吐くポンズ。とはいえ、彼女の能力も決して軽視していいものではない。小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)及び、そこから派生した薬毒の妙(アルケミーマスター)。あらゆる物質を具現化することが可能な彼女もまた、護衛軍を刺す刃を持っていると言っていい。

 目に見える脅威であるポンズを警戒してくれればユアが必殺を決めるし、警戒が逸れればそのままポンズが致死の毒を盛る。この2人が両方とも、どんな敵をも死に至らしめる可能性を持つのだ。その可憐な容姿からは想像できないほどに、彼女らが持つ刃は鋭い。

 しかしその刃は短い。最接近しなくては敵を貫くことは叶わない。

 それを自覚している2人は、英気を養う為に紅茶のカップを優雅に傾ける。ゆっくりできるのは後2日。それを強く理解しているが為に。

 

 ◇

 

 ユア、及びポンズ。東ゴルトー共和国に侵入。

 侵入路はさすがに表通りにとはいかず、密入国をした2人。そしてそのまま近場の村へ向かった。人気のない村を見るに国民は既にペイジンへと向かったように見えたが、違った。

 あったのは虐殺された国民の亡骸。雑に隠された現場だったせいか、それを発見するのは容易かった。

「…………」

 思わず黙り込むポンズ。東ゴルトー共和国の国民は500万人ほどであり、2日目の早朝である今現在を考えると期限まで10分の1が過ぎたと言っていい。

 この惨状を見るに、もうキメラアントたちの『選別』は始まっているのだろう。500万の10分の1は50万人。99%が死んでいると考えると、単純に49万5千人が虐殺されたことになる。しかもその1日をユアとポンズは無為に過ごしたと言っていい。なんとも言えない後味の悪さを感じざるを得ない。

 意味は違えどもユアも難しい顔をして黙り込んでいる。生き残った人数は5千人ほどだろうが、その5千人はネフェルピトーに操作される敵兵と化していると思っていい。短時間で強力な念能力者になるとも思えないが、いくらなんでもケタが違う。今回の作戦を逃した場合、トトルゥトゥトゥを仕留めるのは限りなく困難になるだろう。

 静かに黙り込む2人だが、ほぼ同時に顔をあげる。鋭い視線の先には、何百という人々がこちらに向かってきていた。

「「…………」」

 ここで見つかるメリットはない。視線を交わして意思を確認した後、絶をも併用しその場から隠れる2人。そしてやや恐慌状態の人々は雑に処理された元人間を見て叫び声をあげる。

「ひ、ひ、ひぃぃぃ!!」

「や、やっぱりあのツンツン頭の少年の言っていたことは本当だった! ディーゴ総帥は俺たちを皆殺しにするつもりなんだ!」

「逃げなくちゃ殺されちまう!」

「逃げるって、どこへ……?」

「に、西だ! 西ゴルトー共和国に行くしかない!」

「そんな! 亡命なんて殺されちゃうわ!」

「それに野蛮な他の国に行くなんて……」

「じゃあこのままディーゴ総帥に殺されるのを待つつもりか!?」

 ざわざわと騒がしくなるその場から離れるユアとポンズ。やや距離を取り、先ほどの集団に気が付かれないと確信した時点で絶を解く。

「ツンツン頭の少年…」

「ま、キルアでしょうね」

「『選別』をする兵士を取り押さえて死地から救い、現状を見せたってことね」

「この国にも多少の念能力者がいたって事かしら。キメラアントに降ったか、操作されているのかは分からないけど」

 どうでも良さそうに投げやりに、そう呟くユア。ゴンが共に動いているのかは分からなかったが、少なくともキルアは現状を良しとせずにキメラアントたちの邪魔をすることを選択したらしい。

 そしてそれは2人にも追い風になる。他で大きく暴れてくれれば視線はそちらへ向く。東ゴルトーに忍び込んだ敵がそれだけであると思い込むことはないだろうが、一番厄介なのはヤツラの邪魔をしている人間には違いないだろう。

「好都合、ってことにしておこうかしら」

「ええ、そうね。少なくとも私たちがキルアの援護をするのは得策じゃないわ」

 何せ強化系から離れた2人であり、一般兵が銃を乱射するだけで立派な脅威だ。何度でも言うが、キメラアントだろうが人間の兵士だろうが数を掃討するのに彼女たちは向いていない。

 キルアは大丈夫だと信じて先に進む。それを選択した2人は、今度は大通りを見つけてそこを進むことを選択した。

 もちろん発見はされないように最低限の警戒はするが、優先するのは速度だ。

 少なくともキルアはその存在を明らかにした。つまり、敵対者がこの国に紛れ込んでいるのはキメラアントに知られているのだ。発見されないに越したことはないが、優先するべきはなるべく深くに侵入すること。なんならそこでなら見つかってもいい、ペイジン近くに現れた別の敵勢力はキルアへの援護にもなるだろう。

 一つの国を横断するように走る2人。

 やがてその行く手を塞いだのは、キメラアントではなかった。

「…クルタ」

 その姿を確認し、ぽつりと呟いて止まるユア。そのやや後ろに陣取るポンズ。

 彼女らの眼前には、金髪で片目を眼帯で隠している男。クルタことレントが大通りを塞ぐように立っていた。

 逆にレントからして見れば、自分の眼前に2人が警戒して止まったように映る。そんな彼女たちを見つつ、レントは心の中で溜息を吐いた。

(ま、しょうがないけどさ)

 そしてレントは狂ったクルタ族のフリをする。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ク、クルタ族、クルタ族の肉体!!」

 狂った笑い声をあげつつ、ユアに突撃するレント。それを迎え撃つようにペンを手に持ち、前傾姿勢になるユア。

 そして、そんなユアを後ろから羽交い絞めにして動きを封じたポンズ。

「! ポンズさん!?」

「よくやった、ポンズ」

「ポンズさん、裏切ったの!?」

「…………」

 ポンズは表情を消し、ユアの口をその掌で塞ぐ。力強くもがくユアは、数秒でポンズの拘束から逃れるだろう。

 だが、数秒あれば十分である。レントはユアの頭を掴み、質問を投げかける。

「ボクと会ってからどんな記憶を持った?」

薬毒の妙(アルケミーマスター)

 質問を投げかけその記憶を読み取るパクノダの能力を発動し、直後にポンズの薬でユアの意識を断つ。

 ユアは己の唇を噛み、意識を保とうとするが。薬物の力というのはそこまで甘くない。というより、その程度で無効化されるならばポンズは本格的に役立たずだ。1秒も持たずにその意識を失うユア。

 そんな彼女に向かって具現化した銃を向けるレント。

記憶弾(メモリーボム)

 奪った記憶を打ち込めば、対象からその記憶は失われる。それがパクノダの能力の真骨頂であり、それによりユアはポンズに裏切られた記憶を喪失する。

 そこまで確認してから、ふぅと息を吐く2人。顔を合わせて視線を合わせ、にこりと笑い合う。

「まずは第一段階、クリアね」

「最難関だったからな、ここが」

 そしてレントは人差し指をユアの額に触れた。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 レントは時間を操作する特質系である。時間を操作すると言っても、逆行や先送りはあまりに難易度が高すぎて今のレントの手に負えない。ナニカのようなブーストがあるか、さもなくば何十年と修行をすれば話は別かも知れないが、現状では時間の停止が精一杯だ。

 その能力を使い、ユアの心にある感情の時間を停止させる。

「……どう?」

「もちろん成功だ。ユアさんに宿る父さんへの狂情は停止させたよ」

 ただ。そう呟きながらレントは難しい表情を浮かべる。

「ボクができるのは停止だけ。今まで育った分の激情はどうにもならない」

「仕方がないわ。見ているだけで痛々しかったもの、ユアちゃんは」

 そう言って、沈痛な面持ちで首を振るポンズ。ユアがそこまで追い込まれていたからこそ、レントに無理を言って処置を頼んだのだ。

 今までのままでも十分に辛いが、このまま狂っていくよりはいい。そう判断したポンズは間違ってはいないだろう。

 そうして気を失ったユアを背負い、ポンズはレントに会釈をする。

「ありがとう、私の息子。もう行くわね」

「どういたしまして、ボクのもう一人の母さん。ちょっと先からキメラアントの一団が迫っているから、この大通りはもう使わない方がいい」

 頷き、大通りから横に逸れるポンズ。

 それを見送った後、レントは明後日の方向を見る。

「キルアはこっちだな。こっちも死なないように見張らないと、な」

 そう言って駆け出すレント。誰もいなくなったその場はしばらく静かであったが、やがてそこにクルマの一団が通り過ぎる。それらに乗っていたのはレオルとその配下。ネフェルピトーの命令に従い、『選別』を妨害する何者かを殺す為に派遣されたキメラアントたち。

 彼らは直前までその場に敵が居たことに全く気付くことなく、クルマで高速で走りぬけるのだった。

 

 ◇

 

「うっ…」

 不快な眠りからユアは目を覚ます。重く鈍い思考のままで周囲を見渡せば、そこは古ぼけた小屋だった。

「ユアちゃん、平気?」

「ポ、ンズさん」

 心配そうに声をかけながら、彼女の義姉はペットボトルに入った水を手渡す。それを受け取ったユアは、遠慮なくそれに口をつけた。

「ここは?」

「ここは国境とペイジンのちょうど中間くらい。そして適当に見つけた小屋よ。ひとまずはここに避難したわ」

「避難……?」

「大通りを走っていたらクルタと遭遇したのよ? 覚えていない?」

 ポンズに問われて記憶を探って見れば、確かにクルタの顔を見た気がする。ただそれはまるで一瞬の記憶みたいで、前後の記憶を失っているよう。

「……覚えているような、いないような」

「凝で見た限りではクルタのオーラは残っていないみたいだけど、ユアちゃんはクルタに頭を掴まれた後に気を失ったわ。もしかしたらクルタに乗っ取られる寸前で、記憶に障害があるのかも」

 心配そうな顔と声でユアを気遣うポンズ。彼女は『クルタはクルタ族の肉体を狙う亡霊のような存在』という嘘を通すつもりでユアに声をかける。

 そんなポンズに力なく笑ったユアは、気を失った自分をここまで運んでくれた義姉を声をかける。

「――まずはここまで運んでくれてありがとう、ポンズさん」

「どういたしまして」

「それで、私はちょっと混乱しているみたい。落ち着きたいから、少しだけ一人にしてくれない?」

「分かったわ。私はこの周辺の情報と、それから水や食料を集めてくるわ。ユアちゃんはゆっくりしていて」

 そう言って小屋から出ていくポンズ。それを見送ったユアはその眦を鋭くする。

(クルタの顔を見た記憶、その時の私は身動きが取れなかった。まるで後ろから羽交い絞めにされていたみたいに。

 トトルゥトゥトゥと出会った時に、ポンズさんに動きを封じられたように。そして起きた時の気怠さも、あの時と一緒みたい……)

 もしや、という思い。まさか、という思い。それらがユアの頭の中を占めている。それを確認する為にユアは懐から手帳を取り出す。

「…………」

『ポンズ』『裏切った』

 そこにはそんな文字が躍っていた。宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)。声を具現化し、文字として残すユアの能力。

 ユアの激情が育つことを停止させたからこそ生まれた僅かな冷静さ。皮肉にもポンズが望んだそれによって、ポンズはその裏切りをユアに知られることになったのだ。

 

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