殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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088話 ユア・2

 

 裏切り、というものについて少し深く掘り下げてみよう。

 感情的な面から言えば、それは信用や信頼といったものを否定するということに他ならない。例えば信じているからこそ仕事を任せ、成功を期待したのに失敗する。例え失敗したとしても、信じているからこそ()()()失敗することはないという前提がある。

 片方はやや事務的であるが、当たり前に成功すると思っていた仕事を失敗された。更にはわざとであった、となればそれは信頼していた人間に対する明確な裏切りだと言えるだろう。

 他には、利益を主軸に考えてみよう。

 Aという組織に所属して、Aの利益を第一に考えるべき個人。それなのにわざとAに損害が出るように動き、Aと敵対関係にあるBに利益が出るように動く。といった存在もある。

 このパターンはいわゆるスパイという単語がもっとも似合うだろう。敵の懐に入り、損害を与える。これは最初から本当に所属している組織がBだったケースである。この場合はBからの信頼を裏切らなかったという形である。

 一方で、最初はAという組織に所属していたのに、Aという組織を裏切る場合。これは裏切った後で随分と苦労するハメになる。何せ世話になっていた組織を裏切るのだ、次に所属した組織も裏切られるかも知れないという心配はこの先ずっとついて回る。こういうケースはAという組織への恨みで裏切りを起こすことが多い。利益を得るよりも、不利益を与えたいという悪意で裏切りを起こすのだ。

 

 そして今この時、ユアはどのような理由でポンズが裏切ったのか、全力で頭を回していた。

 

 ◇

 

(裏切りには3つのうち、どれかの目的が必要になる。

 更なる利益、所属チームへの打撃、そして命の保証)

 東ゴルトー共和国を駆けるポンズとユア。先を走るポンズの背中を見ながら、ユアは考えを巡らせる。

(この中で省いていいのが命の保証ね。討伐隊を抜けるのは簡単だもの)

 そもそもとして、討伐隊として正規メンバーといえるのは3人のみ。ネテロ会長と、彼が呼び寄せたノヴとモラウだけだ。他の面々は自分にも仕事をさせろと無理矢理参加したに過ぎない。

 とはいえ、既に討伐のフェーズは佳境に入っている。7日後に行われる建国記念大会にて『選別』が行われる以上、討伐軍としてのタイムリミットはそこになる。時間切れになれば自動的にこちらの負けであり、今更撤退するなんて言うのはよほど自分の信頼を傷つける。

 そうは言っても、死んだら人間はお終いである。そしてキメラアントに命乞いをする意味がないのはNGLで十分理解できている筈であり、己の命を守る為ならば討伐軍を辞して逃走するのが最適解だ。

 もっとも、人類が負けると踏んでいたら今のうちにキメラアント側に取り入ろうとするだろうが。

(…………おそらく、ない。おそらくはだけど)

 可能性は皆無ではない。討伐隊の危険度をあげて王と護衛軍に危機感を持ってもらい、そこを裏切る。繊細な手腕が必要だろうが、可能性は皆無ではないのだ。

(でも、心配はしなくていい)

 そのような理由で裏切る可能性は皆無ではなくとも、その裏切りが成立する可能性は皆無である。何故なら、この手の裏切りは最後の最後まで信頼され続けるというのが絶対条件。ユアが疑惑を持った以上、どうあがいても裏切りは成立しない。

 もしもこの裏切りを成立させるには疑惑を持った者を殺す必要がある。

(だけど、ポンズさんは私の記憶を奪っただけで命までは奪わなかった。少なくともしばらくは殺すつもりがない)

 そしてポンズの様子を見ていれば気が付く、彼女はユアのことを可愛い義妹として扱っているということを。つまり、ポンズはユアが気が付いていることに気が付いていない。記憶を奪ったことで満足し、記憶を失う前のユアが情報を残したことに気が付いていないのだ。

(話を戻して、次に否定できるのが所属チームへの打撃)

 討伐隊に恨みを持ち、討伐隊を害する為に裏切る。こんなもの、どう考えを巡らせても無理筋である。そもそも討伐隊の核となるのはネテロを含めた3名。彼らを恨むほど、深い絆を結んでいない。強いて言うならばバハトが操作された逆恨みくらいだが、ユアから見てもポンズは討伐隊に恨みを寄せているようには見えない。むしろバハトを見捨ててしまった自分を恨んでいるようである。この点はゴンもキルアもユアも同じ心境であるからして、お互いにシンパシーを感じている部分でもある。ユアが自分自身を信じればほぼ間違いがない。

 こうなれば消去法として残るのは1つ、更なる利益を得る為にポンズは討伐隊を裏切っている。

 そしてその利益を得る相手は誰なのか、そこが問題だ。

(キメラアントと討伐隊。本来ならば単純なこの対立だけれども、いくつかのイレギュラーがあるわね)

 まずは言わずと知れたクルタという存在だ。ポンズが言うにはクルタ族の死者の念であるというが、彼女が裏切った以上はその可能性はない。クルタの行動原理を保障したのはポンズのみであるからして、ポンズを信じられなくなった今ではその言葉を信じる意味はない。

 クルタが何者なのか、これについてはユアも全く想像がつかない。唐突に表れたアンノウン、それがクルタだ。情報がなさすぎる。クルタについてはこれから情報を集めなくてならないだろう。

 そしてもう1つ、キメラアント側も一枚岩ではない。王と護衛軍はまとまっているだろうが、女王が死んだことにより解き放たれた師団長以下の面々はそれぞれの考えで動いている。もしも師団長側から利益を得るつもりならば、キメラアントの王を暗殺することには真剣に取り組むかも知れないからだ。

(いや、それでも)

 ユアは思考を整理する。ポンズがキメラアントに付くというのは考えにくい。

 その根拠はユアに残された記憶、後ろから羽交い絞めをされた上で眼前にクルタの姿が残っていたその一瞬。口と鼻を覆われていた以上、あの時にはポンズの薬毒の妙(アルケミーマスター)で意識を奪われた。そこは動かない。

 ポンズはクルタと組んでいる。それは間違いない。

(問題は――)

 クルタから何かを与えられることを前提として、クルタの配下に成り下がっているのか。

 クルタと協力してキメラアントや討伐隊から利益をもぎ取ろうとしてこちら側に潜んでいるのか。

 そのどちらかである事は、ほぼ確実である。

 そしてポンズは裏切りを表明するその瞬間まで、こちらの味方であるフリをし続けるだろう――

「着いたわ」

 そんなユアの思考をポンズの言葉が断ち切る。一日中走り続け、もう時刻は夕刻になっていた。

 我に返ったユアの眼前に広がる、どこかくたびれた様子の大都市。東ゴルトー共和国の首都、ペイジンが彼女たちの目の前に広がっていた。

 

 ◇

 

 前提条件として、東ゴルトー共和国は閉鎖的な国である。

 外部からの来訪者がいない訳ではないが、厳格な入国審査をした上で()には監視がつく。

 ノヴとモラウが比較的自由に動けているのは東ゴルトー共和国の高官であるマルコスを抱き込んだ為であり、亡命を前提としたマルコスの決死の隠蔽工作があればこそである。

 つまり、ポンズとユアはそう簡単にノヴたちとコンタクトを取る訳にはいかない。もちろんマルコスに無理を言って抱き込んで貰うことは可能だろうが、そちら側の人数を増やす意味もまたないのだ。ノヴ達以上の政治力を発揮できる見込みがない以上、その場合ではポンズとユアは単なるお荷物である。

 それよりも彼女たちは彼女たちなりの知恵を絞り、宮殿に忍び込む算段をつけなくてならない。もしもここで妙手を見つければそれが本採用となり、護衛軍を王から引き離さす確率がまたあがる。

 理解はしている、理解はしているのだ。だが、それを口に出せない理由がある。

「…………」

「…………」

 ポンズとユアは絶句する。宮殿を覆うネフェルピトーの円、その鉄壁の防御に。

 NGLの時には気が付かなった、その理不尽さ。半径1キロにも及ぶアメーバ状の円は、触れれば確実に護衛軍の警戒レベルがあがる。しかし触れない方が良いと分かっていても、それを為すにはどうすればいいのか。

 とりあえず高い建物の上に登って宮殿を眺めていた2人だが、何時までものんびりとしていたら敵に見つかる可能性も高くなる。

 まずは敵地を観察できたということを収穫とし、ポンズとユアは宮殿から死角となる路地裏へと入り込む。

「そして連絡ね」

 ポンズは懐から手紙を取り出し、それを目についた郵便ポストに投函する。これはマルコスの元に届けられ、ノヴ達に自分たちがペイジンに到着した合図となるのだ。

 お互いにペイジンでの合流の方法はいくつか持っており、合流した方が良いと判断したのならばそれは容易く可能となる。もちろんケイタイも使える訳であり、盗聴を心配しなければ短縮ダイヤル1つで連絡を取る事も可能。これはキメラアントの電波はもちろん、東ゴルトー共和国の傍受システムも敵になる。この国は一般人のケイタイ所持が厳禁である為、通話の絶対数が圧倒的に少ないのだ。傍受の危険は常に警戒しなくてはならない。

「結局、直接会って話すにこしたことはないわよね」

「そうね」

 ユアの言葉にポンズが軽く頷く。ポンズとユアはペイジンに潜みながら、ある時は人気のない建物に忍び込み、食料や飲み物を失敬する。

 そして人気のない古びた倉庫を見つけ、忍び込む。ひとまずはここを拠点として、ペイジン内を動く予定だ。

 今日が暮れれば、後6日。決行日まではそれしかない。

「まずは状況を整理しましょう」

 ポンズが口を開き、ユアは頷く。そしてペンと手帳を取り出し、メモを取る体勢に入った。そして口を開くのはポンズ。

「まず2日前、東ゴルトー共和国は厳戒態勢に入った」

「異分子のテロ活動が名目ね、実行者は多分キルア」

「これにより、一日で『選別』は中断、犠牲者は50万で済んでいる」

 50万。改めて考えると恐ろしい数である。これだけの非戦闘員があっさりと虐殺される現状は薄ら寒いと言う他ない。

 これを止められるのは自分たちだけであると考えると、ポンズの姿勢は自然と正されていく。

「でも、建国記念大会で結局は全員『選別』される。99%は死に、残るのはほんの5万人」

「その生き残りもキメラアントに操作された人類の敵対者となる」

 5万もの念能力の軍団、これをどう対処したらいいのか。破滅的な決断を下すしかなくなるだろうが、それでも勝ちが確定されないだろう。

 何としてでも建国記念大会が開始される前に王を暗殺する。500万の民間人の殺戮さえほんの序章に過ぎないのだ。想定される犠牲者数で、この事件の規模が窺えるというもの。

「それを止める為には宮殿に潜入し、王を暗殺しなくてならない。けど……」

 思い起こされるのはネフェルピトーの円である。

「あれを、掻い潜って……?」

 2人の間に沈黙が横たわる。

 やがて、がりがりと頭を掻きながらユアが意見を口にした。

「いったん、円を掻い潜るのは放棄しましょう」

「と、言うと?」

「私達が1キロを無理なく走破するのにかかる時間は1分弱。4手に分かれた討伐隊が、東西南北から1分前に突入する」

 メモの真ん中に宮殿をデフォルメして描き、その上下左右から矢印を書くユア。その図面を見つつ、ポンズは難しい顔をする。

「そうすると護衛軍は王の元に集合しそうよね。ヤツラの元にはワニのキメラアントみたいに師団長級が何匹も集まっている可能性は高いわ。

 師団長級に足止めをされれば、会長との約束の刻限に間に合わない」

「それを見越して早めに突入する、っていうのはナシね」

「ええ。師団長級のキメラアントにどれだけ足止めされるかも、そもそも勝てるかも分からない。

 楽観的に勝てると考えても、護衛軍を相手にする前に消耗するのは極力避けるべきだわ」

 最終的な案としてはユアの方法で行くしかないが、これは最悪の手段である。できれば取りたくない作戦だ。

「横がダメだとしたら――上か、下?」

 空か地中、確かに魅力的に見える。不可能ということを除けば。

「ネフェルピトーの円は半径1キロよ? そのくらい上空から飛び降りればただでは済まないし、そもそも宮殿の上空に気球を飛ばすなんて悠長な真似を護衛軍が許してくれるとは思えないわよね」

「そりゃそうね。じゃあ、下は?」

「地中ねぇ……。まあ一番マシな気もするけど、トンネルを掘るってよほどの重労働よ?」

 ポンズはグリードアイランドでバハトの『敵』をハメる為にトンネルを整備したことを思いだす。数ヶ月かけて、自然洞窟の整備が精一杯だったはずだ。

 残り数日で1キロもの地下トンネルを進むとは、現実的ではない。

「誰か、そういう能力でも持っていればいいけど――」

「ポンズさん、何か妙案はないの?」

 やけに鋭い視線を向けるユアに、ポンズはややたじろぐ。

 だが、それでもすぐに案を出せと言われて出せる訳もない。

 少しだけ考え、しかしゆっくりと首を振る。

「今のところはだけれども、妙案はないわね。強いて言うなら、なんとかしてノヴさんの出口を宮殿内に仕掛けられればってところかしら」

「それも現実的じゃないでしょ。ネフェルピトーの円の中に潜入できれば苦労はないし、もしも気が付かれれば結局敵の警戒ランクはあがるわ」

 少なくとも、一度潜入されれば再度の可能性は脳裏に残る。それでは完全な奇襲足りえない。気が付かれずに宮殿に侵入できれば、じゃあその手段を作戦本番に使えばいいだけである。

 ユアの正論に、ポンズは黙るしかない。

「……まだ6日あるわ。これから先、妙案が出ることを期待しましょう。

 遠くからでも宮殿を見れば、何か閃きがあるかも知れない」

「そうね」

 ポンズの言葉に鋭い眦を緩くするユア。

 やや強くポンズを問いただしたユアだが、ポンズからは常識の範囲内の言葉しか返ってこない。

(裏切って味方のフリをする以上、こちらには利益を落とさないつもり? それとも本当に何も作戦がないのかしら?)

 ユアがポンズを見る目は必ずそんなフィルターを通すことになってしまう。もちろん仕方のないことではあるのだが、ユアの胸中は完全な疑心暗鬼である。

 そしてポンズを見つつ、ユアはその感情をゆっくりと起こしていく。

(思い起こせば――あなたの事は嫌いだったのよ、ポンズさん)

 思案気な表情の美女の顔を見つつ、ユアの心に憎悪の灯が宿る。

(ただの仲間だった時は良かったわ。けれど、ポンズさんはお兄ちゃんを誘惑した。

 いきなりお兄ちゃんに子供ができたって言われた時、私の心がアナタに分かるの?)

 子供という免罪符をいきなりつきつけられれば、ユアには黙るしかなかった。それでもバハトとポンズの交際――というか結婚を認めなければ、ユアがバハトに見捨てられかねなかった。

 その時はバハトに言いくるめられてレントの名付けの親になったから家族の一員になったような気がしてごまかされたが、バハトが居なくなった今、ポンズはユアにとって大好きな兄を奪っていった泥棒猫に他ならない。

(アンタは――)

 ユアは瞳を閉じる。己の瞳が緋色に変わっていくのを自覚したから。

(――私が殺す)

 ふー。と深い息を吐き、心を落ち着かせる。

(裏切りは最後の最後まで仲間に知らせない。確実な証拠を集めて、裏切りの代償を払わせて、私からお兄ちゃんを奪った報いを必ず受けさせる)

「大丈夫、ユアちゃん? 疲れたかしら?」

「ええ。こうも突破口がないと気が滅入るわね」

 表面上を取り繕った、案じ合う義理の姉妹。その現状を鑑みて、ユアは心の中で冷笑を浮かべる。

(ポンズも、トトルゥトゥトゥも。

 両方とも私が殺す)

 瞳の緋色が消えたことを自覚したユアは、顔をあげてふんわりと笑う。

「今日のところは休もうよ、ポンズさん」

「そうね。休息も大事だから」

 

 そして7日目が終わる。

 建国記念大会まで、後6日。

 

 

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