殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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089話 首都ペイジン・1

 

 翌日早朝、ポンズのケイタイに着信が届く。バイブレイター設定にしていた為、高い着信音が周囲に響くことはなく。ポンズは素早く通話状態にする。

「もしもし?」

『こちらはノヴです。ユアと共に無事、ということでいいですか?』

「ええ。今はペイジンに潜伏しているわ。ノヴさんとモラウさんも?」

『愚問です。私たちに抜かりはありませんよ』

 どこか鼻に付く言葉を発するノヴに、ポンズは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。対してユアといえばノヴに顔が見えないからか、露骨にイヤそうな顔をしている。

「っていうか、郵便早いわね」

『情報収集が足りませんね。東ゴルトー共和国は電話網に制限がかかっていますので、高官に対する速達には忖度されるのです。

 革命や反乱の証拠をすぐに伝えられるように、ね』

 なるほどとポンズは思う。今回使った郵便は表向きマルコスに宛てており、彼は東ゴルトー共和国の高官だ。故に情報がすぐに伝わったのだろう。

 これを見越していたとなれば、成程。一流のプロハンターは些細な事でも優秀だということが分かる。それを鑑みれば、軽率に見える電波を使ったやりとりにも確かな安全を確信して通話をしているのだという予想もついた。

「ってことは、電波網も掌握しているから電話の使用制限は大分緩和したと思っていいのね」

『その通り。もちろんユアさんが懸念している通り、電波はアリの通信網に引っかかりますから、ヤツラの側では使えませんが』

 宮殿にアリはいるだろうが、広いペイジンでケイタイを使う分にはそこまで警戒しなくてもいいのだろう。

 今のところは、だが。

『さて、今回連絡をしたのは他でもありません。作戦変更の伝達です』

 ノヴのその言葉に、ユアは猛烈にイヤな予感がした。

『東ゴルトー共和国の人民500万を見捨てるのはやはり下策。私とモラウは護衛軍の妨害に入ります』

「っ!!」

 その言葉に、思わずユアは顔を顰める。ユアにとって赤の他人が何百万人死のうが知った事ではない。だが、討伐軍の最も経験ある2人が消耗するのは決して看過できることではない。

 ポンズとしても残り450万の東ゴルトー共和国の人命は大事ではあるが、かといって目先の数百万人に捉われればこの後何億何十億という人間が死ぬ。この恐ろしい数は決して比喩の数ではないのだ。

「「大丈夫なの?」」

 故に万感の想いが言葉にこもる。ポンズとユアのその言葉を聞いて、ノヴも軽口は返せない。

『……当日の作戦決行に支障は出る、とは言っておきましょう』

「じゃ、ダメじゃん」

 バッサリと言い切るユアだが。しかしその言葉にはフ、と鼻で笑うノヴ。

「笑っている場合じゃないんだけど?」

『いえ、失敬。あなたの浅はかさが可笑しくて』

「あ?」

 ただでさえユアはノヴに対して良い感情は持っていない。思わずドスの効いた声が喉から漏れるが、電話の向こうから聞こえて来る声は飄々としたもの。

『目的のみを狙う狩り(ハント)は確かに効率がいい、仕方がない犠牲を割り切るのも一種の才能です。ですが、それでは美学が産まれない』

「美学の為に失敗するつもり?」

『美学を持ったまま成功する方が素晴らしいと思いませんか?』

「理想ね。できれば誰でもそうするわ」

『それが出来うるからこそ、念は強くなるのです』

 この切り返しには思わずユアの方が黙ってしまう。目的だけを搔っ攫うのも狩り(ハント)ならば、高いハードルをクリアして成果を手にするのもまた仕事(ハント)。そしてどちらの方が念を強化するのかは考えるまでもない。

 おそらくはノヴもモラウもそうやって自分を曲げずにこれまで生きてきたからこそ、今回ネテロ会長のサポートを任されるまでに成長したのだ。

 先輩プロハンターの、こちらを薙ぎ倒すような強い理論にユアは黙らざるを得ない。

 そのユアの沈黙でいったんは満足したノヴは、続いて声を少し柔らかくして言葉を続ける。

『と、まあ。これがモラウの理論ですね。彼はやはり甘い男です、何百万という犠牲を割り切れる男でもない』

「と言うと、ノヴさんには別の思惑があるの?」

 ポンズの声を聞いたノヴは、電話の向こうで微笑んだような気がした。

『ネフェルピトーの円』

「「…………」」

『貴女たちがあれを掻い潜る妙案があるなら、今からでも力を温存しましょう。

 奇襲に全てを懸けるのも悪くない、数百万の犠牲も必要なものと割り切ります』

「……いえ、アレは鉄壁が過ぎるわ」

『でしょうね』

 クックッと喉の奥で嗤うノヴ。

『NGLの時から思っていましたが、アレは確かに鉄壁だ。どうにもこうにも攻略法が見つからない』

「で?」

『見ているだけでは何も変わらないでしょう? こちらから搔き乱すことで勝機を得るのも必要ですよ』

「その勝機は得られるものかしら? 私には分の悪い賭けに思えるけど」

 ユアの冷淡な言葉。宮殿にまでちょっかいをかけるならともかくだが、それだとしたらこちらも大きなリスクを負わなくてはならない。かといって宮殿の庭先にあるペイジンの町で暴れるくらいだと、無視されて終わりな気もする。何しろ、ペイジンで暴れても王には何の痛痒もないのだから。

 そんなユアの意図を察して、ノヴは物分かりの悪い生徒を諭すような口調で語りかける。

『その勝算を計る為のちょっかいですよ。

 私たちが得た王や護衛軍の知識はコルトたちからもたらされた伝聞のみ。ここで生の情報を得るのも、作戦決行時に必ず有用になります。

 潜み続けるのもいいですが、それでは向こうの情報もまた手に入りにくい』

 相手に情報を与えてでもこちらが情報を獲りに行く。クレバーな様に見えて、ノヴはモラウよりも好戦的ではないのか。思わずそんな感想が浮かび、ポンズはやや呆れた顔をする。

 別に好戦的でも悪くはないのだが。女王の最期を見届けた時のモラウといい、意外な一面を見ることが続いたポンズとしてはどこかもにょもにょとした気分になる。もちろんそれは悪いものではない。

 そして実際、ネフェルピトーの円の攻略法は見つかっていない。ならばノヴの案を積極的に否定する理由もない。

「分かったわ。ノヴさんの案を私は支持する」

「……仕方ないわね。私もいいよ」

『結構』

 ポンズとユアの賛同を得て、ノヴは満足そうに言う。

『さて、そこでですが、あなたたちはこれからどう動きます?』

「どうって、ペイジンに潜んであんたたちの戦いを高みの見物するけど?」

『…………良い性格をしている』

 鮮やかな切り返しをするユアに流石のノヴも呆れた声を出した。

 護衛軍にちょっかいをかける決断を下したノヴとモラウに付き合う必要は全くないとはいえ、仲間をダシに情報を得るだけと言い切るのにはツラの皮が相当厚くなくては言えないだろう。たとえそう思っていたとしても、普通は少しだけでも取り繕う。

 それすらないユアに呆れるノヴとポンズ。

『まあ、その決断を私は非難しませんがね。それでもあなたたちがこちらをサポートすれば、私たちも少しは楽になる』

「ヤダ。メンドイ。パス」

「ユアちゃん」

 全力で拒否をするユアに、ポンズは困ったように窘める。

「いや、だって。私たちにそんな余力とかあると思う、ポンズさん?」

「…………」

「私たちは操作系と具現化系。格上殺しも可能な能力とはいえ、その前提の多くは相手に情報が漏れていないこと。相手の情報を得るよりも、自分の情報を隠す方が優先されるでしょ?」

『…………』

「しかも先輩の()()()()()は手に入れた情報をこちらに流してくれるはず。

 ホラ、私たちがリスクを負う必要はどこにもない」

「『…………ハァ』」

 ユアの正論に、電話の向こうのノヴとポンズは同時に失望の溜息を吐いた。

「ユアちゃん」

「……何よ」

「あなたの言い方では、ノヴさんを仲間と認めていない」

「…………」

 そうだよ。

 そんな肯定の言葉を出さないくらいにはユアにも理性があった。

「仲間と認めていない人に、危険な本番で背中を任せて貰えると思う?」

 思わない、特にポンズには背中は任せられない。

 その言葉も無表情のまま肚の中にため込むユア。

「私たちが今しなくちゃいけないのは、自分の身の安全を守ることじゃない。仲間の信頼を勝ち取ることよ。

 キルアは単独で『選別』をかく乱し、ノヴさんとモラウさんはそれに乗った。なら私たちがするべきことは、仲間の負担を和らげることでしょう?

 もう既に(アリ)は東ゴルトー共和国の内部に刺客が紛れたことは気が付いている。

 ならばその人数は誤差、今は全体の戦力を維持しなくちゃならないの」

 だったら最初から暴れるキルアが悪いというのがユアの意見ではあるが、今はそれを言っても始まらない。もしもその意見を押し通すならば、残りの仲間が満場一致でキルアのことを冷徹に見捨てなくてはいけなかった。

『ちなみにナックルとシュートはキルアの作戦を支持しました。彼らの能力的にかく乱作戦は向いていませんが、それでも要所で協力してくれることになっています』

 それを見透かしたようにノヴが補足する。そして聞くまでもない事だが、あのゴンが本質的にキルアを見捨てることはあるまい。危険な単独任務を任せたことも、キルアに対する信頼があってこそだと想像するのは容易い。

 となれば、もはや『選別』に対する妨害を反対しているのはユアだけである。もちろんノヴに忖度するパームに最初から期待はしない。

 ここで意地を張っても討伐隊内で孤立するだけであり、旨味がないどころか足並みを乱す異分子として弾き出されかねない。

(それに、まあ)

 いくらユアでも、キルアを見捨てる選択肢は流石に存在しなかった。ポンズの裏切りが確定し、兄であるバハトもネフェルピトーの操作から解放できるか分からない今、ユアにとって一番の友達はあの2人だ。なんだかんだ、1年以上継続した付き合いになるのはキルアとゴンを除いて他にいない。

 ユアはそれをはっきりと口にする。

「東ゴルトー共和国の人民が何百万って死ぬのはどうでもいいし、ノヴさんの都合も知ったこっちゃないわ。

 けど、ポンズさんとキルアは見捨てられない」

「ありがとう、ユアちゃん」

「どういたしまして、ポンズさん」

 ユアとポンズはふんわり笑う。策謀を巡らす者の不信と不審の昏さをその心の奥に隠したまま、微笑み合う。

『――まあいいでしょう』

 どこか不穏なものを感じたノヴが仕切り直す。

『あなたたちの協力を得たとはいえ、前線には私とモラウが立ちます。まずはペイジンをモラウの能力で包囲し、護衛軍に圧をかける予定です。そうすればまず、替えの利く駒であるネフェルピトーの操作した()()が相手でしょう。

 ネフェルピトーの操作した人形は銃を使うでしょうし、銃が相手ではあなたたちに不安が残るのも事実。

 2人は背後に陣取り、適時動いて下さい』

「適時、と言うと?」

『例えば護衛軍がじれて直接出てきた場合』

 ノヴの言葉にユアとポンズの表情が引き締まる。

『出てきた護衛軍の数に依りますが、分断して各個撃破する絶好の機会になります。私たちだけでも負けるつもりは毛頭ありませんが、格上殺しならばあなたたちの能力の方が適している。頼りにしていますよ』

「可能性は高いと思う?」

『向こうの情報がないので何とも。ただ、可能性は0ではない。護衛軍全てを引き連れた王が出陣する可能性などもですね』

 単なる様子見で仕掛けた一手で一気に土壇場になる可能性もある。そう考えればピリリと神経が荒ぶるというもの。

 そんな2人の様子を電話越しに感じ取ったノヴは満足そうな口調で言う。

『では、合流しましょう。モラウが仕掛けた隙をついて合流し、作戦を共有する。

 後はまあ、相手の出方を窺いつつ、こちらも良く戦いましょうか』

 そう言ってノヴとの通話が切れる。

 ポンズはケイタイを懐に仕舞い、気迫を持って歩き出す。

 そしてそれに続くユア。

「行きましょう」

「ええ」

 倉庫から出る時には首都ペイジンの空気は重かった。ふと遠くを見れば、白いヒトガタが町を飛び回っている。

 それを察知した東ゴルトー共和国側の軍が殺気立ち始めた、戦争前の緊張感だ。

 絶で気配を消したユアとポンズは誰にも見つからないように事前に決めた合流ポイントへと向かう。

 首都ペイジンは既に敵地で戦地だ。最も安全な場所はノヴの能力で創り出した念空間(マンション)の中だと、話すまでもなく分かっていた。

 

 数分後、ペイジンの町中にサイレンが鳴り響く。

 それは、また新たな局面が広がった合図でもあった。

 

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