モラウの持つ能力の一つ、といっていいだろう。
念を込めた煙を人形と化して、事前に指示した命令をこなすオートタイプの操作系能力。
特筆すべきはその数。最大で200を超える数を作りつつ、今回は命令を複雑にした為に数は少なくなり、50程度の煙人形が東ゴルトー共和国の首都ペイジンに展開されていた。
たった50というなかれ。オーラが込められた、気体と固体の性質を持った念人形を突如として50体も敵地に出現させたのだ。これは相手方としては悪夢というしかない。
事実として、ペイジンに強襲をかけたモラウは通信施設や軍事施設を強襲し、それを成功させた。これは建国記念大会における妨害であり、そしてその勢いのまま10体程の煙人形を宮殿に突入させる。
おそらく、ネフェルピトーの円ではその煙人形を人間か人形か判別できなかったのであろう。百数十メートル進んだ後、宮殿から出てきた一匹のキメラアントに殲滅させられた。
後に照会したところによれば、アレは護衛軍のうち1体のトトルゥトゥトゥ。外見的にはほとんど人間のようでありながら、ほんの少しの昆虫の要素を組み込まれたキメラアント。
ともかくとして、これで討伐軍としては護衛軍に警告を送ることができた。こちらは王の首を狙っている、そんな敵を放置していていいのか? というメッセージだ。
挑発なのは百も承知だろうが、それでも王の安全には代えられなかったらしい。ネフェルピトーは人間を操作する傀儡人形を首都ペイジンに集結。モラウの展開する煙人形とネフェルピトーの操作する傀儡人形がドンパチやっているという構図が出来上がる。
そしてこれは討伐軍の狙い通り。これで確実に『選別』は中断され、建国記念大会まで450万の人民の命はひとまず延命できた。
代償として、ペイジンに敵対勢力がいると相手方に理解された為、マルコスの庇護を受けられなくなり、拠点を放棄せざるを得なくなった。
もっとも、ノヴの
◇
ノヴのマンションの一室で、ペイジンに集まった4人の討伐軍が会議を続けている。
「――と、まあここまでが現状ですね。こちらの想定を超える事態は起きていません」
ノヴがそう締めくくり、これまでの話を総括する。
「ゴンたちの動向は?」
「そっちはノータッチだ。こっち側が全滅する恐れもある。今のところは別々に動くべきだろう」
ユアの問いにモラウが答える。当初は4組で動いていた討伐軍だが、現在は統合されて2組となった。このまま首尾よく話が進めば、作戦当日には討伐軍は1つにまとまるだろう。
となれば今現在の問題は、彼ら彼女らがペイジンでどう動くか、である。
「まずはこっちの目的を明確にしておきましょう」
ポンズが仕切り直し、現状達成すべき目的を提示する。
「1・ネフェルピトーの円を掻い潜り、宮殿に奇襲をかける方法を模索する。今のところの最有力候補はなんらかの手段でノヴさんが宮殿に侵入し、マンションの出口を設置すること。
2・敵勢力を削ぐ。ネフェルピトーの人形は補充可能みたいだから無視するとして、王に降ったであろう師団長級を仕留められれば良し。護衛軍を始末できれば最上」
「そうだね。その2つを目標にすればいいと思う」
ユアが頷き、話が続く。
「2に関してはそう程なく話が動くでしょう。現状、ペイジンでは膠着状態です。こちらの全滅を熱望する護衛軍がこのままであるとは思えない。かならず手を打ってきます。
となればヤツラに降ったキメラアントがこちらの始末に動くと思っていいでしょう」
「護衛軍は動かないかしら?」
「護衛軍の判断では動かないでしょうね。キメラアントの習性として、護衛軍は王の守りが最優先。外敵の排除は第二目標以下です」
「って言っても、放っておけば宮殿に攻め入るであろう敵をいつまでも放置してくれる?」
「いつまでもは放置しないでしょうが、まずは配下を動かして排除を試みるのが常套手段。護衛軍が直接動くのはその後でしょう。
もしくは――」
「王の命令があれば、護衛軍も動くかもな」
モラウがノヴの言葉を引き継ぐ。
「王の命令は絶対、それは間違いない。『選別』が中断したことに腹を立てた王が、その原因の排除を命じる可能性は十分にある」
「それでも王の性格次第でしょ? 泰然とした、または超然とした性格ならば最終的に帳尻が合う目論見がある躓きを気にしないこともある」
「その通りだ。だが、イレギュラーが起きるなら王の行動如何によるだろう」
護衛軍は王の脅威がなければ王の傍から離れない。王の傍を離れずに、その周辺や配下を使って王の為に尽くす。それはこれまでの手応えからほぼ間違いがない。
しかしその一方で、そんな護衛軍の行動原理を覆せる王についての情報は殆どない。コルトから聞いた、誕生直後の様子のみと言っていい。
「ってかさ、王って宮殿で何をしているんだろうね?」
王に話が及んだところでユアが素朴な疑問をあげる。それを聞き咎めるモラウ。
「何ってな、どういった話だ?」
「建国記念大会まで後6日じゃん? 飽きる時間だと思うんだよね、6日って」
「それはまあ、そうだな」
思わず頷くモラウ。それを聞きながら、ポンズがんーと声を出しながら考える。
「それこそ性格に因るかもね。
怠惰な性格や呑気な性格なら食っちゃ寝をして苦にしないでしょうし、勤勉な性格だったら自己研鑽に励むかも」
「短気な性格ならば軍略に口を挟むかもですしね」
ノヴの言葉に少しだけ考えを巡らせる一同。これまでの敵の動きは護衛軍らしいと言えるが、王の意図が入っていないとは思えない。少なくとも王が不快に思わない方向で作戦は調整されている、と見るべきなのだ。
「それを踏まえて、ペイジンに王が来る可能性は?」
「皆無ではありませんが、それはこちらにとっても絶好の機会。
王の傍を護衛軍が離れない以上、私が宮殿に忍び込む最大の好機です」
「代わりにペイジンに残存する方は全滅しそうだけどね」
ユアの言葉にあっさりと言い返すのはモラウ。
「そんときゃユアとポンズは逃げ出せ。オレがペイジンに残って時間稼ぎをする。
オレが死んでも、ノヴの出口を宮殿に設置できれば作戦当日に奇襲はできるだろ。
モラウの言葉に首を竦めることだけで返事をするユア。
それを聞いた後、ノヴはいったん話を区切る。
「今のところは全ての可能性を排除しないでおきましょう。王が来る可能性も、護衛軍が来る可能性も。そして、配下のキメラアントだけが来る可能性も。
もしも師団長級のキメラアントが来た場合、モラウの煙人形だけでは対処できると思いません。私たちが直に動いて敵を排除します」
「文句も問題もないわ」
「同じく」
ポンズが頷き、ユアが賛同する。作戦当日の障害になると目される以上、削れる時に削るのは当然の判断だった。
ないとは思うが、現状維持が続くようだったらこちらからアクションを起こすべきだが、それはもう少し様子見をしてからでいいだろう。
「そして問題は、作戦当日にどうやって奇襲をかけるか、ですが」
ノヴの言葉に、しかし返ってくるのは沈黙のみ。誰も彼も、あの円を潜り抜ける妙案は出て来ないらしい。単純故に堅牢、それがネフェルピトーの円であった。
それにはノヴも答えを出せないのだから、どうしようもない話である。軽く嘆息し、話を区切る。
「まあ、そこはじっくり時間をかけましょう」
話が終わる。そして4人は少しばかりのゆったりとした時間で心身のコンディションを整え、戦場であるペイジンへと身を投じるのであった。
◇
ペイジンを戦場にして行われる、念人形同士の戦争。それは圧巻の一言だった。大きい都市のあちらこちらで戦闘音が聞こえる。
これがたった2人の念能力者によって行われているとは、そしてそれぞれが全力でないとは到底信じられない。
「まずは下準備だな」
そう言ってモラウは巨大なキセルを吸って煙を吐き、それをユアとポンズに纏わせる。これによって彼女たちはモラウの
「……思ったよりも動きにくいわね」
「まあ、お前さんは仕方がねぇ」
ただ、ユアは身長が足りない為に大分厚底の身長補正を受ける事となったが。いざ戦闘の際には身に纏った煙を脱ぎ捨てる事になるだろう。
モラウとノヴは偽装をしない。もしもネフェルピトーの念人形よりも強力な敵が出て来る場合、目指すべき的となる役割があるからだ。
「とりあえず相手が動くまで様子見だ。適当にドンパチやっててくれや」
そう言ってモラウが飛び出し、ノヴは自分のマンションに潜って瞬間移動を行う。残されたユアとポンズは声をかけあって別れる。
「じゃあユアちゃん、気を付けてね」
「うん。ポンズさんもね」
そう言って別方向に向かう2人。その直後、ユアはモラウの煙を脱ぎ去って、絶。
踵を返し、即座にポンズを尾行する。
(今の優先事項は、ポンズの裏切りを確定させて始末すること)
ユアはあえて会議には出さなかったが、東ゴルトー共和国にはクルタがいる。それは間違いない。
ポンズを泳がせるという意味でモラウやノヴにそのことを伝えなかったし、ポンズもクルタに注目をされるのは好まなかったであろうから話題に出さなかった。
今現状、クルタに関してはユアが対処するしかないという。そしてクルタと繋がっているだろうポンズを監視するのが重要である。それがユアの言い分であり、ユアはペイジンを飛び回るポンズを追尾する。
『母さん、ユアさんに尾けられてるよ?』
「えー」
そんなポンズにはユアの追尾をレントから教えられる。
ポンズからの連絡により、討伐軍の情報を手にしたレントはマンションから出てくる4人を視認。
「疑われているのね。何かミスしたかしら?」
煙に覆われているポンズの唇を読むことはできない。小声で話すポンズの言葉は誰にも悟られずにレントへと届く。
『この前意識を失った時に大部分の記憶を消去したとはいえ、最後の一瞬だけはどうしても消去しきれないからね。
そこら辺から疑われても仕方がないよ』
「うー。まあ、別勢力と繋がっていることは事実だけれども」
『で、どうする? こっちの情報を受け渡す予定だったけど』
そうである。今回、ポンズはレントと接触し、彼の持つ情報を受け取る算段であった。しかしユアに監視されている現状、安易にレントと出会う訳にはいかない。
「それはこっちで何とかして誤魔化すわ。とりあえずあなたはユアちゃんの二重尾行をよろしく」
『了解』
遠目にネフェルピトーの人形を視認。ポンズは近くにあった鉄パイプを手に取り、気配を消しつつ背後に忍び寄って頭部を殴打。
銃器を装備しただけの念能力者でもない人形は、頭部を破裂させて絶命した。
(気分悪いわね、これ)
顔を顰めるだけで自分の心に整理をつけたポンズは、そのまま戦場から離れるように移動。誰にも見つからないように移動した後、更に人目に付かない場所を探し出して煙を脱ぎ捨てる。
物陰に潜んだポンズは己の念能力を具現化した。
「
ガラスの瓶と、その内部に存在するハニーと呼ばれる念獣を具現化。そしてポンズは瓶の中に指を入れ、ハニーはポンズの指に掴まった。そのままポンズは瓶の中からハニーを引き抜いて外にハニーを連れ出す。
「じゃあハニー、よろしく」
そう言った瞬間ハニーはポンズの指から離れ、同時に姿を消す。放出系が得意でないポンズが自身から念獣を離すと、全ての特殊能力が使えなくなる上に凝で見なくては判断できなくなるほど存在が希薄になる。
言い換えれば、自動的に高レベルの隠を施しているとも言えた。そしてポンズとハニーは繋がっている。これにより、ポンズは諜報活動も可能とする。
一方で、現状ポンズは他の発が使えない。具現化系である彼女にとって、現状は極めて弱体化していると言っていいだろう。故にポンズ本体は息を潜めて隠れるしかないのだ。
「準備完了ね」
ポツリとそう言って、ポンズはその場に隠れ潜む。そしてそんなポンズを見るユア。更にそんなユアを見るレント。
ポンズが望んだ通り、現状は膠着状態である。そしてその膠着状態の時間こそがポンズが欲したもの。
『上手い具合に時間が稼げたね、母さん。
それに情報収集をしているとなれば、ユアさんへの言い訳もばっちりだ』
「…………」
『じゃあこっちが得た情報を伝えていくよ』
そうしてポンズはユアの監視を掻い潜り、レントから情報を得ていく。
値千金のその情報が、王と護衛軍の討伐に有用だと信じて。今は地道に最善手をうっていくのであった。