殺し合いで始まる異世界転生   作:117

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いつも楽しんでいただいてありがとうございます。
キメラアント編もクライマックスに至ろうとしています。緊迫感を維持したまま更新していきたいと思いますので、みなさまどうかお付き合いをお願いします。

誤字報告、感想、高評価。本当に、本当に励みになっております。
重ねて感謝申し上げます。

では、最新話をお楽しみください。


095話 作戦準備・詰

 

「作戦決行時、ネフェルピトーは空にいる」

「空?」

 どこか夢現を語るようなクルタに、ユアが眉を顰めて口を挟む。

「ネフェルピトーは翼をもってないでしょ? 空ってどういう事よ?」

 ありえない未来を掴まされてクルタの良いように踊ったら、道化にしても間抜けが過ぎる。だからこそもちろん、意味が通じない話にはキッチリと説明を求める。

 ユアの言葉は間違っていないが、クルタの言葉を受け止めている時点で、既に彼の術中にあると云えるだろう。

「ボクが見る夜空からは、無数の攻撃的なオーラが降り注いでいる」

「…………」

 一方でシュートは黙って話を聞く。信じないなら信じないでいいが、今を逃せばクルタの未来予知は聞くことができない。

 その事実から、今は情報収集に努めるべきだと判断したのだ。

「オーラと共に空から降ってくる、老人。ネテロ会長」

「!!」

 ぴくりとナックルが反応した。討伐軍は既にネテロ会長とのコンタクトを断っている。作戦決行時、ネテロ会長がどのような手段でもって王へと強襲するかは伝えられていない。

 それは事前に討伐軍から情報が漏れることを危惧する、当たり前の予防線だった。

 当然の如く理解しているだろうと、馬鹿にしたような笑みを浮かべてクルタは嘲笑する。

「あひゃ。

 プロハンターならば当然、討伐軍が全滅している可能性も、そして討伐軍から情報が漏れる可能性も熟慮する。

 ネテロ会長が討伐軍と一致しない方向である空から強襲をかけるのは、当然の判断だな」

「――続けろ」

 お前たちは信用されていない。そうバカにされてもキルアは殺意を押し殺してクルタの予言の続きを促す。今はクルタにキレている場合ではないという、合理的な判断に基づいて激情を押し殺していた。

 だがしかし、クルタはキルアの意に沿わない。頭を振りながら口に出すのは、続きの未来ではない。

「悪いが、見えたのはここまでだ。空から強襲するネテロ会長に気が付いたネフェルピトーが空を跳び、迎撃するそのヴィジョン。

 ともかく、ネフェルピトーはネテロ会長への対応を第一として円すら解いている」

「円も解くの?」

 思わずといった様子でゴンが尋ねた。

 それも当然、ゴンとキルアはネフェルピトーの円の濃さを目印にして彼女の元まで辿り着こうとしていたのだ。いざ突入してみたら目印がありませんでした、では驚きもするだろう。

 そんな問いを投げかけるゴンに、ニヤニヤと笑いながらクルタは頷く。

「残念ながら。

 それでもネフェルピトーがネテロ会長に仕留められなかったら、奴が行きつく先は王の元だ。王を目指せば、遅かれ早かれネフェルピトーに辿り着く」

 クルタの言葉を聞き、感情の見えない漆黒の瞳を閉じるゴン。

 仮にもクルタという第三者の前でするべき行動ではないが、周りには仲間たちがいる。ゴンとしても仲間を信頼しているのだろうと、ゴンの問題行動について口を出す者はいなかった。

 続けて口にするのはモントゥトゥユピーについて。

「モントゥトゥユピーは1階と2階を繋ぐ大階段に陣取っている」

「マジか」

 今度はナックルが思わずといった風情で口を開いた。モントゥトゥユピーは彼らのターゲットであり、それがノヴのマンションの出口に単独でいるとは想定していなかった話である。

 もしもクルタの予言が本当であるならばという但し書きの上でだが、護衛軍の行動は討伐軍にとって想像の彼方にいるのは間違いないらしい。

「モントゥトゥユピーは驚いて周囲を見渡しているな。

 多分だが、ネフェルピトーの円が消えたことで周囲を探っている様子だね」

 つまりモントゥトゥユピーは侵入者である討伐軍を迎撃するのに何の問題もないという事である。ナックルとシュートの戦場は大階段になることは想像に難くない。

「そして最後にトトルゥトゥトゥだが……」

 そこで言葉を区切り、口を淀ませるクルタ。

「トトルゥトゥトゥは?」

 それがお気に召さなかったユアは眉間に皺を寄せながら続きを促すが、クルタの口から出たのは納得のいかない言葉だった。

「未来が収束しない」

「は?」

「1階のどこかをうろついているのは間違いないが、それがどこかまで絞り切れない。

 おそらく、簡単なきっかけで変わる程度の未来なのだろうな。

 言うなれば自由気ままだ。トトルゥトゥトゥは自由気ままに1階を歩き回っている」

 トトルゥトゥトゥがターゲットであるユアにとって、自分だけ情報がぼやけているのは面白くないらしい。イライラとした表情でクルタを睨むが、彼は飄々とした様子でユアの激情を流す。

「ま、トトルゥトゥトゥも同じさ。王が危険だと分かればその元に参じるのが当然。王を目指せば捉まるさ」

「オレたちは王と護衛軍を合流させないことも任務なのだが……」

「心配はいらない、王の元に居ようが居まいがトトルゥトゥトゥは殺すだろう? なら早いか遅いかの違いだ」

 クルタの言葉にシュートが呆れたような言葉を口にするが、それに被せるように言うクルタ。

 そして続く言葉はユアを挑発するには十分な内容だった。

「実際、ボクの最初の目標はトトルゥトゥトゥの命を獲ることだ」

「――」

 ユアのオーラが憤怒の念となって周囲に吹き荒れる。戦闘向けでないキメラアントたちはその殺気に驚いて顔を強張らさせるくらいには強烈なオーラだった。

「トトルゥトゥトゥは私の獲物だ。横取り、すんな」

「奪われんなよ、プロハンター?」

 ユアの殺意を意に介さず、ニヤニヤと嗤いながら挑発を続けるクルタ。

 実際、協力的ではないプロハンター同士は獲物を奪い合う間柄でもある。クルタが先にトトルゥトゥトゥを仕留めたからと言って、討伐軍側からすれば文句の出る話ではない。

 だがそれはあくまで討伐軍側の話であり、ユア個人にフォーカスを合わせればトトルゥトゥトゥをユア以外の者が殺せば、その罪を死をもって贖わせると言わんばかりの害意を隠そうともしていない。むしろ獲物が奪われるということが現実味を帯びた為、ユアの狂気がまた一段上にあがった。

「あはぁ。

 ねぇ、クルタ」

 あまりに深い負の感情に、ユアの表情が蕩けている。それは見る者を不安にさせる、猛毒が持つ腐食性を連想させる表情だった。

「トトルゥトゥトゥを殺せば、あなたを殺す。みじめに、残酷に、いたぶりながら。

 よく覚えておきなさい」

「そうか、頑張れ」

 それにやはりクルタは意を返さない。おざなりな返事をするのみだ。

 見る者の寿命を縮めるような光景の2人を――いや、その中で特にユアを見ながら、討伐軍やポンズの表情は複雑だ。

 ユアが不安定であったことは気が付いていた。気が付かないはずがない。それだからこそ心を砕いてユアのケアをしてきたつもりだった一同は、その心遣いがなんの意味もなかったことに気が付いてしまったのだから。

 明らかにユアは暴走していた、それも加速度的に。狂気に身を任せ、それでも辛うじて立って歩いているだけの状態。そんな痛々しい仲間である幼い女の子の姿を見て、何も思わないような冷血な者はここにはいなかった。

 しかし、ユアを止める方法が思いつかない。トトルゥトゥトゥを殺したとして、ユアが落ち着くとは思えなかった。

(その為には――)

 キルアが思うに、やはり鍵を握るのはバハトだ。ネフェルピトーを下し、奴が操ったカイトとバハトの操作を解除させ、ユアに()()()()()を取り戻させる。

 希望はそれしかないように思えた。

(―――――)

 ポンズは誰にも悟られないように己の腕を握りしめる。

 強く、強く。どうか少しでもユアが癒されますようにと願いながら。

 

 そうしてその場の話が終わる。クルタが約束した、作戦決行時での護衛軍の未来予知をするという話は終わった。

 残るはクルタがここに来た目的のみ。

「対価は払った。ではボクの仲間であるポンズは連れていかせて貰うぞ」

 クルタの言葉に僅かばかりの動揺が討伐軍に走るが、ポンズの立場は良くいって二重スパイのようなもの。クルタがまだ謎めいている以上、完全に信用しきるのは難しい。ならばクルタにポンズを預けるのも確かに一案だった。

「ポンズ、信じているから」

 ゴンの言葉に微笑みを返すポンズ。

「ええ。じゃあみんな、作戦決行時に会いましょう」

 そう言ってポンズはクルタの肩を掴む。同時、クルタはとある念能力を発動させた。

 虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)

 瞬間移動も可能とするその能力で、2人の姿がその場から消え去るのだった。

 

 ◇

 

「これでよかったのかしら……」

 討伐軍のアジトから離れた、クルタのアジト。そこで未練がましく言うのはポンズ。

 それも仕方ない。彼女はなかば追い出される形で討伐軍から放逐されたと言っていい。彼女の中では仲間との亀裂が残ったままであり、もちろんそれはいい気分ではない。

 対してクルタことレントは清々しそうな表情を隠そうともしていなかった。彼にとって討伐軍は無能集団であり、そこから母であり仲間であるポンズを引きはがせたのは喜ぶべき事態である。

「いいのさ、アレで。どっちにしろポンズを宮殿に突入させる訳にはいかない。危険が高すぎる」

「それは私も分かっているわ。けど、もう少しやり方というかなんというか……」

 ぶちぶちと言うポンズにレントは苦笑いだ。

「ポンズも言いたいことは分かるけど、やっぱり離脱が早いに越したことはないよ。討伐軍もポンズなしで作戦を練り直さなくちゃならないしね。

 それにポンズが突入しないって話になるとどうしても不和が撒かれる。ポンズが作戦決行時、ボクのフォローをしてくれないとなるとこちらの問題も大きくなるし、作戦決行する時に行方を晦ます方が問題でしょ?」

「…………」

 レントの言う事は正しく、ポンズは黙るしかない。

 そもそもレントが未来から来たと信じるとは、この作戦が本来ならば失敗であると認めるのと同義。本来辿るべき歴史を変えるには、場を引っ掻き回さなくてならないというのは当然といえた。

 更に言えば、レントは王と護衛軍を討伐するという目的からいささかも逸脱をしていない。

 死ぬべき運命を背負った仲間を救い、そして討伐軍に情報を流す。ポンズとしてはもう少し友好的になって欲しいとは思うが、そこはクルタとの思想の違いがある。ポンズの立ち位置がサブ以上になっていない為、彼女が言える文句にも限度があるのだ。

 そして更に、レントに余裕がある訳では決してない。彼の能力である悠久に続く残響(エターナルソング)を脳に発動できれば脳の時間が止まり、どんな相手でも無力化することができる。が、その一方で能力を発動させるには脳にオーラを通さなくてはならない。つまり、有効打を1発は入れなくてはいけないのだ。

 レントが彼の能力で護衛軍を停止させるには、彼の持つ全ての手段を使って足りるかどうか。レントはレントで厳しい境遇なのは変わらないのだ。

「……まあ、いいわ。しょうがないわね」

 故にポンズはそう言うしかない。矢面にポンズは立てない以上、現場の人間がやりやすいように調整する方が理にかなっているというもの。ポンズはその道理が分からないほど子供ではない。

 とにかく、クルタから見て現状は極めて順調であった。

「やらなくちゃいけないことは、後1つ」

「ええ、覚えているわ」

 作戦決行まで4日と迫っているが、状況はこれ以上大きく動かない。作戦決行に必要なノヴの出口を設置できた討伐軍は、作戦を成功させる為に体力を温存してその牙を研ぐだろう。

 護衛軍とて、討伐軍が襲って来ない以上は王の元から離れる筈もない。モラウの嫌がらせは続くだろうからそれに対処はするだろうが、それとて片手間である。陽動の可能性が捨てきれない以上、護衛軍は宮殿から出てくることはまずない。

 静かな4日が予想されるが、クルタの側としてはもう一手やっておきたいことがあるのだ。

「作戦決行の30分前がベストなのね?」

「そうだ、それまではボクらも待機。

 討伐軍と護衛軍の様子見で構わない」

 そう言って格好を崩すレント。彼はもう既に4日後を見据えて動いている。

 レントの時間逆行の能力は、最大で本人が望むべく歴史改変までしか過去に関わることはできない。つまり4日後、レントは生き残ったとしてもこの世界から弾かれることが確定しており、その先がどうなるのかレント本人も分からない。

 それを理解しつつ、レントはそんなことなど日常茶飯事だったと言わんばかりに気負うことはない。そんなレントを見つつ、唇をかみしめるのは母であるポンズ。

「―――――」

(大丈夫。私は、信じている)

 自分に言い聞かせるようにそう心の中で思ったポンズは、そこでようやく肩の力を抜いた。

 泣いても笑っても、残り4日。

 決着の時は近づいていた。

 

 ◇

 

 大会3日前。

「ボードゲームはよく分からん。王はよく飽きないよな」

「あなたの基準を王に当てはめることが間違い。それだけのこと…」

「プフが正しい」

 宮殿内部にて、王がコムギと軍儀を飽きる事なく続けていた。

 それを、というよりも遊びに熱中する王を見守る護衛軍たちの会話である。これも王の邪魔をしないように、遠目で確認できる場所から小声で話している辺り、護衛軍の王への気配りは筋金入りといえるだろう。

 頭を使うことが苦手なユピーは理解できないような口調で話すが、プフは王の遊戯に口を出すことが不敬と言わんばかりの返答。それに賛同するのがトトであり、何をするのも王の自由であってそのサポートをする為に自分たちがいるのだろうと口にする。

 王に文句をつけたい訳ではないユピーは、自分の言いたい事を追加で口にする。

「いや、そりゃそうだけどさ。メシくらいは食った方がいいんじゃないかって話だよ。

 飲まず食わずでも王なら問題はないだろうが、食った方がいいに決まっているんだからさ」

「ならばお主が王に忠言を送ればいいだろう?」

「で、お前みたいに殴られろってか?」

 呆れた口調で言うユピー。彼の言う通り、トトは王に寝食を勧めたが。煩いと殴られて追い返されたのだ。

 そうまでした王の意思を尊重できない護衛軍ではない。

 だが一方で、王の身体に障る話を座視もできない。そういう意味でのユピーの相談だった。

「オレは賢くないからよ、なんもアイディアが出ねぇ。だけどプフやトトなら何とかして王に食事を摂っていただくこともできるんじゃねぇか?」

 自分がなんとかするという可能性をあっさりと最初に捨てるユピーも、何というか…理解しているというか割り切っているというか。適材適所と言えば聞こえはいい。

 そして一方で、ユピーの問題提起を聞くプフとトトは表情を苦くする。

「もちろん王に栄養を取っていただくことにやぶさかではない」

「しかし、王は食事を摂る時間や削げる集中さえ煩わしく思っている様子。我々がなんと申し上げれば納得していただけるか」

 既に一度拒絶されているのだ。うっとうしく思われる可能性は最初よりもあがっている。これはとても悩ましい問題だろう。

 良い案が出ずに、うんうんと悩む護衛軍たち。それは引きこもりの子供にしっかりと食事を摂らせることを悩ませるような、どこか所帯じみた悩みの話だった。

 ちなみにこの会話の最中も、ネフェルピトーは独り宮殿の屋根に登って、円と人形による警戒の仕事を淡々とこなしていた事を追記しておく。

 

 ◇

 

 大会2日前。

「作戦はおおまかにはこれでいいな」

 集まった面々が額を突き合わせ、討伐軍が作戦を詰めていく。

 クルタが話した未来予知を信じるか否かの話から始め、その両方のパターンに対応した作戦を練っていく。特にキルアは慎重であり、何度も王の傍に護衛軍がいない可能性とその作戦を立案していた。皮肉にも、キルアの懸念はクルタの予言通りだとも言えるだろう。

 とにもかくにも王や護衛軍の居場所や動きを、想像がつく限り考える。その上でその対処法も思考し、ネテロ会長が王と1対1で戦えるような状況を整える為に準備を進める。

 残る問題となるのは、未だに不確定要素となるパーム。

「パームさんの言葉なら信じられるからね」

 どっかの誰かと違って。そんなニュアンスを込めたユアに、苦笑を浮かべる面々は少なくない。

 しかしそれも間違った話ではない。当然ながらクルタを信じる要素はないが、パームを信じない要素もない。彼女が作戦前に生還すれば、情報面で大きくアドバンテージが取れる他、パーム救出の役目を負ったイカルゴが戦力になる。フラッタの死体の皮を被り、兵隊長級のキメラアントとして敵の中に潜り込み、そして情報戦でメレオロンを優位に立たせる役目が与えられる。これも重要な役目となるのだ。

「作戦までに、パームからの連絡があるかないか……」

 神妙な顔でゴンが呟く。もちろん、どちらのケースでも作戦は考えている。というよりも、あらゆる可能性を考えているが、パームがいれば護衛軍の位置情報が確定するという話だ。

 クルタの未来予知も彼が未来は揺らぐと言っていた通りに、彼が嘘をついていなくても未来予知は外れるかも知れないという思考がはしるのは当然であり、そういう意味でも信用がおけない。が、リアルタイムの情報を得られるパームの能力ならばその心配もいらない。

 この作戦において、パームの能力はクルタの能力の上位互換なのだ。頼れるならば頼りたいというのが本音である。

「明日から大会に向けて東ゴルトー共和国も動くだろうな。休めるのは今日が最後って訳だ」

 ノヴに運んでもらった干し肉を齧りながらナックルが言う。首都ペイジンに明日から潜り込む予定である為、護衛軍を含めるキメラアントの脅威に晒されないのは今日が最後であるという言葉はナックルの言う通り。全員が全員、思い思いに体を休めていく。

 その中で思考を巡らせる幾人か。

 キルアは頭のどこかで鳴り響いている警鐘に耳を傾けているし、例えばユアが考えるのは彼女の実兄のこと。

(――お兄ちゃん)

 コルトの情報から、バハトを操作しているのはネフェルピトーで間違いない。ならばこそ、トトルゥトゥトゥを殺すことに何の問題もない。

 ネフェルピトーのことはゴンに任せた以上、バハトにかけられた念は解けると信じるのみである。だから問題はそこではなく、ユアがトトルゥトゥトゥに勝てる可能性の話。

(…………)

 じっとりと汗がにじむ手のひらを握りしめるユア。

 NGLで一度だけ見たヤツのオーラ。そして、誰よりも信頼する兄であるバハトが敗れたという事実。

 勝てるのか、という疑問が浮かぶのは当然である。ユアは元来、勇猛よりも慎重な性格であることを合わせれば必然の思考回路といっていい。

 当初予定されていたポンズのフォローもない。クルタを信じるならばだが、あの男もトトルゥトゥトゥが狙いと言っていた。想像していないような混乱に巻き込まれる可能性も高い。

 だが。

 それでも。

(トトルゥトゥトゥは、私が殺す。

 ――例え、刺し違えてでも)

 ユアが発するオーラが、また一段と昏くなったことに気が付く者は誰もいなかった。

 

 ◆

 

 大会前日。

 それぞれの陣営が最後の詰めをしている時間帯に、ペイジンから少しだけ離れた館に一人の男が訪れていた。

 金髪を短く切り揃えて右目に眼帯をしたそのクルタ族は、知りえた全ての発を使えるという規格外の能力を有している。しかしそれでも王や護衛軍に確実に勝てるという確信は彼になく、様々な策を張り巡らせているのだ。

 残った左目で館に訪れた彼が見下ろすのは、壊れた人形。ボロボロになるまで使い回された、命を持たないバハトとカイト。

 それらを憐れむことなく無感情に見た彼は、すぐに能力を発動する。

不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)

 包んだものを縮小化し、どのような体積でも重量でも簡単に持ち運べるようにする大風呂敷を左手に具現化する。そしてその大風呂敷で壊れたバハトを包み込み、ズボンのポケットに仕舞いこんだ。

「――これで」

『準備は完了ね』

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)でポンズと通話状態にあった為、この場にいないポンズも準備が完全に整ったことを理解した。

 こなさなくてはいけないタスクは全てこなした。

 人事を尽くし、あとは天命を待つのみ。

「――さあ、行こう」

 

 壮絶な夜が始まろうとしていた。

 

 

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