ここには何人の人がいるのだろう。5万人近くは入るらしいが、僕はそれ以上の人ごみだと感じる。
あたり黄色一面は熱さと暑さで蒸し返している。
ここにいる全員が盛り上がっているか?いや、少なくとも5万分の1は違う。実際もうちょっとはいるかもしれない。
同じ境遇にいる人達も周りに数人いる。愚痴すら言えない状況でなぜわかるかって?顔色見れば1発だよ。だってお父さんの顔色をいつも伺っているもん。
(このまま終わってくれないかな……)
試合は9回裏、応援しているチームは負けているが、今はチャンスであと1本出れば追いつく。
普通盛り上がるところだが、自分嫌でしかない。どうでもいい、早く家に帰りたいのだ。
(今日宿題多かっな……)
追いついたら延長戦。負けたら反省プラスサンドバッグ。勝ったら宴だ。
どうなっても地獄でしかない自分は、気づけば先を考えることをやめてしまった。明日さえ。
この明るいスタジアムに差す自分らしさの光なんて一切なかったんだ。
(三振だ………)
一気にお通夜テンションになる中、怒鳴り散らすおっさんがちらほら。向こう側の応援団はお祭り状態だ。
(ははは……今夜は長くなりそうだ。)
「……く……………カ…くん……」
「ん〜?」
「カイくん…………カイくん……大丈夫?」
「き……たざ……わ?」
「やっと起きた!すごい魘されていたよ?」
「悪い夢みてた……ここは?」
「カイくんのアパートだよ。」
「俺の、アパート?」
「つぐんちにいたの覚えている?」
「ああ…」
「カイくんが急に倒れちゃったからここまで運んできたんだ。」
「そうか……悪いな、迷惑かけて。」
確かに周りを見れば、俺のアパートで間違いないのは確認できる。
「俺の、アパート?」
待て、どうやって入ったんだ?
「黒服さんに開けてもらったの。最初病院に行こうとしたけど、大したことないって。」
「俺はなんにも言ってないぞ。」
「え、いやぁ…あはは〜」
自爆したな。恐らくピッキングという技術を使って入ったんだろう。
「まぁいいや。」
「…………怒らないの?」
「介抱されている身だし文句は言えん。それに家の中に入ったのあんただけだろ?」
「そうだけど……」
「だからいいんだ。」
「はぐみだったからいいの!?」
「あぁ…」
「どうして?」
「なんでだろうな?俺でもわかんね。」
嘘じゃない。北沢なら信用できる。出会いたての頃は拒絶したのだろうけど、今なら笑って許しそう。
「そうなんだ。はぐみ嬉しい。」
何故か顔を赤くしてはにかむ。
「なんで北沢が照れる?」
「え、え〜なんでもいいじゃん!」
「あっそ。」
ところで意識がはっきりしてわかったことがある。頭に伝わる感触が異常に柔らかい。
「ところで1ついいか?」
「いいよ!」
「これ今どういう状況?」
「膝枕だよ!」
それは見ればわかるわ。
「別に布団に寝かせてくれればよかったんだが。」
「だってカイくんすっごく苦しそうだったよ?汗ビッショリだし。」
「マジか……服汚しちまったな。クリーニング代出す!」
「いらないよ?だって膝だし。」
最初意味がわからなかったが、首を90度まわすと、北沢の白い脚が見えた。
「直々の膝枕だったんだ。」
「寝心地はどう?」
「悪夢を見なければ最高だったな。」
「それってはぐみの脚のせい?」
「それは違うから安心しろ。」
ところどころいい匂いがするのは、北沢の衣類からじゃなく、女の子の匂いだったのか……
だめだだめだ!変に意識しちゃう!!
「脚…痺れてない?」
「はぐみは大丈夫だよ!!」
「じゃあ1つ聞きたいことがあるんだ。」
今なら自分の中では聞けるチャンスだ。いや、もういつでも言えるかもしれん。
「あんた苦手なものあるだろ!」
「ないよ!」
予想はできるけど今は想像斜め上のの回答がきた。
「勉強とかは?」
「ウッ!」
あるんじゃねーか!
「勉強なんてできなくてもいいもん!」
「おいおい……この際苦手って言えばいいだろう。」
「はい………はぐみは勉強苦手です。」
「別に恥ずかしいことじゃないからな?」
そんなのが恥なら、俺は大恥をさらに超えるだろう。
「いくら苦手でも必ず立ち向かわないといけない時がある。勉強は学生の本業だからな。その時北沢はどうやって乗り越える?」
「いつかは過ぎることだから気にしたりしないよ?」
「いや、まぁそうだけどさぁ……」
それで済んだら解決するんだよ。
「逃げるっていう選択肢ももちろんある。だけど北沢は性格上逃げたりはしないと思う。」
「はぐみは逃げたりしないよ!」
「その理由っていうか抱負というか……なんかない?」
多分それをいちいち気にして勉強に取り組んでいるかといったらこの娘の場合は違うと思う。だから答えるまでしばらく唸っていた。
「楽しいを見つけているから……かな?」
「楽しい……それは勉強中にか?」
「そうだよ!自分の好きなものがあったらちょっと『やった!』って気持ちになってちょっと楽しくなるかも。」
「バンドとかコロッケとか?」
「うん!」
「けど好きな物がない俺にとっては難しいなそれ。」
「あとは友達とお勉強会することも楽しいよ!」
「それは一理あるかも……」
高輪との勉強会は疲れただけだが、仮に友達を増やしてワイワイやるのもアリかもしれない。
「それで北沢は苦手な勉強を克服しようとしているのか。」
「克服はしてないよ?」
「………克服じゃないのか?」
「克服って戦って勝つってことでしょ?はぐみが戦ったらきっと負けちゃうよ!」
「そう言われれば違うな。」
「ツンツンしている子が笑顔になるように考える感じかな?」
「馴染ませるって解釈でいいか?」
「多分いいよ!!」
そっか……克服しようとするからダメなんだ。
頑張っても挫折したらもっと苦手になる。
実は過去にも野球を好きになるため当時知らなかったルールブックや関連の動画を閲覧したりしていた。しかし楽しくないしあのシーンが蘇る。そして言葉を聞いただけでも気を失うほど苦手なものになっていたんだ。
「ありがと。もう暗いから送るよ。」
よっこらせと言って起き上がる。すると北沢が俺の頭を掴んで立ち上がろうとするのを防ぐ。
「あの〜離してくれません?」
「病人は寝てなきゃダメだよ!」
「いや、もうよくなった……」
「安静にして!!」
「わかった!わかったから布団に行く!」
「わかったならおやすみ!」
そして再び膝枕(強制)させられる。
「おや……す…み…」
そしてほぼ気を失う感じでまた夢の世界に帰っていきました。