艶やかな銀の海を、1列に並んだ細い柱が滑っていく。
2度、3度と繰り返すそれは、往復しているわけではない。
同じ方向へと行くばかりである。
そして繰り返される程、銀の海は滑らかさを増していく。
それは見た者を、思わず触れてみたくさせることだろう。
「ふふんふーん♪ふふんふーん♪」
「機嫌が良いようですね。何か良い事でもありましたか。」
楽しげな鼻歌が聞こえてきたことで、細い柱の動きが止まる。
「だってアッシュに髪を解かしてもらうの気持ちいいんだもの。」
「そうですか。お役に立てているようで何よりです。」
もうお分かりだろう、アッシュがルナの髪に櫛を通しているのだ。
「もうじき終わりますので、どうかそのまま動かないでいてください。」
「はぁーい♪」
言ったそばから鼻歌混じりに椅子から足をパタパタと遊ばせる。
もう高校生だというのに、少女のようなあどけなさを失くさない。
それは短所か、それとも長所足り得るのか。
少なくとも今この時においては短所だと、アッシュは思考する。
「ルナお嬢様、動かないようにと申し上げた筈ですが?」
「うっ……ごめんなさい。」
ルナを嗜めつつも、髪を解かす手は止めない。
慣れた手つきで寝癖を直していく。
「よし、完了しました。いかがですか。」
アッシュが鏡台を向いて座ったルナの後ろへ回り、大きな鏡をかざして後ろ髪の状態を見せる。
ルナが顔を横に向けたり、前髪をいじったりして髪の具合をチェックすることおよそ20秒。
「……うん、いいかんじ!流石アッシュだね!」
「恐縮です。」
腰まであるストレートの銀髪。
その左の髪を少量掬い取り、リボンを絡めて一房の三つ編みにする。
それがルナの普段のヘアスタイルだ。
「…………。」
ルナが髪の仕上げに取り掛かったのを見て、鏡を片付けたアッシュはベッドメイキングに取り掛かった。
シーツを軽く叩いてふくらませ、丁寧にシワも伸ばしていく。
ぐちゃぐちゃの抜け殻となっていたベッドは、徐々に元の姿を取り戻そうとしていた。
「アッシュはさ。」
「なんでしょうか。」
髪を編み終え、その様子を眺めていたルナは以前から抱いていた疑問を口にする。
「何で壊れた右腕パーツをずっと使っているの?」
「この方が、お屋敷のお手入れやお嬢様のお世話をするのに都合が良いからです。」
ベッドを生まれ変わらせ、振り向いたアッシュの右腕。
ハイイロオオカミ型メダロット『アシュトン』。
その右腕パーツである『アシュブレイカー』。
背丈程の大きさを誇る、特徴的な大砲を擁するはずの場所に、そのシルエットは無い。
申し訳程度の装甲が付いた右腕があるのみだ。
「あれだけ大きな物が付いていたら、さすがに仕事に差し支えます。」
「でもそれじゃあロボトル出来ないじゃない。」
「ワタシはロボトルをしないから良いのです。それに外出する時や来客の際には、壊れていない物に付け替えています。」
「ならロボトル出来るんじゃないの。」
不満そうに頬を膨らませる主人の姿に、もう何度目の問答だと思考することすら諦める。
やれやれといった様子で首を左右に振り、ため息混じり(実際にため息は出ないが)に何度目かの同じ返答をする。
「ロボトルならお付きの2体がいるでしょう。」
「私はアッシュと一緒にロボトルしたいのー!」
「駄々をこねないでください…。」
いつもと同じく堂々巡りになると判断したのか、会話を切り上げたアッシュが廊下に続く扉へと移動を始める。
「朝食に遅れると、奥様からお小言を頂戴することになりますよ。」
「それはやだ!」
ルナは跳ねるように椅子から立ち上がり、扉の前で待つアッシュの元へ向かう。
「さあ行こう、アッシュ。」
「それでは、しばしの間エスコートさせていただきます。」
主人と視線を交わしたアッシュは恭しく頭を垂れ、扉に手をかけた。
ーーーーーfragment No.02 END