モブせかはこういう非公式外伝の余地が実に多くて良いですね。
ある年の夏休み。
ホルファート王国各地のダンジョンには学園生の姿が例年とは比較にならないほど多く見られた。
彼らの目的はただひとつ。金を稼ぐことである。
「なぜだあああ!なぜ進めない!」
高く売れる高純度の魔石を求めてダンジョン深部を目指す学園生徒たちの1人が叫んだ。
「入り組んでて道が分からない!モンスターも多い。この先は無理だ!」
別の生徒が叫ぶ。
実際その通りである。先ほどから同じところをぐるぐる回ってばかりいるのだ。
おまけに壁や天井に無数に空いた穴からワームやゴブリンといったモンスターがひっきりなしに飛び出して襲ってくる。
「来るぞ!ゴブリンだ!20体以上いる!」
「くそっ!──一旦退くか」
生徒たちは目眩しの魔法を使って敵を足止めし、急ぎ足で退却して行った。
◇◇◇
「クソッ!稼いでも稼いでも足りない!」
子爵家の跡取りである学園1年生【アルヴィン・フォウ・カルバート】は空になったジョッキを机に叩きつけて叫んだ。
彼の言葉に一緒に飲んでいた仲間たちが頷く。
彼らは連日ダンジョンに挑んで金を稼いでいるが、借金はなかなか減らない。
どうして学生の身でそんな借金を背負い込んだのかというと──絶対に勝てると思って注ぎ込んだギャンブルで予想外の負けを出したからである。
成り上がりの男爵位持ちの1年生男子──たしか【リオン・フォウ・バルトファルト】と名乗っていた──が公爵令嬢アンジェリカの代理人としてユリウス王太子殿下たちと決闘することになった時、彼らはユリウス殿下側に賭けた。
こんな儲け話はないと思ったので、チマチマした額ではなく全財産を賭けた。仲間の中には借金してまで賭けた者もいる。
ところが、予想に反してリオンが対戦者全員をあっさりと下して決闘に勝利したことで、ユリウス殿下たちに賭けていた生徒たちは揃いも揃って大損したのだ。
金持ち連中はそれでもなんとかなったが、残念ながらアルヴィンたちはそうはいかない。
実家のカルバート子爵家は裕福ではないからだ。親にも泣きついたが、「自分で作った借金は自分で返せ」と突っぱねられた。
2学期以降の諸経費を工面できない危機に直面したアルヴィンたちは夏休みを利用してダンジョンに潜り、必死で金を稼いでいた。
「愚痴ってても借金は減らねえよ。もっと入念に準備してまた挑戦しようぜ?な?」
対面に座る【ホーレス・フォウ・クレヴァリー】がアルヴィンを励ましてくる。
ホーレスはアルヴィンに比べれば借金の額は少ないが、夏休みになってから毎回アルヴィンと共にダンジョンに挑んでいる。
ホーレスの実家はカルバート家よりも貧乏なため、これまでアルヴィンはホーレスを内心見下していたが、今では良き友人になっている。
共通の困難と「仇敵」によってアルヴィンたちの結束はかつてないほどに固い。
彼らの心に浮かぶのは、あの忌々しいずんぐりむっくりの鎧の姿。そしてその操縦者リオンが発する嘲笑の声。
(何が賭け事は程々にね!だ。そもそもあんなことになったのもあのスコップ野郎が自分に大金を賭けやがったからだろうが!)
賭けに負けて絶叫する自分たちを清々しい声で煽ってきた
いつか復讐してやりたいが、まずは借金を返さなければならない。
「でもよ、あの地形とあの数のゴブリンはちょっとキツくないか?」
「先輩方と一緒に行かせてくれるように頼んでみるか?」
「いや、無理だろ。先輩方は稼ぎの良い場所を俺たちに教えちゃくれないと思うぜ」
明日の方針を議論するアルヴィンたちだが、いい手は出てこない。
「待った!ぴったりの助っ人がいたぞ!」
不意に仲間の1人【クラーク・フォウ・オリヴァー】が手を打って言った。
彼はアルヴィンたちのグループの中で
ただしその分借金の額も最高であり、稼ぎの良い高難度ダンジョンに行こうと言い出したのも彼である。
「助っ人って誰だ?」
「【ヘスティカセブン】だよ」
「ヘスティカセブン?ヘスティカセブンって、あの噂の変わり者連中か?」
アルヴィンが難色を示す。
「いや、あいつらが俺たちを助けてくれるか?」
「無理だろ。あいつら仲間内以外と冒険するの嫌がってるっていうぜ?」
「そもそもどうやって接触するんだ?」
仲間たちも次々に疑問の声を上げるが、クラークは自信たっぷりに言った。
「心配ない。連中をまとめてるヘスティカ先生は俺の叔父上の嫁なんだ。あの人にちょっと口添えして貰えば──」
思わぬところで人の縁に助けられるアルヴィンたちだった。
ヘスティカセブン。
妙に痛いグループ名をしたそれは王国貴族には珍しく、自分で働くことと冒険が大好きな変わり者の女子生徒の集まりである。正確には女性教師1人と女子生徒6人。
彼女らは上級クラス、普通クラス、学年を問わず「顧問」の【ヘスティカ・フォウ・オリヴァー】の下に集い、ダンジョンにしょっちゅう潜っているという噂だ。
彼女たちにアプローチを試みる男子は少なくないが、彼女たちの多くは授業中を除き、どこにいるのかすらほとんど分かっておらず、情報はかなり少ない。
また、熱心──を通り越して狂信的なファンがいるメンバーもおり、見つけても接触が極めて難しい。
そんな彼女らが助っ人に来てくれるかもしれない、という希望に彼らは期待と不安が入り混じった複雑な気持ちになる。
◇◇◇
1週間後。
アルヴィンたちは港でヘスティカセブンの到着を待っていた。
「遅くね?」
「ああ。待ち合わせの時間はとっくに過ぎてるな」
アルヴィンは懐中時計を見て舌打ちしたくなった。
女子相手のお茶会で慣れているとはいえ、待ち合わせ時間に遅刻されるというのは気分が悪い。
「ん?おいあの飛行船、入港するにしちゃ速すぎないか?」
「ん?おいちょっと待てこっちに向かってくるぞ!」
猛スピードでアルヴィンたちのいる桟橋目掛けて突っ込んでくる飛行船にホーレスたちが騒ぎ始める。
しかし、飛行船は寸前で巧みに減速し、流線型の船体を桟橋に横付けした。
「最新型か?すごい動きだったぞ」
「これって──ウィンド・ランナー級高速艇じゃないか!」
興奮する男子たち。貴族とて年相応に鎧や飛行船といったメカの類は大好きである。
飛行船からタラップが伸びる。
降りてきたのは完全装備のプレートアーマーに身を包んだ4人の女子たちだ。
彼女たちに続いて降りてきたのは、冒険の授業でよくお世話になっているヘスティカ先生。
「ごめんなさいね。待たせてしまって」
ヘスティカ先生が降りてくるとアルヴィンたちの方へ歩いてくる。
「いえ、助力ありがとうございます。義叔母様」
クラークが挨拶する。学園の外では先生ではなく義叔母として接する。
「今回は助けてあげるけど、これに懲りてもう賭け事はやめておきなさいね。貴方たちが借金を返すだけじゃことの始末は付かないのよ」
説教される男子たちをヘスティカセブンの女子たちは様々な目で見ていた。ある者は冷ややかに、ある者は面白そうに、ある者は同情的に。
ひとしきり説教が終わると、ヘスティカ先生は連れてきた女子を紹介する。
「この娘はメルセデス。3年生でこの娘たちのリーダーをやって貰ってるわ」
メルセデスと呼ばれた女子はセミロングの赤毛を無造作なオールバックにしてカチューシャで留めていた。
ファッション性などどこかに置いてきたらしい実用主義的な装備を纏っており、絵に描いたような「冒険者」である。
「私は【メルセデス・フォウ・ランカスター】。3年生だよ。先輩には敬語ね」
メルセデスは名門ランカスター伯爵家の令嬢だが、とてもそうは見えない。
格好もそうだが、かなり気さくで面倒見の良さそうな雰囲気である。
「あ、そういえば君たち、鎧龍を見たことはある?」
メルセデスがアルヴィンたちに質問してきた。
「──いえ、ないですけど」
「なら君たちは幸せ者だね。あの鱗はこの剣でも貫けなくて苦戦したよ」
メルセデスは腰に提げていた肉厚の剣を抜いて見せた。
余計な装飾などない、ただ相手を切り裂き命を奪うことに特化した武器が放つ威圧感にアルヴィンたちは気圧される。
しかし、メルセデスの隣にいた大柄な黒髪の女子は平然とメルセデスに皮肉を飛ばす。
「でもあれアンタが戦いたいなんて言った途端に起き出してきたわよね?おかげで寝首掻く作戦が台無しになったじゃない」
「い、いや私のせいじゃないでしょ。言霊なんて使ってなかったし、あのタイミングで起き出してきたのは偶然だよ。──たぶん」
メルセデスが言い返しつつも目を逸らし──
「あ、この娘はレベッカ。鎧龍にトドメを刺したの。普通クラスだけど、私と同じ3年生だからちゃんと敬語でね。それと力比べはしない方が身のためだよ。令嬢というより猛獣だからねこの娘は」
「それはどういう意味かしら?」
「令嬢が戦利品とか言って鎧龍の角を素手で引っこ抜くと思う?」
メルセデスと痴話喧嘩のようなやりとりをする【レベッカ・フォウ・フリップ】は普通クラスの生徒だが、砕けた口調でメルセデスと会話している。
「まあ結局引っこ抜いた角は煙になって消えちゃったんですけどね」
会話に入ってきたのはダークグレーの髪を編み込んだ小柄な女子。
「あ、私は【エリス・フォウ・セヴァリー】。君たちと同じ上級クラス1年生だよ。よろしくね」
アルヴィンは彼女に見覚えがなかった。同じ学年で同じクラスと言っているが、今まで見かけなかった。
「この娘は私らと違って強くはないけど、魔法とモンスターの知識なら誰にも引けは取らないよ。あと鍵開けとスリに長けてるから貴重品に気を付けてね」
「ちょ、メルセデス先輩!?冗談キツいですよ〜」
「あはは!あ、最後のこの娘はシビル。普通クラスの2年生。下手に怒らせたらヘッドショットされるから言葉には気を付けてね。1キロ先でも百発百中の腕前だから逃げられるとは思わない方がいいよ」
メルセデスに冗談交じりに紹介される【シビル・フィア・セーラム】だが、エリスと違って否定しない。
鷹のような鋭い目付きと短い銀髪、お世辞にも美人とは言えない細面が合わさって近寄り難い雰囲気を纏っている。
「まあ、今回モニカとロイスは来られなかったけど、君たちの稼ぎに付き合うだけなら4人で十分でしょう。それで、君たちが挑もうとしてるダンジョンはどこかな?階層は?区画は?どんなモンスターが出る?」
ワクワクした顔でアルヴィンたちに詰め寄るメルセデスをヘスティカ先生が制する。
「とりあえず現地に向かいましょう。詳細はクラークたちから説明させるから」
乗合馬車でダンジョンへと向かうアルヴィンたち。
ふとアルヴィンは睨めつけるようにこちらを見てくるシビルに気付く。
「何ですか?俺の顔に何か付いてます?」
見つめ続けられるのも良い気分ではない。
するとシビルは目を逸らして地を這うような低い声で言った。
「──縁故で楽ができて羨ましいなと思って」
「っ!それってどういう──」
問い詰めようとするアルヴィンをメルセデスが制する。
「まあまあ、ヘスティカ先生との縁があるのいいなぁってことだよ」
すかさずヘスティカ先生が話題を変える。
「はいはい。みんな目的とする場所は同じでしょう?変な諍いは起こさないで。クラーク、目的地の説明をお願い」
話を振られたクラークは頷き、ダンジョンの見取り図を取り出して広げる。
「俺たちが攻略しようとしているのはここ、地下12階、Bブロックの突き当たりの広間です。地下6階までの探索とルート確保はできましたが、7階以下に多数のゴブリンが棲みついていると思われます。入り口で複数回襲撃を受けました。また、見取り図にない横穴や縦穴が多数あり、ワーム型のモンスターが棲みついています」
見取り図を覗き込むメルセデスが質問する。
「7階への入り口ってのは君たちが挑んでいる場所しかないのかな?」
「ここにもう1箇所あるにはありますが、ひどく遠回りですよ」
「探索はしたの?」
かぶりを振るクラークにレベッカが苦言を呈する。
「遠回りってだけで探索対象から外すのは感心しないわね。まずは判明してるルート全てを探索してどのルートが攻略しやすいか考える。これ、冒険の基本のキよ」
「ッ!仕方ないじゃないですか!これまで授業以外でダンジョンに潜ったのなんて王都のだけですし──それに俺たち時間がないんです」
レベッカの説教に思わず言い訳を始めるアルヴィン。
「あのね、アルヴィン君。早くお金が必要なのは分かるけど、そのために危険を減らす努力を怠るのは駄目よ。急がば回れと言うでしょう?」
ヘスティカ先生が嗜める。
その様子を見てシビルが「これだから上級クラスのお坊ちゃんは──」と毒づき、エリスがすんでのところで彼女の口を塞いだ。
◇◇◇
「ちょうどいい機会ね。私はここで待つわ。生徒だけのチームで協力して目的地を目指しなさい」
ダンジョンに入ると言う時になってヘスティカ先生が急にそう言い出した。
「待ってください!義叔母様も一緒と言う話では?」
クラークが抗議するがヘスティカ先生は折れない。
「貴方たちはこの機会に自分たちのグループ以外の人との交流と協力を学びなさい。いつも同じ面々でつるんでばかりいるから視野が狭くなるの。無謀な賭けをして大損して今苦労しているのも元はと言えばそれが原因よ」
クラークは俯いた。
アルヴィンもホーレスも、何も言い返せない。
ヘスティカ先生はメルセデスたちの方に向き直り、彼女らにも訓示を垂れた。
「これは貴女たちのためでもあるの。これまで私が教えてきたことを今度は彼らに教えてあげなさい。人に教えられて初めて知識は真に身についたと言えるのよ」
「──はい。分かりました。必ずお宝を手に入れて生きて戻ります」
メルセデスが力強く返事をする。
ヘスティカ先生は満足げに微笑み、若き冒険者たちを送り出す。
「さあ、行ってらっしゃい」
ヘスティカ先生
ダンジョンの授業を担当している教師。おこ状態のユリウスやアンジェリカ相手にはさすがにたじたじだが、気心知れたメルセデスたちや甥っ子たち相手なら普通に良い先生でいられる。
ビジュアルはコミカライズ版6話にチラッと。
ヘスティカセブン
ヘスティカ先生を師と仰ぐ冒険好き女子たち。その心酔ぶりはリオンの師匠に対するそれに匹敵する。
ちなみに残り2人のメンバーの名前は【モニカ・フォウ・パーシヴァル】と【ロイス・フォウ・シェフィールド】。