乙女ゲー世界はモブたちに厳しい世界です   作:鈴名ひまり

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暑中見舞いにはだいぶ早いけど問題ないよね


夏涼み

「暑いよぉ──べとべとするよぉ──」

 作業着に身を包んだジェナが泣き言を漏らす。

 脅されてのこととはいえ、俺を爆殺しようとしておいて畑仕事で許されるのだから泣いて感謝して然るべきであるのに、この体たらくである。

「俺たちが小さい頃から毎日やってたことだぜ?」

 嫌味をひとつ、ぶつけてやる。

 俺たちが陽射しに焼かれながら汗水垂らして働いてる間、コイツは涼しい部屋で過ごしていたばかりか、畑仕事から帰った俺たちを労いもせず、汗臭いなどと小馬鹿にしてくるのである。

 何度それで喧嘩になったか分からず、13歳を越えたあたりから面倒臭くて放置していた。

「はあ!?そんなの男なんだから当たり前じゃない!働いて女を養うのが男の役目でしょ!」

(──腐ってやがる)

 やっぱりこの世界の貴族の女は害悪でしかないな。

 例外はアンジェくらいなものだ。

 こうなったら少し脅してやろう。

「そうか。ならお前の分のスイカはなしにするからな。働かざる者食うべからずってのが俺のルールなんだ」

 するとジェナは急に手を動かし始めた。

「わ、分かったわよ」

 効果覿面である。

 やりたくもない畑仕事をやらされて仕事終わりのスイカも食べられないのは堪えるらしい。

 その程度で堪えるとか、今まで蔑まれながら働き続けた俺からすれば噴飯ものだが。

 ちなみにこの世界には元々スイカはなかった──似たようなものはあったが、赤くなくて甘さが足りなかった──のだが、ルクシオンが用意した。

 どうやって用意したのかは難しすぎて分からなかったが、重要なのは夏に甘いスイカが食べられることだ。

 そしてその甘いスイカは俺の領地でしか栽培していないので、全て俺の所有物である。

 つまり──俺の機嫌を損ねれば食べられない。

 うーん、この甘味をちらつかせて相手を屈服させる感覚──癖になりそうだ。

 学園に戻ったらお茶会で高級店のお菓子を使ってやってみるのも良いかもね。

 ダイエットしてる女子の前に高級なお菓子を並べてその面を見て嗤ってやるとか。

 ──そもそもお茶会に女子が来ないから無理だけどね。

 

 

◇◇◇

 

 

 2ヶ月ほど前。

 夏休みが近づき、うだるような暑さが続いていた頃。

「やっぱり夏はスイカと花火だよなあ!」

『いきなり何を言い出すのですか?ストレスで発狂しましたか?』

 ルクシオンが辛辣だ。

 でも元とはいえ日本人からすればスイカと花火がない夏なんて暑苦しいだけではないか?

 ちなみにこの世界には魔法を使ったエアコンのようなものがあり、冷暖房が使える。

 だが、そうじゃないのだ。

 そんな文明の利器で涼しくなるのは身体だけで、心まで涼むには甘いスイカのシャリシャリ感と瑞々しさと、華やかな花火の楽しさと侘寂的な美しさが必要なのだ。

 ちなみにスイカは三角にカットしたやつを外の風に当たりながら齧るのが鉄板で、花火は混雑した花火大会などではなく、庭先でやる手持ち花火が望ましい。

 注文が多いと感じるだろうが、俺はそれを渇望しているのだ。

 スイカは手で持って齧るから美味しさが引き立つのだし、花火大会は割に合わない疲れが出る。

「領地に植えたスイカは収穫できそうか?」

『お待ちを──はい。現在20玉ほどが順調に生育中です』

 20玉か。結構な数だな。

「1人じゃ食べ切れないな。実家に持って行くか。将来的には輸出して荒稼ぎするのも良いかな」

『商魂逞しいようで。ですが、長くは続きませんよ』

「え、なんでさ?」

『種を取れば誰でも栽培できますからね。ノウハウがなくとも総当たりで試せばすぐに正解に辿り着くでしょう。この国に農作物の品種に関する特許制度はありませんので取り締まりもできませんね』

 夢を潰すリアルに心が沈む。

 というかその問題、前世でもあった(種苗法改正)ように思うのだが。

 とまれ、この世界はそんなモブの小さな反逆など押し潰してしまうようだ。

 だったら尚更傷ついた心を癒すためにスイカと花火が必要だ。

「ルクシオン、手持ち花火を作ってくれ」

 キリッとした顔でルクシオンに頼むと呆れたように皮肉を言われる。

『生成される元素を任意に選択可能な核融合炉を持つ私に命じて作らせるのがたかだか火薬と発色剤とは──その無欲さに敬意を表しますよ』

 

 

◇◇◇

 

 

 夕方。

 暑さが和らぎ始め、無数のトンボが蚊を喰いながら飛び回っている。

 畑仕事を終えた俺たちは屋敷の庭に置かれたテーブルと椅子に集まってスイカを食べながらくつろいでいた。

「んんっ!美味しい!」

 シャワーを浴びてきたらしいジェナが濡れた髪のままスイカにかぶりつく。

 コイツの仕事量は俺たちの半分にも満たないのに次から次へとバクバク食べていく。

 全くもって図々しい。

 それに比べて次兄ときたら──

「仕事終わりに食うから余計に美味いな」

 良いこと言うじゃないか!

 働いて食うものだから美味いというのは同意だ。

 確かに元の味付けも重要だが、疲れて空腹なら粗末な食事でも美味しく感じられるものである。

「今日は何だか一際良い音ですね」

 リビアが目を閉じて耳を澄ませている。

 そよ風に乗って聞こえてくる澄んだ音色は屋敷の窓に吊り下げておいた風鈴だ。

 風鈴の音の良さが分かるとはリビアはなかなか良い感覚をお持ちのようである。

「リオン、煙が出なくなっているぞ」

 アンジェが足元を差して指摘した。

 足元には大口を開けた豚の置き物──蚊遣りが置いてあり、鬱陶しい害虫を追い払ってくれていたが、見ると確かに煙が出ていない。

 拾い上げて覗き込むと中身が燃え尽きていた。

 テーブルの下から新しい蚊取り線香を取り出し、蚊遣りの中にぶら下げてマッチで火を着ける。

 細い煙が上がり始めた。

 蚊取り線香を焚いて、風鈴の音を聴きながらスイカを齧る。

 これこそ夏!って感じがする。

 

「さあて、お楽しみの花火タイムだ!」

 テーブルに大量の手持ち花火をぶちまけて俺は言った。

「これが花火なのか?どうやって打ち上げるんだ?」

 アンジェが顔に疑問符を浮かべている。

 違うんです。打ち上げ花火じゃないんです。

「えっと──手で持つんですか?爆竹は手で持つと危ないですよ?」

 違うぞリビア。爆竹じゃないから。

 ていうか打ち上げ花火も爆竹もあるのになんで玩具花火がないんだよこの世界は。

「こうやるんだよ」

 蝋燭に火を灯し、花火を1本持って先端を火で炙る。

 すぐに火が着き、シューッと音を立てて鮮やかな火花が飛び散る。

「わあ!凄い!」

 コリンがはしゃいでいる。

「だろ?ほら、やってみ?」

「うん!」

 コリンが真っ先に花火を手に取って蝋燭にかざす。

 すぐに花火が火を噴き出した。

「わああ!」

 コリンが元気に花火を持って走り出す。

 火花がコリンの後ろに尾を引くかのように飛び散っては消えていく。

 これだ。これなのだ。

 パッと光って闇を鮮やかに彩ったかと思えば消えていくこの儚さがあるからこそ、花火に心惹かれるのだ。

 だがおそらく俺のこの日本人的な感覚はこの世界では理解されないだろう。

 

 いつの間にか庭にいた全員が花火を手にしていた。

 コリンはニックス相手に花火を振り回して遊んでいる。

「くらえ!インパクトッ!」

「うおおお!やめろおおお!」

 ──アロガンツの真似か?

 覚えの良さが垣間見えて何よりだが、距離には気を付けるよう言っておくべきだろう。

「──馬鹿みたい」

 フィンリーがそんなコリンを見て呟いていたが、自分は花火を二刀流で持っていた。

 片っぽが燃え尽きるとすぐに新しいのを手に取って貰い火を繰り返している。

 そのせいでフィンリーの花火の消費速度はコリンより速い。

 素直にはしゃげば良いのに女子ってのは素直じゃないな。

「頑張れ頑張れ!」

「負けるな!気合を見せろ!」

 リビアとアンジェは線香花火で勝負をしていた。

 どっちの火玉が長く落ちずに持ち堪えるかの勝負だ。

 こっちは見ていてほっこりするな。

「あっ、落ちちゃいました」

「今度は私の勝ちだな」

「でも本当に綺麗ですよね。この、線香花火って」

「ああ。──リオンのお陰だな。こんな楽しいことができるのは」

「あ、リオンさんも一緒にやりませんか?」

 嗚呼麗しき約束の地よ!

 だがそこにいる天使──いや、女神に俺は手が届かない。

 

 花火はいつの間にか綺麗さっぱりなくなっていた。

 ──楽しかった。

 今年の夏は今世で一番楽しいかもしれない。

 あとはこのまま問題なく爵位返上して学園を退学できればハッピーエンドなのだが──未だ音沙汰がないのは少々不安である。

 

 

◇◇◇

 

 

 深夜。

『夏はスイカに花火に風鈴に蚊取り線香──マスターは注文が多いですね』

 寝息を立てる主人を見下ろしてルクシオンは呟く。

『ですが──フェイクは全て見破られていますね。人間の感性の分野は専門ではありませんが、あの時の言葉や表情に嘘は見受けられませんでした』

 ルクシオンは度々記録にあるものとは違うものを用意してリオンに見せていたが、ことごとく違和感を指摘された。

 それも演技している風でもなく、心からそう思っているような口調で。

『審査期間は1年ほどを予定していましたが──予定よりも早く済みそうですね』

 到底信じ難いが、このリオンという男は旧文明時代の日本をよく知っていることが証明されている。

 ルクシオンは主人の上から離れながら一言、呟く。

『実に面白い』




そういえばこの時リオンは学園退学予定だったのだった
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