遺伝子レベルで美男美女の集まりである貴族たちの間でさえも異性獲得競争は存在する。
否、美男美女の集まりだからこそ、その競争はより激しくなる。
望むレベルが高くなるのは当然として、「見栄の張り合い」もまた原因のひとつである。
貴族たちは──
ステータスを競い、使えるものはなんでも使ってマウントを取り合う水面下の泥仕合が常に行なわれている。異性ですらもそのための道具として利用するほどだ。
学園で上級クラスの女子生徒の大半が専属使用人を連れ回し、田舎の領主貴族出身の男子生徒が女子生徒にほとんど見向きもされない、その理由のひとつがこのような事情だった。
とある領主貴族出身の、仮とはいえ爵位持ちの男子生徒は、このことを知って「くっだらね──」と呆れていたが、そう思っているのは彼だけではなかった。
学園で女子生徒にもてはやされるのは、何もイケメンあるいは金持ちの男子生徒だけに限ったことではない。
日々美貌の裏で見栄を張り合う学園の女子生徒たちとて、本質的には思春期の女子。暇で多感で即物的である。
当然、スポーツや勉学、オシャレ、などという生ぬるいもので満たされるわけもなく、多くは朝から晩までエロいことを考えている。
それは日々エロい妄想を働かせている思春期男子とそんなには変わらない。
否──機械的な刺激でもコトが済む男子より女子の方がずっと変態的である。
どこそこへの刺激で快感がどうのと言うことより、恋だ愛だの妄想や、キャーキャーしたファンダム精神や、泣いたり怒ったりする少女漫画的な行動の方の比重が高い。
男子と違って簡単に欲求を消化できない分、周囲を巻き込み、面倒臭いことになる。
それでも学園は
比較的まともと言われる普通クラス──騎士家や準男爵家出身の女子生徒たちのとる行動はそこまで異様ではない。
同学年の男子と結婚を意識した交際をするか、お気に入りの先輩にキャーキャー騒ぎ立てる、そんな感じだ。
対して、普通クラスより格段に激しい見栄の張り合い・マウント合戦が渦巻く上級クラスの女子生徒たちがその思春期をどう解決するのかというと──。
きちんと現実と将来を見据えて、お茶会やら、学園祭やら、課外活動やらで男子生徒と向き合う、現実的かつ行動力のある女子生徒たちもいるにはいるが極めて少数派である。
多数派は美形の専属使用人を購入して性欲に走る女子。
妊娠の心配がなく、何でも言うことを聞く自分好みの奴隷──そんな理想的な存在が容認されている状況で、購入するなと言う方が少々無理のある話である。
他には文学やアイドル的存在の美形男子生徒に群がり、貴族社会のドライな現実をドラマチックに補完する妄想力に長けたタイプの女子もいる。
時には腐の趣味に走って倒錯した性欲に走る女子もいる。彼女らのオカズや妄想ストーリーの題材は──とある男子生徒が
そして意外に毎年多く存在しているのが、なんとなく「かっこいい」という形容詞が似合う女子を生贄にして王子様に見立て、それに恋してキャーキャー騒いで妄想して、貢物を押しつ──ゲフンゲフン、捧げて崇め奉るという擬似性愛に勤しんでいる女子たちである。
◇◇◇
ある年の上級クラスには一部の女子たちから「王子様」と呼ばれる女子生徒がいた。
彼女の名は【ロイス・フォウ・シェフィールド】。シェフィールド伯爵家の末娘である。
ホルファート王国貴族には珍しい女当主を母に持ったロイスは中性的な容姿と天賦の運動センスを持った才媛だった。
そんな彼女にはある悩みがあった。
「恋がしたい!!」
もはやストーカーの領域に入っている
ロイスは貴族令嬢にしては珍しく、恋愛結婚をしたいと考えていた。心の底から好きになれる人に愛されて相思相愛で結ばれたい、と。
だが、もう3年生になるのにロイスには婚約者どころか、アプローチしてくる男子すらいない。
理由はいくつかあるが、そのひとつが親衛隊である。
ロイスに接近しようとする男子を殺人鬼のような形相で睨みつけて追い返したことは1度や2度ではない。
それに負けずにロイスにお茶会の招待状を渡したり、デートに誘ったりした男子がいた日には、政敵を陥れるかの如く相手のアラを探してロイスに吹き込み、なければ
そんなことを繰り返している彼女らはロイスの幸せなどよりも、自分たちの理想が詰まった
だがロイスの方にも全く過ちがないかというとそうでもない。
こんな末期的な状態になるまで止めようとしなかった──というか、今もしていないロイスは間違いなく親衛隊の暴走を助長させた犯人である。
正直言って親衛隊の存在は鬱陶しいのだが、今更彼女らを止める手立ては見つからない。
結局ロイスはまだ見ぬ好きな人を想像してため息を吐くしかないのだ。
「ご機嫌が悪いので?」
専属使用人のダフネスが声をかけてくる。
彼女はロイスが私費で購入したエルフの専属使用人である。口数が少なく、クールな性格だが勘が鋭く、的を射た発言が多い。ついでに空気を読まない。
好き嫌いの分かれるタイプだが、ロイスはこの使用人を気に入っており、相談相手にするほどだった。
「恋がしたい──」
机に突っ伏して繰り言を垂れる。
「そもそもロイス様、女子としての振る舞い方すら分かっておられないのでは?」
早速心に突き刺さる皮肉を放ってくるダフネス。
だが言い返せない。
実家や寄子の家には年の近い男がいなかったし、学園では入学して間もない頃から王子様扱いで男子との接し方が分からない。
それに容姿のせいもある。線が太い凛々しい顔立ちで、スポーツの時邪魔になるという理由で髪は短く、体は肩幅が広くて筋肉質で
要は女性らしい要素がかなり少ないのだ。
当然下心のある無しに関わらず、アプローチしようとする男子の絶対数が少ない。
そうしてますます男子と接する機会が減り、交際ができない。負のスパイラルに陥っているのがロイスである。
どうすれば女として認められて、男子から本気で求められる?
「女らしくなったら何か変わるのかな?」
「変わりますとも。なんだかんだ言って男性は記号に惹きつけられます。長くて綺麗な髪ですとか、柔らかそうな唇ですとか、大きくて丸みのある形の良い胸やお尻ですとか──そのどれも今のロイス様にはありませんが」
いちいちはっきり言ってくる使用人である。
だがロイスは本気で嫌ではない。問題を解決する第一歩は認識することだと分かっているから。
「と、取り敢えず髪、伸ばしてみようかな」
「それとバストアップも推奨します。効果のある食材を食事にお入れしましょうか?」
「ええ──そうね。そうして頂戴」
◇◇◇
数ヶ月後。
「カッコいい──」
ロイスは初めて恋焦がれた。
「お前らに流れる貴族の──冒険者の血は偽物か!?公国にいいように弄ばれ、死ぬのを待つだけの情けない死に方が望みか!」
先程まで自分を含めた学園生たちを口汚く罵り、今は檄を飛ばす後輩の男子生徒は、物語の騎士のように優雅で気品に溢れてなどいなかったが、それでもこの場にいる誰よりも誇り高く、勇敢に思えたのだ。
彼の言葉で公国の軍勢に怯えるばかりだった自分が恥ずかしくなり、甲板で他の学園生たちと共に襲い来るモンスターの大群と戦い抜いた。
だが、ロイスが恐怖を拭い去れないまま、男子や専属使用人に囲まれて遠距離からの攻撃魔法で戦っていた時、彼はエアバイクで単身敵旗艦に突撃し、捕らえられていた公爵令嬢のアンジェリカを見事救出していた。
さらには敵の旗印たるヘルトルーデ王女を捕らえ、所有するロストアイテムの飛行船で豪華客船に乗っていた全員を救出した。
さらにさらに戦いの後、公国の新型飛行船や鎧も多数鹵獲して王国に献上。所有権を主張できるにも関わらず、それをしなかった彼は「滅私奉公」を体現していた。
冬休み初日、ロイスたちに勲章が授与された。
後輩の彼は特段功績大なりとして四位下の子爵に出世を果たしていた。
六位上の男爵から四位下の子爵に1代で出世するなど前例がない。
ロイスには彼が途方もない大人物に思え──是非ともお近づきになりたい、お付き合いしたい、そして彼さえよければ結婚したいと思った。
◇◇◇
3学期。
「それでね、まずはお茶会に誘ってもらうのが良いかと思うのだけど──」
「でしたらなぜ2学期中にやらなかったのですか?」
「そ、それは──子爵になるなんて知らなかったから──」
ロイスは件の子爵に昇進した後輩男子に手紙を出そうとして悶々としていた。
そんなロイスに対してダフネスは相変わらずクールで辛辣である。
「今更出しても地位や財産目当てに媚を売ってくる者の1人としか思われないでしょうね。事実子爵の居室には手紙が山ほど届いているようです」
「わ、私はただ身分が釣り合わないから、出しても迷惑にしかならないんじゃないかと思って遠慮してただけなのに!」
事実である。男爵である彼は伯爵家出身の自分とはどう足掻いても結婚できない、ならば自分のために彼の貴重な時間を割かせるのは気の毒だ──そう思って今まで何もしてこなかったのだ。
「──今頃は媚を売ってくる女子生徒たちに辟易しているでしょうね。それに、彼の周囲には有力貴族の令嬢が複数います。彼に推薦状を出したアトリー家のクラリス様、ローズブレイド家のディアドリー様、そして以前から彼の後ろ盾となっているレッドグレイブ家のアンジェリカ様──ロイス様が入り込んで彼を手に入れられる可能性は極めて低いと考えます」
嗚呼、恋い焦がれる相手と結婚できる可能性が出てきたというのに、強敵と障害はあまりに多い。
「で、でもそれで諦めたくなんかない!」
珍しく駄々をこねるロイスにダフネスは1つ献策する。
「でしたらいっそロイス様が子爵をお茶会にお誘いしてはいかがですか?」
「その手があった!」
天啓を得たかのように跳ね起きるロイスにダフネスは若干呆れるのだった。
「──むしろ今まで考えつかなかったのですか?」
◇◇◇
「手の平返しもここまで来ると清々しいな」
リオンは手紙の山を前に思わず漏らした。
どれもこれも上から目線な内容で10通も開けないうちに読む気が失せた。
いつの間に俺はツ○ッターの裏垢女子になったのだ?否、裏垢女子の方がまだマシかもしれない。ここまで酷い内容のリプやDMなんてそうは貰わなかっただろうし。
なんだよ。王都に使用人数十人規模の屋敷を用意して愛人たちの面倒も見ろとか。
相手の立場に立って物事を考える能力ってのがないのか?──いや、学園の女子に期待した俺が悪いか。
しばし「愛とは?」という哲学的な思考に走って現実逃避したリオンは届いた手紙の山をゴミ箱に放り込むのだった。
オリ主は登場させない予定でしたが急に気が変わりました。だって女子に王子様扱いされてるイケメン女子が男子に女の子扱いされたがってるシチュってエモいじゃん!
ルクシオン( ● )「方針をコロコロ変更するとは、マスターと同じですね。朝令暮改、と言うのでしたか?上司にしたくないタイプです」
リオン(;゜д゜)「いや、俺のは臨機応変、と言えよ」
アンジェ(¬_¬) 「⋯⋯⋯⋯」
クラリス(¬_¬) 「⋯⋯⋯⋯」
リビア(¬_¬)「⋯⋯⋯⋯」
マリエ(¬_¬) 「⋯⋯⋯⋯」