乙女ゲー世界はモブたちに厳しい世界です   作:鈴名ひまり

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悪人と呼ばれる人たちの心の奥底にあるのは恐怖や怒りや寂しさや劣等感。


ポストウォー・デイズ
古い友人


 政治犯を収容する王宮の地下牢。

 そこに捕らえられていたのは【マルコム・フォウ・フランプトン】侯爵。──否、()侯爵である。

 彼は反逆罪、及び外患誘致罪で逮捕され、裁判で死刑判決を受けた。

 そして今、地下牢で処刑の時を待っている。

 瞳には生気がなく、化粧をしていない顔は肌荒れが目立つ。

 身体の上を虫が這う。

 それを払いのけることすら、彼はしようとしない。

 

 不意に扉が開き、看守と共に1人の男がやってきた。

 看守が扉を閉め、鉄格子を隔てて男はマルコムと向かい合う。

「こうしてサシで話すのは何年ぶりだろうな」

 見知った声にマルコムの目に微かに生気が戻る。

「──ヴィンスか。私を嗤いに来たのか?」

 つい先月まで政争に明け暮れていた敵対派閥の主、【ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ】──彼は未開封のボトルをマルコムに見せる。

「一杯付き合わんか?お前の好物だったろう?」

 ボトルの中身はマルコムが愛飲していた銘柄の酒のようだ。

(──毒入りか?いや、杯が2()()ある──よそう。考えても意味はないな)

 マルコムは答えることなく身体を起こす。

 ヴィンスが栓抜きを使うと、木製の栓がポンッ!と勢いよく飛んでいった。

 すかさず金属製の杯に発泡酒を注ぐヴィンス。

 杯を受け取ったマルコムは中身を一口飲む。

 辛さの中に柑橘系の爽やかさとほんのりとした甘さ──愛した味が口の中に広がる。

「──美味いな」

 マルコムは呟いた。

 目に久しぶりに生気が宿り、夢中で杯の中身を飲み干すマルコム。

 ヴィンスも杯の中身を一口引っ掛けていたが、すぐに杯を置いてボトルを手に取り、空になったマルコムの杯に再び発泡酒を注いだ。

「──お前と最初に会ったのは確か6歳の時だったな」

 ヴィンスが懐かしげに呟いた。

 マルコムは記憶を探り、目の前の男との初対面の場面を探す。

「そうだったな。あの時からだ。あの時から──私はお前のことが嫌いだった」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 パーティーが嫌いだった。

 ちやほやされる者と、それを羨望と嫉妬の眼差しで見る者との残酷な隔たりを見せつけられるから。

 ──否、自分が後者だったからである。

 寄ってくる者は侯爵家の跡取りという地位に惹かれて集まってくる下卑た者共ばかり。

 一方で純粋に素敵な異性として見られてちやほやされる──簡単に言えばモテる──者がいた。

「──レッドグレイブ」

 憎らしく、そして羨ましい相手の名を呟く。

 彼──ヴィンス・ラファ・レッドグレイブのことがマルコムは大嫌いだった。

 生まれ持った美貌のみならず、しょっちゅう冒険者として旅に出たりダンジョンに挑んだりし、その冒険話で周囲を大いに賑わせるため、彼の周りには常に大勢の女性がいた。

 それこそマルコムが彼と初めて会ったパーティーでも年上の貴族令嬢たちに群がられて可愛がられていたし、長じるに連れて精悍になっていくと益々彼の周りに集まる女性は多くなった。

 彼女たちの目は実に綺麗で、打算抜きの純粋な好意がありありと見て取れた。

 それがマルコムにはどうしようもなく苦痛だった。

 そしてそんなヴィンスが自分のことをマルコムと名前で呼び、親交を持ってくるのが煩わしかった。

 彼の分け隔てない接し方を見ていると、自分の存在の矮小さを教えられているような気になるからだった。

 

 学園に入ってもそれは変わらなかった。

 この頃にはマルコムには家同士で決められた婚約者がいたし、ヴィンスもそれは同じだったが、マルコムの心中で燻っていた嫉妬心は消えるどころかさらに大きくなっていた。

 学園はマルコムたち大貴族にとって、将来有益となる知己を得る場でもあったため、お茶会を開いたり、学期末に開かれるパーティーに出たりして積極的に交流を図るのだが──ここでもヴィンスとの差を見せつけられるのだ。

 もちろん大貴族故の宿命として権勢のおこぼれに与ろうと擦り寄ってくる者が多いのは同じだったが──打算抜きの好意を向けられるのはヴィンスの方だけだった。

 目を見れば、声を注意深く聞けば分かった。

 自分に笑顔を向けてくる女子の目はよく見るとチラチラと別の方向に動いていた。

 自分の身に着けている服飾品や、お茶会に使われている食器のブランド──皆自分の後ろにあるものしか見ていなかった。

 調子の良いことを言って煽ててくる声も、よく聞くと用意した場所や物、それを用意できる家の力を褒め称えるものばかりで、マルコム自身のことは聞こえてこない。

 ──誰も自分自身を見てくれない。

 それはまだいい。貴族なんてそんなものだと小さい頃から知っている。

 でも、ヴィンスを見ているとその諦観が揺らぐのだ。

 ヴィンスに見惚れ、彼の冒険話に瞳を輝かせて聞き入る女子たちの視線はまっすぐヴィンスの顔に向いていた。

 ──そうか。お前らそんな目をできるんだな。

 ──そんな風に心の奥底から笑えるんだな。

 ──そんなに綺麗で純粋になれるんだな。

 ヴィンスに対して上げられる黄色い声はヴィンス自身の魅力に対する反応だった。

 益々磨きがかかった美貌と話術──どちらもマルコムにはない。

 ──奴が憎い。

 ──憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 ──奴を見つめる女子たちも嫌いだ。

 ──あの美貌に見惚れて、恋する澄んだ綺麗な目が嫌いだ。

 ──気持ち悪い。

 ──燻る嫉妬心と擦り寄ってくる者たちへの嫌悪感を隠して生きていくのが辛い。

 色々と努力もした。

 身分の低い地方領主貴族の子弟がやるように女子の気を惹くためにらしくもなく身体を鍛えたり、頻繁にお茶会を開いたり、プレゼントを渡したりもした。

 そしてその全てが逆効果だった。

 女子たちはどこまでもマルコムを「都合の良い人間」としか見なさなかった。

 それに反比例するかのようにヴィンスのことは益々「魅力的な男性」として見ていた。

 女子の陰口を偶然聞いてそのことを知った時──心が折れた。

 

 それ以降「無駄な努力」をやめた。

 どうせ頑張っても奴のようにはなれないのだ。

 もう期待しない。どうだっていい。

 最初から自分の人生はこんなものなのだ。

 地方領主貴族の真似事なんてして、本当に滑稽だよな。

 気を惹こうと必死で媚びる必要なんて本来ないのに。あいつらは苦労に苦労を重ねて「妥協してくれる」人間しか得られないが、俺はあいつらと違って苦労しなくても人は寄ってくるのだ。

 それもこちらが媚びた末に相手が妥協するのではなく、向こうが媚びてくる。

 それでいいだろう。

 何を必死こいて奴と張り合おうとしていたのだろうか。

 そうして自分を納得させようとして──できなかった。

 愛をくれよ。

 愛してくれよ。

 お世辞や媚びを売る言葉では癒されなかった。

 今日も満たされない渇きに苦しみ、明日もまた飢えに喘ぎ、それでも生きる。

 

 

◇◇◇

 

 

「時は来た!」

 国王陛下の声がホールに響き渡る。

 大勢の貴族や騎士が整列するホールで、これから戦いに赴く者たちに訓示を垂れているのだ。

「我々は今こそ卑劣なるファンオース公国の侵略によって無念のうちに散った幾多の戦士たち、そして殺戮された無辜の民たちの仇を討つ!そして長きに渡って続いた血塗られた戦の時代に終止符を打つのだ!我らと奴らの先祖が残した遺恨の連鎖という負の遺産を、我らの子や孫に引き継がせることは許されない!諸侯たちよ、命捨てども勝つは今ぞ!」

 自らも軍服に身を包み、サーベルを掲げて檄を飛ばす国王陛下に貴族や騎士たちが歓声で応える。

 ファンオース公国とそれに呼応した周辺国との戦争が四年目に突入して多くの犠牲が出ているにも関わらず、彼らの士気は高かった。

 長きに渡って苦しめられてきたラーシェル神聖王国方面の戦闘が終結する目処が立ち、二正面戦闘から解放されて、いよいよ本腰を入れてファンオース公国に対処できるからだ。

 これであとは公国だけ。公国さえ叩き潰せば戦争は終わる。

 誰もがやがて訪れるであろう平和の時代への希望を抱きつつ、最後の戦いに向けて気を奮い立たせていた。

 それに今回の戦いには心強い助っ人も参戦するのだ。

 若くして【剣聖】の称号を持つ麒麟児、【ウィリス・フィア・アークライト】を筆頭に、ラーシェル神聖王国方面に引き抜かれていた強者たちがファンオース公国方面に合流する。

 正規軍からも歴戦の部隊が抽出される予定だ。

 彼らが加われば、一進一退の攻防が続く公国との戦いも王国側有利に傾くだろう、とこの場にいるほぼ全員が確信している。

「私は国の全てを預かる身故王宮に留まらなければならぬが──心は常に諸侯らと共にある。共にこの戦を終わらせ、未来を創ろうではないか!諸侯らの健闘に期待する」

 国王陛下が演説を締め括ると、一斉に貴族たちが敬礼する。

(とんだ茶番だ)

 マルコムは内心吐き捨てる。

(こういう時だけは都合良く()()意識を煽り立てる)

 ともすれば野心を持って暴れ回り、王国に牙を剥きかねない危険な地方領主たちを軍事力による庇護及び脅迫という飴と鞭でどうにか束ねているのがホルファート王国の実情だ。

 支配者側の王国からすれば貴族たちなど端から信用できない者たちであり、いずれは無くすべき煩わしい存在──その【密教】を教えられたのは学園を卒業してすぐだった。

 それを知った時、胸中にあったのは恐怖ではなく、解放感だった。

 奴らはいずれ消えゆく泡沫の如きちっぽけな存在だったのだ、自分はどうしてそんな奴らの機嫌一つに一喜一憂していたのだ?と。

 ただ──上とはこうも寒い所なのかと思ったことは記憶に残っている。

 

 

◇◇◇

 

 

「あ、悪魔だ──」

 誰かがそう呟いた。

 窓の外では無数の鎧が激戦を繰り広げている。

 その戦場の中で一際目立っているのは公国の紋章が描かれた黒い鎧。

 その手には漆黒の大剣が握られ、それが振り回される度に味方機が破壊されていく。

 手練れが挑もうが、数で囲もうが、射程外から弾の雨を浴びせようが、意味はない。

 まるで戦場の全てが見えているかのようにあらゆる攻撃を躱し、予想だにしていなかった所を潜り、それでいて彼方の攻撃は必ず当たり、確実に命を刈り取っていく。

 不意に黒い鎧の動きが止まった。

 見ると空色に塗られた鎧が白銀の大剣を手に黒い鎧に斬りかかっていた。

 その肩部にはアークライト家の紋章が描かれている。

 二つの鎧のぶつかり合いに思わずマルコムは見入った。

「剣聖──一騎打ちする気か」

 

 

 負けた。

 剣聖は負けた。

 王国も負けた。

 双方共に膨大な戦力をすり減らして、結局戦いは王国軍の撤退という形で幕を下ろすことになった。

 単純な軍事力だけなら王国軍が勝っていて、実際多くの犠牲を出しつつもじわじわと公国軍を追い込んでいた。

 しかし、王国軍はいきなり背後から公国軍の別働隊と彼らが引き連れてきたモンスターの大群に襲われたのだ。

 高速艦で揃えた公国軍別働隊と彼らを餌食にしようと追ってきた無数のモンスターにより、後方にいた輸送船団とその護衛艦隊が壊滅し、補給を断たれた王国軍は撤退せざるを得なくなった。

 そして襲いかかってくる無数のモンスターを必死に駆逐しながら逃げる王国軍に公国軍本隊が追撃をかけてきて、モンスターを交えた三つ巴の乱戦になった。

 王国・公国双方の多くの軍人がモンスターの餌食になっているにも関わらず、両軍に共闘という選択肢はなかった。

 補給と共に正規軍の司令部までやられた王国軍は指揮系統が殆ど麻痺してしまい、部隊ごとにバラバラになって戦いながら逃げるしかないという最悪の状態だった。

「駄目です!囲まれています!」

「後続艦より援護要請!艦内にモンスターが侵入した模様です!」

「直ちに鎧の援護を!」

「駄目だ!見捨てろ!犠牲が増えるだけだ!」

「しかし!あの艦には──」

 マルコムの乗艦のブリッジも騒がしかった。

 これが初陣のマルコムには部下の騎士たちの論戦に口を挟むことはできなかった。

 ただ箔付けのために参加した何もできないお飾りの大将──それがマルコムだ。

 恐怖で回らない頭を必死に回して考えても、答えは出ない。

 そうこうしているうちにマルコムの乗艦にもモンスターが群がり始めた。

(くそっ!こうなっては致し方ない。俺は今ここで死ぬわけには──)

 マルコムが命令を下そうとした時、通信機から力強い声が響いた。

『諦めるのは早い!』

 次の瞬間、周囲のモンスターが吹き飛んだ。

 見ると後続艦に群がっていたモンスターも次々に駆逐されている。

『こちらはレッドグレイブ公爵家のヴィンス・ラファ・レッドグレイブ!我が旗を目にしている王国軍各艦に告ぐ!誘導する!我に続け!』

 見ると周囲にはレッドグレイブ家の紋章が描かれた鎧が飛んでいた。

 その鎧が合図した先にはホルファート王国の旗とレッドグレイブ家の旗を掲げた艦隊が見える。

 周囲を多数の小型艦と鎧で固め、旗艦を守ることで指揮系統を維持し、周囲の味方の撤退を援護しているのだ。

「ヴィンス──お前──」

 マルコムが呟いたかと思えば、艦長がレッドグレイブ艦隊の後を追うよう指示し、マルコムの乗艦はゆっくりと向きを変えていく。

 他にも多くの飛行船が集まってきていた。

『離れるな!一塊となり、敵を突破するのだ!』

 力強く味方を鼓舞し、導くヴィンスの姿は視認できなかったが──視えていたならきっと輝いて見えたに違いなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ──負けた。

 マルコムはまたしてもそう思い知らされた。

 戦争という功を立てる絶好の機会で自分は部下に任せて戦況を眺めるか、恐怖しているばかりで何も為せず、一方でヴィンスは多くの味方を救った勇気ある行動を讃えられて勲章を貰っていた。

 十数年来の劣等感がぶり返してくる。

 もしまた戦いに参加する機会があれば、奴よりももっとすごい功績を上げてやるのに。

 ──そうだ。戦いとは何も戦争だけではないではないか。

 

 それ以来、権力争いでヴィンスを下すことを夢見るようになった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 いつの間にかボトルは空になっていた。

「長かったな──お互いに」

「──ああ。本当に──ままならんものだな」

 ヴィンスの呟きにマルコムは力なく呟きを返す。

 最後にこれを美味しいと思ったのはいつだろうか。

 きっと十年以上も前だ。

 この味を知った頃はこれを飲むのが楽しみだった。

 それがいつしか、何かから逃避するために、気を紛らわせるために飲むことが多くなった。

 そして──今ではこんなに美味かったのか、いつの間にこの味を忘れていたのかと驚いている。ヴィンスに追いつき、追い越そうと必死でいつしか好きな味さえ忘れてしまっていたらしい。

 皮肉なことにあれだけ妬み、疎み、憎んだヴィンスが覚えていたというのに。

 もし──つまらない劣等感や見栄に縛られずに、ヴィンスと良き友人になれていたなら、このように飲みに付き合う機会ももう少しはあっただろうか。

 もう戻れない頃に思いを馳せる。

 いつの間にかおそろしくつまらない大人の世界にどっぷりと浸かってしまっていた。

 切っ掛けは子供染みた嫉妬と羨望だったのに、それを糧に積み上げてきたものがいつの間にか他人や自分の命よりも大事になった。

 権力を追い求めたのは自分を見て欲しいからだったのに、いつの間にか権力を握ること自体が目的になった。

 そして陰鬱な政争に明け暮れ、心の隅で失脚や暗殺の恐怖に怯えながら日々を過ごした。

 その結果がこの破滅だ。

 ──運命の神は残酷だとマルコムは思う。

 もし自分とヴィンスの立場が逆だったならば、自分は生涯心を縛りつける嫉妬を抱くこともなく、全く別の──ずっと良い生涯を送れただろうに。

 そこまで考えてマルコムはふっと笑う。

 人の魂は生まれた時は透明な水と同じで、生まれ持った容姿、生まれ育った場所によって色付いていくのか──あるいは元々色が付いていて生まれの如何に関わらず、決してなれない色があるのか。

 確かめようはないが、面白い命題だとマルコムは思う。

 自分がヴィンスの立場に生まれていたとして、自分はヴィンスと同じく成功していただろうか。あるいはヴィンスよりも上手くやっていただろうか。

 

 扉が開き、看守と武装した騎士たちが地下牢に下りてきた。

 どうやらお迎えが来たらしい。

 手錠をかけられ、牢から出される。

「マルコム」

 ヴィンスの呼びかけにマルコムは立ち止まり、振り返る。

 騎士たちは止めなかった。

 これがヴィンスが自分に発する最後の言葉になる、そう悟ってマルコムは言葉を待つ。

「──輪廻の果報のあらんことを」

 ヴィンスが古い友人に対する同情と哀しみを含んだ表情で言った。

「──ああ」

 マルコムは小さく笑った。

「──達者でな」

 そう言ってマルコムは再び歩き出す。

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