連休
「貴方は捻くれてるけど優しいのね」
今にして思えばクラリス先輩がこの台詞を発した時、彼女は既に俺のことが気になっていたのかもしれない。
◇◇◇
学園祭最終日。
その時の俺は保身のためにクラリス先輩の元婚約者【ジルク・フィア・マーモリア】──事もあろうにマリエという転生者の女に夢中になってクラリス先輩との婚約を
そしてレースで──それと喫茶店を馬鹿共に荒らされたのと、【カーラ・フォウ・ウェイン】が
無能な働き者が勝手な判断で余計なことに首を突っ込んでしっぺ返しを受けたと言えばそれまでだが、俺はその当時まだ男爵。しかも王太子ユリウス殿下を決闘でボコボコにした挙句、説教まで垂れるという、下手しなくても極刑モノの暴挙をやらかした後で、アンジェの実家が後ろ盾になってくれなければ命が危うい状況だった。
ジルクの代役が用意できなければ学年の代表たるアンジェの評価が下がる、という話を聞いて、「俺が出なければアンジェパパを怒らせてしまう、そうなったら俺が死ぬ」と考えた当時の俺を誹る気にはなれない。
ルクシオンはそんな俺をモブとは程遠い「立派な取り巻き」と揶揄してたけど。
──まあそんなこんなで学園祭が終わった後の俺はブルーな気分だった。
おまけに俺がエアバイクレースで酷い目に遭っている間にリビアとアンジェの関係に亀裂が入ってしまっていて、そっちの対処も面倒だった。
◇◇◇
リビアには辛い思いをさせるだろうとは思ったが、俺は彼女に詳しい話を聞いた。
俺がエアバイクレースに出ている最中にあの腹立たしい【フェリシア・フォウ・オフリー】なる伯爵令嬢──亜人奴隷を引き連れて俺の喫茶店を荒らしてくれた挙句、王妃であるミレーヌ様を「おばさん」だの「婆」だのと呼びやがった糞女──がアンジェに喧嘩を売ったらしい。
おまけに1度ならず2度までも止めに入ったリビアに「平民風情が」などという言葉をぶつけ、「アンジェが取り巻きに裏切られたことで平民であるリビアにすり寄った」などと吹聴しやがったんだとか。
アンジェはそれに反論できなかったらしい。
まあ、無理もないか。公爵令嬢ともなれば俺の実家のように普段から平民と接する機会なんてないだろうし。
以前のアンジェが平民のことなど気にも留めていなかったと言われても俺は驚かない。
でもリビアは──そうじゃない。
「なあ、リビア。──しばらく休まないか?」
俺は悲しげな顔をするリビアを放っておけなかった。
「え?休むって──学園祭が終わったら連休ですよね?」
リビアが至極真っ当な返答をしてくる。
「休むっていうのは──少し、学園を離れるって意味だよ。リビアにはしばらく学園を離れる時間が要る。俺にはそう思えるけどな」
さっきリビアはアンジェともう1度話をしてみると言っていたが、そのアンジェは今学園にいない。
フェリシア嬢と派手な取っ組み合いを演じて実家に呼び出されたらしい。
多分連休が終わるまで帰ってこないだろう。
ちなみにフェリシア嬢はルクシオンに調べさせたところ学園にいる。
となると、フェリシア嬢がアンジェのいない隙を突いてリビアに嫌がらせを行う可能性が高い。
俺への嫌がらせに失敗したらそれを逆恨みしてアンジェにぶつけるような女だ。次はリビアを狙うことは十分あり得る。
できればすぐにでも家ごと消してやりたいが──オフリー伯爵家は空賊と組んで悪事を働いているにも関わらず、王国に見逃されている。
つまり、王国の中でも実力のある誰かが庇っている。下手に関われば面倒になる。
それとゲーム的な理由もあって、中盤──学園2年生時──の重要イベントに関わる、というのがあるが、このイベントは既に起きている。
カーラが俺に空賊討伐を依頼してきたのがそれだ。
既にゲームシナリオから大幅に外れている中で、これ以上予想がつかなくなるような下手な真似はできない。
となると──リビアの安全のためには彼女にしばらく学園を離れてもらうしかない。
アンジェがいない以上、俺がついていても限度がある。
俺は男子で女子寮には入れないのだから。
「リビア、今回の件で分かっただろ?この学園には普段見えないだけで悪意が渦巻いてる。アンジェが学園にいない今はリビアにとって危険なんだよ。アンジェが戻るまでは学園を離れてた方がいい」
俺はリビアを説得する。
「でも私は──」
逃げたくありません、とでも言おうとしたのだろうか?
でも結局リビアはその先を口にしなかった。
リビアはその日のうちに簡単に荷物をまとめて故郷に帰っていった。
「帰省だと思えばいいよ。夏休みだって帰ってなかっただろ?」
俺はそう言って港までリビアを送って行き、定期船の切符を買ってあげた。
リビアは連休中図書館で勉強するつもりだったらしいが、俺は少々強引に押し切った。
帰って来る日には港に迎えに行くと約束して俺はリビアと別れた。
さてと──空賊討伐依頼の方を片付けないとな。
◇◇◇
空賊──ウィングシャークとかいうモンスターみたいな名前だった──の討伐はすぐに終わった。
攻略対象のうちの2人、【ブラッド・フォウ・フィールド】と【グレッグ・フォウ・セバーグ】という予想外の助っ人もあったが、全く有り難くはない。むしろ邪魔だ。
だから船賃代わりにイカサマトランプで金を巻き上げて役に立ってもらった。
金ヅルの役にしか立たないとは、空賊討伐が聞いて呆れるな。
実際、最初に空賊と接敵した時、2人は何をするのかすら分からずにいた。
これだから粋がるだけのボンボンは!
まあそれはさて置き。
最初に現れた一団をあっさりと蹴散らしてウェイン領に着いてみたら、いきなり銃を向けられて囲まれたので、俺たちは話が違うと抗議した。
カーラが助けを求めてきたから来たのに銃を向けてくるとは何事か!ってね。
そしたらカーラの親父さんが娘を庇って誤魔化そうとしてきたので、
フェリシア嬢の仕業だった。俺たちを騙して空賊に襲わせる算段だったらしい。
やってくれるじゃないか。
リビアを帰省させておいて正解だった。計画ではリビアも空賊討伐に巻き込んで、万一の時は責任を押し付けることにしてたらしいし。
というか、今回の俺、超ファインプレーじゃないか?
『単なる偶然をこれ幸いと自分の手腕と捉えるとは、感心ですね。さすがはマスターです』
ルクシオンは相変わらず辛辣だった。
翌日。
残る空賊本隊を討伐するか、2年生の半ばまで放置するか迷っていた俺は向こうから攻めてこられて討伐を決断した。
さすがに本隊とだけあって数が多く、おまけに頭と思しき奴がアロガンツと同じくらい大きなパワータイプの鎧に乗っていたので、
不本意ながらも空賊から奪った鎧に乗せて戦闘に参加させたブラッドとグレッグも思いの外、よくやってくれた。ちょっと見直したよ。
俺たちは分捕り品の飛行船と鎧、そして空賊が溜め込んでいた宝を手に入れたが、俺の目的は別の物だ。
空賊の頭が持っていた【聖なる首飾り】。これをリビアにどうやって渡そうか。
誕生日プレゼント?そういえばリビアの誕生日っていつだ?もう過ぎてたらこの手は使えない。
クリスマスプレゼント?それもダメだ。この世界にクリスマスはない。
攻略対象の誰か──例えばブラッドかグレッグをリビアとくっつけて渡させるか?
──難しいだろうな。あいつらはマリエに夢中だし。
結局俺があいつらの役割を代行しなきゃいけないってことかよ。
それもこれもあのマリエが逆ハーレムなんか作ってリビアのポジションを奪うからだ!
本当に何なんだあの女は!
悶々としていたら、オフリー伯爵家の艦隊が迫ってきてまた小競り合いになった。
どうやら空賊と繋がっていた証拠を取り返そうと追ってきたらしい。
俺は逃げることにした。
目的のものは手に入れたのだ。これ以上の戦闘は無用と判断した。
どうせ押収した証拠を王宮に突き出せばオフリー伯爵家は潰される。俺が手を汚すまでもない。
パルトナーの機動力は優秀だった。
空賊から分捕った財宝やら鎧やらを貨物室に詰め込み、大小の飛行船を7隻も引っ張りながら、オフリー艦隊を振り切ったのだ。
向こうは鎧を出してきたが、俺とブラッド、グレッグの3人で撃退した。
◇◇◇
報告書を書いて押収した証拠と一緒に王宮に提出し、手に入れた飛行船と鎧はスクラッパーギルドに高値で売り飛ばし、捕らえた空賊はジェナがアプローチしていた男子の実家に鉱夫として売り渡した。
目的のものは手に入れ、おまけにだいぶ儲かった。
学園に戻ってきたリビアは久しぶりに家族と過ごせて嬉しかったのか、だいぶ元気になっていた。
アンジェとも仲直りできたらしい。
よかったよかった。
──ここまではいい。
「どうしてこうなったあああああ!!」
俺はまたも意に反した出世をしてしまった。
「くそっ!やっぱりあいつら俺のこと嫌いだろ!」
存外まともに戦ってくれた上に、意外に努力家で色々考えてるのだと分かったブラッドとグレッグを元の地位に戻そうと考えたのが間違いだった。
俺としては廃嫡によって果たすのが難しくなったゲーム上の役割──すなわち、リビアの相手を2人のどちらかに果たさせることを狙ってやったのだが。
俺は「空賊退治に加え、ブラッド、グレッグ両名の実家との復縁に貢献──」なる理由で六位上の宮廷階位が五位下に上がってしまった。
攻略対象の代役から降りたいと思ってわざわざあいつらの廃嫡を取り消させる工作をやったというのに!
出世するだなんて望んだ結果と真逆じゃないか!
『まさか昇進するとは思いもしませんでした。マスターは私の予想の斜め上を行くのが得意ですね』
ルクシオンが昇進を告げる書状を読んで言う。
「得意ってなんだよ!あの流れでなんで昇進になるんだよ!」
憤慨する俺にさらなる追撃がかかった。
「バルトファルト男爵、お手紙と贈り物が届いております」
男子寮の女性職員が緊張した様子で俺に頭を下げる。
職員の案内で外に出てみたらそこにあったのは──豪華な大型エアバイクだった。
エアバイクと手紙の差出人はアトリー家。クラリス先輩の実家だった。
手紙には学園祭での一件の謝罪とクラリス先輩が元気になったこと、そして──
「う、嘘だろおい──」
俺は力が抜けて膝をつく。
『五位下から五位上への昇進は卒業までお待ち下さい』
手紙の最後にはそう書いてあった。
嗚呼、夢にまで見た領地でののんびり引きこもり生活が手の平から零れ落ちていく。
「そうだ。旅に出よう。知らない国へ冒険の旅に出る」
現実逃避する俺にルクシオンは容赦なく現実を突きつける。
『明日から授業なので無理です』
「あーそうでしたそうでしたねえ!ちっくしょおおおおおお!!」
思わず窓を開けて抱えてる想いをひたすらに叫んだ俺はそれをリビアとアンジェに見られたのだった。
◇◇◇
「全く──気が狂ったのかと思ったぞ」
アンジェがドン引きした目で俺に言う。
うう、穴があったら入りたい。
ってか、いっそ誰か俺を殺してくれ!
「ああああああ!!もうこんな世界嫌だあああ!こんな人生嫌だあああ!来世は日本で平穏無事なモブライフを送らせてくれええええええ!!」
俺のこの叫びは通りがかりのリビアとアンジェにバッチリ聞かれていた。
くそ。よりにもよってこの2人に聞かれるとは!
不覚だ。一生の不覚だ!
『後先考えずに衝動的に行動し、激情をほとばしらせた結果、しっぺ返しを食らう。いつものマスターですね。抱腹絶倒もののギャグ体質です』
人の不幸を嘲笑うとか、底意地悪すぎだろこの人工知能!誰に似やがった!?
「えっと、リオンさん、偉くなって嬉しくないんですか?」
リビア、やめてくれ。俺に何を期待しているんだ。
俺はただの引きこもりたいモブだぞ。
「偉くなればその分負担も増えるんだよ。俺にはそんな負担背負えないよ!」
この2人の前ではこんな愚痴言いたくはなかったのだがバレてしまったのは仕方ない。
この際、少し俺から距離を取ってもらおう。
今までこの2人と親しくし過ぎた。
どう足掻いたってリビアは平民で将来は聖女様、アンジェは公爵令嬢で俺と結ばれることは決してない。
俺は俺の身の丈にあった相手を早く見つけなければならない。
──憂鬱な婚活がまた始まる。
次のお茶会には誰を招待しようかな──。
俺は洗いざらい白状した。
本気で出世したくないこと、高度な政治判断など抜きにして俺が出世しないために功績を押し付けたこと、学園を卒業したら貯めた銭コアで領地に引きこもってのんびり暮らしたいと思ってること──そして出世すると余計に婚活やら貢献やら何やらがキツくなることへの愚痴。
出来るだけ情けないヤツに見えるよう演技したつもりだった。
今まで俺に抱いてきたであろう幻想を全部ぶち壊す気で。
「リオン──」
アンジェが何か言おうとする。
あまりダメージのない言葉だといいけど。
「ありがとう」
ん?聞き間違いか?
「え?あり──がとう?えっ?」
予想外の答えに狼狽する俺に苦笑しつつもアンジェは優しい表情で言った。
「決闘の時、代理人に名乗り出てくれてありがとう。──私と一緒にいてくれてありがとう。あの時間は──楽しかったぞ」
──やめてくれよ。未練が残っちまうだろうが。
「だから──お前はもう1人で我慢するな。自分の望みに正直に生きろ。望まない出世をすることも、余裕がないまま私たちと時間を過ごすことも──負担になるというならやめていいんだ」
──なんでだよ。
なんで前世も含めれば40年近くも生きてる俺が15歳の女の子に諭されてるんだよ。
「わ、私も、リオンさんといられてよかったです!あの時──最初にお茶会に誘ってくれた時、すごく嬉しくて、ほっとしたんです」
リビアの純粋な声が刺さる。
「私には何もないのに、純粋な厚意で助けてくれて、お金もかかるのにお茶会に招いてくれて、私には何もお返しができなくて、それでもリオンさんは笑顔でした。だから私、リオンさんにはずっと笑っていて欲しいんです」
──なんだよ。なんで2人とも、そんなに俺に優しいんだよ。
俺は泣いた。
モブに厳しいこの世界でこんなに優しくされたのは初めてで、あんな情けない振る舞いを見せても軽蔑の目を向けてこなかった2人が尊すぎて──
そしてそんな2人と結ばれないのが悲しくて、悔しくて、泣いた。
リビア&アンジェの友情・好感度イベント未然防止 + クラリス先輩好感度イベント畳み掛け
これくらいしかクラリスルートに入る方法が見つからなかった。