『結局マスターは何もしないのですね』
ルクシオンが言う。
『家族がどうの、世間体がどうの、ゲーム世界がどうのと言い訳し、自分の幸福実現のための努力を怠り、口先だけの不平不満ばかり垂れ流す。そのくせそれを解消するために抗議や抵抗などの行動に出ることもない。驚くべき主体性の無さですね。学園に入学して以来マスターの幸福度は下降の一途を辿っています。今後上昇に転じる可能性は極めて低いでしょう』
俺は幸せになれない。そう言われている。
「言ってくれるよな。前世でも同じようなこと言われたわ」
思い出すのは前世の20何年分の記憶の中でも最後のあたり。
「────君ってホント典型的な社畜だよね」
比較的仲の良かった同僚の女性社員にそう言われた。
その後に続いたセリフはルクシオンが俺に投げかけたものとほとんど同じ内容だった。
──良くも悪くも俺は異世界転生しても前世とちっとも変わらなかったのだ。
『マスターは平穏無事な生活を希求していると言いますが、そのためのビジョンは全て自分に都合の良い幻想に過ぎません。目先の面倒を避けて問題を放置した結果大事になり、解決に費やす労力を増やす。そしてそれを私の力で解決すればマスターは他人から頼られ、利用される。私を手に入れてからマスターはこの繰り返しです』
──耳が痛いな。
思えばルクシオンを手に入れたこと自体、生活に必死で無気力になったまま追い詰められていったのが理由だった。
ゾラの飛行船を盗んで家出してでもルクシオンを早くに回収していればまた違う人生が待っていたかもしれない。
実家はもっと早くに潤い、「淑女の森」とかいう変態婆共に俺やコリンが狙われることもなかったかもしれない。
正直なところ自分でも分かってる。俺は損な性格をしていると。
高潔でも賢明でもなく、怠惰で欲望にもまみれていて、カタルシスに酔うのが大好きな俗物だが完全に利己的にもなりきれない。
だからこの世界がゲームオーバーで滅ぶリスクを放って置けない。
『いっそのこと全てをリセットしてはいかがですか?ご命令くださればすぐにでもホルファート王国を滅ぼし、マスターの理想とするような国家を作り上げますが?』
その提案に乗ってしまいたくなるのが怖い。
でも俺はそこまでする勇気はない。
俺がしたことで大勢の人が死んだら、俺はきっとその重みに耐えられない。
「却下だ。そっちの方が俺にとっては不幸せだよ。精神的に保たなくなる」
『──そうですか。マスター、貴方は損な方ですね』
「だろうな。でも俺はそんな自分が嫌いじゃない。泣いて泣き喚いて泣き止んだから、ちょっとは気力も戻ったし。もうしばらくこの世界の面倒みてやるさ」
降格とのんびり引きこもりライフの実現方法はゲームクリアした後にでも考えよう。
今はまだ──俺個人の夢のために行動するよりリビアやアンジェ、そして今世の家族の生きるこの世界を滅亡させない方が大事だ。
さて──マリエと彼女に誑かされた馬鹿共のせいで、シナリオから大きく外れたゲームをクリアするのに、俺に出来ることはまだあるだろうか。
◇◇◇
翌日。
「お茶会の──招待?」
俺はお茶会に招待されるという珍しい事態に思わず声が漏れた。
普通お茶会というのは男子が女子を誘うもので、男子は招待される側にはならない。
男同士でのお茶会はどうなのかって?
男同士でのお茶会はお茶会じゃなくてただの集まりなのだよ。
予定が合うときに何となく集まって好きなものを飲み食いし、駄弁るだけだ。
大層な準備はしないし、招待状なんて出さない。
そういうわけだから男子である俺にお茶会への招待状が来ることはあり得ないはずだったのだが──。
「差出人は──クラリス先輩から!?」
封筒の裏にあった署名は【クラリス・フィア・アトリー】。
招待状に書かれていたのはいつどこの部屋でお茶会をするのでお待ちしています、という普通の内容だったが「話したいことがあります」という気になる一文があった。
「行かないってわけにはいかないよな」
話したいこととは何なのか分からないからちょっと怖いが、断るのも怖い。
クラリス先輩の招待を断ったなんて噂でも流れたら
ジルクみたいな目には遭いたくないので行くことにした。
承諾の返事を書く。
「一番マトモな返事が自分で書いたヤツとか泣けてくるな」
これまでお茶会の招待状は無視されるか、おそろしく上から目線な内容でしかも字まで雑な返事が返ってくるのが関の山だった。
『出す相手を間違えているからでは?マスターがこれまで招待状を送ってきたのは男爵家から子爵家の女性です。一番酷い層ですよ』
ルクシオンが冷静な分析結果を伝えてくる。
「そうだけど、俺は男爵だぞ。その層からしか嫁は貰えないんだって。何度も言ったろ?」
『いっそのこともう一度大きな功績を立てて子爵にまで陞爵してはいかがですか?そうすれば伯爵家以上の女性が選択肢に入りますよ。その招待状を送ってきたクラリスも』
クラリス先輩と結婚──魅力的な話だが実現性は低いと思う。
だってクラリス先輩と俺はこれまでまともに接点なかったんだぞ。
それにアトリー家だってクラリス先輩を俺に嫁がせるなんて認めてくれるわけがない。
アトリー家は代々大臣を務めてきた家系だ。身分上は結婚できてもやはり格が違いすぎる。
「いや、クラリス先輩はないだろ。そもそも1代で男爵から子爵とか流石に──」
準男爵でバルトファルト家の寄子になるはずが、仮とはいえ入学前から男爵の地位を与えられ、今や正式な男爵で宮廷階位は五位下、卒業したら五位上。
1代でこんな出世は聞いたことがない。
これ以上出世させることは流石にない──はずだ。
『どうでしょうか?マスターのその手の予想が当たったことは1度たりともありませんが?』
相棒が不吉なことを言う。
「言わないでくれよ。心配になるだろ」
せっかく功績を譲ってやったのに変な気を遣ってくれやがったブラッドにグレッグ、そしてなぜかアトリー家から推薦されて六位の壁を越えたばかりか、四位の壁まで見えてきた。
俺には──いや、それどころかルクシオンにすら──こうなることは全く予想できなかった。
同じようなことが今後二度とないかと言われると──不安になる。
二度あることは三度あるっていうくらいだし。
「まあいいや。とりあえず今はコイツを女子寮まで届けてくる」
俺は身支度をしてクラリス先輩の部屋がある女子寮に向かう。
クラリス先輩への返事を女子寮の職員に渡せば部屋まで届けてくれる。
◇◇◇
お茶会当日。
クラリス先輩が俺を呼んだ部屋は小さいが見晴らしのいいお洒落な部屋だった。
学園の建物にあるお茶会用の部屋の中でもかなりグレードが高い部屋だ。
ノックすると、返事が聞こえてクラリス先輩が出てきた。
「リオン君。来てくれたのね。ありがとう」
クラリス先輩は前とは見違えるような優しい表情でそう言った。
「え、えっと──その、先輩、随分見違えましたね」
どもってしまった。
でも仕方ないと思うんだ。ギャルとか不良みたいな格好でも似合うくらいだったクラリス先輩がちゃんとオシャレしてたら──アンジェといい勝負の美人さんだった。
アンジェと違って見慣れてないので緊張してしまう。
「ふふ。ありがとう。さ、座って。今お茶を淹れるから」
クラリス先輩が部屋の中央のテーブルを示した。
「お邪魔します」
今までマトモな女子がお茶会に来なかったこともあって招かれた側の作法が分からない。
リビアやアンジェを呼んだ時はフランクな感じだったし。
「そう畏まらないでいいわよ。2人だけだしね」
クラリス先輩がフォローする。
確かに部屋にはクラリス先輩と俺の2人だけ。取り巻きも専属使用人もいない。
「えっと?なぜ2人だけなんでしょう?使用人はどうしたんですか?」
俺は思わず質問する。
クラリス先輩はティーポットにお湯を注ぎながら答えた。
「──全員解雇したわ。貴方の言った通りにね。本来私にはあんなのは必要なかったの」
それは喜ばしい。他の女子も是非そうしてくれるとありがたい。
専属使用人共の舐め腐った態度にはつくづく腹が立っていたところだ。
「そうですか。それで、今日はどういった話で?」
「まあそう急かさないで。まずはティータイムを楽しみましょう」
クラリス先輩はそう言って優雅な仕草でポットに茶葉を入れ、お湯を素早く注いで蓋をし、脇に置いてあった砂時計を返す。
無駄のない洗練された動き。惚れ惚れする。
師匠が紳士ならクラリス先輩は淑女ってところか。
「お茶請けはどれがいいかしら?」
クラリス先輩がケーキスタンドの前に立つ。
並べられたお菓子はどれも美味しそうだ。迷ってしまう。
「──クラリス先輩のおすすめで」
結局日和った。
「それじゃこのレアチーズケーキをどうぞ」
クラリス先輩はナイフを手に取ると、真っ白な丸いチーズケーキを切り分けて皿に載せる。
なんてことだ。ケーキを切る姿まで優雅で華麗じゃないか!
学園の女子のこんな姿見たことないぞ!
「頃合いね」
クラリス先輩は銀製の茶漉しをセットしてカップにお茶を注ぐ。
(なっ!?)
またしても衝撃を受ける。
俺のお茶とは漂ってくる香りからして違う!
まさか師匠の教えを受けたのか?
嗚呼早く味わいたい!
「さあ、召し上がれ」
クラリス先輩のお許しが出たので俺は即座に一口飲む。
(すごい!)
俺の淹れたお茶より格段にハイレベルだ。
やはりお茶を始めたばかりの俺とは年季が違うってことか!
「いかが?」
クラリス先輩が得意そうな顔で感想を求めてくる。
「すごいです!緑残る干し草のような香ばしさとお香のような甘さが醸し出すハーモニーが絶妙です!」
仰々しいが、何のことはない。師匠が使っていた表現の受け売りを組み合わせただけ。
語彙力の無さがもどかしい!
「口に合ったようね。淹れた甲斐があるわ」
クラリス先輩が満足げに微笑む。
女神かこの人!
俺はしばし話そっちのけで夢中でお茶とお菓子を堪能した。
そんな俺をクラリス先輩は微笑みながら見つめていたが、俺が少し落ち着いたタイミングですかさず切り出した。
「リオン君、修学旅行の行き先はどこにするの?」
俺はその質問に思わずカップを持つ手が止まった。
問1:これまで大して接点がなかった女子の先輩からお茶会に招かれ、その席上で修学旅行の行き先を問われました。先輩の意図を読み取り、適切なリアクションを取りなさい。
俺はお茶とお菓子で緊張を解されて気が緩んだところでいきなりこの問題を出題された。
え?なんで?なんでクラリス先輩が俺の修学旅行先なんて知りたがるんだ?
これってまさか──俺と一緒の旅行先に行きたがってるってことか?
だとしたらどういうことだ?
俺に気があるのか?
そういえばクラリス先輩がひどく落ち込んでた時、メソメソ泣かれて面倒くさいことになってたので俺なりにフォローしたけど──まさかあれで?
いやいや待て待て早まるな俺。
大して美形でもない、正直だけが取り柄のモブの俺にクラリス先輩が惚れ込む要素なんてどこにある?
いや、でもこのお茶会に2人っきりってことは少なくとも俺に心を許してるってことだよな?
分からん!クラリス先輩の意図が分からん!
──顔に愛想笑いを貼り付けたままそんな思考をすること約2秒。
ルクシオンが俺にだけ聞こえるように言ってくる。
『ヘタレですね。マスター程度の頭では変に深読みをしても逆効果です。潔く真摯に向き合い、当たって砕けた方がよろしいかと』
この人工知能、俺のこと主人と思ってないだろ!てか砕けたら泣くぞ!
──いや、元々身分上釣り合わないから当たりもしないんだけどさ。
「スメラギ島ですけど」
とりあえずストレートに答えることにした。
南の方にある温暖な浮島で日本風な街並みと文化があるらしい。
「人気の高い所を選ぶわね。やっぱり夏祭り目当てかしら?」
クラリス先輩は更に質問してきた。
夏祭りとかやってたのか?今2学期で秋、もうすぐ冬だよな?
「夏祭りやってるんですか?夏はもう過ぎてますよね?」
「知らないで行こうとしていたの?季節が違うのよ。あっちは今が夏なの」
こっちが秋で向こうは夏、ねえ。
北半球と南半球で季節が逆、みたいなやつか?
乙女ゲー世界はよく分からない。
気候とかどうなってるんだか。
難しそうだから別に詳しく知りたいとは思わないけど。
「祭りですか──楽しそうですね」
嘘である。
この俺、開催されること自体知らなかったことからも分かる通り、夏祭りとやらに興味はほとんどない。
なのにそのスメラギ島に行きたがる本当の理由はステータスの成長率が劇的に向上するレアアイテムが手に入るからである。
ゲームでは最も効率的にキャラクターを育成する方法がそのレアアイテムを使うことだったので、是非とも1年生のうちに手に入れておきたい。でないとこの先の戦闘パートがキツくなる。
他の行き先でもレアアイテムは一応手に入るが、少々面倒なイベントを経なければいけない。
その点、スメラギ島はレアアイテムが比較的楽に手に入る。その代わり入手方法がガチャ同然だが、なんのことはない。買い占めれば良いのである。
だがそんなことを言ったら確実に頭が変だと思われる。
ついでに言うと抽選に漏れないように教師の買収を企てているなど──自分から見ても正直ドン引きする。
「ねえリオン君、ハッランドの収穫祭に興味はないかしら?」
クラリス先輩が唐突に別の目的地を提示してきた。
ハッランドといえば北方の農業地帯だ。
修学旅行の行き先の1つでもあるが、俺はさして気に留めていなかった。当然収穫祭のことも知らない。
「収穫祭、ですか?それってどういう?」
「今年の収穫を感謝する神事よ。醸造酒とご馳走で盛大に祝うの。見世物だってたくさんあるし、お酒と食事は美味しいしで毎年賑わうのよ。特に人気なのは──」
クラリス先輩が饒舌に収穫祭について説明してくれる。
──あれ?これってもしかしてあれか?ギャルゲーで見たことあるパターンだ。
この後分岐と好感度イベントが出てきて隠しキャラルートが始まって──
って何を考えているんだ俺は!いくら乙女ゲー世界とはいっても二次元とリアルをごっちゃにするなよ!
思い出せ!女性に優しいフワフワした設定の乙女ゲー世界が現実になるとどれだけ酷かったかを!
ゲームのような恋愛はできないと俺は知ってたはずだ。
クラリス先輩みたいな美人で身分も高くて聡明で優しい素敵な女性にお祭りデートに誘われるなんて展開、俺のようなモブには──
「それでね?リオン君さえよければ収穫祭、一緒に行かない?」
──まさか本当にあったとは。
再構築版クラリスルートの開始です。
ここから先はちょっと鬱展開になります──