目を覚ますと知らない天井が目に入った。
実家の所々傷んだ白塗りの天井ではなく、剥き出しの骨組みに丸太を連ねた原始的な住居の天井。
「うなされていたな」
地を這うような低い声がした。
傍に目をやると小柄な男が器で何かを混ぜながらこちらを見ている。
警戒心が一気に湧き起こる。
「アンタ誰?ここはどこなの?」
マリエの問いに男は淡々と答える。
「俺の小屋だ。俺のことは──ウルツとでも呼んでくれ。カーラックと間違えてお前さんを撃っちまったもんでな。運び込んで手当てした」
どうやら自分はこのウルツと名乗る男に誤射され、手当てのためにウルツの小屋に運ばれたらしい、とマリエは悟る。
見ると撃たれた腹には包帯が巻かれ、べっとりとした軟膏のようなものが塗られている。
身動ぎしようとすると痛みが走る。
「あまり動かん方がいい。銃で撃たれた傷は治るのも痛みが引くのも遅い。正直よく生きてるもんだ」
人を誤射で殺しかけておいての淡々とした物言いにマリエは腹が立つが、助けてくれたのは事実なようだった。
マリエは手を銃創に当てて治療魔法を使おうとしたが、魔法は発動しない。
(なんでよ!)
心の中で悪態を吐くが、どうにもならない。
「治療魔法を使う気か?やめておけ。その状態じゃ魔力も足りん」
ウルツはマリエの行動の意図を見抜いていた。
「なんで治療魔法のこと分かったの?」
マリエは視線だけ鋭く虚勢を張って問いかける。
「簡単なことだ。ドクコツバを触れば普通ならソーセージみたく膨れ上がって気が狂うような痛みが3日は続く。その程度の腫れ具合で済むなど──あり得ん。治療魔法でも使ったのでなければな」
ウルツはマリエの指先を顎で示して言った。
毒キノコを知らずにうっかり触ってしまって腫れ上がった右手の指先。
「そろそろ俺も聞きたいことがある」
ウルツは鋭い目でマリエを見据えて言った。
「お前さんみたいな年端も行かない幼女がなぜこんな森の中で1人でいた?連れはいないのか?」
「────」
マリエは答えない。
無理もない。誤射とはいえ自分を銃で撃って、詫びのひとつもない、おまけにマリエが希少な治療魔法を使える者だと見抜いているどこの馬の骨とも知れない男を相手にまともな受け答えをしろと言う方が酷である。
そんなマリエの内心を知ってか知らずか、ウルツはあっさりと引いた。
「話したくないなら無理にとは言わん。だが、話が出来なければ助けにもなれんぞ」
そう言い放ち、かき混ぜていた器に薬草のようなものを入れた。
再び撹拌を始めたウルツにマリエはボソリと言った。
「置いてかれたのよ。キノコ狩りに連れてこられて」
ウルツはかき混ぜる手を止めてマリエを凝視し──
「──そりゃ災難だったな。お前さんを連れてきて置き去りにしたやつはとんだ屑だな。顔が見てみたいものだ」
人を誤射しておいて詫びの一言もないお前も大概だけどな、という本音を呑み込む。
「──兄姉よ。いつも私をこき使って、言いがかりつけて虐めて──アンタの言う通りとんだ屑よ」
前世のお兄ちゃんとは大違いよ、と心の中で続ける。
「兄姉?彼らに疎まれているのか?」
「ええそうね──親も大概よ。勝手な都合で私を産んで、邪魔者扱いして八つ当たりして──」
気付けばマリエは饒舌になっていた。
転生してから屑家族への罵詈雑言や愚痴を聞いてくれる話し相手というのは今までにいなかった。
今までの愚痴と罵詈雑言を並べ立てるマリエをウルツは止めずに一頻り話を聞き続け──マリエが少し落ち着いたところで器でかき混ぜていたモノをマリエに寄越してきた。
「飲め。傷の治りが早くなる」
ドロドロにすり潰された薬草のスムージーのようなモノ──見るどころか、匂いだけで嫌悪感を催すそれをマリエは飲み込んだ。
苦さとエグ味とかすかにミントのような清涼感が混ざった名状し難い不味さにマリエは思わず顔を顰める。
吐きそうになるがなんとか堪え、一刻も早く喉元を過ぎさせるために一気飲みした。
「食え。テトラだ」
ウルツが別の器を差し出してきた。
中身は先程の気持ち悪いスムージーではなく、何かの肉と芋のような山菜が入ったスープだ。
美味しそうな匂いにお腹が鳴る。
マリエは木のスプーンですくって一口食べた。
(美味しい──)
なぜか涙が溢れてくる。
今世に生まれてから一番美味しく感じた。
家族が見栄を張って浪費するしわ寄せは普段の食事に行く。食材は領民から上納されるが、まともな料理人を雇えないラーファン家の食事は酷いものである。
やたらと豪華に仕上げた食堂の装飾を引っぺがして売れば少しは改善するだろうに、と思ったのは1度や2度ではない。
マリエは夢中でスープをかき込んだ。
ウルツはその様子を見てふっと微笑み、「おかわりならあるぞ」と言って鉄の鍋を持ってきた。
マリエはすぐに2杯目をよそった。
◇◇◇
翌日。
「無闇矢鱈にぶっかいても駄目だ。石がどうやって割れるか、観察しながらやるんだ」
ウルツがマリエの目の前でいとも簡単そうに石斧を作って見せる。
マリエは同じことをやろうとするが、なかなか上手くできなかった。
「石を割ればそこからなんだって作れる」というウルツから森で生き残り、食べ物を獲る方法を教わっているのだが、石器作りから悪戦苦闘している。
「狙ったところに当てようなんて考えるな。かえって狙いが外れる。狙うところから目を離さずに本能に任せるんだ」
(考えるな──スポーツと一緒よ)
マリエは何十個目かの石を手に取る。
石器の材料にする石も、その石を割るための石も、いくつも無駄にしてしまった。
もう沢山である。
右手で石を振り上げて、左手で持つ石に狙いをつけ、一気呵成にぶつける。
「できた!」
石はちょうどいい具合に割れていた。
「上々だな」
ウルツが拍手のひとつもなく淡々と褒めてくる。
本音を言えば手を叩いて頭を撫でて褒めちぎって欲しいところだが──
(まあ、似合わないわね)
ウルツはこんな淡々とした態度が似合っているのだと思える。
ウルツはお世辞にも美形とは言えないし、しばらく風呂にも入っていないのか髪は無造作に乱れててらてらしているし、体臭も少しキツい。
前世の記憶──とついでに感覚と価値観──を取り戻しているマリエにとっては正直「気持ち悪い」奴である。
「よし、次は木の皮で鍋を作るぞ」
「──え?」
マリエの目が点になった。
「──疲れた」
マリエはゴロンと地面に寝転がる。
ウルツの教育はスパルタだった。
木の皮を剥いで鍋を作り、魔法を使わずに木と植物の蔓で作った道具で火を起こし、水を煮沸し、弓矢と罠と防具を作り──。
今こうして仕留めたウサギを捌いて煮込みながら一休みしている。
(本当に──生きるだけで戦いね)
いっそのこと家に帰らないことも考えていた自分を嗤ってやりたい。
「生きる力は上がったと思うがな」
ウルツがマリエの内心を見透かしたように言った。
「お前さんは見たところ人間の集団の中で上手く立ち回る力はあるようだが、それだけじゃ弱っちいままだ。本当に強い奴ってのはな、生きる力が溢れてる奴だ」
ウルツはこれまでとは少し変わって饒舌だった。
「自分で見て、聞いて、考える。手に入れたいものがあれば自分の力で手に入れられる。そういう奴が生き残るんだ。どこでもな」
マリエは寝転がったままウルツの話すことに聞き入っていた。
「お前さんもそういう奴になれ」
「──そのお前さん、っていうのなんか嫌よ。マリエでいいわよ」
マリエはウルツに自分の名前を明かした。
「ではマリエ、お前はどうしたい?どう生きる?」
その問いはやけに重かった。
◇◇◇
「川を下って行けば帰れるんだな?」
ウルツが念押ししてくる。
「間違いないわ」
マリエは力強く頷く。
ウルツは森の地理をよく知っていた。
何をしているのかはよく分からないが、
今、マリエとウルツはラーファン子爵家の屋敷の近くを流れる小川──ボルツ川というらしい──を目指して森を進んでいる。
結局マリエは屋敷に戻ることに決めた。
やはり屋敷を出て暮らしていくことはできない。
それにマリエには考えている目標がある。
「この辺りは荒れているな」
ウルツが蔦が無数に絡まった木々を見て漏らした。
「荒れてるの?」
マリエは尋ねる。
「ああ。蔦が茂っていると木が弱る。やがてその木が枯れて腐ってうろができるとモンスターが棲みつく」
ウルツは「く」の字型に曲がった鉈──というよりククリ刀のような刃物を抜き出した。
肉厚の湾曲した刃がギラリと光り、マリエは思わず身が竦む。
「ククリは便利だぞ。生活に根ざした万能の刃物だ。硬い木の枝も幹も打ち払えるし、モンスターと渡り合うことだってできる」
ウルツは生い茂った蔦を切り裂き、道を開いていく。
不意にウルツが動きを止めた。
「マリエ──戦闘準備だ」
何が起こっているのか問う暇もなく、
ウルツブルグレーダーってカッコいい響きなので人の名前にしてみた
一番見たいストーリーはどれですか?
-
リビアが方言使う日常系
-
マリエの熊狩り
-
ユリウスと串焼きの出会い
-
ルーデとラウダの喧嘩
-
バンデル爺さんの哀しき過去