告知
クラリスルートは全24話構成になる予定です
「何が嘘よ!あんな女に誑かされて!私を捨ててまでそんなに欲しかったの?どうしてあの女なのよ?どうして──私じゃ駄目なのよ!?」
激情の波が、理性を乗り越え、今までどうしても言いたくなかった言葉が喉から飛び出した。
(なんてみっともないんだろう)
そんな風に思う自分がいることにも気付いている。
──惨めだ。
「貴女は駆け引きは得意でも恋は下手であらせられる」
占い師はそう言った。
「貴女は聡明かつ情に厚き素晴らしい気質の持ち主。されど、こと色恋沙汰に対しては大貴族令嬢としての域を出ること能わず。其が貴女の敗因」
「貴女は献身的に彼を支え、尽くした。然るにその行いが彼の重荷となった」
占い師の言葉は傷を抉る。
だが、婚約者を奪われた実例がある故に反論できない。
それでも──理不尽と感じるのは仕方がない。
「私は!ただ、彼に喜んで欲しかっただけなのに──」
「つまるところ貴女は彼に貢いでいた。人は己に貢ぐ者を恋うることはない。されど己をして貢がせる者に心奪われ、これを追い求む。此れ恋の心の妙也」
「貴女は──彼に追い求められたことがお有りか?」
最後の問いかけで雷に打たれたような衝撃が走った。
◇◇◇
開会式が終わって自由時間になり、俺たちは出店を冷やかしながら広い会場を歩く。
「お、学園の貴族様ですな?1杯いかがです?この黒ビールは──」
「ジビエのアヒージョはいかがですか!」
「是非是非!うちのスペアリブは絶品ですよ!」
貴族相手でもバンバン声がけしてくる店主の親仁連中の商魂には脱帽である。
「あら、美味しそうね。頂こうかしら」
クラリス先輩がスペアリブに興味を持ったようだ。
「お、ありがとうございます!ついでにこちらの黄金ビールもいかがですか?スペアリブにはよく合いますよ」
「じゃあそれも頂くわ。2人分、お願いね」
「はい喜んでー!席に座ってお待ち下さい。ロイ、貴族様方を席にご案内しろ!」
またそのフレーズか。収穫祭では承る時に「はい喜んでー!」という決まりかしきたりでもあるのか?
「貴族様、こちらの席にどうぞ」
ロイと呼ばれた店員の青年が空いた席に案内してくれる。
クラリス先輩のために椅子を引いてあげていた。俺より気が利くやつである。後でチップをやっておこう。
「ありがとう」
ミニテーブルに向かい合って座ると、木製のサービングプレートに載った骨付き肉と金色のビールの入ったジョッキが2つ、運ばれてくる。
運んできたのは恰幅の良い髭面の親仁──店主である。
「お待たせしました!当店自慢のスペアリブと黄金ビールでございます!」
「おお──」
「美味しそうね──」
こんがりと焼けたあばら肉が湯気を上げているのを見て思わず生唾を呑み込む。
「え、えっと、それじゃ、乾杯しましょうか」
「そうね」
ジョッキを手に持つ。
それを見た店主の親仁がニコニコしながら問いかけてきた。
「失礼ながら貴族様方、お2人はお付き合いしていらっしゃるので?」
俺はビールのジョッキを持つ手が止まる。
そして気付いた。店中から初々しい学生カップルを祝福する生暖かい目線が俺たちに注がれていることに。
「ふふふ、ご想像にお任せするわ。でもこうして2人っきりで収穫祭を回っている、ということは、ね?」
ちょっとクラリス先輩!?それってどういう意味で言ったんですか?
内心狼狽する俺をよそにクラリス先輩は悪戯っぽい微笑みを浮かべている。
「おや、青春ですな。よおし皆の衆!若いお2人の将来に乾杯だ!」
「「「「「おう!」」」」」
店主の親仁が音頭を取り、周囲の客たちが一斉にジョッキを掲げた。
俺はかなり気恥ずかしいが、クラリス先輩は嬉しそうな表情で俺とジョッキをぶつける。
「乾杯♪」「──乾杯」
スペアリブと黄金ビールは確かに絶品だったが、俺はクラリス先輩の先程の発言でどこか心ここに在らずだった。
デザートは別腹、というのは貴族令嬢でも同じなようだ。
クラリス先輩の希望で俺たちは神聖魔法帝国風の焼菓子「シュトルーデル」を売っている店に向かった。
毎年出店している有名店で、おやつ時に開店するらしい。
その人気は絶大で、1日目で全て売り切れてしまうほどなんだとか。
シュトルーデルは、紙みたいに薄い生地に林檎やらナッツやらレーズンを散りばめて、ロール状に丸めたのを焼いたお菓子で、「渦」と言う意味があるそうだ。
クラリス先輩は蜂蜜がけ、俺は生クリーム添えを注文した。
「うーん、美味しいわね!」
クラリス先輩が幸せそうに目を細める。
確かにこれはすごく美味しい。
外側はサクサクパリパリしてて、フィリングに近くなるととろけるようで──帰ったらお茶会に出してみようか。
「ねえ、少し交換しない?」
クラリス先輩が生クリーム添えを味わいたがっているようだ。
あーん、などというカップルめいたことはしない。普通にナイフで端っこを切って、相手にフォークで取らせる。
「うん、生クリーム添えは柔らかな味わいね。蜂蜜がけはどうかしら?」
「甘いです。とっても」
──この世界もこのお菓子のように甘く優しくあってくれないものか。
「あら、リオン君。頬にクリームついてるわよ」
クラリス先輩が手を伸ばして指先で俺の頬を拭う。
ここまではいい。ドキッとしたが、お礼を言って終わりだっただろう。
だが問題はその後。クラリス先輩は拭い取ったクリームをそのまま口に運んで舐め取ったのだ。
前世でもされたことがないものだから思わず顔が紅潮する。耳が熱い。
今の俺は耳が茹でダコみたいになってるだろう。
「え?あ、あの先輩?」
「どうかしたの?」
なんでこの人はこんななんでもない風なんだよ!
いや待てよ。耳が熱くなって気付いた。
クラリス先輩、顔は涼しげだけど耳が妙に赤い。ってことは意識してはいるのか。
やっぱりクラリス先輩の真意が分からない。
◇◇◇
夕方。
「沢山食べたわね」
「そうですね。もう食べられないです」
「ホテルに戻って少し休みましょうか」
腹が膨れた俺たちは会場を出てホテルに戻るために歩いていた。
「──乗り合い馬車はもう混んでいるわね」
乗り合い馬車、といっても修学旅行中の学園生専用に用意された豪奢なものである。
一般向けとはまるで違うが、学園生の数も多いのでやはり混む。
「空くまで待ちますか?」
「そうね。でもここにいたら──」
「あ、お嬢様!」
言い終わらないうちに聞こえてきた女子生徒の声にクラリス先輩が反応した。
「リオン君、走るわよ」
俺の返事も待たずにクラリス先輩は俺の手を取って走り出す。
そのまま俺たちは未だに賑わう収穫祭会場へと逆戻りする。
「「「「待ってくださいお嬢様ぁ!」」」」
ええー何この状況。なんで俺は美人な先輩の手を握って先輩の取り巻きから逃げ回ってるんだ?てか腹が痛い。このまま疾走してたらリバースしかねない。
──なんで俺がこんな目に!クラリス先輩からデートに誘われて、断れないからお受けしただけなのに!
すぐにでもルクシオンを呼び出したいが、そうするとあいつの存在がバレる。
──どうしろってんだあ!
「お嬢様!」
不意に追ってくる取り巻きとは違う、太い声が聞こえた。
見るとエアバイクレースで鎬を削ったあの首の太い3年生の先輩がエアバイクで降りてくるところだった。
会場にはエアバイク乗り入れ禁止じゃなかったか?
「エリオット!?」
クラリス先輩が驚いた表情をする。
エリオットと呼ばれた先輩は素早くエアバイクを降りてクラリス先輩と俺を手招きした。
「お嬢様、これを使ってください!」
エアバイクは2人乗りのようだ。
「でも先輩は──」
「俺のことはいい!行けバルトファルト!早く!」
エリオット先輩──犠牲は決して忘れません!
俺はクラリス先輩を後席に乗せてエアバイクのエンジンをふかす。
クラリス先輩を追ってきた取り巻き連中と騒ぎを聞きつけてやって来た警備員たち、そして俺たちを逃がすために地上に残ったエリオット先輩を後目に俺たちは空へ舞い上がった。
「危機一髪だったわね」
クラリス先輩がどこか楽しげに言う。
それより俺には1つ疑問がある。
「エリオット先輩、でしたか?ナイスすぎるタイミングでしたね」
冷静になってみれば、なんであのタイミングでエアバイクが助けに来るんだか。
「尾けてたみたいね。本当に心配性なんだから」
どうやらずっと俺たちは尾けられていて、クラリス先輩の危機を察知したらすぐに取り巻き男子たちが助けに来られるようになっていたらしい。
──何それなんか怖い。
「あ、花火が上がるわよ!」
クラリス先輩がそう言った直後、大きな爆音と共に無数の色鮮やかな火の花が夕闇の空に咲く。
前世で見た花火と同じものもあれば魔法を使っているらしいものもある。
アニメーションみたいに動く花火なんて、前世では映画でしか見たことなかった。
「花火を横から見るのって新鮮ね」
クラリス先輩が言った。
上がっている花火はエアバイクとほぼ同じ高度だ。打ち上げ花火を横から見るのは前世を含めても初めてだ。
周囲には花火を横から見るための飛行船が浮かんでいるので、邪魔にならないよう、移動する。
クラリス先輩は俺の背中に抱きついたまま次々に上がる花火を眺めていたが、不意に顔を寄せて耳打ちしてきた。
「ね、後で2人でプールに行かない?」
耳がくすぐったい。
てかこの人2人でプールって言ったか!?
「え?2人でプール、ですか?」
プールと言ったら──水着。
クラリス先輩の、水着。
正直、すごく見たい。クラリス先輩スタイル良いし。
クラリス先輩はその欲望を見透かしたらしい。
「私の水着、見たくない?」
なにこの肉食系女子。
エアバイクレースの後は元の優等生っぽい感じに戻ったとばかり思っていた。
全然戻ってないじゃないか!
俺ってやっぱり狙われてるの?なんで?
思考がこんがらがって頭に疑問符をいくつも浮かべていると──
「11時にホテルのプールにいらっしゃい」
クラリス先輩はそう囁いた。
◇◇◇
夜11時。
俺は誘惑に負けて水着を買い、ホテルのプールに来ていた。
すっかり夜になり、人気はない。
消灯時間になり、学園生たちはそれぞれの部屋に戻っているのだ。
プールの照明も落とされ、水中の色付き照明だけが幻想的に光っている。
前世のネットでだけ見た「ナイトプール」に似た雰囲気だ。
「なんだか世界中に2人だけみたいね」
振り返るとクラリス先輩がいた。
青と白のパレオが橙色の髪と白い肌に映える。所々に入った赤いラインがいいアクセントだ。
要するに何が言いたいかというと──
「先輩、すごく綺麗ですね」
つい口を突いて本音が飛び出す。
「ありがとう。選んだ甲斐があったわ。さあ、泳ぎましょう?」
クラリス先輩と、消灯時間過ぎに、2人っきりでナイトプール。
なんだこのシチュエーションは。イケないコトしてる感が半端ない。
ちなみに本来この時間は閉まっているのだが、クラリス先輩が支配人を買収したらしい。
──クラリス先輩って見かけより腹黒だな。
「──まずは準備体操ですよ」
せめてもの抵抗。
クラリス先輩のペースに乗せられると何か取り返しのつかないことになる気がする。
そう思った俺だが、直後に逆効果だったことに気付く。
「そうね。じゃストレッチしましょう。脚を開いて──」
なんてことだ!
パレオで隠れていたクラリス先輩の太ももとか胸の谷間とかが見えてくるじゃないか!
視線が釘付けになる。もう本能だから制御できるようなものじゃない。
近くに出すとこ出してたわわになってる生足魅惑のマーメイドがいたら自動的にロックオンするのが男である。
クラリス先輩は気付いていないのか、それともわざと見せつけているのか、のびのびと身体の各所を伸ばし、「お先に!」とプールに飛び込んだ。
俺より泳ぎは上手いらしく、優雅に平泳ぎしてどんどん進んでいく。
「リオン君も早く!気持ちいいわよ」
振り返って呼んでくる。
俺は手足と関節を急いでほぐして水に飛び込んだ。
確かに温水プールで肌寒い夜に泳いでも気持ちいい。
クラリス先輩は俺の近くに寄ってくると──
「えい!」
水を掛けてきた。
「わっ!」
思わず目を瞑る。
「ふふ。こういうの一度やってみたかったの」
「やりましたね」
俺も反撃する。
両手の指を絡ませて、掌の間にたまった水を圧力で発射。前世から覚えている簡単な水鉄砲だ。
「ひゃっ!ね、それどうやるの?」
「見て覚えてください!」
「こ、こうかしら!?」
クラリス先輩が見様見真似で水鉄砲を飛ばして来る。
──楽しい。これじゃ本当にカップルみたいだ。
しばらく水鉄砲を撃ち合ったり、泳ぎで競争したり、浮き輪に乗って流されたりした。
リビアやアンジェともしたことない遊びをして、楽しい時間を過ごした。
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに──そんなことを思った。
◇◇◇
翌日。
収穫祭2日目にして修学旅行最後の1日。
その日も、俺はクラリス先輩と回る約束をしていたが、果たすことはできなかった。
『マスター!緊急事態です。ファンオース公国がホルファート王国に対し、宣戦布告しました』
どうやらこの世界は俺に平穏無事なモブライフも、キャッキャうふふなリア充タイムも送らせてくれる気はないらしい。
@修学旅行前
エリオット( `Д´ )「お嬢様が楽しみにしておられるデートだ。何が何でも成功させるぞ!」
取り巻き(男子) w(゚ロ゚;w(゚ロ゚)w;゚ロ゚)w「おおーっ!!」
@スペアリブの店
エリオット( ゜〇゚;)「な、何だ!?店総出でお嬢様に乾杯だと!?」
取り巻きA (;・`д・´)「お、俺たちもやるべきでしょうか?」
エリオット(#゜Д゜)「馬鹿!俺たちは陰から見守るのが役目だ!」
@シュトルーデルの店
エリオット( ゚д゚ )「んなっ!?お嬢様!?バルトファルトの顔に付いてたクリームを⋯⋯」
取り巻きB (;´Д`)「くっ!バルトファルトめ!」
@乗り合い馬車
エリオット(`゜Д゜´//)「お嬢様が追われている!?だがこんなこともあろうかと──」
取り巻きC(;゜д゜)「ちょ、先輩!エアバイクは──」
エリオット(#゜Д゜)「お嬢様の危機だ!」
取り巻きC(;゜д゜)「──行っちゃった」