強い衝撃と鋭い痛みで我に帰る。
『マスター!この船はもう沈みます!直ちに脱出を』
センサーアイに電撃を纏ったルクシオンがまくし立てている。
さっきの痛みはこいつなりのショック療法だったらしい。
ふらつく足で立ち上がり、アロガンツのコックピットに乗り込む。
アロガンツは自動操縦で浮かび上がる。
既にパルトナーからいくつも小型艇が飛んできて生存者を拾い上げている。
理不尽なものだ。世界を危機から救うはずのリビアは牢屋に閉じ込められたまま溺れて意識不明の重態になって、なんの役にも立たなかったらしい──そしてこれからもゴマをするだけの役立たずな──臆病で卑怯な似非貴族共が助かっている。
皮肉なことに、こみ上げてくる怒りが俺を放心状態から引っ張り出した。
いっそ見捨ててやろうかと思ったが、やはりできなかった。
アンジェが自分1人で公国に投降してまで守ってやろうとした連中だ。ここで見捨てたらそれこそアンジェが報われない。
「あいつらを収容したらアンジェの救出に向かわないとな。できるだけ急いでくれ」
『了解です』
操縦席の背もたれに寄りかかる俺だが、ルクシオンがまた新たな報せを持ってきた。
『マスター。4キロほど離れた海域に鎧を確認しました。撃墜されているようです』
「あの船に積んであったやつか?」
『不明です』
つまり行って確かめるしかないってか。
──まあいい。ここで似非貴族共が救助されているところを見て胸糞悪い思いをするよりマシだろう。
俺は身体を起こし、操縦桿を握った。
「お前は──」
沈みかけていた鎧の胸元をこじ開けた俺は絶句した。
搭乗者は青髪の駄眼鏡、じゃなかった、剣豪のクリス──【クリス・フィア・アークライト】だった。
飛び散った破片が身体のあちこちに突き刺さって出血しているがまだ息はある。
どうやらこいつは客船を守ろうとたった1人で鎧に乗って戦ったらしい。
──馬鹿だろ。なんで艦隊と無数のモンスターを相手に鎧1つで立ち向かうなんて発想が出てくるんだよ。
アンジェといい、クリスといい──なんでそう自分1人を犠牲にするんだよ。
そんなのちっともカッコよくもなんともない、ただ──ただ悲劇的なだけじゃないか。
心の中で悪態を吐きながらも俺は涙腺が緩んでいた。
剣の修行に全てを捧げ、殺し合いである決闘をお上品な試合と勘違いし、散々不幸自慢と謙遜を装った剣術自慢をしてきた駄眼鏡にこんな気概があったなんて──助けてやりたいって思ってしまうじゃないか。
鎧の胸元を閉め、アロガンツに戻ると鎧ごと持ち上げる。
そのまま俺はパルトナーへ向かって飛んだ。
◇◇◇
「ん──はっ、ここは!?え、バルトファルト!?」
パルトナーの一室で目を覚ましたクリスは俺を見て目を見開いた。
「随分男前になったじゃないか剣豪様」
皮肉混じりに挨拶してやるとクリスは自分の頬をつねった。
「──幻を見ているわけではないようだな」
「現実だ。撃墜されて海に浮かんでたお前を俺が拾った。泣いて感謝していいぞ」
「助けられたことには感謝するが──なぜお前がここに?待て、ほかの皆はどうした?船は?無事なのか?」
クリスは思い出したように学園生たちの心配をする。
「残念だが俺が来た時には船は沈みかけて、モンスターの群れに囲まれていた。人数は分からないが──だいぶ犠牲が出たみたいだ。でも生き残った連中は救助してこの船に収容してる」
「そうか──」
クリスは目を閉じた。
祈りのような仕草をする。犠牲になった人たちへの祈りだろうか。
祈りの仕草が終わると俺は気になっていたことを質問する。
「それよりお前に聞きたいことがある。襲撃されたとき何があったんだ?公国の連中は何と言っていた?」
こいつの証言から何か手掛かりが得られるかもしれない。
なぜ公国がこのタイミングで王国に攻めてきたのか、なぜ豪華客船を襲ったのか──その手掛かりが。
クリスは俯き、難しい顔をして話し始める。
「スメラギ島が見えなくなって程なくしてモンスターの大群が現れた。その後公国の艦隊が現れて──奴らがモンスターを従えていた」
おそらくモンスターを操る「魔笛」の効果だろう。
だが、俺が知っている効果はラスボスの召喚で、モンスターの大群を操れるなんて知らなかった。
「そして──ああそうだ。敵旗艦と思しき飛行船から映像でヘルトルーデ王女が宣戦を布告してきた。その後使者がやって来た。そいつは最初こう言ったんだ。男爵家以上の者は捕虜として扱う、それ以外の者は必要ないと。だが──」
クリスは話を区切り、右手で顔を覆う。
俺はクリスが再開するまで考え込んでいた。
ヘルトルーデ、か。あの乙女ゲーのラスボスだ。正確にはラスボスを召喚する者。
ゲームでは旗印として公国軍の陣頭に立ち、王国軍との決戦でラスボスを召喚していた。
その彼女が率いていた公国艦隊が客船を襲った目的は──男爵家以上の者は捕虜として扱う、という発言から推測するに、貴族子女を人質に取って王国との交渉材料にすること。
だとしてもなぜピンポイントで学園生の乗った客船を襲った?いや、
クリスが話を再開し、俺の思索は中断する。
「アンジェリカが名乗り出た。人質は自分1人で十分、他の者たちは見逃せと。それで単身交渉に向かった。私には──何もできなかった。情けない限りだ」
再び怒りが沸いてきた。
「──そうかよ。誰も反対しなかったのか?」
「できたと思うか?公爵令嬢の判断に異を唱えられる者など──お前くらいなものだぞ。増してあの状況で、アンジェリカの身柄と引き換えに命が助かるかもしれないという希望を持っていた者も大勢いた。普通クラスの者たちだ。彼らに諦めて死ねと言うことなど──」
──命の天秤、か。
大勢の無能な似非貴族&舐め腐った亜人奴隷とアンジェ──どちらかしか助けられないなら、俺は迷わずアンジェを助けるが、そう考えるのは俺だけだということか。
「──声を上げたのは特待生だけだった。その特待生は──女子生徒の一人と喧嘩して投獄されたよ」
──そうか。そういうことか。
たぶんアンジェはリビアを助けるために1人投降したのだろう。
そしてリビアの方は──アンジェを差し出せば助かるかもしれないという誘惑に屈しなかった。
──本当にやりきれない話だ。リビアと他の大勢の命を救うために1人勇気を出したアンジェに俺は何と言えばいい?
客船は撃沈され、大勢の犠牲が出て──一番守りたかったはずのリビアは今意識不明の重態。
──いや、今考えても仕方ないか。
「でも結局──」
「そうだ。公国の奴らは私たちを攻撃した。人質はアンジェリカ1人で十分、貴族らしく散ってみせろと。私は鎧で突破を試みたが──このザマだ。私に話せるのはここまでだ」
クリスは再び俯いた。
俺は溜息をひとつ吐いて部屋を出る。
「バルトファルト──」
背中越しにクリスが声を掛けてきた。
「お前──アンジェリカを助けに行くつもりか?」
俺は答えずにドアを閉めた。
部屋を出た俺はブリッジに向かう。
クリスの証言からは大した情報は得られなかったが、何のことはない。
「ルクシオン、王国軍は動いてるか?」
『お待ちを──捉えました。フィールド領及び王都から艦隊が出動しています』
「よし、その艦隊と交信できるか?」
ルクシオンが光学迷彩を解除して右肩辺りに出現して言った。
『理由をお聞きしても?アンジェリカの救出、公国軍の制圧共にアロガンツとパルトナーだけで可能ですが?』
「アンジェの救出はもちろん俺がやる。でも公国の艦隊とモンスターの相手まで俺たちだけでやると後々面倒なことになりかねない。ここは共闘した方が得策だと思う」
ルクシオンは少しの間レンズを動かし、考えるような仕草をする。
『──了解です』
どうやら納得してくれたようだ。
「公国艦隊は捉えてるな?」
『偵察機が追跡中です。本体を攻撃しようとしていましたが、見失い、本来の針路に戻っています。王国艦隊との接敵まであと1時間弱と予想されます』
「よし。こっちはどれくらいで追いつける?」
『10分以内には』
「よし。王国艦隊と通信を繋いでくれ」
『直ちに』
ルクシオンがこちらに向かって来ているという王国軍艦隊に通信を繋ぐ。
「交信成功しました。音声通話が可能です」
通信機の受話器を手に取る。
ザザザ、というノイズの後に男性の声が聞こえて来た。
『軍用周波だぞ。何者か?』
訝しむような声。まあ無理もないか。
「ホルファート王国籍、飛行船パルトナー。現在公国艦隊を追跡中です」
『──操艦責任者は誰か?』
「ホルファート王国学園1年生、リオン・フォウ・バルトファルトです」
『学生?ふざけるのも大概に──は?ハッ!直ちに!』
向こうの通信士が何か慌てたような返事をすると、見知った声が聞こえて来た。
『フィールド艦隊司令、【アーヴィング・フォウ・フィールド】だ。君はあのリオン・フォウ・バルトファルト男爵か?』
ブラッドとグレッグの廃嫡を取り消させる工作をやった時に顔を合わせたブラッドのパパさんだ。
「そうです。こちらで公国艦隊を捕捉しています。応援をお願いしたく」
丁寧にお願いする。
『その声、やはり君か。だが、君は修学旅行中ではなかったのかね?」
「公国艦隊の襲撃を受けたとの通信を傍受しまして。パルトナーを出して救助に向かった次第です」
通信を傍受したのはルクシオンだがそれは内緒だ。
『── その話が本当なら君の船は随分速いと見えるね。おまけに君自身も耳が良いようだ。──まあ良い。救助に向かったと言ったね。生存者を収容しているのか?』
「はい」
『よし、ご苦労だった。公国艦隊の相手は我々がする。君は救助した生存者を王国に送り届けるんだ。いいね?』
アーヴィングさんは自分たちだけで公国の艦隊を相手取るつもりのようだ。
だが俺は言われた通りにするつもりはない。
「承りかねます!」
『何?』
明確な拒絶にアーヴィングさんは驚いた声を上げる。
「救助した生存者の1人、クリス・フィア・アークライトの証言によると、レッドグレイブ公爵家のアンジェリカさんが公国の人質になっています。自分はこれから彼女の救出に向かいます」
『何と!正気かね?やめておきなさい!君だけではどうにもなるまい?そもそもどうやって救出するつもりかね?』
「アロガンツを使います。アロガンツで殴り込みをかけます」
『君の鎧か?強力だとは聞いているが1機だけでは無理だろう。ここは我々から部隊を編成するから──』
「いいえ結構です。むしろ俺1人の方がいい。公国艦隊の現在位置と針路、速力の情報を送りますので応援よろしく!」
『おい、君!待ちた──』
アーヴィングさんが言い終わる前に俺は通信を切った。
「ルクシオン、公国艦隊の情報を送信しろ」
『送信します』
合図するとルクシオンが情報を送信した。
「まあ、後でお咎めがあるだろうけどアンジェを救出できれば文句ないだろ。ルクシオン、アロガンツの準備は?」
『補給・点検共に完了しています。出撃は30分後が良いかと』
随分間を置くな。一刻も早くアンジェを助けに行きたいのだが。
「王国艦隊とタイミングが合わないか?」
『はい』
──アンジェにはもう少しだけ待っていて貰わないといけないな。
◇◇◇
公国艦隊。
アンジェは旗艦の一室に監禁されていた。
椅子に力なく座り込み、その表情は酷くやつれている。
「私の投降で見逃すはずでは?」
「面白いことを言うのね、アンジェリカ。ゲラットは1度でも見逃すなんて言ったかしら?──私は思うの。人質は貴女1人で十分じゃないかしら?」
ヘルトルーデの言葉にアンジェは愕然とした。
「何だと!?男爵家以上の子弟だぞ!人質に取らずに殺すつもりか!」
騒ぐアンジェに公国の騎士たちが剣を向ける。
ヘルトルーデは淡々と言い放った。
「貴女が連れ去られた時抵抗しようとしたのは1人だけだったそうね。なんて薄情で気骨がない者たちなのかしら。貴族に相応しいとはとても思えないわね」
「何を言っている──」
「貴女にはこれから全てを見せてあげるわ。ここから王国が滅ぶさまを、ね」
この会話の1時間後、公国艦隊の砲撃が始まった。
個人単位での小規模な抵抗もあったが、焼け石に水。客船はたちまちシールドを貫かれ、ボロボロになって海に落ちていった。
落ちた船にモンスターが群がり、学園生や船員が大勢抵抗虚しく喰われていった。
アンジェはその光景を見てヘルトルーデを怒鳴りつけた。
「この人でなしが!貴様こそ貴族に相応しくなどない!卑劣な殺戮者だ!」
荒れ狂ったアンジェは公国の騎士たちに取り押さえられ、監禁された。
(こんなことになるとは──私は何もしない方がよかったのか?)
その問いに答える者はいない。
浮かぶのは最後に見たリビアの顔。
「アンジェ!行かないで──」
アンジェが公国の使者と共にボートに乗り込む直前、リビアはそう言った。
誰かの専属使用人に取り押さえられて悲痛な表情で。
そのリビアは今頃海に沈んだか、モンスターに喰われたか──
「すまない──リビア」
たった1人、自分を案じて引き留めようとしてくれた友人を思い、アンジェは涙を流す。
◇◇◇
格納庫に待機させていたアロガンツの前で出撃のタイミングを待っていると、ルクシオンが報告してきた。
『マスター。収容した生存者の一部がブリッジ前で騒いでいます。マスターを出せと』
「放っておけよそんなの」
『よろしいのですか?周囲を扇動し、許容範囲を超える騒乱行為を起こした場合、
──仕方ないな。
ブリッジ。
俺を呼びつけたのは3年生の女子だった。
毛先がドリルになった巻き髪で、気が強そうな顔立ちも相まって女王様に見える。
「貴方、どういうつもりかしら?」
開口一番、上から目線な台詞を吐いてきた。
怒りが再燃し、俺は思わず口調が荒くなる。
「助けて貰ったくせに随分態度がでかいじゃないか。そっちこそ名前と用件を先に言ったらどうなんだ?」
「私を知らないと言うの?私は【ディアドリー・フォウ・ローズブレイド】よ。ローズブレイド伯爵家の娘!」
ディアドリーと名乗った女子は苛立ちを見せる。
「知らねえな。ルーズブレイドだかローズマリーだか知らんが、所詮臆病で卑怯な似非貴族の1人だろうが」
「なっ!何ですって?」
顔を真っ赤にするディアドリー先輩。
だがここで罵り合っても始まらないので俺は話を戻す。
「それより用件は何だ?俺も暇じゃないんだが?」
「ッ!貴方、どこに向かうつもり?剣豪に聞いたわよ。アンジェリカの救出に向かうつもりかしら?」
──チッ。あの駄眼鏡め。思ったより口の軽いやつだ。
「だとしたらどうだって言うんだ?」
「正気!?私たちを乗せたままこの船で公国の軍勢と戦うなんて問題外よ。まず私たちを安全な場所まで送り届けるのが先でしょう!?」
──ふざけるなよ。アーヴィングさんみたく第三者から言われるならともかく、アンジェを見捨てておめおめと生きて帰ろうとした奴に言われたくはない。
「嫌なら船を下りろ。泳いで帰ればいい。出来るもんならな」
「何を言って──」
そうだ。いいこと思いついた。
俺は艦内放送用のマイクを手に取ってオープン回線にした。
これで艦内全ての場所に俺の声が届く。
俺は深呼吸すると声を張り上げる。
「全員、耳をほじってよく聞け!俺はこの船の所有者、リオン・フォウ・バルトファルトだ!この船はこれから公国の手に落ちたアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブを奪還するため、公国艦隊を追う!」