既に空は暗くなり、夕焼けが夜の闇に押されている。
俺はパルトナーのブリッジでその景色を横目に到着した王国艦隊と交信していた。
『バルトファルト男爵。君は自分が何をしたか分かっているのかね!?』
ブラッドのパパさん──【アーヴィング・フォウ・フィールド】辺境伯が俺を非難する。
「分かっているも何も、最善だと思う選択をしただけです。みんなの同意も得ていますし。お陰でアンジェリカさんを無事奪還できました。しかも死傷者は出ていません。結果オーライじゃないですか」
ブリッジで王国艦隊と交信する俺は、それだけ言ってアンジェに受話器を渡した。
受話器を受け取る時、アンジェは呆れた顔をしていた。
アンジェがアーヴィングさんと話しているのを傍目に、窓の外を見ると、さっきまでパルトナーと派手に撃ち合っていた公国艦隊が逃げに入っている。
どうやら旗艦と浮島を改造した大型艦──輸送船か補給船だろうか?──に合流した後、夜陰に紛れて逃げるつもりのようだが、そうは問屋が卸さない。
甲板で戦っていた学園生や豪華客船の船員たちに船内に入るようアナウンスを出した後、パルトナーを転舵させ、追撃態勢に入る。
王国艦隊も追撃を行うようだ。
転舵が完了すると、パルトナーは王国艦隊と併走する形になる。
『──まあ良い。バルトファルト男爵の査問は帰ってから行うとしよう。誠に情けない話だが、どうかしばし我々と肩を並べてくれ。正直心許ない戦力でね」
「感謝します。フィールド殿。我らに武運のあらんことを」
交信が終わったようだ。
暗くなった空に照明弾が打ち上げられる。
王国の艦隊から多数の鎧が飛び出してくるのが見えた。
彼らが放った魔法攻撃で立ち塞がるモンスターは一掃され、発生した黒い煙が無数の雲を形作ったかと思えば、すぐに消えていく。
公国の艦隊からも鎧が飛び出し、空中戦が始まる。
見たところでは王国側が優勢のようで、落ちていくのは殿軍を務める公国の鎧が多い。
アンジェが受話器を置き、俺に話しかけてくる。
「リオン、フィールド艦隊との共同交戦許可は取り付けた。この船はまだ行けるか?」
「当たり前だ。楽しいパーティーを一抜けするかよ」
サムズアップすると、アンジェは少し笑顔を戻した。
窓の外でパルトナーの主砲が火を噴く。
最後尾の公国艦のシールドが消滅し、丸裸になった公国艦に王国の鎧が次々にライフルや魔法を撃ち込む。
エンジンと方向舵を破壊されて脱落する公国艦に王国艦隊が砲撃でトドメを刺す。
船体の至る所から炎と煙を吐きながら墜ちていく公国艦。
乗客が15乃至18歳のガキばかりの民間船を襲って、アンジェを人質に取って、結局沈めた上、生存者をモンスターに喰わせ、リビアを溺死同然の状態に追い込んだ敵が──圧倒的な戦力で叩きのめされている。
嗚呼なんて────惨いのだろうか。
舐め腐った亜人奴隷共を叩きのめした時とは訳が違う。
懸命に防戦しながら逃げる公国艦隊を王国艦隊と一緒になってリンチしても、溜飲は下がらない。
命を奪り合う戦いは、ゲームと違って爽快感も高揚感も──元々あの乙女ゲーの戦闘パートにそんなのは期待できなかったが──全くない。
決して短くない人生で苦労に耐えて力をつけて、何かしら積み上げてきて、国に残してきた家族がいて──そんな人たちが次々に、笑ってしまうくらい呆気なく死んでいく。
映像で見たら大興奮必至のスペクタクルも、現実になるとこうも惨いものだ。
せめてもの救いは今のところ俺自身の手で相手を殺さずに済んでいることくらいか。
「そういえばリ──」
「さてと、俺はやることがあるから。アンジェはここにいて」
言いかけたアンジェを遮り、俺はブリッジを出る。
──たぶんさっき言いかけてたのはリビアのことだろう。
リビアはパルトナーにはいない。本体の医務室に運ばれて治療を受けているはずだ。
「ルクシオン、リビアはどうだ?」
小声で確認を取る。
『心拍と自発呼吸は回復しましたが意識は戻っていません。植物状態です』
俺はまた目眩がしそうになるのをなんとか堪えた。
リビアがこのまま意識を取り戻さなかったら、ラスボスを召喚された時に打つ手がないではないか。
やはり──やらなければいけないようだ。
「ルクシオン、アロガンツは?」
『武器弾薬の補給は完了していますが──足止めに用いたドローンは全滅しています。予備機を搭載していますが、今少し時間が必要です』
「ドローンは今積んである分だけでいい。すぐに出撃するぞ。今度はヘルトルーデと魔笛を確保する」
『ですがマスター、自ら危険を冒す必要は──』
「いいから!それで戦争が回避できるならやるしかない!」
『王女と、魔笛──それを奪えば公国が王国への侵攻を止めると?』
「ああ、それさえ奪えば公国は王国に勝てなくなる」
俺は格納庫へと走りながら、ゲーム終盤の公国戦についてルクシオンに説明する。
これは千載一遇のチャンスだ。
たしかゲームではラスボスは公国軍が王国本土に到達したところで召喚されていた。空を飛んだり海を渡ったりする能力はなかったと記憶している。
ならば今ここで召喚される危険はないはず。
ここでヘルトルーデと魔笛をこちらの手中に収めることができれば──公国最大の切り札を奪ったも同じだ。
魔笛とそれを操るヘルトルーデ無しでは公国は王国に勝てない。
──見える。見えるぞ。戦争を回避できる希望が!
「せっかくゲーム知識を持ったまま転生したんだ。今使わずにいつ使うんだ」
『──了解です』
ルクシオンの声色は不服というより哀しげだった。
◇◇◇
公国艦隊。
『ブリュンヒルデ!応答せよ!聞こえるか!』
『フリースラム、大破!戦闘継続不能!』
『スカバー・フォーメーション維持できません!喰い破られます!』
『援護要請!援護要請!完全に挟まれました!全方向より鎧による攻撃を受けています!シールドは展開不能!もう船体が持ちませ──ザ──ザザザ──』
通信機から聞こえてくるのは被弾した艦や鎧への呼び掛けと悲鳴のような援護要請の嵐。
(こんなはずでは──)
ゲラット伯爵は頭を抱えていた。
先程からヘルトルーデが魔笛を使ってモンスターの増援を送り続けているが、焼け石に水。
ただでさえ強力なフィールド辺境伯家の艦隊に
飛行船も、鎧も、モンスターも、損耗が目を覆いたくなるほどに大きくなっていた。
切り札に使うはずだった人質の公爵令嬢はいなくなっており、交渉もできそうにない。
となると──切れるカードはもはや1つだけ。
「──ゼンデン子爵を呼びなさい。彼に出て貰います」
「で、ですがゼンデン子爵は出撃させるなとの命令が──」
「目の前の状況が見えていないのですか!この状況をどうにかできるのは彼しかいません!」
「待ちなさい。バンデルを出すわけにはいかないわ」
言い争うゲラットと部下にヘルトルーデが割り込んできた。
ゲラットは一瞬凄まじい不機嫌顔になるが、すぐに表情を取り繕う。
「お言葉を返すようですが殿下、当初の予定とは状況が違います。現在の状況ではこれが最善手です。このままでは味方艦隊は壊滅します。我らは命を賭して王国に勝利するためにここまで来たのです。然るに戦力を出し惜しみして徒に犠牲を重ねるは愚行に他ならないかと。今なお外で戦っている彼らの犠牲が犬死ににならないためにも、何卒子爵の出撃許可を頂きたく──」
頭を下げるゲラットだが、内心では「ハイと言えハイと言えハイと言えハイと言え──」と、念じまくっている。
彼が守りたいのはヘルトルーデでも味方でもなく、自分の命だけだが、味方と王女を想う忠義者を演じる。
そしてゲラットは賭けに勝つ。
「──分かったわ」
ヘルトルーデが渋々許可を出した。
ゲラットは破顔し、小躍りしそうな勢いでまくし立てる。
「よくぞご決断下さいました!彼ならばその期待に十二分に応えてくれるでしょう。何しろ、公国最強の騎士ですからね」
公国は最強のカードを切った。
◇◇◇
出撃した俺は戦闘空域を迂回して公国の旗艦を目指していた。
今なら公国の目は王国艦隊とそこから出撃した鎧に向いている。
アンジェを助け出した時と同じく、奇襲攻撃をかけて電撃的にかっさらう。
絶対に公国に逃げ帰らせるわけにはいかない。
だが──状況は俺に味方しなかった。
『緊急!緊急!』
『そんな!なぜ奴がここに──』
『こちら11番隊。敵新手と交戦中!敵は──黒──騎士──うああああああああ!!』
味方が発した通信は悲鳴を最後に途切れた。
通信が一気に騒がしくなる。
『黒騎士だと!』
『何!?奴はまだ現役だったのか!?』
『馬鹿な!』
ルクシオンも報告をしてきた。
『マスター。新たな敵戦力を確認。機体色はブラック。敵精鋭部隊と思われます』
映し出された映像を見て俺は戦慄する。
【黒騎士】──あの乙女ゲーに登場する最強の敵だ。
接近戦でクリスが敵わず、遠距離戦ではジルクが相手にならない公式チート。
しかも──ただでさえ強い黒騎士がなんと
いやちょっと待って。そんなにいるとか聞いてないんですけど!
──だが敵は待ってはくれない。
『こちら6番隊、これより黒騎士とエンゲージ──ぐあああああ!』
黒騎士5機に立ち向かっていった王国の鎧9機がたちまち
8機が回避機動を完全に読まれてあらゆる進路上に弾をばら撒かれ、あえなく爆散。最後に残った隊長機も黒騎士の隊長機らしき鎧に叩き斬られて力なく落ちていく。
──なんだよあれ。強すぎるだろ。
公国との国境を預かるフィールド辺境伯家の騎士団といったら、王国でも指折りの精鋭だぞ?それを一瞬で──。
唖然とする俺や味方を余所に、5機の黒い鎧は王国艦隊の先頭を進んでいた大型の軍艦に襲いかかる。
隊長機らしき鎧が大剣で軍艦の底部を切り裂き──残りの4機が破口にライフル弾を撃ち込む。
軍艦が膨張したかと思うと、内側から大爆発を起こした。
弾薬に誘爆したのかもしれない。一瞬周りが昼のように明るくなり、思わず目を細める。
原型を留めないほどに砕け散った軍艦──だったものは黒い煙の尾を引いて海に落下していく。
『おのれ!黒騎士!』
『よくもドーントレスを!』
『奴を追え!これ以上味方艦を狙わせるな!』
味方の鎧が黒騎士を追いかけ始めるが、次々に返り討ちにされて落ちていく。
「ッ!ルクシオン!黒騎士をやるぞ!」
このままあのチート共を暴れ回らせたら、冗談抜きでまずい。
ヘルトルーデと魔笛を確保する前に味方が総崩れになりかねない。
だがルクシオンは反対してきた。
『賛成できません。それよりも味方が黒騎士と交戦している隙に旗艦を強襲、ヘルトルーデ王女を奪い、人質とする方が有効と判断します』
「ッ!」
味方を黒騎士に囮としてぶつけて、その隙にヘルトルーデと魔笛を──ウィングシャーク空賊団の頭が俺に対して取っていたような、味方を駒として使い捨てる非情な戦法を提案してきたルクシオンに怒りが湧く。
その時──
『アークライト殿!?』
不意に通信から聞こえてきた名前に俺はピクリと反応した。
「クリス!?」
見るとクリスが黒騎士の隊長機に接近戦を挑んでいた。
防戦一方になっていたが、鎧の重装甲とパワーを活かしてなんとか鍔ぜり合っている。
──否、相手の攻撃を辛うじていなしていると言った方が正確だろうか。
黒騎士の隊長機が持つ大剣はクリスの鎧が持つ大鉈よりも長く、クリスは間合いで不利を強いられている。懐に飛び込もうにも隙がない。
味方の鎧が助けに入ろうとしているが、他の黒騎士がそれを阻んでいる。
「あいつ──!無茶しやがって!」
操縦桿を倒し、反転する。
「ルクシオン、ライフルとブレードだ!」
アロガンツの両腕にライフルとブレードが握られる。
俺は全速力でクリスの応援に向かう。
アロガンツに気付いた黒騎士の1機がライフルを撃ってきたが、アロガンツの装甲が弾く。
「どけよ!!」
お返しにライフルを誘導魔法付きで撃ったが、黒騎士はあろうことか弾を空中で撃ち落としてしまった。
銃では効果がないと悟ったらしく、黒騎士は背中に背負っていた剣──鎧の全高と同じくらい長いやつ──を抜いて距離を詰めてきた。
『死ね!侵略者!王国の外道め!』
斬りかかってくる黒騎士から凄まじい殺気を感じる。
随分と王国が憎いらしい。俺たちが生まれる前──今から20年ほどの昔に王国が公国に侵攻したのを根に持ってる設定だったか。
なんでそんな重たい設定を持ってるんだよあの乙女ゲーは!
攻め込んだ王国はたしかに公国に外道と言われるような酷いことをしたかもしれないが、公国も公国だ。
一方的に被害者ヅラして、何もしていない、どころかその当時生まれてすらいない子供世代にまで憎しみをぶつけて、虐殺までしやがって。
そういえば前世でもそんな国があったな。「千年恨む」だったか?
「はあ!?今侵略して来てるのはそっちだろうが!」
そう言い返した直後、黒騎士の剣がアロガンツのブレードとぶつかり合う。
相手はアロガンツの胸部、つまりコックピットを殴りつけてきたが、もちろんビクともしない。逆に黒騎士の拳がひしゃげてしまった。
『ッ!』
相手が焦ったのが分かる。
「いいからどけよ!」
アロガンツのパワーで黒騎士を押し返し、ライフルを撃ち込んだ。
黒騎士は避けようとしたが、軌道を変えて追ってきた弾に手足を吹き飛ばされる。
黒騎士がダルマ状態になったのをチラッと見て確認すると、俺はクリスに斬りかかる黒騎士の隊長機に後ろからライフルを撃ち込んだ。
クリスに気を取られてる今なら──そう期待した俺は甘かった。
どこに目が付いているのか、黒騎士はグリン!と振り向いて弾を
「五○門かよ!?」
思わず前世のアニメキャラの名前が飛び出してしまった。前世の人名なんてろくに思い出せなかったのに、なんでだ?
ってそんなこと考えてる場合じゃない!
黒騎士の隊長機はライフルを持っている俺の方が脅威度が高いと判断したのか、反転して俺の方に襲いかかってきた。
とんでもないスピードだ。あっという間に距離を詰められる。
ブレードで受け止めようとしたが──ブレードが
「はあ!?」
すんでのところで機体を滑らせて致命傷は回避したが、アロガンツは盛大な袈裟斬りを喰らう。
火花が飛び散り、アロガンツの胸部装甲に特大の斬撃痕が刻まれる。
そのまま黒騎士はアロガンツに体当たりを仕掛けてきたが、なんとか躱して距離を取る。
「なんだあの剣!?アロガンツの装甲が抉れたぞ!」
やはり黒騎士は現実でも凄まじい強敵だった。決闘の時のユリウス殿下たちや空賊共といった、これまで戦って叩き潰してきた相手とは装備も技量も別次元だ。
ルクシオンが解析結果を伝えてきた。
『どうやら敵の持つ剣は【アダマティアス】で造られているようです。この世界特有のファンタジー金属ですね』
「お、お前もファンタジーの塊みたいなものだけどな」
軽口を叩いたつもりが思わず口が震える。さっきは冗談抜きで死ぬところだった。
『バルト、ファルト!来てくれたか!先程は、助かった、ぞ』
クリスが通信で呼びかけてきた。
「無茶してんじゃねーよ!そんな体で──」
アロガンツに合流してきたクリスの鎧はボロボロだった。
両脚と左腕は使い物にならず、機体のあちこちに斬撃痕が走っている。得物の大鉈も折れてしまっていた。
『ああ──返す、言葉もないな』
クリスは青息吐息だった。気力だけでなんとか保たせているのが分かる。
「お前は戻れ。あの大剣持ちの黒騎士は俺がやる」
『大丈夫なのか?1人では──』
私も手伝う、とかまた無茶を言い出しそうだったので遮る。
「そんなボロボロじゃかえって邪魔だ。さっさと戻れ」
言い終わるや否や、こちらを窺っていた黒騎士が再び突撃してきた。
ライフルを撃ち込むが、弾は全て躱されるか迎撃される。
「来い!俺が相手だ!」
パルトナーへと帰還していくクリスから黒騎士を引き離すように飛びながら、ライフルを撃ち込んで挑発する。
黒騎士は乗ってきた。
人間が乗ってるとは思えない動きでライフル弾を躱しながら迫って来る。
回避機動をルクシオンが予測し、それに従って弾をばら撒いているため、数発は命中コースを辿るが、全て叩き斬られる。
「なんなんだあいつは!?」
思わず叫んだ。
アロガンツを使ってこんなに苦戦するとは夢にも思わなかった。
技量に差がありすぎて機体性能の差が埋まってしまっている。
相手にこちらの装甲を貫ける大剣がある以上、接近戦は不利。相手の機体に触れることさえできれば奥の手──衝撃で相手の鎧を破砕するやつ──が使えるがそんなのは期待できない。
かといって遠距離攻撃も全く効かない。
──こんなのどうやって勝てというんだよ!
頭を抱えそうになったその時、味方から通信が入った。
『こちら13・14番隊!バルトファルト男爵、援護する!』
同時に
タイミングと照準を各機で少しずつずらし、目標がどの方向に逃げてもヒットするように形成された「火線の檻」とでも言うべきそれを黒騎士は芸術的な機動で掻い潜った。
『なにいいい!?』
『あ、あれを躱しただと!?』
『化け物か!』
撃った味方が驚愕の声を上げる。
必殺の飽和攻撃を放ったのに1発も当たらなかったのが信じられないらしい。
驚愕のあまり動きが止まった味方の鎧に今度は公国軍の鎧からの攻撃が殺到する。
「退避しろ!!」
俺が叫ばなかったら犠牲はもっと多かっただろう──4機が攻撃を受けて爆散する。
散開した味方は公国軍の鎧に追いかけ回されていた。
一方の黒騎士は何もなかったかのように俺の方へ突撃して来る。
俺はライフルの引き金を引くが弾は出ず、モニターに「残弾数:0」と表示されたウィンドウが現れる。
「くそ、弾切れか」
俺はライフルをコンテナに収納する。新しい武器を取り出す余裕はない。
そもそも黒騎士の大剣とまともに打ち合える武器がない。
思い返せば、アロガンツの装甲すら斬れる黒騎士の大剣を凌いでいたクリスはやはり剣豪なのだろう。
すまんクリス。俺ちょっとお前のこと見くびってたわ。
「こうなったら仕方ない。なんとか懐に飛び込んで奥の手を使うか」
『リスクが大きすぎます。本体の使用許可を求めます』
ルクシオンは反対する。
「駄目だ。お前を使ったらもっと厄介なことになる!」
ルクシオン本体を使えば黒騎士は簡単に消し飛ばせるだろうが、それだとルクシオン本体の存在が王国にバレる。
そしたら公国どころか、王国まで敵に回すことになりかねない。
『──つくづく損な方ですね。敵、来ます!』
素手での勝負に出た俺を見て黒騎士が距離を詰めてくる。憤怒に燃えているのか、鎧の背中からマゼンタ色の炎が噴き出していて──不覚にも綺麗だと思ってしまう。
そして──戦場は一瞬でも気を取られれば死の篩が待っている。
『後ろです!』
「ッ!」
背後から別の黒騎士が剣を手にアロガンツ目掛けて突っ込んできた。避けられない。
左腕でガードすると、相手の剣が砕け散る。
だが、相手はそのままアロガンツを羽交い締めにしてきた。
『──マスター!』
ルクシオンがアラートを鳴らす。
マズい!俺を追い回していた黒騎士が大剣の切っ先を向けて突進して来る。
「クソッ!放せ!放せよこの野郎!」
アロガンツを羽交い締めにする黒騎士を振り解こうとするが、関節を決められていて思うように動けない。
突進して来る黒騎士の大剣がどんどん迫ってきて──モニターが黒く染まる。
あ──これ死ぬ。頭が一瞬でそう理解する。
視界に映る何もかもがスローモーションのようになる。走馬灯ってやつだろうか。
──はあ。
本当に、ロクな人生を歩んでこなかったな。
前世ではガキの頃から妹に振り回されて損な役ばかり、大人になったら休む間もなく働かされて心身を擦り減らし、最期はあんな情けない死に方をした。
今世では贅沢と他人の侮辱しか能のない穀潰しの正妻家族と我儘な姉妹のせいで散々苦汁を舐めさせられ──否、呑まされ、妖怪婆に売られかけて、何度も死を覚悟するような冒険の末にチートアイテムを手に入れて、学園に行けたと思ったら婚活で生き地獄を味わわされて──挙句、あのマリエとかいう小面憎い転生者の女がゲームを引っ掻き回した尻拭いをやらされて、公国と戦わされて──。
本当に──なんで俺ばっかり。
俺は何も贅沢な望みや野心なんて持ってない。ただ慎ましく、平穏無事に生きたい、それだけなのに。
なのに──何なんだよこの邪魔な黒い粗大ゴミは。
────どけよ。
操縦桿を握る手に力が戻る。
「こ──こんのおおおおおおお!!」
力の限り──俺は叫ぶ。
「王国は奴一人のために飛行船を何十隻と沈められた。百に届くかもしれないな。鎧はその何倍も討ち取られたよ」byアンジェ
バンデルさんは王国軍相手に大暴れして本家より活躍してます。