込み上げてくる吐き気をなんとか堪える。
──仕方なかった。俺が助かるには仕方なかったのだ。
黒騎士の大剣に貫かれた黒騎士は背中の重要機構を破壊されたのか、一瞬で爆散する。
アロガンツには傷ひとつ付かないが、黒騎士の方は機体に破片が幾つも突き刺さっていた。
そのダメージに加えて味方を誤殺してしまった心理的ダメージも大きいのか、距離を取る俺を追うのにタイムラグがあった。
あの大剣が俺を貫く寸前、俺はアロガンツのスラスターを吹かし、アロガンツを羽交い締めにしていた黒騎士を背負い投げのような形で正面に移動させ、盾にしたのだ。
剣先を逸らす余裕は全速力で突っ込んでくる黒騎士の隊長機にはなかったらしく、大剣はアロガンツではなく、アロガンツを羽交い締めにしていた黒騎士を貫いた。
────結果俺は助かった。
だが──自分自身の手で人を死に追いやった。その事実が俺にのしかかる。
さっきまでは王国艦隊という「共犯」がいて、自分でトドメを刺さなかったからまだ目を逸らしていられたが──今となってはもう、無理だ。
黒騎士と俺は命の奪り合いをしていて──俺は黒騎士を殺してでも、生き残りたいと思って、実行に移してしまった。
──受け入れるしか、ない。俺の手はもう汚れてしまった。
もうこうなったら腹を括る。味方を救うためとか、アンジェを守るためとか、そんな他人本位な綺麗事じゃなく──
俺はアロガンツを反転させた。
『マスター!敵接近して来ます!』
ルクシオンがうるさくアラートを鳴らす。
黒騎士は背中から噴き出るマゼンタの炎を更に強く大きくして襲いかかって来た。
だがこっちの準備はすでに整っている。
──今度は俺も逃げない。
──来い。ここで終わらせてやる!
黒騎士が振り下ろして来た大剣を右腕で受け止めると、大剣が深々と食い込む。
左手で黒騎士を捕まえようとするが、虚しく空を切る。
黒騎士は危険を察知したのか、乱暴に大剣を引き抜いて離れてしまった。
かと思えば、アロガンツの頭上を飛び越えて後ろに回り込んでくる。
一文字に振るわれた大剣が背部のコンテナの1つを切り裂く。
切り裂かれたコンテナをパージし、こちらから距離を詰める。
1発もらうのは覚悟の上でタックルを仕掛けると、右肩に大剣が喰い込んだ。
構わずに掴みかかり、衝撃を放つが、脚ごとパージされ、逃げられてしまう。
パージされた黒騎士の左脚が粉砕されるが、アロガンツの背中にも大剣が直撃する。
『エネルギー回路損傷。性能35%低下しています』
ルクシオンが機体状況を説明する。
──クソが。
肉を斬らせて骨を断つ覚悟で接近戦を挑んだのに、ちっとも捉えられない。
さっき俺が盾にして死なせた黒騎士みたいに上手い具合に足止めしてくれる味方もいないし──というか、周りには王国軍の鎧だって無数にいるのに、なんで俺は1人でこんなチート野郎と戦ってるんだ。
黒騎士には飛び回る俺を羽交い締めにして動けなくする、というスーパーアシストが来たというのに、俺には来ない。
──いや、分かっている。来ないのではなく、来られないのだろう。
黒騎士に追い回されてた時、奴に飽和攻撃を仕掛けて援護してくれた味方がいたが、勢いを盛り返した公国軍の相手で手一杯らしい。
「ドローンを出せ!突っ込ませるんだ!」
『了解』
大腿部から矢の形をしたドローンが展開し、光学兵器を撃ちながら黒騎士目掛けて突っ込んでいく。
しかし、黒騎士は後ろ向きのまま王国艦隊の飛行船の間を縫って飛び、攻撃の方向を限定することで突っ込まれる前にドローンを全機撃墜してしまった。
「ああクソッ!」
ドローンを先に突っ込ませて隙を作る作戦も失敗した。
ドローンのすぐ後に続いてきたアロガンツ目掛けて黒騎士が大剣を振るうが、手前で急減速して回避する。
しかし、黒騎士は大剣を振るった勢いをそのまま右脚での回し蹴りに転用してきた。
蹴られた衝撃でコックピットが激しく揺れる。
もちろんどうということはないし、ひしゃげたのは黒騎士の右脚の方なのだが、それでも操縦者である俺が一瞬機体制御を失えば──体勢が崩れる。
黒騎士はひしゃげた右脚をパージすると、アロガンツ目掛けて大剣を突き刺してきた。
──今だ!
僅かに身を捩ってパイロット──俺への直撃を回避すると、ハッチを開放する。
俺は
『貴様、勝負を捨てたか!』
黒騎士が驚いた声を上げた。
何気に声を聞くのは初めてだが、初老くらいの激渋イケボである。
「いいや?俺の勝ちだ。ルクシオン!」
そう言って俺はアロガンツから飛び降りた。
黒騎士は大剣を引き抜こうとするが抜けない。アロガンツが黒騎士の手首をガッチリと掴んでいた。
そこから一瞬で黒騎士の胴体部を手繰り寄せ──左腕の装甲が展開して光を放つ。
『インパクト!』
『何!?』
鎧が無人でも動く、というのは流石に黒騎士も想定外だったらしい。
飛び降りた俺に目を奪われてアロガンツが動いていることに気付けず、モロに衝撃を喰らう。
鎧が粉砕され、パイロットは落下していく。
──まあ、落下しているのは俺も同じだったが、心配はいらない。
ルクシオンがアロガンツを操縦し、俺をキャッチしてコックピットに戻した。
黒騎士の方は海へと落ちていった──かと思いきや、残り2機の黒騎士が急降下していき、ギリギリでキャッチした。
そのまま2機の黒騎士は公国軍の浮島へと飛び去っていく。
『追撃しますか?』
ルクシオンが伺いを立ててきたが俺はかぶりを振った。
「厄介なのは排除できた。後は王国軍がやるだろ。それより、今度こそ敵のお姫様を連れて帰らないとな」
アロガンツに突き刺さった黒騎士の大剣を引き抜いていると、味方の通信が騒がしくなっていた。
『おい、黒騎士が退いていくぞ!』
『あの大剣、黒騎士のだぞ!?分捕ったのか?』
『ってことは──バルトファルト男爵が黒騎士をやったのか?』
『信じられねえ──あの黒騎士を1対1で──』
『す、素晴らしいぞ!!あの仇敵をよくぞやってくれた!』
味方の歓声で通信がうるさくなる。
艦隊からも俺の名を連呼する通信が入り、俺は公国艦隊の旗艦へ向かうタイミングを見失う。
「なんだこれ──すっごく気恥ずかしいんだけど」
『おや、いつものように自慢気に喧伝しないのですか?』
「いや、結局最後の一撃はお前に丸投げしてたしさ?さすがにあれで自慢する気にはなれねえよ」
『意外ですね。マスターのことですから嬉々としてその大剣を掲げて「見たか!」とでも言うと思いましたが』
──こいつは俺を何だと思ってるんだろうか。
ルクシオンとまたくだらない会話をしている間にも、戦況は変わっていた。
不意に新たな照明弾が上空に上がったかと思うと、それらを背にして新たな鎧の一団が降下してくる。
一瞬敵かと思って身構えたが──
『流星騎士団だ!』
『王都からの援軍か!』
『予定を繰り上げて来てくれたか!』
味方の通信が歓喜に沸く。王国の増援らしい。
そういえばルクシオンは王都からも艦隊が出動していると言っていたな。そこから発進してきたようだ。
【流星騎士団】と呼ばれた集団はユリウス殿下が俺と決闘した時に使ったものによく似た鎧を駆っていた。
盾とライフルを持ち、両肩には回転式の弾倉を備えたキャノンを搭載している。
流星騎士団の鎧が一斉に頭を下げ、両肩のキャノンから青白い光の尾を引く砲弾を発射した。
敵味方入り乱れる乱戦にも関わらず、発射された砲弾は的確に公国の鎧だけを爆砕していく。恐ろしく正確な攻撃だ。
一気に数を減らした公国の鎧に上空から襲いかかる流星騎士団。
青白い炎を噴き出しながら降下してくる姿はまさに流星のようだ。
増援が加わった王国軍は再び勢いを盛り返し、公国軍を圧倒し始める。
『前進だ!敵艦隊を叩け!』
『侵略者に思い知らせてやるのだ!』
『公国の悪魔共め!戦友の仇を討ってやる!』
我先にと公国艦隊に襲いかかっていく王国軍。
艦隊直掩に就いていた公国軍の鎧が必死で抵抗しているが、数の暴力に呑まれて次々に叩き落とされていく。
王国艦隊は二手に分かれて左右から公国艦隊を挟み込み、砲撃を叩き込む。
「──さてと、逃げられる前にヘルトルーデと魔笛を取りに行くか」
黒騎士も排除したし、後はほとんど消化試合になるだろう。
俺は今度こそ、ヘルトルーデ捕縛作戦を再開する。
◇◇◇
公国艦隊旗艦の艦橋。
ゲラットは挽回しかけた劣勢を再び強いられる公国軍を見て冷や汗が止まらない。
「で、殿下。もはや反撃も撤退も困難です。ここは殿下の名で降伏を──」
恐る恐るヘルトルーデに降伏を進言するが、ヘルトルーデはそれを一蹴した。
「今更降伏など問題外よ。相手は王国。しかも怒り狂っている。受け入れるわけがないわ」
「し、しかし既に損害が──」
「あれだけ大口を叩いておいて随分と弱気なことを言うのね。この日和見主義者が。大体、バンデルを出撃させれば何とかなると言ったのも貴方ね。その結果は何かしら?」
ヘルトルーデの追及に言葉に詰まるゲラット。
「もはや私たちには徹底抗戦しかない。戦って、抗って、抗い抜いて、公国の誇りを思い知らせてやるのよ!私たちの意志は後の者が継いでくれる!」
ヘルトルーデが檄を飛ばし、周囲の軍人たちが覚悟を決めた表情で敬礼するが、ゲラットは違った。
(ふざけるな!誇りに殉じるならお前たちだけでやれ!私を巻き込むな!)
今すぐにでもここから逃げ出したいゲラットだが、どこにも逃げる場所はない。
その時、艦橋の天井から巨大な剣の切っ先が顔を出した。
「──は?」
茫然自失になるゲラットの目の前で艦橋の天井が引き剥がされ、黒騎士が持っていたはずの大剣を持った巨大な灰色の鎧が姿を見せる。
「ば、化けも──」
口にし終わる前にゲラットは無数の弾丸を浴びせられて意識を失った。
◇◇◇
ヘルトルーデの周りにいた公国軍人たちをゴム弾を装填した短機関銃で薙ぎ倒すと、ヘルトルーデに実弾入りの拳銃を突きつける。
「降伏しろ」
「お断りします。殺すなら殺しなさい」
──即答だった。
ならば仕方ない。
引き金を引くと弾丸が発射され、ヘルトルーデは倒れた。
「よし、眠ったな」
撃ったのは実弾とは言っても睡眠系の魔弾だ。
ヘルトルーデが気絶したのを確認すると、握り締められていた魔笛を取り上げる。
「これで良し、と。後はこいつらの誰かを問い詰めて情報を聞き出すだけだな」
薙ぎ倒された公国軍人たちを見回して俺は呟く。
倒れた軍人たちの中に随分と身なりのいい奴がいたので、司令官クラスだと判断した。
「コイツにするか」
身なりのいいその男をヘルトルーデの横まで引き摺っていく。
コイツには個人的に聞きたいことが山程ある。
なぜ公国がこのタイミングで王国に攻めてきたのか、なぜピンポイントで学園生の乗る豪華客船を襲ったのか、そして公国は王国の誰と繋がっているのか。
ゲームでは空賊の背後にいたオフリー家の更に背後にいた、ということだったがどうにも違う気がする。
うまくパズルが組み上がらないが、今回豪華客船を襲ったのがどうにも引っかかる。
公国と繋がってる奴はまだ王国内に存在している──そう思えてならない。
「ルクシオン、2人をパルトナーに運ぶぞ」
アロガンツが腕を伸ばし、空になったコンテナにヘルトルーデと身なりのいい男を収容する。
俺はアロガンツに乗り込み、公国艦隊の旗艦を後にした。
程なく王国軍が押し寄せ、公国艦隊は遂に降伏の印を掲げた。
王国、公国共に多数の死傷者を出して、ようやく戦いは終わった。
傷つき、疲弊した両軍を東からの光が照らす。
長い長い夜が明けていた。
◇◇◇
公国の浮島で停戦処理が行われていた。
生き残った公国軍は捕虜となったが、黒騎士を含めた一部は逃走したらしく、見当たらなかったようだ。
面倒な停戦処理をアーヴィングさんはじめ王国のお偉方に押し付──任せた俺はパルトナーの一室で捕らえたヘルトルーデと身なりのいい男──ゲラット伯爵といった──を尋問したが、期待したほどの情報は得られなかった。
ヘルトルーデはひたすら黙秘し、ゲラットの方はみっともなく命乞いをするばかり。
分かったのはヘルトルーデが率いていたあの艦隊が先遣隊でしかなかったということ、ヘルトルーデの「代わり」がまだいるということ、公国艦隊に豪華客船の居場所を教えていた裏切り者が学園生の中にいたことくらいだ。
──ルクシオンに調べさせるか。裏切り者に関しては生きてるかどうかも定かじゃないけど。
ちなみに俺を苦戦させた黒騎士の名前はヘルトルーデから聞き出せた。【バンデル・ヒム・ゼンデン】というらしい。
俺が黒騎士から図らずも分捕って艦橋の天井を引っぺがすのに使った、あの大剣を見て俺がバンデル氏の仇だと悟ったようだ。恨めしげな目をしていた。
先に殴りかかってきたのはそっちの方で俺は自分の命を守るための正当防衛──のはず──をしただけなのに。
まあそれはさて置き。
これ以上は聞き出せないと判断し、ヘルトルーデとゲラットは王国軍に引き渡した。
──終わった。これでやっと一息つける。
どっと疲れが襲ってきた。
考えてみればクラリス先輩と別れて、ハッランドからエアバイクでパルトナーまで飛んで、沈没する豪華客船の救助をやって、アンジェを奪還して、公国と戦って──昨日から一睡もしていないではないか。
16歳の身体に徹夜はきつい。
俺はパルトナーにある自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
すぐに意識が遠のく。
◇◇◇
翌日。
「バルトファルト」
声を掛けてきたのはクリスだった。
「黒騎士を倒したと聞いた」
噂が広まるのは早いな。
そりゃあ、あれだけ派手に俺を讃える通信が飛び交っていれば学園生たちの耳にも入るだろうけど。
「ああ──まあ、なんとかな」
俺は言葉を濁す。
クリスは少し俯いて言う。
「──お前は凄いな。私の父ですら倒せなかった相手を倒して、得物を分捕るとは。私はお前の技量を測ることが出来なかった。恥ずかしい限りだ」
うーん、コイツ勘違いしてるな。
お前に勝ったのも、黒騎士を倒したのもアロガンツの性能あってこそであって、俺はただの小心者のモブだ。
だがクリスは顔を上げ、決意を新たにしたような表情で告げてきた。
「必ず追いつく!私はお前に認められるくらい、強くなる。お前は──私の目標だ」
そう言ってクリスは去って行った。
勘違いを訂正しようかとも思ったが、面倒なのでやめた。
どいつもこいつも改心するのが遅すぎるだろ。
「──そうかよ。ならお前も道連れだ」
◇◇◇
学園の自室。
「戻ってきたぁ〜!」
ベッドに大の字になるが、ベッドには少々複雑な思いがある。
眠ると俺が死なせた黒騎士が夢に出るのだ。
飛び起きる度に、自分の手が汚れてしまったことを嫌でも思い出させられる。
だが今俺はものすごく疲れている。
帰って来て早々、散々取り調べを受けたのだ。
特に豪華客船の救助に行った経緯とアンジェを奪還するために勝手に公国艦隊と交戦した件については、かなりしつこかった。
なんで「終わりよければ全てよし」とはいかないのだろうか。
まあ、アンジェ奪還は学園生たちの意志だったと役人に吹き込んでおいたけど。
「あー疲れる」
『マスターは普段怠けていますので、たまにはこれくらい忙しく動き回っていた方がよろしいかと』
俺にあくせく働けというのか?そんなのもう前世の分で飽き飽きしたわ。
『それにしても、黒騎士の大剣を献上してしまってよかったのですか?』
「あんな呪われてそうなもの持っていたくないの。何人の血を吸ってきたか分かったもんじゃないだろ。それに同じようなものならお前が用意できる。違うか?」
おまけに俺はその大剣で黒騎士の1人を死なせているのだ。
『可能です』
「なら問題ない」
その時、ドアがノックされた。
「バルトファルト男爵。アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ様が訪ねておいでです」
──やっぱり、言う時が来てしまったか。
俺は重い身体を起き上がらせてドアを開けた。