「リオン──リビアはどこにいる?」
アンジェは不安と怒気が入り混じった声と表情でそう言った。
隠し通せるものじゃないのは分かっていたが、アンジェにこんな声と表情を向けられるのはつらい。
「お前はリビアをちゃんと助けたと言ったよな?だがパルトナーにリビアはいなかった。収容された生存者のリストにもリビアの名はなかった。それどころか役人に聞けば行方不明者扱いだったぞ。──どういうことだ?」
アンジェの赤い瞳が真っ直ぐに俺を見る。
嘘を吐いていた俺への憤りとそれでも信じたいと思う気持ちがせめぎ合っているような──そんな視線を向けられると何もかも見透かされているような気になる。
考えていた言い訳も全て霧散し、俺はただ一言しか言えなかった。
「──ついて来て」
俺は歩き出した。
アンジェは黙ってついてくる。
俺たちが向かったのはエアバイクの駐機場だった。
置いてあったエアバイクを1台拝借し、アンジェを後席に乗せるとすぐに離陸する。
学園を離れ、港を飛び越えて、30分ほど飛んでパルトナー──ではなくルクシオン本体に着艦する。
ルクシオン本体に他人を入れたのは初めてだが、アンジェなら秘密を守ってくれると思う──というか、信じたい。
「リオン、この船は──パルトナーとは違うのか?」
アンジェが違和感を口にする。
当然だろう。SFチックな内装は以前から時間をかけて隠させていたが、何もかもパルトナーと同じにはなっていない。パルトナーに乗ったことがあればすぐに別の船だと分かるだろう。
だが俺はその質問には答えない。
「リビアはこの船の医務室に収容してる。この先の部屋だよ。ただ──」
俺は一旦話を区切り、アンジェに向き直る。
「ここで見たことは一切秘密にしておいて欲しい」
アンジェは頷いた。
「あ、ああ。分かった」
俺は医務室の扉を開ける。
リビアは医療カプセルの中で眠っていた。
呼吸に合わせて胸が上下しているが、それ以外は全く動かない。
「リビア!」
アンジェがカプセルに駆け寄るが、その手はガラスに阻まれてリビアに届かない。
「どうなってる?リビアは生きているのだろう?何故こんな所に」
アンジェがまくし立ててくる。
──植物状態ってどう説明したものかな。
「生きてはいる。でも──目を覚まさないんだよ。助けに行った時、リビアは船の牢屋に閉じ込められて、溺れてたんだ。この船の医療設備のお陰でなんとか死なずに済んだけど──いつ覚めるかもわからない、下手すれば二度と目覚めない──そんな眠りに入ってしまったんだよ──」
聡明なアンジェは俺の拙い説明でもリビアの現状を理解できたらしい。
「なんだ──それ」
アンジェは目を見開く。
「嘘、だよな?いつもみたくふざけているだけだよな?悪いが笑えないぞ?」
アンジェが俺の肩を掴んで揺するが、まるで力が込もっていない。
「──俺は嘘は言わないよ。本当に──リビアは目を覚まさない」
アンジェが力が抜けたようにへたり込む。
そして涙をぽろぽろと流し始めた。
「──奴が男爵家以上の者は捕虜として扱う、それ以外の者は必要ないと、そう言ったから私は投降したんだぞ──そうすればリビアを助けられると思ったんだ──なのに──こんなことに、なるとは──私はどうすればよかったんだ?」
アンジェがうわ言のように呟き始める。
「なあ、答えてくれ。私は──何がいけなかったんだ?何もしない方が良かったのか?」
その問いに対する答えなど俺は持ち合わせていない。
俺を責め立てて、怒鳴り散らしてくれた方がまだ楽だった。
たぶんアンジェが投降してようがしてなかろうが、犠牲は大勢出たのだろう。
もしアンジェが投降せずにいたとしても、リビアは普通クラスの生徒たちや船員、専属使用人たちと一緒に豪華客船に残されて、沈められただろう。
だがそんなことを今のアンジェには言えない。口が裂けても。
「分からない──分からないよ。何もかも。リビアが閉じ込められてなければ──いや、そもそも公国が襲ってこなければ──」
俺は答えになっていない答えを返す。
なぜ公国がこのタイミングで攻めてきたのか、何があったのか──未だに分からない。
リビアをこんな状態に追いやったそもそもの理由が、分からない。
これから明らかに──できるだろうか?
「──許さない」
不意にアンジェが低い声で言った。
アンジェの声色はどんどん不穏なものになっていく。
「絶対に許さない。私からリビアを奪った──許せるわけがない──」
俺が声をかけようか判断に迷っていると、アンジェは顔を上げて叫んだ。
「この借りは返してやる!必ず!!」
アンジェの目を見た俺はゾッとした。
その瞳に凄まじい怒り──否、殺気が宿っていた。
◇◇◇
公国との戦いから1週間が経った日。
王都にある神殿に学園生や貴族が大勢詰めかけていた。
集まる人々の気持ちが反映されているかのような肌寒い曇り空。薄い雲が何層にも重なって太陽の光を拒んでいる。
公国による襲撃で犠牲になった学園生たちの合同葬儀──その会場はかなり広かったが、空席はなかった。整然と並ぶ参列者は千人単位にも見える。
学園生たちは制服姿、大人たちは黒やダークグレーの喪服姿。
彼らは皆、並べられた多数の棺を見て涙を浮かべたり、悲痛な表情をしている。
並べられた棺はほとんどが空で名前だけが刻まれているのも悲しみに拍車を掛けているのだろう。
あの戦いの後、豪華客船が沈んだ海域の捜索が行われたが、遺体はほとんど回収できず、船の破片にしがみついていた
黒い喪服姿の貴族男性──学園長が弔辞を読み始める。
時折言葉を詰まらせている。こみ上げる涙が喉を詰まらせているのだろう。
読み終わる頃にはボロボロの泣き顔になっていた。
別れの言葉など告げたくないと、その顔は言っている。出来の悪いのが多くても、大切な生徒たちだったのだろう。
学園長だけではなく、会場の誰も彼もが早すぎる別れに戸惑い、悲しみに暮れている。
次に弔辞を読んだのはシェフィールド伯爵家の女当主だった。
末娘を喪ったその女性は弔辞を読み始める前から泣き崩れてしまい、まともに弔辞を述べられる状態ではなかった。
後続の人たちが彼女を支える。皆で涙を流しながら別れの言葉を告げていた。
臆病で、卑屈で、卑怯で、日和見主義な似非貴族共──俺を蔑み、憎み、逆恨みし、見栄の張り合いとマウント合戦──と、婚活に明け暮れていた憎らしい奴らにも、その死を悲しむ人がいるんだな──俺はその姿を見てそう思う。
その後も何人かの弔辞が続き、それらが終わると教典(?)の朗読が始まる。
この世界の宗教はよく知らないが、葬儀は基督教式と仏式が混ざったような内容だ。
朗読が終わると参列者たちが次々に棺にコインを入れていく。
俺も【オリヴィア】と刻まれた棺にコインを入れる。【ステュクスの渡し銭】と呼ばれる作法なんだそうだ。
ステュクス──日本で言う三途の川を渡った先の神界で、人は神の手で輪廻に戻され、新たなる生を受ける。その川の渡銭を棺に入れて死者に持たせるのがしきたりらしい。
コインを入れる人がいなくなると、神官がひとつひとつ棺を回って聖印を切っていく。
神官が全ての棺を回り、一巡りすると、もう1度祈りを捧げた。
「彼らに輪廻の果報があらんことを」
その文句を合図に弔砲が発射され、それが終わると棺は神殿の中にある火葬場へと運ばれていく。
俺は胸中に憤りを抱えつつ【オリヴィア】と刻まれた棺を見送る。
──見送るのは俺だけだ。
アンジェはヴィンスさんやギルバートさんと一緒にいて離れられない様子だったし、リビアの家族は平民であるという理由だけでこの葬儀への参列を許されなかったのだ。
本当にこの世界って理不尽だ。
死んだ娘にお別れも言えないリビアの家族の気持ちは如何ばかりか。
いや、実際にはリビアは死んでないんだけど、俺とアンジェしか、そのことは知らない。
俺の抱える秘密を守るために、「リビアは死んでいない」と言えない自分自身にも──嫌気が差す。
火葬場へと送られていく棺の列はなかなか終わらない。
◇◇◇
長い長い葬儀が終わった。
参列者たちは馬車で学園や港へと向かっていったが、俺は1人徒歩で学園への帰途に就いた。
人と顔を合わせるのが億劫だった。
殆どの遺族たちは手ぶらで神殿を去った。
彼らは子供たちの骨を故郷に埋めることもできない。
──「空葬い」──そんな言葉が頭に浮かぶ。
意味合いとしては違っているかもしれないが、他に的確な言葉は出てこない。
「おい」
不意にそんな声が聞こえた。
「お前、リオン・フォウ・バルトファルトだよな?」
どうやら俺に話しかけているらしいので振り返る。
いたのはセミロングの赤毛の女子生徒だ。3年生の制服を着ている。
俺より背が高い。それと、泣き腫らした目をしている。
「そうですけど?」
答えるといきなり赤毛先輩が殴ってきた。
俺は受け身を取れずに地面に倒れ込む。
「なんで──なんでロイスを乗せたまま公国と戦ったんだ!」
俺の胸倉を掴んで赤毛先輩が怒鳴ってくる。
ロイス?知らねえよそんなやつ。そう言いたくなるのを堪える。
「治療を始めるのがもう少し早かったらって──言ってたんだ。お前が──お前が公国と戦って、時間を潰さなければあいつは助かったのに!お前は!」
とんだ八つ当たりだ。
アンジェとは大違いで本当の敵の公国を棚に上げて、俺を責め立てる。
これだから学園女子は嫌いなんだ。
でも──ロイスという人は知らないが、この先輩にとってはすごく大切な存在だったんだろう。
──その人が死んだ原因を作ったヤツに直接怒りをぶつけたくなるほどに。
「なんとか言えよ!」
赤毛先輩がまた俺を殴りつける。
そんなこと言われても──なんて言えばいいのか分からない。
そもそも言葉が出てこない。
思考がフリーズしている。
なんで俺はこんな八つ当たりをされなきゃいけないんだ?
アンジェを公国に差し出して、リビアを閉じ込めて、海の上でみっともなく泣き喚いてたあいつらを助けてやったのは俺だ。
俺が駆けつけなかったら今頃アンジェ以外は全員死んでいる。むしろ感謝して欲しいくらいだ。
なんで俺はこんなに苦労して頑張ってるのに、毎回酷い仕打ちで返されるんだ?
こっちの事情も知らないくせに理不尽なことばかり言いやがって。
最初に聞いた片側からの事情を信じて、相手の事情も知らないくせに勝手に誤解して、一方的に責め立てて。
そんなことして面白いのか?
こっちは何も知らない人に事情を話しても拗れるだけだから黙っているだけなのに。
本当に世の中、当事者の事情も知ろうとしないで、自分に都合の良い言葉だけ信じて、無駄に高い行動力で人を追い詰める馬鹿ばっかりだな。
それなら、もういっそのこと──
「そこまでになさい」
不意に凛とした声が響く。
俺を責め立てていた赤毛の先輩が顔を歪める。
「クラリス──」
赤毛の先輩が俺から離れる。
見ると制服姿のクラリス先輩と首の太い3年生──エリオット先輩が立っていた。
「リオン君を責めればロイスさんが還ってくるというなら、私は喜んで貴女の手伝いをするわ。でも──そうじゃない。こんなことをしても何の意味もない。それは貴女も分かっているでしょう?」
クラリス先輩が諭すような口調で赤毛先輩に言う。
怒り狂った3年生の女子相手に随分肝が据わってるな。
「──貴女の言葉は薄っぺらいのよ、クラリス。意味がない?だったら何よ?大体コイツが──」
赤毛先輩が言い終わる前に「パシンッ!」といい音が響く。
クラリス先輩が赤毛先輩を張り倒していた。
「なら言い方を変えるわ。【メルセデス・フォウ・ランカスター】、今すぐここから去りなさい。リオン君にこれ以上危害を加えるなら──覚悟することね」
クラリス先輩がドスの効いた声で命令する。
メルセデスと呼ばれた赤毛先輩は頬を押さえながらクラリス先輩を睨みつけていたが、よろよろと立ち上がると、踵を返して歩き出す。
「──ああ、そういうことか。本当に──」
最後に暗い笑みを浮かべて呟いたメルセデス先輩は悄然と歩き去っていく。
何て言おうとしてたのか気になるが──どうでもいいか。
クラリス先輩はしばし去っていくメルセデス先輩の背中を複雑な表情で見つめていたが、俺の方に向き直り──
「大丈夫?災難だったわね」
心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
「大丈夫に見えますか?」
意地悪く問い返したが、うまく口が動かない。
──痛い。痛すぎる。
リビアがいればすぐに治してくれるのだろうけど、そのリビアはここにはいない。
「──見えないわね。手当てするわ。屋敷にいらっしゃい」
クラリス先輩の合図でエリオット先輩が俺を担ぎ上げた。
俺はぼんやりとなぜあのタイミングでクラリス先輩が来たのか、問いかけていた。
◇◇◇
クラリス先輩の実家はとんでもない豪邸だった。
アンジェの実家には規模で少し劣るが、噴水のある広大な庭に4階建ての白い荘厳な建物が映える。
これで晴れていれば、絶景だったのだろうが、生憎と曇り空。
「降りるわよ。歩ける?」
クラリス先輩が聞いてくる。
俺は無言で頷いて馬車を降りる。
エリオット先輩は馬車から降りるクラリス先輩に手を貸してあげていた。
「ありがとう、エリオット」
「いえ」
エリオット先輩は一礼して馬車に戻る。
馬車が離れていくと、クラリス先輩は俺の手を引いて屋敷へと歩いていく。
アトリー家お抱えの医者が使った治療魔法で殴られた傷は治ったが、治療魔法でも傷つき、悲鳴を上げる心は治せない。
「今日は両親は帰って来ないわ。ゆっくり休んでいって」
そうクラリス先輩は言った。
屋敷に男連れ込んで大丈夫なのかと思ったが、メイドや使用人も多くいる。
それに大臣の娘に手なんて出したら首が飛ぶ。
アンジェパパという後ろ盾があってもそんな向こう見ずな真似はできない。
しかし──収穫祭の時といい、クラリス先輩は何を考えているのか。
当てがわれた部屋のベッドに座り込んで俺はひたすら無言だった。
いつもなら皮肉や嫌味のひとつでも飛ばしてくるルクシオンはアロガンツとパルトナーの整備にかかりきりでいない。
コンコン、とドアがノックされる音がした。
返事をしない俺だったが、ノック音の主は「入るわよ」と言って部屋に入ってくる。
部屋着姿のクラリス先輩は俺の隣に座った。
「特待生の娘──オリヴィアさんのことは残念だったわね」
本当にそうだ。
そして──浮かんできた考えに自己嫌悪が湧き起こる。
もし、クラリス先輩の誘いを断って予定通りスメラギ島に行っていたら──そもそもクラリス先輩が俺を収穫祭に誘わなかったら──そうしたらリビアもアンジェも──ロイスさんもあんなことにならずに済んだんじゃないかって一瞬思ってしまった。
「仕方ないことですよ。あんなことになるとか──誰も想像もしてませんでしたし、どうにもならないですよ」
目も合わさずにニヒルに笑って呟く。
「嘘ね」
投げやりな感じで吐いた嘘はあっさりと見破られた。
「嘘じゃないですよ」
「嘘よ。貴方は自分を責めている」
クラリス先輩は真っ直ぐに俺の目を見て断言した。
透き通った緑の瞳が怖い。
「なぜ自分を責めるの?」
俺がもっとうまく立ち回っていたらこんな悲劇は避けられた。
リビアは植物状態にならずに済んだ。アンジェや、葬儀に来ていた大勢の人々にあんな悲しみを味わわせずに済んだ。メルセデス先輩はロイスさんを喪わずに済んだ。
そう思えてならないから、とでも言ったらクラリス先輩は何て言うんだろう。
クラリス先輩は答えに困る俺を見て何か感じ取ったのか、小さい子供に言い聞かせるようにゆっくりと、だがしっかりと話し始める。
「──リオン君。例え未来を見通すことができたとしても、運命を思い通りにすることはできないの。私たちは神とは違う。人間よ。どんな力があっても、どんなに聡明でも運命は手に負えるものではないの。だから──そう気に病まないで」
「でも俺は──」
言いかけて止めた。
俺は前世の記憶を持っている。この世界のことも、最終的に辿り得る結末も全て。
下手を打てばこの世界が滅ぶ、ということを知った上で、何もせずに心の隅でビクビクしながら生きていくなんて俺には無理だ。
俺がゲーム知識もルクシオンもまともに使いこなせなかった結果があの悲劇だ。
この上世界が滅んだら──俺はルクシオンに乗って逃げられるかもしれないけど、絶対後悔して一生悩むだろう。
──でも、こんなこと誰にも言えない。
同じ転生者以外には絶対に話せない、墓場まで持っていかなければならない秘密。
「リオン君──」
クラリス先輩はそう呟くと、不意に俺の頭を抱きしめた。
「え?あの、先輩?」
困惑する俺にクラリス先輩は先程とは打って変わった悲痛な声で言う。
「貴方がそんな風に苦しむのを見ているのはつらいのよ」
俺を抱きしめるクラリス先輩の腕は微かに震えていた。
「貴方が何を知っていて、何が見えているのか、私には分からないけれど──貴方がとても優しくて、人知れず人のために頑張っているのは知っているわ。私のことを救ってくれたのも貴方だし──」
クラリス先輩が俺の頭に頬を載せる。
「だからリオン君が苦しんで自分を責めているのを見ていると──つらいのよ」
予想だにしていなかった言葉に俺は驚く。
そして──俺の目から涙がこぼれ落ちた。
指で拭ったがすぐにまた新しい涙が出てきてこぼれ落ちる。
泣きたくないのに。勝手に涙が止めどなく溢れてくる。
俺はまた泣いた。本当にこっちの世界に来てから泣いては立ち上がり、立ち上がっては疲れ果てて泣いて、また──その繰り返しだな。
でも──一緒に泣いてくれる人がいるのは初めてだ。
たとえ泣いている理由はズレていても、俺のことを想って泣いてくれる人がいる。
それがたまらなく──嬉しかった。
この世界線のクラリス先輩エスパー過ぎない?ってツッコミはなしでお願いします