船泥棒
それは15歳になった年のこと。
俺【リオン・フォウ・バルトファルト】はボート同然の小さな飛行船で故郷の浮島を離れて旅に出た。
きっかけは親父の正妻ゾラの策略で50過ぎのバツ7妖怪婆──ゾラ曰く「歴史ある家の
このままでは俺は学園に通えなくなるどころか、軍人として死ぬまで働かされ、死んだら遺族年金は妖怪婆のものになる。
そんなの絶対に嫌だ。
だが、いかんせん状況が悪かった。
俺の実家であるバルトファルト家は離島の貧乏領主貴族。
学園に通うには食費、交際費、寄附金諸々ととにかく金がかかるのだが、その金が工面できない。
大体王都で贅沢に暮らしているゾラとその家族──長男のルトアートと長女のメルセ──への仕送りのせいなんだがな。
全くもって腹立たしい。今すぐにでも射殺してやりたいところだが今の俺には無理だ。
まあそれはさておき、既にルトアートとメルセ、そして次兄のニックスを学園に通わせているせいもあって、バルトファルト家の懐事情はかつてないほどに悪かった。
だから学園に通うための金を稼いで見合い話をナシにするべく、俺は冒険者になることを決めたのだ。
目的地は10年前に書き出していたとある浮島の座標。
前世で妹にプレイさせられていた乙女ゲーで課金アイテムの飛行船「ルクシオン」の回収ポイントとして登場した浮島だ。
主人公がそこに訪れるのは学園2年生の終盤。
今そこに行けば手つかずのまま残っている可能性が高い。
そう踏んで俺はそこを目指している。
主人公には悪いが、俺の命と幸福のためにチートアイテムは頂戴しよう。
いつか恩返しすればそれでチャラだ。──チャラと言ったらチャラなのだ。
その目的地へ行くための手段として親父が用意してくれたのはボート同然の小さな飛行船と武器弾薬、最低限の道具と軍資金だけだった。
冒険道具としてはなんとも貧相だがこれでも必死で揃えてくれたのだろう。
例えば俺が肩から提げているたすき型の弾帯──に入ってる魔弾なんて1発で100ディアは下らないし、それを撃つための軍用ライフルなんて5000ディアを超える値がする。
それまでバルトファルト家の軍が装備してた銃なんてどれも旧型で、実家の倉庫にあった銃も使い物になるのは2挺くらいしかなかったことを考えると相当な無理をしたのだと思う。
他にも1ヶ月分ほどの水と食糧、鉈やロープといった道具、途中で補給に立ち寄った時のための金とかの総額を想像するとこっちまで頭が痛い。
なんとしてもこの旅で何かしら持ち帰らなければ。
そう思っていた矢先、俺はとんだ災難に遭った。
◇◇◇
船出してから1週間ばかりが過ぎた時のことだった。
催した俺は海面に降りて用を足している途中でヒレの生えた巨大なワニみたいな水棲モンスターに襲われた。
大慌てで船に噛み付いたモンスターに斧を叩き込み、怯んだ隙に船のエンジンをふかし、追いすがるモンスターに貴重な手榴弾まで投げつけて逃れたはいいものの、荷物を固定していたカバーがはがれて水と食糧がだいぶ海に落ちてしまった。
回収しようにもさっきのモンスターが執念深く海面近くを泳ぎ回っている。
──随分恨めしげな目で。
なんだよ。先に襲ってきたのはそっちで俺は身を守るために防衛行動を取ったのに逆恨みもいいとこじゃないか。
かといってモンスターを倒そうにも火力不足だ。銛や爆雷などという水中の敵を倒すための武器は持ってきていない。
残念だが、諦めてどこかに寄港するしかなさそうだ。
幸い軍資金は肌身離さず持っていたので無事だった。足りるといいけど。
俺は地図とコンパス──方位だけじゃなく目的地への方角まで示してくれるファンタジーなやつ──を頼りに定期航路の寄港地に向かった。
その寄港地、ポルトーガ港に着いた時、食糧は尽きていた。危なかった。
水先案内人も雇えないまま混雑した一般向けの区画──貴族向けの区画も使えるが料金が払えない──に向かう。
ちょうど空いていた桟橋があったのでそこに入港する。
上陸して役人に料金を納めて商業地区に向かう。
この港では船旅に必要なものは何だって手に入る。まずは食事してその後食糧を買って──そんなことを考えていた俺は気が緩んでいた。
「ない!ない!なんでだあああ!」
飛行船に戻ってきた俺は叫んだ。
積み込んであった武器弾薬がなくなっていた。肌身離さず持っていた剣を除けば、荷物になる武器弾薬は全部船内に置いてきたのだが、それが仇になった。
ここは日本じゃない。スリや車上荒らし──船だから船上荒らしか?──の類は珍しくもなんともない。
警察だってあってないようなものだ。
ボート同然の小さな飛行船に値の張るライフルと魔弾を置きっ放しにするなんて盗んで下さいと言わんばかりだ。
「クソッ!どうすれば──」
はっきり言ってこの状況、詰みだ。
買い込んできた食糧では目的地の浮島までは保つだろうが、上陸したところで武器がなければどうにもならない。
浮島にはそこにある遺跡を守る敵がいるのだ。
古代から稼働し続けているロボットらしいが、そいつらに普通の武器は効かない。だからこそ無理を言って魔弾なんてものまで揃えてもらったのに。
なら、故郷の浮島に戻るのは?
論外である。今回の船出だって親父には相当無理をさせてしまった。
もう一度の船出などまずもって不可能だろう。
俺に待っているのは妖怪婆に売られて軍人として使い潰される運命。
逃げる?
これも論外。そもそもどこに逃げる?
それに俺が逃げたら弟のコリンが俺の身代わりになる。
かわいい弟を地獄に落として自分ひとりで逃げるなんて俺にはできない。
どうすればいい!?
思考は堂々巡りを続けるばかりで時間ばかりが過ぎていく。
つのっていくのは後悔と気が緩んでいた馬鹿な自分への呪いだけ。
本当に、この世界はモブに厳しい。
◇◇◇
「ねえアンタ」
不意にそんな声がしたかと思ったら頭をポンと叩かれた。
振り返るとそこにいたのはウェーブのかかった臙脂色の髪をした女だった。
頭にはヘアバンド代わりの布を巻き、ラフな船員服からのぞく肌は日に焼けている。
どうやら船乗りらしい。
年は俺より少し上だろうか──18から20歳くらいに見える。
「ちょっと協力してくんない?」
こんなピンチ状態の俺に何を期待しているのか?
「何に?てか誰だよあんた?」
思わずつっけんどんな態度を取ったが、女は気にした様子もなく話し始める。
これが
「あーしはアラベラ。見たとこアンタ船泥棒にやられたんでしょ?あーしもやられた。アンタは荷物、あーしは船。泥棒に盗られた者同士で手組んでみない?犯人の目星は付いてっから、あんたの船にあーしを乗せてくれたら取り返しに行けるぜ?」
弱っているところにつけ込む悪どい詐欺師の臭いがしないでもないが、しょせん追い詰められてた身だ。
この際乗ってやれ、というやけくそに近い気持ちで俺は返事をする。
「分かったよ。俺の船にあんたを乗せればいいんだな?」
「話早いね!助かるよ!じゃ、早速出航しようか」
アラベラはパッと明るい笑顔になると、もやい綱をほどき始めた。
「は?出航って今からか!?」
俺は思わず聞き返した。
既に日が暮れ始めている。夜の飛行は航路が狂い易くて危ないし、何より夜は寝るもんだろ。
「あったり前でしょ!このボロ舟じゃ今から出なきゃ追いつけないよ。それとも何?もしかして夜が怖いの?」
「──分かったよ」
悪かったなボロ舟で。文句あんなら親父に言えよ。
心の中で悪態をつきつつも俺は買い込んだ食料品を船底に固定し、防水カバーを被せる。
アラベラは手際よくほどいたもやい綱をまとめると我が物顔で舵輪のところに陣取る。
だが俺の船を勝手に操作させるわけにはいかない。
「ちょっと待てそこは俺の席だ。代われ」
「あーしが舵とった方がいいって。目的地だって分かってるしさ」
はあ!?冗談じゃねーよ。目的地も知らずに舵取りなんか任せられるか!
こちとら泥棒に遭ったばかりだぞ。そう簡単に相手を信用なんてできるわけない。
そっちの提案に乗ってはやるが、主導権を握られるわけにはいかないのだ。
「勘違いすんなよ!ここは俺の船で、俺の船を操作すんのは俺だからな!?あと目的地が分かってんなら俺にも教えろよ。それが嫌なら船を降りるんだな」
まくし立てる俺にアラベラは渋々といった顔で舵輪の前を譲る。
「む──分かったよ。目的地はアークロワイアル。知ってるでしょ?」
アークロワイアル。たしか地図のグリッドレイ伯爵領にそんな地名が書いてあったな。
「ああ。たしかグリッドレイ伯爵領の港町だろ?」
「そ。あーしらちょっとした用事があってそこに行くはずだったんだけどね。相方があーしを置き去りにしてくれやがったんだよね」
額に筋を浮かべた笑顔でアラベラは言う。
うん、割と本気で怖い。
今さら気付いたがアラベラはけっこう美人だ。美人が怒ると迫力がある。
「そりゃ──災難だな」
俺はアラベラから距離を取りつつエンジンを始動させる。
「そーいうことだから急ぐよ。針路は北北東!」
アラベラは舳先の方に移動して案内を始めた。
やれやれ。
妖怪婆に売られかけて、冒険者としてボート同然の小さな飛行船で船旅に出て、船に泥棒に入られたかと思ったらどこの馬の骨ともしれない美女と2人っきりでまた船旅に出るとは。
俺の人生ってほんとどうなってんのさ。
『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』略してモブせか──Web版も書籍版も漫画版もリオンがルクシオンを手に入れるための旅路の様子はほとんど描かれてなかったので勝手にSSを作ってしまいました。
他のキャラクターのSSもいくつか考えてるのでよろしければお楽しみください。
いろいろツッコミどころも多いモブせかですが個人的には大好きです。特にリオンの煽りは最高ですね。