乙女ゲー世界はモブたちに厳しい世界です   作:鈴名ひまり

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運び屋

「なんだよこの場所⋯⋯」

 思わずそんな声が漏れる。

 それも仕方ないだろう。何せそこら中に大小の岩が漂っていて、ちょっとでも操船を間違えたらぶつかって船体が砕けるか、挟まれて船ごと押し潰されるかという肝が冷えるような場所なんだから。

「心配すんなよ。あーしら飛行船乗りの間じゃ近道で知られてっからさ」

「いや、飛行船乗りなら普通避けるだろこんなとこ!」

 こんな機雷原さえ可愛く思えるような難空域をうまく切り抜ける自信は俺にはなかったので、不本意ながらアラベラに舵輪を握らせている。

 彼女と一緒に船旅に出てから丸2日が過ぎていた。

 この空域に入ってから俺は気が気じゃない。

「アッハッハ!リオンって臆病だよね!冒険者のくせにさ!」

 アラベラは恐怖なんてカケラも見せずに俺を笑っている。

 飛行船に乗って生きてるやつは度胸が違うということだろうか?

「お前と違ってこれまでずっとオカで暮らしてきたんだよ」

 俺と違ってアラベラは小さい頃から飛行船に乗ってたらしく、飛行船の扱いや風の読みも俺よりずっと上手い。

 ただアラベラは──何というか、真っ当な飛行船乗りじゃないような気がする。

 冒険者によって建国され、今でも冒険者が尊ばれるホルファート王国において仲間を「置き去りにする」というのは冒険者の末裔たる貴族のみならず、一般国民からも忌避される所業である。

 なのにアラベラの「相方」とやらはそれをやった。まともな飛行船乗りなら絶対にしないことだ。

 そしてそんなヤツと一緒に仕事していたというアラベラは──もしかするとカタギじゃない、深く関わるとヤバい女かもしれない。

 だとすればこんな難空域を「近道」として使うことにも辻褄が合う。

 最悪なのは──

「──空賊」

「え!?空賊!?どこ!?」

 アラベラが慌てた声を出した。

 声に出てしまったらしい。

「い、いや、なんでも。つい口が勝手に、じゃなくて!あれ?」

 必死で言い訳を考えるが思いつかない。

 アラベラが真顔になる。

「ねえリオン。あーしが空賊かもしれないって考えてた?」

 鋭い。

 俺は白状する。

「ああ」

「そっか。冒険者様に相方に置き去りにされたなんて言った上に、ここを通ったら勘付かれても仕方ないか」

 アラベラは俺から視線を逸らして言った。

「でもあーしは空賊じゃないよ。誓ってね。カタギだと言えば嘘になるけど」

 飛行船を停め、再び俺と目を合わせてアラベラは言う。

 力強い橙色の瞳に吸い込まれそうになるがここは至ってシリアスな場面だ。

 場合によってはここで船の奪い合いになりかねない。

「じゃあ、なんだ?」

 視線に眼力をありったけ込めて俺は問いかける。目を逸らしてはいけない。

「──運び屋。開けちゃいけないモノを運ぶタイプの、ね」

 アラベラは淡々と答えた。

 だが──安堵と同時に拍子抜けしたような気分になる。

「ハハ、ハハハ!なんだよ。ヒヤヒヤさせやがって。マフィアかなんかかと思ったわ」

「まふぃあ?」

 アラベラがきょとんとした顔になる。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。

「あー気にすんなよ。俺に地元の言葉。密輸業者と空賊の合いの子みたいなもんだよ」

「あー、犯罪ギルドのこと?あーしは運びの仕事は頼まれりゃするけどそいつらの仲間じゃないよ」

 どうやらこのアラベラという女はグレーゾーンで仕事してる人間らしい。

 クロでないなら別になんてことはない。俺を軍人として使い潰して遺族年金をせしめようと企んでる「淑女の森」とかいう組織の変態婆どもに比べれば可愛いものだ。

「えっと、リオンは平気なの?」

 アラベラは複雑な表情で俺に問うてくる。

 そりゃそうか。前世持ちという身の上で忘れかけてたが、今世での俺【リオン】はまだ15歳。

 ホルファート王国基準では一応成人と認められる年だが、アラベラからすれば世間知らずで純情な青二才に見えるのだろう。

 だが俺は前世と合わせると既に30年以上は生きてるし、変に凝り固まった正義感とか遵法意識なんてものは捨て去っている。

「世の中にはな、15歳になったばかりのいたいけな男子を50過ぎの妖怪婆に売りつけようとするクズとか、結婚相手の男を戦死させて遺族年金を貰うことを繰り返すような鬼畜が人の姿でのさばってるんだよ。そんなのに比べりゃ、運び屋とかなんでもねえよ」

「アンタ、その年で一体どんな人生送ってきたの?」

 アラベラがドン引きした顔で聞いてくる。

 今の話を俺のことだと見抜いたらしい。

「聞きたいか?反吐が出るような話だぜ?」

「んー聞くと後悔するような気がするけど──この空域を出た後にでも聞かせてもらおうかな?ほら、近道って言ってもぐずぐずしてたら追いつけなくなるし、ね?」

 アラベラが困ったような笑顔で言う。

 残念だ。この愚痴は誰かに聞いてもらいたかったのだが。

「そうだな。じゃ、アラベラ、引き続き操船を頼むぜ」

「任せてよね。それとあーしのことはベルでいいよ」

 アラベラ──改め、ベルは明るい笑顔に戻り、エンジンをふかし始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

「──で、そいつが目端は利くんだけど手癖の悪いヤツでさ。ちょうどこの船の隣の桟橋に停めたんだけど、あーしが届けモンしてる隙に自分の分だけ補給して船盗んでいきやがった。アイツは魔装具とかも扱ってたからアンタの船にあった軍用ライフルと魔弾の価値だって一目で分かると思うんだ」

 隣に横になるベルが自分のこれまでの旅を話してくる。

 彼女は親父さんから独立して自分の飛行船を持ち、仕事を始めて間もない新人の運び屋だったらしい。

 経験不足で相方の報酬を独り占めしようとする黒い欲を見抜けず、みすみす飛行船を持ち逃げされたのだ。

 それはまたなんとも同情する話だが──俺は寝かせてほしい。

 おっと、今の状況を説明しようか。

 これまで別々に寝ていた男女がいきなり同じ寝袋で寝ることになった。

 これまで寝袋はベルに貸してやっていたのだが、今夜はベルが一緒に入ろうと言ってきたのである。

 マントだけじゃ寒いのでありがたいのだが、美女と寝袋で密着状態のまま寝ろというのは──俺にはちょっと無理な相談である。

 前世の妹とゾラとジェナ&フィンリーで女の暗黒面を嫌と言うほど知っている俺だが、今の俺の身体は思春期真っ只中の15歳。

 さっきから心臓の鼓動が激しくなってるし、俺の意思に関係なく身体が熱を帯びている。

 身じろぎすると目の前にベルの顔があった。

 思わず目を逸らす。

 近くで見るとさらに美人だった。恥ずかしながら直視できない。

「あ、目逸らした。そーいうとこはまだまだ子供だねぇ。かーわいい♪」

 ベルが俺の反応を見て面白がっている。

 クソ。なんでこのベルという女はこうも美人で、しかも俺に対して優しいんだ!

 このままじゃ興奮状態の身体に引っ張られて本気で惚れかねない。

 ベルにとってこれは単なる旅仲間への厚意であって、期待するだけ無駄だと分かり切ってるのに!

 そもそも俺は運び屋とかいう超絶リスキーな職業の女と付き合いたいなんて1ミリも思ってないのに!

 

 

◇◇◇

 

 

 結局ほとんど眠れないまま出発の時間になった。

「今夜には接触できると思うから、作戦を考えないとね」

 舵輪を握るベルが言う。

 一緒の寝袋で寝たことくらいまるで気にしてない顔で。

 人の気も知らないで呑気なものである。

 まあそれは置いといて、作戦、ねぇ。

 ──正直思いつかない。

 ベルによれば持ち逃げされた飛行船はスループといって俺の飛行船より二回りほど大きく、速度も出る種類らしい。

 エンゲージのチャンスは一瞬だけだ。失敗すれば追いつけない。

 おまけに向こうには俺から盗んだ軍用ライフルと魔弾、爆発物がある可能性が高い。

 なかったとしても船内には自衛用の槍や拳銃が積まれている。

 剣1本の俺には分が悪い。

 ベルはナイフを持っていたが期待できない。

 あと使えるものといったら魔法だが──俺は攻撃に使える魔法なんて筋力強化くらいしかできないし、シールドだって張れない。

 使えるのはせいぜい飲み水を作るための浄化魔法とか、火起こし用の炎魔法、ぬるくなった飲み物を冷やすための冷却魔法くらいなものだ。

 悲しくなるほど低レベルなものばかりだな。

「ベル。お前は魔法使えるのか?」

 ちょっと期待してみるが返ってきた答えはにべもない。

「無理。あーしには魔法の才能なーい!」

 はーつっかえねー。

「接近戦に持ち込めれば組み伏せる自信はあっけどね」

 前言撤回。期待できるな。

「格闘術とかできるってことか?」

「そ。ママに叩き込まれたからねー。力で敵わなきゃ力の使い方で勝てって」

 うわー何その母親。逞しすぎやしないか?

 いや、運び屋なんて仕事をやってる一家ならそれくらいするだろうか?

 まあいい。とりあえず作戦の大まかな形は決まった。

「じゃあ俺がそいつの気を引いてる隙にお前が取り押さえる。それでいいか?」

「そうだね。それしかないよね」

 ベルが同意する。

 さてと、ベルの相方とやら、俺の武器とベルの船を返してもらおうか。




ベルちゃんもまだまだ小娘です
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