「来た!あと300!」
望遠鏡を覗いていたベルが叫んだ。
指差す先にいるのは前世の飛行船に似た構造の飛行船だ。
フグの胴体のような浮き袋の下に水上船のような船体が吊り下がっている。
船体に付いたプロペラは俺の飛行船より多く、サイズも大きい。
遠目でもかなり速いのが分かる。
「いい?合図で全速急降下だかんね!レバーがへし折れるくらい押し込んでよ!」
舳先でタイミングを窺うベルが大声で念押ししてくる。
「ハン!折れたら修理手伝えよな!」
こっちも大声で返す。
ポルトーガからアークロワイアルへと向かう航路は1本しかなく、それも先日俺たちが通ってきた岩石地帯を迂回するものだったから、先回りして待ち伏せが可能だった。
速度でもサイズでも上回る飛行船と接触するためにベルの立てた作戦はこうだ。
①浮き袋を持つ飛行船にとって死角になる真上から急降下してまず浮き袋を破る。
こうすればそれまで推進に振り向けていたエンジンパワーを高度維持にも振る必要が生じ、船速が大幅に下がる。
②その隙に俺の飛行船を船体に横付けし、乗り込む。
この作戦を実行するために俺はベルの飛行船を発見すると同時に全力で上昇し、高高度で飛行船の浮き袋を畳むというハイリスクなことをやっている。
「浮遊石」なる天然の反重力デバイスが存在するこの世界で飛行船が浮き袋を付ける理由は浮遊石を浮かべる「魔石」のエネルギーを節約するためだ。
浮遊石といっても魔石からエネルギーを供給しなければ浮かびはしない。
つまり、飛行船がどこまで上がれるかは魔石のエネルギー量に依存しているのだが、民間の飛行船に搭載されているような魔石は純度が低い粗悪品──外れ玉と呼ばれてる非力でエネルギー量に乏しいやつなのだ。
だが、そんな粗悪品でも結構な値段がする──冒険者ギルドや鉱山を持つ領主貴族が販売を独占してるせいだとベルは言っていた──ので、なるべくエネルギーを節約しながら使わなければならない。
だから飛行に必要な工程のうち「浮かべる」という役割はガスや熱い空気を詰めた浮き袋に任せて、浮遊石へ供給するエネルギーを出来るだけ少なくする、というやり方が一般的らしい。
ちなみに俺の飛行船の魔石は親父が無理して質の良いものを積んでくれているが、それでも高高度では浮き袋の補助がないと高度を保つだけで精一杯になる。
かといって浮き袋を付けたままでは急降下なんてできやしない。
だから俺は空気抵抗を減らすため、浮き袋を畳んで船体に括り付けている。
(いつの間に俺はアクション映画に出演してんだか)
高度を保つために魔石は浮遊石に大量のエネルギーを送り続け、マゼンタ色の強い輝きを放っている。
爆発とかしないだろうな?
「真下に入るよ!3でマーク!」
ベルが叫ぶ。
俺は魔力回路制御装置と上昇・下降用のレバーに手をかける。
「1!」
制御装置のリミッターを外し、エンジンにエネルギーを送り込んで加速。
魔石は電球の何倍も明るく輝き、直視できない。
「2!」
浮遊石へのエネルギー供給をカット。エンジンにエネルギーを振り向ける。
飛行船は気持ち悪いほどゆっくりと落下し始める。
「3!!」
制御装置のリミッターを戻し、レバーを限界まで押し込む。
飛行船は舳先を下に向け、猛スピードで降下していく。
凄まじい風圧が俺の身体にかかるが、レバーを押し込む手は緩めず、跳ね上がろうとする飛行船の頭を押さえつける。
目標の飛行船がどんどん近づいてくる。
相手が気づいたらしく、回避行動を取り始めた。
だが全速で急降下中の飛行船はろくに針路調整ができない。特に横方向には。
俺の飛行船は真っすぐに相手の浮き袋目掛けて突っ込んでいく。
(当たれえええええええ!)
船底が浮き袋を擦ったかと思うと小さな衝撃が走る。
船体まで擦ったらしいがすぐにレバーを引き、今度は上昇に転じる。
(やった!手応えあった!)
だが上を見上げると──相手の浮き袋は健在だった。
(効いてない!まさかミスった!?)
一気に冷や汗が噴き出る。
「プロペラがもげてる!そのまま上昇して!」
だがベルの口からは予想外の言葉が出てきた。
見ると相手の船体後部のプロペラが1基なくなっている。
ああクソ。死角になるほかに被害が少なく済むからという理由もあって浮き袋を狙ったのに、浮き袋を破らずに大事なプロペラをもぎ取っちまうとは。
飛行船のプロペラは高価な部品なのだ。
ベルのやつあとで損害賠償とか請求してこないだろうな?
一抹の不安を抱えたまま俺は飛行船のエンジンを全開にしてベルの飛行船を追いかける。
だが相手の飛行船も追われてることを悟ったらしく、増速し始める。
距離が縮まらなくなってくる。
「このままじゃ引き離されっぞ!」
「もう!リオンがドジやるから!」
ベルは悪態をつきながらも次の手を用意していた。
俺の飛行船の錨を投げ縄みたいに頭上でぐるぐる回したかと思ったら、身体の捻りを加えて投げた。
錨は見事に相手の船体と浮き袋を繋ぐ索具に引っ掛かった。
相手の飛行船にこっちの飛行船が引っ張られる形になる。
ベルは素早く錨のロープを船首に掛けると、舵輪の前に移動してきた。
「操船代われ!」
ご命令通り、俺は素早くベルと交代する。
こんな状況だ。ジェナに命令された時みたく口答えする気は起きない。
ベルが舵輪を握ったのとほぼ同時に相手が船体を左右に揺らし始めた。
ロープで繋がったこっちも同じように、いや、小さくて軽い分もっと大きく揺れる。
だがベルはすぐに舵を巧みに調節し、相手の動きと同調する。
ベルの見事な操船で俺の飛行船は水平状態を保つ。
だが問題はどうやって相手との距離を縮めるか。
俺は魔法で筋力を強化して必死にロープを引っ張り、手繰り寄せようとするが、ちっとも距離が縮まらない。
クソ!なんでキャプスタンのひとつもないんだよこの船は!
誰が冒険に出る俺にこんな頼りない
親父だった!
そんな悪態が浮かんでくるほどビクともしない。
「リオン!引っ張っても無駄だ!それよりそのロープを伝ってあっちに移れ!」
は?コイツ今なんて言った?
「はあ!?正気かよ!?どう考えても途中で落ちるだろ!」
「アンタ冒険者でしょ!それに男なんだし、それくらいの度胸見せなさいよ!」
嗚呼凄まじきはことわざになるくらいの社会観念。
こんな危険なタスクを「男は度胸」で乗り越えろ、とは!
しかも冒険者っつっても俺はなりたくてなったんじゃないのに!
「成功させたらさっきあーしの船からプロペラもぎ取ったの、チャラにしてやるからさ!」
やっぱり請求する気だったのかよ!
まあ俺のミスと言えなくもないし、仕方ない気もするが。
「ああ!もう!分かったよ!約束だからな!」
俺は腹を括ることにした。
(なんでモブの俺がアクション映画の主人公みたいな真似しなきゃいけないんだよ!)
船首に括り付けられたロープをさらに巻いて補強すると、俺は再び魔法で肉体を強化してロープに両手足でぶら下がる。
空中の鬼ごっこはまだ、終わらない。
──「お前を探すだけでも人生数回分の頑張りだったからな」
リオンにそう言わしめるほどの冒険ってどんなんだったの?って妄想を膨らませていった結果がコレ
なお飛行船なので車ほどのスピード感はない模様。