発煙筒1個。
それがランダル──俺の武器とベルの船を盗んでこの浮島に置き去りにされることになった男──に持たされた全てだった。
船に収監して食糧を消費されるのも困るということでランダルは途中に浮かんでいた無人の浮島に置いていくことになった。
飛行船乗りが無人島に置き去りにされる時は手ぶらではなく、何かしら持たされるのがしきたりらしい。
助けを呼ぶための発煙筒というのはかなり温情がある方だろう。
これが他の運び屋とか空賊だったら自決用のピストル1挺・弾1発、あるいは手榴弾だったりするらしいし。ベルは優しいな。
ランダルは時間をかければどうにか自力で解ける程度に縛られ、猿ぐつわをされたまま島の縁に置き去りにされて小さくなっていった。
何か叫ぼうとしていたような気もするが命を助けてくれたことへの感謝に違いない。
恨みのこもった目をしていたようにも感じたが、きっと気のせいである。
◇◇◇
「今夜はちょっと奮発しちゃったよ!」
エプロン姿のベルが得意げに料理を運んでくる。
肉に卵に魚の燻製、乾燥させたブドウみたいな果実に、柑橘系の果物を輪切りにしたものをごちゃ混ぜにして盛りつけた色鮮やかな料理だ。
「こりゃまた、豪勢だな」
俺は船旅に出てから久しく目にしていなかった彩り豊かな食事に唾が湧いてくるのを我慢できない。
「サルマガンディっていうんだ。祝い事の時に出すんだけどね。今日のは大事な商売道具の奪還祝いってとこだよ!スピリッツだってあるぜ?」
ベルが茶色い液体の入った瓶を置いた。
「いや、悪いが俺は飲まないようにしてんだ。ベルが全部飲めよ」
「そうなの?じゃ遠慮なく♪」
ベルは金属製のコップに酒をなみなみと注ぐ。
俺は水。せめてウーロン茶でもあってくれないものか。
ベルがコップを掲げて音頭を取る。
「じゃ乾杯!あーしら名コンビの活躍に!」
「── 素晴らしき未来に」
まあ、名コンビかどうかはさておき、この女と共闘できて良かったとは思う。
あとは俺の冒険を成功させて、平和で安泰な学園生活&その後ののんびり快適スローライフを実現できれば。
やっとこの
「か──ッ!祝い酒は格別だぜ!」
ベルがハイになっている。
オッサンかよ。
前世の会社の飲み会思い出すわ。
たしか酔っ払って今のベルみたいな変なテンションになった挙句、寝落ちしたヤツをおぶさって帰ったっけか。
今となっては飲みに行った居酒屋の名前も参加してた同僚の顔も名前も思い出せないが。
その夜は2人で夜通し飲み食いしまくった。
◇◇◇
アークロワイアルは実家の港とは比べ物にならない、ポルトーガよりもだいぶ大きな港町だった。
大型の桟橋に飛行船を横付けしてもやい綱で係留する。
ベルの取引相手は桟橋の前で待っていた。
「妹の誕生日には何を贈る?」
「11月の薔薇を」
合言葉を確認して隠し倉庫にあった妙なトランクを相手に渡すベル。
相手はトランクをさっと検分すると提げていた鞄をベルに渡した。
そのまま相手はそそくさと去っていく。
どう見てもあの妙なトランクの中身は何かヤバいものに思えるが俺は見なかった。だから気にしない。
「任務たっせーい!!いやー解放された気分!」
ベルが大きく伸びをしながら船に戻ってくる。
「さて、ジャンクヤードに行こうか。修理部品が格安で買えるよ!あーしの船のプロペラとリオンの船のエンジン」
「勘定を考えると今から頭が痛いんだがな?」
俺は上機嫌のベルにちょっと嫌みをぶつける。
エンジンをオシャカにしてくれちゃったのはこの女である。
おまけに相方がいなくなって今回の「仕事」とやらの儲けは全部独り占めしていた。
まあ、俺が分け前を寄越せというのもなんだかなあ、って感じだが。
「ん〜じゃあこうしよう。エンジンはあーしが持つからさ。リオンはプロペラ。それで交換条件、おあいこってことで」
「ふざけんなよ、俺にそんな金ねえよ!」
「何を言ってるんだリオン君。その魔弾を2、3発売れば合わせて充分足りるじゃないか?」
コイツ、俺に魔弾を売れと言いやがった。
それは無理な相談というものだ。
「魔弾を売るとか無理だ。足りない分は貸しにしてくれないか?」
「──貸し、ね。個人的には信用してもいいけど何か担保が欲しいかな」
ベルが言う。
俺には担保にできるものは──あれを使うか。
俺は懐からバルトファルト家の家紋を刻んだ貴族用の通行手形を取り出した。
「俺の本名はリオン・フォウ・バルトファルト。バルトファルト男爵家の三男坊だ。バルトファルト領の景気が良くなったとか言う情報があったら、バルトファルト領に来てみてくれ。借りはそこで返す。利子だって付ける」
ベルは通行手形を見て少し驚いた顔をして──
「──分かった。契約成立だね。利子は年20パーセントで頼むよ」
貸しを了承してくれた。
おまけに利子は月利にして1.7パーセントくらいとこの世界じゃ良心的な方。
だが年利になるまで借金している趣味はない。
「1年もかけてられるかよ。2、3ヶ月ありゃ返してやる」
「ふふ、言ってくれるじゃない。じゃあそれくらいの時期に行こうかな。それにしても、リオンって貴族様だったんだ。全然そんな感じしないけど」
「離島の田舎領主なんて平民とおんなじだよ。領主自ら毎日毎日畑仕事やって自給自足してるんだぜ?」
「あはは!何それ!なんでそんなことになんのよ?」
ベルが俺の実家について知りたがったので俺たちは実家の状況を愚痴りながらジャンクヤードまで歩いた。
ベルは俺の話を楽しそうに、時々同情しながら聞いていた。
貴族家の人間なら実家の窮状を話しても鼻で笑うだろう──少なくともゾラの一家はそうである──が、コイツはちゃんと話を聞いてくれる。
転生してからこの方、親父やニックスくらいしかまともにこういう話ができる相手はいなかったからなかなかに饒舌になれる。
◇◇◇
『ネヴィル工廠製1137式32型』
長ったらしい製品名をしたエンジンは思いの外、すぐに見つかった。
ベルの船のプロペラも同様だ。
ジャンクヤードには墜落した飛行船から剥ぎ取った部品から討伐された空賊の飛行船・鎧まで色々と入ってくるらしい。
経営しているのは【スクラッパーギルド】なる目利き集団。
彼らの手にかかれば一見粗大ゴミ置き場にしか見えない敷地の中から注文の品がすぐに見つけ出されて客の前に届けられるのだ。
スタッフは一体どういう頭をしているのやら。
ちなみに部品は手に入るが本格的な修理などは専門の工場でないとできないらしい。
ジャンクヤードはあくまでも現地修理用の部品や再利用品を売っているだけ。
その点、俺の飛行船はあまりに小さいことが却って幸いし、エンジンが丸ごと手に入ったのだった。
台車を押して桟橋に戻ると早速修理に取りかかった。
オシャカになったエンジンを取り外し、買ってきたエンジンを取り付ける。
魔力回路を繋いで動くかどうか、確認。
問題なし。
これで俺は俺の冒険を再開できる。
ベルとはここでお別れだ。
翌朝。
ベルは俺を見送りに来てくれた。
「じゃあな、ベル。世話になった。おかげで冒険が続けられる」
「ああ。あーしこそ船を取り返して儲けも受け取れた。リオンのおかげだ」
ベルが優しい笑顔を見せる。
「そうだリオン、これ持ってけよ。あいつの代わりに運び仕事手伝ってくれたから、その礼にやるよ。軍資金が要るだろ?」
ベルが札束をひとつ、俺に渡してきた。
なるほど。俺の分け前というわけか。
ありがたく貰っておこう。
「助かる。ありがとな」
飛行船に乗り込んでエンジンを始動する。
プロペラが回り始め、船はゆっくりと桟橋を離れていく。
お別れのキス──みたいなロマンチックなものはなかった。
全く期待してなかったと言えば嘘になるが、変に情が湧いても困る。
困ってた者同士で共闘しただけだ。
それでいい。
俺はエンジンのパワーを上げた。
随分と道草を食ってしまったので急ぎたい。
俺が目的地に着いたのはそれからさらに半月ほど経った頃だった。
ベル(*・∀-)「あーそーいえばお別れのキッスしてなかったねぇ。なんなら今してやろうか?」
リオン( - " - ; )「からかうなよ」
ベル(´v`)「それは残念だねぇ。今のがあーしのファーストキス奪えるチャンスだったんだけどな〜」
リオン(;゜д゜)「それより、あの妙なトランクの中身はなんだったんだよ?」
ベル(-˙ )「それはあーしにも分からない。開けたりなんかしたら間違いなく──」
リオン(;゜д゜)「間違いなく?なんだよ」
ベル( ゜∀゜)「信用がなくなって仕事の依頼が来なくなる!」