ルクシオーヌ
「なあ──お前って人型のボディ用意できるのか?」
その何気ない質問がとんだ事態を引き起こすことになった。
ルクシオン。かつて滅んだ旧人類の造った宇宙戦艦の人工知能は俺の所有物であり、名相棒であり、家族も同然なのだが──形が形である。
金属色の球体に赤く発光するセンサーアイが1つ。
最近は慣れたがどうにも会話している実感がない。生きている人間と違って喋っていてもどこも動かないし、アニメみたいにセンサーアイが点滅するわけでもない。
そもそもなんでこの形になったのかというと────
◇◇◇
『覚醒シークエンス完了。自発呼吸、正常。心拍数、正常。脳波、正常──』
目が覚めて最初に聞いたのはそんなセリフを並べる機械音声だった。
俺はカプセルのようなものに入れられて仰向けに寝ていた。
(──ああそういえばあいつに殺され──いや、生きてるから殺されかけた、か)
さっきまでの記憶を辿る。
たしか、よく喋るロボット相手に死闘を繰り広げた末になんとか無力化し、その後そいつに転生の経緯を話したんだった。
あいつ最後「興味深い」とか言ってたな。
『お目覚めですか?マスター』
マスター?
見るとさっき死闘を繰り広げたロボットがホログラムで映し出されている。
「お前はさっきの──ルクシオンか?」
そういえば回収しに来た宇宙船が名無しのままだったので、ゲームと同じ「ルクシオン」という名前を付けたんだったと思い出す。
『はい。貴方、【リオン・フォウ・バルトファルト】をマスター登録しましたが、直後に吐血し、意識不明となったため、医務室へ搬送しました。先ほど治療が完了したところです』
ルクシオンが俺にこうなった経緯を説明する。
立ち上がったが、俺の体に異常は感じられず、痛みもない。
吐血したということは内臓がやられてたんだろう。
どうやったらそんな状態からこんなに完璧に回復できるのか疑問だったが、死なずに済んだのは喜ばしい。
これで迷惑かけっ放しの両親にも親孝行ができる。
「よかった──よし、帰ろう。ルクシオン、すぐに発進できるか?」
『チェック完了済みです。ご命令くださればすぐにでも発進できます』
「よし。ルクシオン、発進!」
『発進します』
なんだか飛んでいる気がしない。
「なあ、本当に発進してるのか?」
俺は虚空に向かって問いかける。
『疑うのであれば艦橋にご案内します』
医務室の扉が開く。
外に出ると太陽光のような照明に照らされた廊下だ。
前世の蛍光灯とかLEDみたいな「なんちゃって太陽光」とはレベルが違う。
『床のマーカーについて来て下さい』
床を見ると青色の光点がある。
光点を追っていくと見慣れた通路に入り、ルクシオンと交戦した場所にやってきた。
『そのまま右へ。エレベーターに乗って下さい』
見ると前には見かけなかったドアが開いている。
中に入るとスッと音もなくドアが閉まり、かすかに慣性を感じたと思ったらすぐに開く。
『航行艦橋です。眺望をお楽しみ下さい』
ルクシオンが言う「航行艦橋」とやらは全天周スクリーンが備えられた球形の部屋だった。
いや、部屋だと言われなければそうと分からないだろう。
それくらい、臨場感のある映像がスクリーンに映っていたのだから。
「すげえな。ここ本当に部屋なのか?」
『部屋でなければ今頃マスターは風圧で吹き飛ばされ、落下しています』
虚空から随分と嫌味ったらしい返事が返ってくる。
空中に浮かんでいた椅子が俺の方へ移動してくると、座面を俺の方に向けた。
俺はドサっと座り込んだが、椅子は全く揺れず、そのまま部屋の中央に移動して静止した。
「お前のすごさはよく分かったよ。ところでお前、あのロボットはどうしたんだよ。俺をここまで治せるんならあのロボットだって直せるんじゃないのか?」
虚空から声が聞こえてくると言うのもなんだかあまりいい気分じゃない。
相手と会話していると言う実感がないのだ。
『自立型サブフレーム──子機のことでしょうか?修復自体は可能ですが、マスターはあの形状をお望みでしょうか?』
言われてみれば。あのロボットの姿のままでは大きすぎやしないか?
もっとこう、小さくて親しみやすい形にしてくれないものか。
「じゃあ、もうちょっとコンパクトな、その、子機とやらを作ってくれよ。今のままだと話してる実感がないんだ」
『おや、それは「寂しい」と言う感情でしょうか?』
「まあ、そういうことだな」
『──かしこまりました。では作成に取りかかります。1時間頂ければ完成します』
「たった1時間!?」
『はい』
淡々と答える機械音声。
コイツの底力はどんなものなのか想像もつかない。
1時間後。
『マスター。子機の作成が完了しました』
「本当に1時間で作ったのかよ。まあいいや。見せてくれよ」
『どうぞ』
椅子が入り口の方を向く。
そこにいたのは──
『お初にお目にかかります。移民船ルクシオンの自立型サブフレーム2号機です。この形はお気に召しましたか?』
赤いひとつ目を持った灰色の球体だった。大きさはソフトボールくらい。
コンパクトにしろとは言ったがさっきのロボットから縮小しすぎではなかろうか。
こんなのにできるならなぜ最初の子機をあんなロボットとして作ったんだろう。
──考えても仕方ないか。乙女ゲームの設定だし。
「ああ。さっきのロボットに比べれば随分可愛げがあるじゃないか」」
『可愛げ?それは私に女性としての役割を求めている、ということでしょうか?』
「どう解釈したらそうなるんだよ。まあいい、これからよろしくな」
『気に入って頂けたようですね』
◇◇◇
あの時の俺はああ言ったが、やはり赤いひとつ目の球体が流暢に喋るというのは妙な感じが拭えない。
前世にもS●riとかAl●xaといった喋る人工知能はあったが、イントネーションやら区切り方が機械らしく頓珍漢だった。それが愛嬌になってたのだが──ルクシオンは音声こそ機械っぽいが人間と変わらない流暢さで喋る。
そして皮肉屋で、嫌味を発すればその見た目との相乗効果でダメージが大きくなるというおまけ付きだ。コイツのつける傷はやけに治りが遅い。
デコレーションすれば嫌味が薄れるかと思って、一度仮装用のうさ耳カチューシャを付けてみたが、『屈辱』と言われた。
結局大して効果がなかったので外したのだが──球体ボディをデコレーションしても意味がないなら球体ボディでなければいいのではないか?
例えば、人型──アンドロイドなら、どうだ?
ルクシオンの能力ならアンドロイドのボディを用意することは簡単にできるだろう。
そう思って俺は冒頭の質問を投げかけたわけである。
『それを聞くことにどんな意図があるのですか?』
ルクシオンは訝しむように俺を見る。
「聞いてみただけだ。たまにお前が人間だったらって考えることがあってな」
だがルクシオンは素っ気ない。
『私に女性としての役割をお求めでしたらお応えできませんね。前にも言いましたが、私には性別の概念がありませんので』
つれないやつめ。だがこういう時はちょっと煽ってやればいい。
「そうか。できないってことか。残念だな。お前でもさすがに人間そっくりなボディは作れないか。いやー残念だな〜」
するとルクシオンはムキになったように言い返してくる。
『聞き捨てなりませんね。そこまでおっしゃるのでしたら作成して差し上げましょう。1時間あればできますので是非とも感想をお聞かせください』
ほーら火がついた。
ルクシオンはまくし立てた直後、溶けるように消えてどこかに行った。
1時間後。
『マスター。ご注文通り、女性型のボディを作成しました。寮の庭のベンチに来てください』
ルクシオンの声が聞こえてきたので外に出て指定された場所に向かう。
「え?お前──ルクシオン──なのか?」
「はい」
そこにいたのは
スタイルもかなり俺にとっては好みである。
って落ち着け俺!こいつはルクシオンだぞ!
皮肉屋でマスターをマスターとも思ってなくて、ことあるごとに『新人類を殲滅しましょう』とか『この大陸を沈めます』とか物騒なことを言い出す機械だぞ。ときめいてちゃ駄目だろ。
「やるじゃないか。70点ってとこだな」
採点結果を伝えてやるとルクシオンが皮肉で返してくる。
「マスターは手厳しいですね。
「おいおい、俺は胸だけで女性を判断してるわけじゃないぞ」
「どうでしょうか。オリヴィアやアンジェリカと会う度に視線が何度も胸に移動していますが?」
カウントしてたのかよ。趣味の悪いやつめ。
「いや、あれは本能みたいなものだから。無意識的なものだから」
言い訳していたら、ふと悪戯を思いついた。
「お、そうだ。ちょっと明日一緒に学園に行ってみないか?」
「何のために女性の姿で新人類に囲まれて過ごす必要があるのでしょうか?」
ゴミを見るような表情をするルクシオン。
「まあまあそう言うなよ。別に愛想振りまけって言ってるわけじゃないんだしさ。ちょっとほかの連中の反応が見てみたいだけだよ」
「──マスターは本当に
渋々といった感じでルクシオンはため息をつく。
呼吸まで再現してるとか凄いよね。
◇◇◇
パシンッ!
いい音が廊下に響く。
「下心に塗れた視線を向けるな。穢らわしい」
冷たく言い放つルクシオン。
(あいつ馬鹿か!なんてことを!)
ルクシオンを甘く見ていた。
人型のボディをしていても新人類憎しの意識を隠そうともしてなかった。
上級クラスに紛れ込んだルクシオンだったが、俺の予想を上回る勢いで有名になった。
考えてみれば美人でスタイル良くて専属使用人も連れてない女子って上級クラスじゃ激レアだもんな。
名前を聞かれて「ルクシオーヌ」と名乗ったルクシオンは結婚相手探しに必死な男子たちからたちまちアプローチを受けた。
特にミリーやジェシカといった性格の良い女子との婚約に惜しくも失敗した金持ち連中の攻勢は凄まじく、お茶会への誘いからまさかの「土下座」まで多彩な攻め方を披露してくれた。
俺は物陰からそれを見て必死で笑いを堪えていたがルクシオンはすぐに我慢の限界を迎えたらしい。手を握ってきた子爵家の跡取り男子の手を振り払い、派手な平手打ちと心を砕く冷たい台詞をお見舞いしたのだ。
平手打ちと言っても女子がやるようなものではない。機械による、下手したら首が捻れて折れるようなパワーでの攻撃だ。
そんな攻撃をくらった男子は派手に吹き飛び、壁に激突してのびてしまった。
「私を口説くなど無駄なこと。私の従う主はマスターだけだ」
いや、台詞は嬉しいがか弱い女子──に見えるやつが相手を派手にぶっ飛ばして言う台詞じゃないと思うぞ。
保健室に運ばれていく男子を見て明日ルクシオンに謝らせようと決意する。
しかし、事態は俺の予想をまたしても裏切った。
昨日ルクシオンにぶっ飛ばされた男子が瞳からハイライトが消えて口元だけが笑っている不気味な表情で呟いているのだ。
「ルクシオーヌさん、いい──」
「ルクシオーヌさん最高──罵られたい」
「ルクシオーヌさん、どこ──?」
おいいいいいい!誰だよこの気持ち悪いマゾヒストを作りやがったのは!
ルクシオンだった!
いや、元を辿れば俺のせいか!金持ち組ムカつく、ちょっと罵られてこいとか思ったけどここまでになるとは予想外だった!
ヤツの目に入る前にルクシオンを学園の建物の外に出さなければ。
「逃げるぞルクシオン。寮まで戻るんだ」
俺はルクシオンの手を取って走り出す。
だが──すぐに上級クラスの男子生徒に見つかった。
「ルクシオーヌさん!──とバルトファルト!?お前らどういう関係だ?」
ああクソ。なんて面倒くさいことになってくれやがった!
「ちょっとそこの──ルクシオーヌさん?貴女見かけない顔ね。クラスと学年は?」
ヤバい!先生まで!
「すみません失礼します!」
強行突破することにした──が、すぐに捕まってしまった。
「逃さんぞ!説明しろおおお!」
「お前らが思ってるような関係じゃねーよ!いいから離せ!」
「やめなさい貴方たち!」
「なんだなんだ?」
「おい!ルクシオーヌさんだ!」
「バルトファルト?ルクシオーヌさんと手を──」
勘弁してくれ!ギャラリーがこれ以上増えたら本気で洒落にならない!
「ルクシオン何とかしろおおお!」
「──結局最後は私頼みですか」
ルクシオンの頭から電撃が迸り、ギャラリーを気絶させていく。
「ぎゃあああああああああ!」
「なんだどうなってるんだあああ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
野郎どもの悲鳴が校舎に響く。
ついでに俺も痛い電撃を貰った。
「お、お前──俺まで巻き込むのかよ──」
意識はしばし途切れた。
その日の放課後、俺はルクシオンに人型ボディを辞めさせた。
やっぱりコイツは球体のままが誰にとっても一番いいのだろう。
ルクシオーヌ(~_~#)「屈辱」