元ホテルマンですが妖精メイドに転生してメイド長に一目置かれてます 作:微 不利袖
「......」
お嬢様に妹様...そして、妖精長が館に戻って丸1日...未だにこの子が目を覚ますことはない。時折、痛みに悶えているのか、寝苦しそうな声を漏らしたり、大粒の汗をかいたりと症状も酷く、意識が戻るような兆候もない
...昨日の夕方、まだ日も落ちきる前だと言うのに日傘もささず、ご自身の肌が焼けることなどお構い無しに、意識の無い妖精長を抱え館へと戻られた妹様...ぼろぼろと涙を溢すその様子は、一度私の思考を止めてしまった
そこからは余り覚えていない。気がついた時には永遠亭の医者が館まで足を運んでおり、妖精長の診察をしていた。結果...重症だけど命に別状はない、と言われた私は胸を撫で下ろした
館の住人...それに妖精メイドたちも、どこか何時ものような奔放さは無く、重く暗い空気が館を満たしていた。...ん?
「......咲夜、よーちゃんは...?」
「妹様......まだ、のようです」
「...そう、なんだ......」
ガチャリと扉を開け、中に入って来たのは妹様だった。日に当たってしまった箇所は包帯が巻かれ、泣き腫らした目元は赤くなっている。か細い声でそう問われ、私は首を横に振った
昨日、妹様は帰ってからご自身のことを責めていた。心を痛めていた妹様をお嬢様が慰めて下さり、最初に比べれば随分と落ち着かれた様子だった。それでも、いつもの明るい振る舞いはまだ、鳴りを潜めている
「目が覚めましたら、私が直ぐにお伝えしますので...今は自室でゆっくりお休み下さい...」
「...やっぱり、私のせいなのかな...?」
「!...妹様、それは「私が、一緒に行きたいって、我が儘言ったから!!...だから!...だから......よーちゃん...」妹様...」
掛ける言葉が、直ぐには思い付かなかった...私もそうだったから。もし、いつも通りに地底へ私が同行していれば...そんな考えが、私を縛り付ける。寝ずの看病も、ただ許されたいから、なのかもしれない...
消え入るような声でその名を呼び、崩れるように...すがるかのように、ベッドの脇に膝をついて妖精長の顔を覗き込まれる妹様...
「...起きるまで、ここで待ってても良い...?」
「...はい。...椅子、お持ちしますね」
「ううん、ここで良い...」
「ですが「ここが良いの...」...承知しました」
窓の外では夕日が、山の向こうへとその姿を隠していった...
「...もう下げていいわ」
「え、あ...分かりました~...」
ろくに手をつけず、夕食を終える私に困惑の色を隠せていない妖精メイドの1人。正直、こんな状況じゃ、いくら美味しくっても喉を上手く通ってくれないわね...
並べられた料理は全て運び出され、この部屋には私1人。咲夜は妖精長に付きっきりで看病してくれているようだけど、もう丸1日...少し心配ね
フランは...大丈夫な筈。昨日は少し気が動転していて、状態は良くなかったけれど...あの子は強いもの。私の、妹だから...
「...もう少し、強く言っておくべきだったかしら...」
難儀なものね...運命が見える、なんて
「......ん...んぅ...?」
鳥のさえずりが耳に入り、いつの間にか寝てしまっていた私の意識が戻る。いけない、妖精長は...って
「...タオルケット...」
気付くと、身体にタオルケットが掛けられている。...妖精メイドの誰かが、気を使って掛けてくれたのかしら...ベッドに上半身を預け、寝息をたてている妹様にも、同じようにタオルケットが...
「あ、起きられましたか。おはようございます」
「!...あ...」
突然、声を掛けられて身体を跳ねさせてしまう。でも、その驚きは聞こえた声色によって安堵へと変わる。いつものように、朝が来れば掛けられるその言葉がとても暖かかった
「申し訳ありません。なにぶん、この体躯ですので...ベッドへ寝かせられなくて...って、わっ!?」
「妖精長......良かった、起きたのね...」
「えっと...あの...」
いつものように丁寧な言葉...そう、私は思った。頭部にはまだ、痛々しい包帯が巻き付けられているものの、ちゃんと両の足で立って話している...私は嬉しさのあまり、彼女を抱き締めてしまった。そして...
「すみません...お名前、というか...どうお呼びすればいいですか?」
その言葉が理解出来なかった
記憶喪失
頭部の打撲などの外傷や薬物中毒のため、それ以前のある期間の記憶を無くしてしまうこと。医学的には、「健忘(症)」という
...特にここにはそういうヒントのようなものは無いみたいね...
「...ふぅ」
東洋の医学書を閉じ、一息吐く。...妖精長の目が覚めて、少し時間が経った。一度、永遠亭から医師が検診に来たものの、直ぐに記憶を呼び覚ますことはできない、らしい...
傷はもう治りかけているから、後は記憶...でも一筋縄では行かないようね...。担当医からは、いつも過ごしていた館で、のんびりと記憶が戻るのを待つのが得策、と教えられたけど...
「ここが大図書館だよー!いつもはパチュリー様と小悪魔さんが居るんだ。時々、モノクロ魔法使いさんが来たり...くーちゃんとか、それこそよーちゃんが本の整頓を手伝ったりしてたんだー」
「そうなんですね...」
「...何か思い出せない、かな?」
「...ご免なさい、何も...」
あんな風に手の空いた妖精メイドが、この広い館の案内をするようになった。今は赤色の子が案内してるのね...皆としては、できるだけ早くあの子に記憶が戻って欲しいようね...でも
「...それでも、妖精長を信じて待つしか無いのかしらね...」
何冊目か分からなくなった医学書が、また一つ積み上げられた
「よーちゃん、まだ思い出せないみたいなんです~...」
「...そうなんですね」
門の前、いつものように仕事をこなしながら、休憩する黄色い妖精メイドさんと話をする。何処と無く、その声からいつもの元気は感じられなかった
他の皆もそうだ。特に酷いのは咲夜さんに、妹様。あの日から妹様は外に出られていない...
「門番さん~...」
「...はい、なんですか?」
「よーちゃん...全部このまま、忘れたままなんでしょうか~......」
「それは...」
全部...そう、全部だ。この館で一緒に働いてきたことも、一緒に宴会へ行ったことも...あの時、椅子が崩れて落ちそうになっていた妖精長を、私が助けたことも...私が覚えていても、妖精長は...
「...お腹、空いたなぁ...」
サンドイッチの味はまだ、忘れていなかった
「......」
どうしようもなく、静かだった。...ここは地下室。少し前まで、私が1人でいた場所...独りだった場所。時々、少し嫌なことがあった時は、ここで1人になることがある
...よーちゃんは目が覚めた。凄く、すっごく嬉しかった。けど...よーちゃんが私のことを、フラン様って、呼んでくれはしなかった...
「よーちゃん...」
呟く声は直ぐ壁に跳ね返り、自分の心に突き刺さる。もう何度目なんだろ...私のせいで、私が我が儘言ったから、私が直ぐ気付けなかったから...なんて思うのも...
今は誰も、責めも、慰めもしてくれない...もう私は、独りじゃないと思ってた...でも、私はよーちゃんを独りにしちゃった...誰よりも独りが嫌だって、苦しいって知ってたのに...
「もう、我が儘なんて言わないから...」
お姉ちゃんなんて呼ばなくて良いから...帰って来てよ...
夢を見る。この館に住んでいる方々、働いている妖精のメイドさん、そして...私が、楽しそうに遊んでいる夢...全く覚えの無い夢を
「また、ですか...」
記憶が無くなってから、その夢のせいか直ぐに目を覚ましてしまう。寝ても覚めても、目に映るのは知らない光景...知らない天井だった
自分の懐中時計に目をやる。まだ深夜1時を回った辺り...また明日も、一応仕事がある。早く慣れ...いや、思い出さないと...もう寝よう...明日も早い
「こんばんは」
時計を仕舞い、今一度眠りにつこうとした時...聞き覚えのあるような、無いような...そんな声が聞こえた。いや、でも館の人たちとは違う...声の方を見る。そこには
「...え?」
「お久しぶりね、妖精さん...」
不気味な空間から顔を覗かせる、妖艶な女性の姿があった
シリアス多め、どころか、まんま全部シリアスでしたね...申し訳ないです。まだ少し、シリアス続きます...ここまで読んでいただき感謝です。それでは、また
シリアスパートですが、読まなくてもある程度お話に支障が出ないように書いているつもりです。因みに、そのシリアスな部分は読まれているでしょうか。
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