元ホテルマンですが妖精メイドに転生してメイド長に一目置かれてます 作:微 不利袖
他の妖精メイド達へ指示を一通り出し、手早くカルシウムと糖分を補給した私は朝食を一式載せたワゴンを押しながら廊下を進んでいた。まだちょっと口の中が甘ったるい...
さて、私がメイド長に言われたのは大きく分けて二つ。一つ目が他の妖精メイドへの指示と出来ているかの確認。指示は今しがた出して置いた、大丈夫
そして二つ目。妹様の朝の支度、これに関しては初めてやる仕事になる...ちなみにこの館の主、吸血鬼である。なんというか、もう驚かなかったよね...
基本的に吸血鬼は夜行性であるが、昼間に外部の方々との用事がある時は朝に起きることもしばしばあるらしい...普段は夕方頃に起きられている
メイド長は夕方には帰る、と言っていたのでお嬢様のお世話は大丈夫だろう。何度か拝見したことはある。姿は10歳前後の少女だが、齢500を越えているという...
「ん、ここかな...」
そんな事を考えている間に、妹様のお部屋の前まで着いた。私はワゴンを脇に置いて、扉を叩く
「妹様、朝の支度に参りました」
......返事は無かった。どうやらまだ眠っているようだ...念のためもう一度
「妹様、お約束の時間に遅れてしまいますよ」
......返ってきたのは沈黙、まだ夢の中らしい...。二回の確認を経て、私は扉を開いた
「失礼致します...」
ワゴンを引き連れて、部屋の中へと入る。様々な装飾の施された家具が並ぶ中で、中央に鎮座する天蓋付きの女の子らしいベッドでは静かに寝息をたてる妹様の姿があった
さて、とりあえず起きてもらわなければ...私はベッドの近くにワゴンを止め、妹様の顔近くで声を掛ける
「妹様、もう朝ですよ」
「...んぅ」
口から漏れたまだ寝ていたい、ともとれるくぐもった声と共に寝返りをうつ
「妹様ー、起きてくださーい」
「んー...もぅ...ちょっとぉ...」
体を揺さぶりながら再度言う...これは強敵だなぁ。メイド長が他の子に任せられない、と言うのも納得できる
「ダメですよー、ほら、約束遅れちゃいますよー」
「むぅー...わかったわよぅ...さくやぁ...んぇ...?」
寝ぼけ眼を擦りながらようやく目を覚ました...どうやらメイド長と間違われているらしい。ごしごしと擦った目をぱちくりさせている
「あれ?咲夜じゃあない?...貴女は?」
「妖精長とでも、呼んで頂ければ。メイド長は朝早くから外に出ておりますので、代わりに朝の支度の方を任されました」
「んー...そう言えば昨日言ってたような...」
妹様はまだ半分寝ぼけた頭で昨晩のことを思い出しているらしい。私は話しながらワゴンを引き寄せ、朝食の用意をする。シリアルの入った器にミルクを適量流し込み手渡そうとする
「どうぞ、妹様」
「あーん」
「......」
「?...あーん」
「...し、失礼しました」
こちらに向けられた大きく開いた口に、一瞬思考が止まってしまった...おそらくこれが普通なんだろう。スプーンを手に持ち、掬って妹様の口へと運ぶ...どうやらお口に合ったようだ。
「んくっ...あー」
「...はい」
続けざまに開かれる口に同じようにスプーンを運んでいく...妹様が満足するまで、その往復は続いた。メイド長はいつもこれやってるのか...
「ん、ごちそーさま!ありがと妖精長」
「いえ、お粗末様でした」
ひとまずこれで朝の支度はおしまいだろう。私は空になった器をワゴンに載せる。後は残った館の仕事を...
「ん!」
「...はい?」
ベッドに腰掛けて両腕を万歳させる妹様......?どうかしたのだろうか。私の方に目を向けているが、その行動の意味がいまいち理解できなかった
「?...ん!」
「あの...妹様?」
「んー?...お着替えでしょー?ほら!」
「あ」
え、あ......ダメじゃね...?....ッハ?!しまった!ホテルマンの基準で朝の支度のこと考えてた!...すっとんきょうな声を出して、深く思考に潜る。ホテルマンとメイドの間で朝の支度の意味にズレがあったのもあり、お着替え、なんて概念が頭からすっぽ抜けていた。...不味い、かなり不味い。...いや、だって私、中身は成人男性なんですが...。外見はただの妖精のメイドさんだが、精神は男性なんですよ!?外はサクッと中ジューシーですよ!?...もう絵面がかなり不味い。他から見れば可愛い妖精のメイドさんが金髪少女の着替えを手伝っているなんとも平和でメルヘンチックな光景だが、こっちからすればもうただの犯行現場である。無論、そんな事知っているのは私だけなのだが... それでもやって良いことと悪いことがある。...いや、待て落ち着け、流石に...その...えーっと...う、産まれたままの姿は不味いが、寝間着と言えど下に何か着てはいるはず...いや、下着でも十分お縄だ。妥協して良い所ではない。しかしメイド長に任されたのもまた事実。...腹くくれ妖精長。...とりあえず素数を数えろ...1、2、3、5、7、11、13......
気が付くと、妹様はいつものお召し物を身に纏っていた...なんか記憶が飛んでいる気がする、いや無くて良いはずだ、思い出すな、自分を強く持て、妖精長
「ん!ありがと、えーと...妖精長?」
「...いえ、大丈夫です妹様...」
少し顔が熱い気がする。笑顔で感謝を述べる妹様にとりあえず返しておく
「...むー、ねぇ」
「...はい、なんでしょう妹様」
「妹様、って言うの、やめて欲しいんだけど...」
私の言動に少し思うところがあったのか、むくれた顔でそう言われてしまった
「私にはちゃんとフランドールって名前があるの!」
「ですが妹様「むー...」...わ、分かりました、フランドール様」
「...フランでいい」
「へ?」
突然ハードルが上がった気がする。主人の妹様を愛称で呼ぶのは流石にどうなんだろうか...同じような顔でこっちを見ている...
「...分かりました、フラン様...そんなに見られても、これ以上は譲歩できません」
「むー...まあいいや。...あーあ、私もお姉ちゃんが良かったなぁ...」
そんな呟きが聞こえた...確かに弟や妹は何かと兄、姉を基準にされるのが少し億劫なこともある。吸血鬼でも、そこは変わらないようだ
「......ねぇ」
「?どうされました、いもっ...フラン様」
「...一回だけさ...私のことお姉さま、って呼んでくれない?」
「はえ?」
今日何度目かわからない間の抜けた声が口をついた。いや、流石に...と思ったが、おそらくやらないとダメだろうなぁ...これ。メイド長も大変なんだろうなぁ...
「...一回だけですよ...?」
「!...うん、うん!」
「......お、お姉...さま」
「!...えいっ!」
「え、ちょ...わぷっ?!」
顔から火が出てるかと思うくらい顔が熱い。なんて思っていると、フラン様が飛び付いて来た。突然のことで驚いてよろけてしまう...私は正面からフラン様に抱き締められていた...いや、だから絵面
「へ?ちょ、フラン様?!」
「んー...可愛い!ホントに妹ができたみたい!」
がっちりホールドされて抜け出すことが出来ない。ぶんぶん振り回されて、完全に妹扱いだ
「んー?あれ、お顔赤いよ...お熱でもあるのかな...?」
「へ?!い、いや大丈夫ですっ「お姉ちゃんが測ったげるねー!」フラン様!?」
ぴとっ、とフラン様の額が触れる。話は変わるが、この館にいらっしゃる方々は皆容姿端麗であり、フラン様も漏れること無くその中の一人だ。外見は10歳前後ではあるもののそんな美少女のお顔が殆ど零距離にあるのだ...神に誓って、前世の私は幼女趣味では無かった...筈である
「んー...熱ではないみたい...あれ?妖精長?」
...古来から日本では人間には煩悩が108個有ると伝えられている。年末になると除夜の鐘をその数だけ鳴らし、新しい年に煩悩を持ち込まぬようにと、そうやって年を越している。さて、主人の妹様に当たる方に対してこんな感情を持つことは万死に値する。おそらく人の頃の108の煩悩がこの頭から抜けきってないんだろう、そうに違いない。一足早い大晦日だ。私は伏せ、床に頭を叩き付ける。いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、しーち
「え?!ちょ、妖精長!?な、なにやってるの!?」
まだあと100回近く残っているのに止められてしまった。フランさまー、だめですー、まだのこってるんですー、あー
「もう、急にびっくりしちゃったよ...」
「...すみません」
少しして正気を取り戻した私は、正座して俯いたまま謝っていた。...なんか頭が痛い気がする
「あ、そういえばフラン様、お約束は大丈夫なんですか?」
「へ?......あー!!!」
素朴な疑問を投げ掛けてみると、少し間が空いてから思い出したように声を上げる...あちゃー、忘れてたみたいだ...
「どうしよ!?早く行かなきゃ!!あ、じゃね!妖精長!」
「あ、日傘!忘れないでくださいねー!」
ばひゅん、と風のように部屋から出ていったフラン様の背中に声を掛ける。わかってるー!と聞こえた気がするので多分大丈夫だろう...さて、と
はーち、きゅーう、じゅーう......
「あーっ?!妖精長が死んでるっ!?」
「しんでるー」
生きてます、はい
妹様
吸血鬼姉妹の妹さんの方。普段から近くに住んでる妖精や、魔法使いさんと遊んでいる。妹という立場に少し不満を持っているが、なんやかんや姉とは仲が良い
ここまで読んでいただき感謝です。それでは、また
シリアスパートですが、読まなくてもある程度お話に支障が出ないように書いているつもりです。因みに、そのシリアスな部分は読まれているでしょうか。
-
読んでる
-
読んでない