【別Ver.】ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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本稿の内容は、推敲未了のまま本編に暫定公開したものと同一で、投稿日時も本編と合わせてあります。
本編の改稿後もしばらくの間、アーカイブとして公開を継続します。



#8 Friendship(2)【暫定版】

「なんでこんなに買ってくるのよ!」

「おら落ち着かなくて……」

 黒光りする大きな座卓に、キリンのパッケージでおなじみの細長いパンが乱雑に広げられていた。その数、十本は下らない。

「しかもこれ全部クリーム味じゃないのよ! 少しは考えなさいよ!」

「でもこれがいちばんおいしいずらよ……」

 善子へのツッコミ役が常の花丸が、逆に激しいツッコミにさらされてしどろもどろになっている。

 珍妙な光景を前に、曜と月、ルビィがささやき合う。

「確かにクリーム、おいしいけど……」

「今日集まるの、七人だよね? 一人二本?」

「花丸ちゃん四本くらいいけるんじゃないかな」

 親友の奇行を前に、ルビィは遼香と菜々実にえへへっと照れ笑いしてみせる。しかし遼香たちに応じる余裕はなく、硬い表情のままキリンの群れに目を落とす。

「気が散るから、一度片付けようか」

「ずら」

 曜に促されて花丸は、広げたものをオレンジ色のポリ袋にしまっていく。長さ四十センチのパンが整然と収まるこの商品専用の袋で、パンと同じキリンのイラストがプリントされている。

「時間だから、始めるね。じゃあ、みんな、座って」

 進行役の曜が、月と並んで座卓の上座に着く。後輩たちは、ごく自然に、部室での全体ミーティングと同様の位置関係をとった。上座に向かって左側は、曜に近い方からルビィ、花丸、善子。右側は、月に近い方から遼香、菜々実。

 五人は座布団にきちんと正座する。

 Aqours二年生組とマーメイズの会見場所に設定されたのは、花丸が祖父母とともに日々暮らす古寺の、本堂であった。

 中央奥には本尊を安置した荘厳な須弥壇(しゅみだん)などが配されているが、その手前、畳が敷き詰められた礼拝スペースに、この日黒檀の座卓が据えられ、冷茶のグラスが人数分並ぶ。周囲は()りガラスの入った障子戸で、電灯をつけなくてもそれなりに明るい。正面と左右の三ヶ所を、風通しのために建具一枚分だけ開けてある。

「私が活動休んでる間にいろいろあって、ぎくしゃくしてたみたいだけど、夏休みを通してお互い自分たちを見つめ直して、こうしてまた顔を合わせることができて、私はとってもうれしいです! 今日は、できるだけ本音で話し合ってほしいなと、私は思います」

 学級委員のような口ぶりで快活に言い終わると、曜は眼球だけを左右に動かして、後輩の様子をうかがう。

「……」

 反応がない。

「……硬かった?」

 おどけた口ぶりで、曜はきまり悪そうに亜麻色の髪をかいた。

「いいと思うよぉ。仏様も見てるからね」

 月がにっこりフォローする。

 いとこどうしの緩いやりとりにも、五人は厳しい面持ちを崩さない。

「……じゃあ、まずは、Aqoursから」

 声のトーンを一段下げて、曜はルビィに目で合図を送った。

 

 

 かわいらしい服を好むルビィだが、この日はシンプルな白い半袖ブラウスに長めの赤いプリーツスカート、という飾り気のない装いで会見に現れた。いつになく真剣な表情のルビィは、少しだけ間をとってから、遼香たちに話し始める。

「Aqoursとマーメイズで一緒にラブライブを目指そうっていうのは、私が最初に言い出したことで、二人も賛成してくれた。なのに、私の独断のせいで、菜々実ちゃんを傷つけて、遼香ちゃんを不愉快にさせてしまった」

 菜々実は悲しそうに、首を横に振った。遼香は微動だにせず、真正面からルビィを凝視する。

「あとから考えてみてわかったの、やり方はほかにもあったって。だからこれは、リーダーである私の失敗で、私の責任」

 そしてルビィは、正座の姿勢から無駄のない所作で起立した。

 周囲の視線が注がれる中、両手を前で重ね、深々と頭を下げる。

「……ごめんなさい」

 そのまま、しばらく姿勢を保った。

 ほかのメンバーもみな、ルビィを見上げたまま静止していた。

 蝉の声と木々のざわめきだけが聞こえる。

 やがてルビィがおじぎを終え、表情を変えずに再び正座に戻ると、遼香はルビィに向けていた目線を手元に落とした。

「ちょっと、いいかな」曜が遠慮がちに手を挙げる。「謝るときも座ったままでかまわないんじゃないかな。空気が変に重たくなるし。月ちゃんどう?」

「そうだね。知らない仲でもないし、言葉と態度で気持ちは十分伝わると思うんだ……まあ、ぼくたちが強要するのもなんだし、それぞれの判断でってことで」

「うん」

 月の意見に曜は軽くうなずいた。

 続いて、花丸が口を開く。

「じゃあ……」

 自宅の敷地が会見場となった花丸は、家でふだん着ているイエローのポロシャツ、それにデニム地のサロペットショートパンツのまま、マーメイズと相対している。

「Aqoursはラブライブで優勝しておごりが生まれてたんじゃないかって、いろんな人から指摘されたし、マルもそう思う。ときには無意識に、ときには意識的に、マーメイズを下に見て、自分たちのやり方を押し通そうとしていたのは否定できないし。そのことで……」

 いったん言葉を区切り、膝元の黄色いサコッシュから、淡いピンクの封筒を取り出した。

「梨子ちゃんの謝罪文ずら。読み上げるずらね」

 思わぬ展開に、遼香と菜々実は顔を見合わせた。

 花丸は、封筒と同じ色の三つ折り便箋を縦に開き、眼鏡のアンダーリムを中指でくいっと押し上げてから、横書きで綴られた直筆を口に出して読む。

 

 

  遠藤遼香ちゃんと吉原菜々実ちゃんへ

 

   Aqours & Mermaidsの活動中、Aqoursのやり

  かたで物事を進めようとしていたこと、二人

  の気持ちを十分にくみ取れなかったことにつ

  いて、Aqoursメンバー一同、大いに反省して

  おり、申し訳なく思っています。

   中でも、菜々実ちゃんをかばって憤慨して

  いた遼香ちゃんに対して私が感情的、威圧的

  にぶつけた言葉は、お互い合意したはずの

  “対等”という条件をないがしろにし、合同

  ユニットを崩壊させるに至った不適切で傲慢

  極まりないものでした。部長として面目次第

  もありません。

   ここに深く反省し、心より謝罪します。

 

      スクールアイドル部部長 桜内梨子

 

 

 メッセージを書きしたためた本人はこのとき、自分の隣の家に住むメンバーとともに境内に潜入し、ツツジの植え込みの陰で堂宇の中をうかがっていた。

「マル、二人の力になってあげられなかった。ごめんね」

 座ったまま優しく告げた花丸は、謝罪文を封筒に戻し、正面の菜々実の前に丁寧に差し出す。

 菜々実は躊躇し、横目で隣をちらりと見る。下を向き唇を噛みしめる遼香は、想定外のメッセージをなんとか自分なりに受け止めようと、心の内でもがいているようだ。

 眼鏡の奥の微笑みに微笑みで返しつつ、菜々実は封筒を受け取った。

「じゃあ、次は善子ちゃん」

 花丸に振られた善子はささやき声で、ヨハネ、といつもどおりに反応してから、咳払いをする。この手のシチュエーションでは立っていたり寝転んでいたりよそ見していたり態度がよろしくないことの多い善子だが、さすがにこの日は行儀よく正座を続け、斜め向かいの二人に目を注いでいる。

「そうね……まあ、ルビィとずら丸、それにリリーがだいたい言い尽くしてくれたけど。一つだけ、私から言っておかなければいけないことがあるわ。遼香に」

 名指しされてびくつき若干おびえた目で見てくる遼香に対して、善子は抑えた声音で語り始めた。

「覚えてる? いつかどこかのバカがあんたに言ったこと。頭の悪い自分に『対等』の意味をわかりやすく説明しろとか、自分たちのほうが成功も失敗も経験豊富だとか。

 得意げにマウントとったつもりでしっかりフラグが立ってて、そのあと盛大に自爆……ほんと、頭悪いわよねその子。私なんだけど」

「ええっ!?」

 驚く曜にかまわず、善子は続けた。

「自分たちの力のなさが痛いほど身に染みたし、自分自身の未熟さと愚かさを恥じているの。今さらみっともないけど、あのときの発言は撤回する」

 善子は正座のまま、左斜めに向き直る。

「……すまなかったわ」

 目を閉じて控えめに頭を下げた。

 会見前から遠い空で鳴っていた雷の音が、徐々に低く重く、響きを増してきた。

 Aqoursのメンバーから次々と謝罪を受けた遼香は、困惑と苦悩の色を浮かべる。

 善子が正面方向に座り直すのを見て、曜はルビィたちに確認する。

「Aqoursからは、こんなところかな」

「千歌ちゃんからのメッセージは?」

「今日は二年生に任せるって聞いたけど。何か預かってる?」

 月から指摘され尋ねてみたが、三人は互いに見合ったあと、首を横に振るばかりだ。

 遼香の顔が曇る。

「あれがそうなのかな」

 かすかな声で菜々実がひとりごちた。

 後輩たちに何も託さなかった千歌は、梨子と二人で前庭の低い植え込みに身を隠し、息を潜め耳をそばだてていた。

「あんまり聞こえないね」

「だから言ったじゃない」

「でも」

 薄暗くなりつつある空が一瞬、白っぽい明るみを帯びた。二人は空を仰ぐ。

「光った!」

「ひと雨来そうね。今のうちに屋根のある場所へ移りましょう」

 

 

「今度は、マーメイズの番だよ」

 月に促され、緊張した面持ちの遼香は大きく一度深呼吸してから、対面する三人に目を向けた。

「……何から話していいかまとまらないんですけど」

 落ち着きなく、ボソボソと話し始めた遼香。

「今しがた、四人からもらった言葉に驚いてるし、戸惑ってます。ただ……」

 一拍おいた直後、遼香は語気を強める。

「ただ私は、黒澤から吉原への謝罪の言葉さえあれば、それで十分で」

「……!」

 ルビィは息を詰まらせた。

「遼香……」

 菜々実はたまらず、座卓の下で遼香の左手に、右手を重ねる。

「一緒に活動を始めて……いえ、そのずっと前から。Aqoursの人たちに対して、立場や礼儀をわきまえず小生意気な言動を重ねて、その結果、Aqoursの名に大きな傷をつけてしまった……Aqours & Mermaidsを壊したのは、私です。

 今さら償えるとは思いません。でもけじめとして、謝らせてください」

 深刻な顔つきで、考えながら言葉をどうにか紡ぎ出して、遼香は立ち上がる。

「申し訳、ありませんでした」

 ルビィと同じくらい深く長く、頭を垂れた。

 すると――

「ルビィは悪くない!」

 遼香は、声の飛んできた左下を見た。

「私が力不足だったの。ただ……あのあと、みんなに無断で練習出なくなって、連絡もしなくなって……それがまさかあんなことになるなんて。ルビィたちを不安にさせて、混乱させて、取り返しのつかない結果に……全部私のせいなの、ごめんなさい!」

 感情を高ぶらせながら一気に話すと菜々実は立ち上がり、頭を下げて動かない。

 マーメイズの二人の様子は、迫り来る雨に備え鐘楼の陰で低く身構える二人の三年生からも見通せた。

 菜々実と遼香を気づかい、Aqoursの三人は順に、言葉をかける。

「井上先生から聞いたよ。遼香ちゃんをひとりにできなかったんだよね」

「それに、予備予選で私たちがやらかしたのは、あんたたちがバックレたからじゃなくて、私たちがフォーメーションを無理やりいじくったせいよ」

「ステージでの失敗は、ステージに立ったマルたちの失敗ずら」

 ルビィたちの発言を引き取って、最後は曜がまとめる。

「まあ、そこに行き着くまではみんなの失敗ってところかな。全然気づけなかった私も含めてね。誰か一人のせいじゃなくて、みんなの責任。だから菜々実ちゃん、頭上げて。遼香ちゃんも座っていいよ」

 二人は曜の勧めに素直に従った。

 菜々実は、鼻をすすり、目の周りを腫らしている。

 

 

   ▲▲▲

 

 

 レイと華穂が足を運んだ源兵衛川は、雲間から日が差しそうで差さない。

 この川はもともと農業用水なので幅が数メートルしかなく河原もないが、流路に沿って飛び石や木道などで散策路が設けられており、気軽に水辺と親しめる空間として愛されている。流れは浅く清らかで、水遊びには絶好の場所だ。この日も子供が数人、捕虫網を持って足首までつかり、魚捕りや虫捕りに夢中になっている。もちろんキャッチアンドリリースだ。夏休みも終わりが近い。

 その様子を、華穂は少し離れた木道から珍しそうに眺めていた。一方のレイにとっては別に珍しくもない風景で、違う角度に目をやっている。

「雨、こっち来ねえな。内浦あたり直撃か?」

 南の空が青黒い。

「内浦……」

 華穂がぽつりと漏らしたのをきっかけに、レイは切り出した。

「体験入部、まあまあ楽しかったな。花丸がいろいろ面倒見てくれたし」

「うん」

「相変わらずずらずら言っててウケるけどよ。成長したよなーあいつ。よく食うし、胸とかなんかもう……」

「私と背丈あんまり変わらないのに!」

「リアクション早えよ!」

 過敏に反応してノータイムでツッコまれた華穂はきまり悪くなり、ささやかな胸元に両手をそっと当てる。しばらくその体勢を保ったのち、控えめな声で話し始めた。

「率直に言うとね。スクールアイドルには、私向いてないと思った。ダンスできないし」

「確かにスクールアイドルのダンスってけっこう凝っててハードだよな。なめてたわ」

「それに……」

 華穂の脳裏には、口論のあげく三年U組の教室を飛び出していった赤Tシャツに長い髪の後ろ姿が焼き付いている。

「……部活動っていう環境に、適応できる自信がないの」

 仲良く楽しそうに川ではしゃぐ地元の子らを見つめながら、自分自身にけりをつけるつもりで、気持ちを言葉に変えた。

「やっぱり私は、一人で歌うのが性に合ってるのね」

「一人で飛び込んでくのが怖いってか」

「……」

 さらさらと流れる透き通った清水の底で、緑色の藻がたゆたう。

 無意識のうちに下唇を噛んでいた華穂に、レイは告げた。

「見落としがあるぞ、華穂」

 

 

   ▲▲▲

 

 

「ひととおり反省と謝罪も済んだことだし、この件はこれで決着ということで、みんなどう?」

 生徒会長の言葉に二年生たちはうなずいた。

 だが、まだ得心がいかずどこか思案にくれたようなメンバーがいる。遼香だ。

 曜はそれを気にした。

 天候は悪化の一途をたどっている。音圧を高めながら断続的に鳴り渡る重低音によって、雷雲がここ内浦に迫りつつあることは明白だった。一方では、会見自体、大きな山は越えたはずである。むろん、両者の間に因果関係は存在しないのだが――

「降ってきたみたいだね」

 言って、不安が顔に表れてしまったことをふと自覚し、曜は素早く切り替えを図る。

「でね、まだ時間もあるし。これから……これからどうするか。お互い本音ぶつけ合って、話し合ってみない?」

 そして、座卓をはさむ後輩たちそれぞれに、いつもの朗らかな笑みを投げかける。

 勢いよく、声が上がった。

「ルビィは!」

 注目が集まると、言った本人はハッとして、恥ずかしそうに言葉をのみ込んでから、正面の遼香たちに言い改める。

「……私は、もう一度、二人と一緒にやり直してみたいの」

「おらも同じずら。善子ちゃんは?」

「ヨハネ。私は……あんたたち次第ね」

 花丸に次いで、善子は座卓の斜め向かいにいる二人に目をやる。

 Aqoursの打診に対し、菜々実は言いづらそうに答えた。

「でも……きっとまた、足手まといになるだけだし……」

「続けなよ」遼香が遮る。「すぐには歌わせてもらえないと思う……だけど、吉原にはダンスがある。振付もできる。自分を生かせる場所がある……ほかの誰かとは違って」

「……遼香?」

 あとに続くであろう言葉を先に読み切った菜々実は、愕然とした。

「足手まといなのは私。続ける資格なんてない」

 

 


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