模試はクソですね
「これで調整終了、と……ふぅ」
ストライカーのハッチを閉じ、首に提げていたハンドタオルで額の汗を拭くフィーネ。ベストを脱ぎ、ボタンを2つほど外した上に汗で所々が肌に貼り付いたワイシャツ姿は、同じ格納庫で作業を行っていた整備兵たちにとって若干の目の毒になっていた。
「精が出るねぇ、フィーネ。自分で自分のストライカーの整備をするとは、感心感心」
薄汚れた手袋を取って段差に腰掛け、パタパタと手で顔を扇いでいたフィーネの背後から声がかけられる。それに対し、フィーネは振り返らずに答える。
「ジャニス、何か用ですか?」
「ありゃ、ノッてくれないんだ」
「それは申し訳ありません、しかし一息ついていた所でして」
残念げに言うジャニスの方に振り返り、肩をすくめながらの苦笑いで答えるフィーネ。それなら仕方ないか、と呟き、ジャニスが歩み寄る。そして、汚れた手袋を拾い上げ、僅かな間じっと見つめる。
「……フィーネ。私、これからちょっと失礼なことしちゃうけど、許してね」
「程度によりますが。何をするんですか?」
その言葉に、返事代わりに満面の笑みを浮かべるジャニス。そして座っていたフィーネの横に、手袋を2枚揃えてほいっ、と投げる。投げられた手袋は重力に従って落下し、無事にフィーネの横の位置に落ち着いた。
「なるほど、確かにちょっと失礼ですね……ですが、これが何か?」
手袋を拾いつつ、まだ本意を理解できていないフィーネが言う。その一連の動作を確認し、ジャニスが頷いた。
「今、
「はい、拾いましたが」
思わせぶりな発言に首を傾げるフィーネ。数秒間手袋を見つめてから、ジャニスに聞く。その言葉に待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、ジャニスが口を開く。
「私が手袋を投げて、フィーネがそれを拾ったってことはね……」
「それはまた、随分回りくどいやり方をしたんだね、ジャニス」
二対のストライカーのエンジンが奏でるヒィィィン……という高音が響く格納庫で、アナが言う。ジャニスがフィーネに決闘を申し込んだということで、特に急ぎの用が無かった部隊の面々は、2人の戦いの見物に格納庫に集まっていた。
「いやー、正面から『決闘しよう!』って言うのはなんか恥ずかしくて」
言われたジャニスが、横目で一瞬ある人物を見る。その人物はというと、5ヶ月ほど前にジャニスの言う「恥ずかしい」方法で決闘を申し込んだ人物だった。
「ちょっと、私のことを恥知らずみたいに言わないでよ!」
当の人物こと、フラムが顔を赤くして反論する。ジャニスがそれに「だってそうじゃーん」とからかうように笑って返した。
「そうだったのですか?フラム」
「……スリャーノフ大尉が言ってたように、回りくどいのが面倒だったからよ、フィーネ中尉。それに、交友を深めるためにやるのに、わざわざ形式ばったやり方でやる必要もないでしょ?」
一度咳払いをしてから、平静を装うように笑みを浮かべながらフラムが言う。それに納得したのか、フィーネが深く頷いた。
「いいから早く行きなさいよボイド!あんたなんか、さっさとやられちゃえばいいのよ!」
「はーいはい。ま、やられるつもりはないけどねーだ」
片目の下まぶたを指で下げつつ、舌をんべーと出すジャニス。フラムがまた何事か叫びそうになったため、正面に向き直り、格納庫から飛び立った。
「なんと言うか……幼稚な手ですね」
「でも、結構効いてるみたいですよ」
若干呆れが混じったような声で言うカニンガムに、声を低くしてフラムの方を見るレイ。確かに効果はあったようで、フラムは歯を食いしばってジャニスの背中を睨んでいた。
「ん〜〜!……フィーネ中尉!ボイドを倒してきなさい!これは隊長命令よ!」
「は、はい!」
地団駄を踏み、びしりとフィーネに人差し指を向けるフラム。その剣幕に、思わず背筋を正して返事をするフィーネ。そのままそそくさと飛び立ち、ジャニスの背を追っていく。
「……戦闘隊長ではあるけど、こういう時の指揮権はカニンガムにあるよね、多分」
「今は戦闘中じゃないですしね……」
「そこ!何か言った!」
こそこそと背後で話し合っていたアナとレイの方に勢いよく振り返り、フラムが怒声を張り上げる。
「いや?」
「何も言ってませんよ?」
顔を見合わせて頷き合い、口笛の一つでも吹きそうな顔ではぐらかす2人。それに、ふん、と一度鼻息を強く吹き、格納庫の中から雲一つない空を見上げるフラム。2人のウィッチは、すでに距離をとって向かい合っていた。
「聞こえていましたか、さっきのやり取り」
「聞こえてたよ。倒してこいってね」
やれやれ、と肩をすくめながら首を振るジャニス。
「ちょっとからかっただけなんだし、そんなに目の敵にしなくてもねぇ。前負けたのも気にしてるのかな」
フラムの心中を察したのか、苦笑いを浮かべながらフィーネが答える。
「その可能性はあるかもしれませんね」
「ま、いいや。とりあえず、始めようか。シールドとミサイルなしで、一発でも体かストライカーに命中したら負けね。わかった?」
「ええ」
手に持った訓練用のFM61をがしゃりと肩に担ぎ、フィーネが答える。それを見て、ジャニスが続ける。
「そんでさ、負けたら勝った方の言うことをなんでも一つ聞くっていうルールもアリにしたいんだけど、いい?」
ジャニスの提案に頷き、FM61を正面、つまりジャニスに向けて構えるフィーネ。口元に浮かべていた微笑みと視線が少しずつ鋭さを増し、臨戦態勢に入っていることを告げている。
「私は構いません……ですが、隊長命令もありますし、勝たせていただきますよ、ジャニス」
「強気だねぇ。ま、さっきも言った通り、こっちも負けてやるつもりは無いんだけどさ!」
ジャニスが言い終わるのと同時に訓練用のFM61を構え、2人はほぼ同時に動き始めた。
先に動き始めたフィーネが即座に数発のペイント弾を放ち、それを避けるためにジャニスが一度左にターンをする。体が半回転したところで急上昇を始め、フィーネに背を向けた姿勢のままで高度を上げていく。
行動の素早さに一瞬気を取られつつも、その背を追うようにフィーネも上昇を始める。が、ストライカーのエンジン性能の差から2人の距離が徐々に開いていく。
「早い……!」
「それだけじゃないよ!」
上昇しながらも体を前に倒し、追従していたフィーネに弾丸を掃射するジャニス。一箇所に狙いを集中させるのではなく、逃げ場を無くすようにあえて砲身をブレさせる。
「くっ!」
雨のように降り注ぐ弾丸を回避するために、大きな旋回をせざるを得ないフィーネ。なんとか体を捩って応射するが、無理な姿勢で放った弾丸は軽々と回避されてしまう。
「能力が強くても、効果を発揮できる距離まで近づけなきゃ意味ないんじゃないの!」
「わかってますよ……!」
あえて距離をとり、ジャニスと同じ高度まで上昇するフィーネ。それを待つように、ホバリング姿勢のままがしゃりと銃口を向けるジャニス。
「……もう、追いかけっこは終わりですか?」
「うん。あんまり時間をかけ過ぎるのも、信条に反するから」
「ありがたい話です」
ね、とフィーネが言い終わる前に、ジャニスが仕掛けた。
一気にトップスピードまで加速した上での、真正面からの突撃。今度は正確に狙いをつけた射撃で確実にフィーネに回避をさせ、応射のチャンスを無くしていく。
2人の距離が縮まり、右に左に回避をしていたフィーネが射撃の間隙をぬって正面のジャニスに銃口を向ける。トリガーが引かれるのとほぼ同時に、ジャニスが水平にしていた右足で空を蹴るような動作をする。瞬間、ジャニスの体は見えない手に弾かれたように跳ね、体全体に反時計回りの猛烈な回転がかかる。
独楽のように急激な動作にフィーネの銃口が追いつかず、ペイント弾の嵐はコンマ数秒前にジャニスがいた空間を飛び去っていく。その回転が収まらぬままジャニスが銃身を上側のフィーネに向け、回転の影響を極力減らしてトリガーを引いた。
「もらった!」
「……私もです」
吸い込まれるようにフィーネへと放たれた数発のペイント弾が当たる直前に、空中で花が咲くように弾ける。そして、お返しと言わんばかりに同じタイミングでフィーネが撃った弾は、意表を突かれたジャニスの胴体の真ん中に命中した。
「うはっ!ぼへっ!」
2発のペイント弾が命中したことで肺から空気が漏れ、妙な声を上げるジャニス。
『そこまで。フィーネ中尉の勝利です』
緑のジャケットをオレンジ色に染めたジャニスとフィーネの耳に、カニンガムの澄んだ声が響く。
「やっ、た……!」
「くそー!絶対当てれたし、絶対避けれたと思ったのにぃ!弾を撃ち落とすなんて反則じゃん!」
茫然と勝利を噛み締めるフィーネの前で、手足をぶんぶんと振って全身で悔しさを表すジャニス。
『油断したわねボイド!そういう所、直したほうがいいと思うわよ〜?』
「んぐぐぐ……!!待ってなよフラム……今行くからさぁ……!」
待ってましたと言わんばかりに嘲りを満面に込めたフラムの声に、ジャニスが顔を真っ赤にして答える。
「フィーネ!」
「は、はい?」
突然真っ赤な顔で振り返ったジャニスに指を差され、慌てて返事を返すフィーネ。
「次は、負けないから!」
「いやぁ、見事な負けっぷりだったわねボイド!見ててとってもいい気分だったわ!」
格納庫へと降り立ったジャニスにフラムが言い、ストライカーを脱ぎ捨てるようにしてジャニスが走り寄る。
「見事な負けっぷりって何さ!好き勝手に言ってくれちゃって!そんなこと言ったらフラムだって私に負けたじゃん!」
「だからいい気分だって言ってるのよ!最近の色々なことで調子に乗ってるみたいだったし、鼻っ柱を折られてせいせいしたわ!」
噛みつかんばかりの勢いで口論を繰り広げる2人。その様子を遠巻きに眺めていたアナが、ゆっくりと格納庫に降りてきたフィーネに近寄る。
「フィーネ、お疲れ」
「……あ、ありがとうございます、アナさん」
まだジャニスに勝ったことにあまり自覚がないのか、どこか惚けたように返事をするフィーネ。
「ふんだ!着替えてくる!」
2人の後ろで、オレンジ色のインクまみれのジャケットを脇に抱えたジャニスが格納庫から去っていく。それを振り返って眺め、曲がり角を曲がってジャニスの姿が確認できなくなったところで、アナが口を開いた。
「突然で悪いんだけど」
「なんでしょうか」
「明日は私と戦ってくれない」
翌日。
前日とはうってかわって曇り空の下、2人のウィッチが向かい合っていた。
「ルールはジャニスの時と変わらない。ストライカーか体に一発でも弾が当たれば負け。シールドとミサイルは無し」
「あのルールは無いんですか」
FM61を横に向けて両手で抱えていたアナが、滔々とルールを述べる。それを聞き、フィーネが不思議そうな表情で聞いた。
「あのルールって?」
「ほら、負けた方が勝った方の言うことをなんでも一つ聞くって」
その内容を聞いて、呆れたようにアナが言う。
「……それは、ジャニスだけ」
「ローカルルールでしたか。失礼しました」
ぺこりと頭を下げるフィーネ。顔を上げると、そこからはいつも浮かべている微笑みは消えていた。それを見て、アナも一度目を閉じて深呼吸をし、目を開けて言う。
「それじゃ、始めるよ」
「はい」
フィーネが頷く。互いに油断せず機関砲を向けあった状態で、一瞬空気が静まり返る。その静寂を、無線から届いた地上のカニンガムの吹いたホイッスルの音が切り裂いた。
音が届くのとほぼ同時に、アナが上昇。フィーネも負けじと全速で食らいつくが、F-35以上の加速に追いつけるはずもなく、あっさりと距離を離されてしまう。
「やはり追うのは厳しい……っ!」
離れていく青い光を眺めながら歯噛みしていたフィーネが、咄嗟に上昇を止め両足を前に突き出して静止する。追っていたアナが、視線の先でくるりと小さく宙返りをし、上昇以上の速度で降下してきたからだった。
バン、という破裂音が響き、フィーネの視界で数センチほどの大きさだったアナが猛烈な勢いで迫る。その接近の先の行動は誰であっても理解できただろう。
ペイント弾を、自ら追い抜かさんばかりの勢いで降下しながら放つアナ。あまりの速度故に攻撃に移れるのは一瞬だったため、一掃射でフィーネの横を通り過ぎていく。
「速すぎませんか……!」
間一髪、ばら撒かれたペイント弾の隙間をなんとか縫って回避するフィーネ。自分の足下を見渡し、猛烈な勢いで降下していったアナを探すと、今度は真っ直ぐに上昇して来る影が目に飛び込んできた。
「本気だから」
「くっ!」
ほぼ直下から迫ってくるアナが放った弾を、急噴射で回避するフィーネ。同時にアナへと狙いを向けるが捕捉すらもできず、目で追うのが精一杯だった。
フィーネが目で追うのに合わせて体勢を入れ替える頃には、視線の先でアナが鋭角な旋回でそちらへと向き直っており、間髪を入れずに攻撃を仕掛けてくる。
回避、回避、回避回避──果てしない回避の連続に気を取られてフィーネは気付いていなかったが、アナは様々な角度から円を描くように標的であるフィーネの周囲を飛び回り、一人だけで小さな包囲網を形成していた。
(「この状況を打開するには……」)
アナの猛攻をなんとか躱しつつ、フィーネがあるものに目をつける。斜め後ろ上方からの突進をターンでいなし、逆しまに上昇を始まる。
視線の先にあった厚い雲に、躊躇なく突入するフィーネ。水滴に包み込まれ、全身がしとどに濡れる。が、目論見通り視界はほぼ全て白に染まっており、1メートル先すらも視認できそうになかった。
「あとは、アナさんの位置をっ!?」
独り言のように呟いていたフィーネの声が上ずる。後方から、自分の左右の空間を切り裂くようにペイント弾が飛来した。
発射音と飛来のラグから、アナが接近していることをフィーネは理解できていた。大まかに位置がわかっているのか、先程のように周囲を飛び回るのではなく、じりじりと距離を詰める作戦に出ているのだろう、と。
「だったら……!」
飛行姿勢で体を半回転させ、後方に向けて横一文字に斉射するフィーネ。そのまま体を持ち上げて上昇すると、フィーネがそこにいた空間を寸分違わずペイント弾の奔流が突き抜けていった。
「見つけ……しまった!」
うっすらと雲の中に浮かび上がった魔法力の光を捉えた刹那、上昇を続けていたフィーネは雲から飛び出てしまう。泡を食って雲を探すフィーネの目下に、アナが同じように雲から飛び出した。
「くっ!」
「まだ!」
見つけるやいなや機関砲を乱射するアナ。が、運良くフィーネが太陽の影に入ったことで狙いがぶれ、その隙にフィーネが降下。再び雲の中へと入る。
「でも……もう逃さない」
破裂音を響かせ、雲を掻き分けてフィーネの後を追うアナ。その視線の先に浮かんだ黒い影を、アナが撃ち抜いた。ばしゃばしゃとペイント弾の破裂する音がし、影に命中したことを伝える。
「固有魔法は使ってこそだ、よ……?」
なおも向かってくる影に追突する直前でアナが静止して言うと、その影は給弾ベルトでFM61と繋がったバックパックだった。自然落下するオレンジ色に染まったバックパックを、思わず片手で持つアナ。
「ええ、本当ですね!」
そしてアナの後方から声が響き、ばしゃん、と何かが割れる音に続いて背中にいくつかの衝撃が走る。それに反応してアナが振り返ると、後上方、2メートル程の位置でフィーネが片手を振り下ろした姿勢から直るところだった。
『そこまで。フィーネ中尉の勝利です』
「ルール上は、問題ないはずですよね?」
カニンガムの澄んだ声を聞き届け、振り返っていたアナの手からバックパックを受け取るフィーネ。荒い息を整えながら言い、アナが目を閉じる。
「……確かに、命中して負けになるのは『ストライカーか体』。問題はないね」
少ししてから目を開いて言い、どこか諦観ぎみな微笑を口の端に浮かべるアナ。それを聞き、ふぅ、と安心したように息を漏らすフィーネ。
「少しは認めてもらえましたか?」
アナからの意識に多少は気づいていたのか、真剣さを滲ませた表情でフィーネが問い、アナも正面からフィーネの顔を見つめる。そして不意にくるりと背中を向け、ぽつりと呟く。
「……まあまあ、かな」
その返答にフィーネが浮かべた笑みを、アナは見ないで降下していった。
当初の予定ではアナがジャニスへのクソデカ感情を暗に爆発させる回でしたが、雰囲気が悪くなりすぎてたのでやめました
でもアナはそういうところがある人です
追記:最後のフィーネの勝ち方がよくわからなかったと有識者に言われたため少し解説です
フィーネ・アナの追跡を読んでペイント弾を数発抜き、FM61ごとバックパックを投げ捨てて囮に→アナ・囮に引っかかり、バックパックを追う→フィーネ・雲の中を回り込み、アナの背後から時空流制御で加速してペイント弾を投げつける→命中
という感じです、我ながらわかりにくくて申し訳ありません