SW2020 スペリオルウィッチーズ   作:グリーンベル

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結構重要な話なので長めです


第18話 セカンド・ケース

「おはよぉ、ございますぅ……」

朝の食堂に顔を出したレイが言う。未だに半分ほどまぶたが落ちた目に、やや蒼白気味の顔色、所々が乱れた髪と、そこまで体調が優れていないのは一目瞭然だった。

「ん、おはよー」

「おはよう」

「おはようございます、レイ」

既に食堂に集まって朝食を済ましていた他の面々の返答を受け、若干ふらつきながら椅子に腰掛けるレイ。

「はい、朝ごはん。食べられそう?」

厨房から、白米と味噌汁に副菜の付いた純和食をお盆に載せて運んできた游隼に聞かれ、レイが眠そうに目を擦りながら頷く。それを見て、游隼がお盆をテーブルに置く。

「いただきまーす……」

軽く手を打ち合わせ、箸を掴むレイ。米を頬張り、ずず、と味噌汁を啜って一息つく。それから十数分後、きれいに朝食を平らげ、レイの顔色が良くなったのを確認し、フィーネの淹れたチャイの入ったティーカップを置くフラム。

「ねぇ、ツガイ……カニンガムの調子は、どうだったの?」

神妙な面持ちのフラムの言葉に、レイの表情が強張る。周囲にいた面々も、レイの話に耳を傾けた。マチルダ・カニンガムを除いた、4人が。

カニンガムがネウロイの襲撃を受け、左胸と右上腕を撃ち抜かれた直後、その場にアナと一緒に居たレイは、すぐさまカニンガムの処置を始めた。

既に降り出していた雨に濡れぬように手頃な岩陰にカニンガムを寝かせ、深緑の制服を脱がせた時、レイは思わず息を呑んだ。

カニンガムの肉体の、胸骨の中心からわずかに左寄り、背面では肩甲骨の真ん中辺りの位置にぽっかりと穴が空き、そこから壊れた蛇口のように鮮紅色の血が凄まじい勢いで溢れ出していた。地面には寝かせてから5秒と経たずに血溜まりができ、じわじわと広がっていた。

その光景を想起してしまったのか、うつむき加減で机の上に置いていた手を無意識に強く握りしめるレイ。それにフラムがはっと気づき、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、食後にする話じゃなかったわね……」

フラムに手を振り、レイが静かに言った。

「……いや、大丈夫。もう、落ち着いたから」

すぐさま、レイはカニンガムに左手を向け、治癒を開始した。穴の内側から肉や骨が盛り上がり、あっという間にカニンガムの体に空いた穴は埋まった。

その直後に、胸の穴とは対象的に黒ぐろとした血が吹き出していた口が一度大きく咳き込み、血を吐き出した。それは、カニンガムが生命活動を再開させ、呼吸を始めた合図だった。

レイと、治療の様子を横で見ていたアナはその光景を見て、ほっと胸を撫で下ろした。そのままレイは、こちらも血がだらだらと流れ出していた右上腕を露出させ、左手をかざして治療した。

こうして、本体には逃げられたものの子機を全て片付け、全速力でその場に向かっていた4人が到着した頃には、カニンガムの体から傷らしい傷は無くなっていた。

激しい戦闘に続いて瀕死の重傷を治療したことによって魔法力切れを起こしたレイと、ぐったりと地面に横たわっていたカニンガムはそれぞれ游隼とアナに抱えられ、なんとか無事に基地まで帰還した。

レイの治療を受けたとはいえ、念の為にカニンガムは基地の医務室で寝かされ、ついでにレイも一緒に寝かされたのが、昨日の午後のことだった。

そして今朝、カニンガムは朝一番に地元の病院に移送され、精密検査を受けることになっていた。一晩寝たことで多少回復したレイは、近くにいたために唯一カニンガムの様子を医師から聞くことが出来ていた。

「……体に問題はなさそうだって。心臓も。でも、ショックが大きかったからか、意識が戻るのにはもう少し時間がかかるかもしれない、って」

一言一言、しっかりと思い出すように、レイが言う。それを聞き、5人がそれぞれ安堵の表情を浮かべる。フラムは、話を聞いている間に涙を目に溜めており、零さないように必死に耐えていたようだった。

「ツガイ……いや、栂井、レイ少尉。今回の件は……心から、感謝しているわ。私の……いや、私達の大切な仲間の命を救ってくれて、本当に……本当に、ありがとう……」

耐えきれなくなったのか、フラムがそう言いながら大粒の涙を落とす。横に座っていたアナが無言でフラムを抱き寄せ、胸元に顔を埋めさせる。しばしの間、食堂にはフラムの押し殺した泣き声が響いていた。

 

 

 

 

その日の午後。昼食もどこか火が消えてしまったように静かに終え、それぞれが暗い面持ちで過ごしていた基地上空に、大型エンジンの轟音が響いた。

何事かとジャニスと游隼、そしてフィーネが格納庫に集まると、そこにはアナがおり、輸送機から降ろされたのであろう荷物を運んできた乗組員と何らかの手続きを行っている所だった。

「それは?35じゃないみたいだけど」

「新型機か何か?」

荷台に載せて運ばれてきた一対のストライカーを見て、ジャニスと游隼が聞く。

主翼の上と足を入れる部分の間の空間に、小さなカナード翼が付いた大型ストライカー。真っ黒な主翼の先端を除いて、全体に3種類の灰色を用いたフェリス迷彩が塗られており、これまでアナが使用していたSu-35の水色を基調にしたものとは明らかに異なっていた。

ターミネーター(Su-37)ですね。まさか、実機が残っていたとは。しかし、なぜ今その機を?」

「35より速いから。ハードポイントは多少減るけど、元々ミサイルはそう使わないし、特に問題はない」

2人に説明を行ったフィーネの問いに、駐機台にSu-37を据え付けながらアナが素っ気なく答える。

「……あと、『出来るだけ早く、速い機体を』って頼んだらこれが来た」

どこか複雑な面持ちでアナが付け足した説明に、ふっと笑みを浮かべるジャニス。

「いっつもすぐ届くねぇ。今回なんて、半日ぐらいじゃない?」

「期待の証ですね。少し見てみてもいいですか?」

「構わない」

アナからの快諾を得て、フィーネがSu-37を様々な方向からためつすがめつ眺める。へー、ほー、と時折嘆息を吐きつつ、ぶつぶつと独り言を呟く様子を見て、3人はフィーネが実験部隊の一員であることを思い出していた。

そんな、なんとなく平穏な雰囲気が漂っていた格納庫にけたたましいサイレンが鳴り響き、4人が身を固くしてお互いに顔を見合わせる。

「……まあ、こんな時でもネウロイは来るよね」

「こんな時だからこそ、って気もちょっとするけど。ネウロイって、結構そういうところあるよね」

「少し慣らしてくる。フラムが来たら教えて」

フィーネを除けさせ、素早くSu-37に足を通して起動させるアナ。そのまま開け放たれていた格納庫正面から飛び立ち、空へと消えていく。

「すいません、遅れました!」

背後の扉から、レイが勢いよく格納庫へと駆け込んでくる。普段なら飛んでくるフラムの怒声を覚悟していたように目を閉じていたが、それが無かったためにふう、と安心したように息を吐いた。

「フラムはまだですよ。多分、ネウロイのデータを貰いに行っているのでしょう」

「……いつもは、カニンガムさんがしてくれていましたからね。今では、フラムちゃんが本格的にこの部隊の隊長ですね」

フィーネに対してレイが無意識に言った言葉で、再び格納庫内に陰鬱な空気が漂う。それだけカニンガムが支えていた部分が大きかったということを感じ、游隼が灰色の床を見る。

「カニンガム……」

「全員集まってる?ブリーフィング、始めるわよ!」

そんな中、手に書類の束を持ったフラムが大声で叫びながら格納庫へと入ってくる。それを見て、ジャニスが急いで滑走路側へと飛び出し、上空で慣らし飛行をしていたアナを呼び戻した。

「簡潔に済ませるわね……目標は4体、2種類の形のが2体ずつ。全て小型で、現在美深町上空を南下中。恐らくは偵察型だと思うけど、妙に低空を飛んでるそうよ。速度は小型の並程度だから、民間人に被害が出る前に落とすわよ。質問は?」

走ってきたのだろう、息を整えながらフラムが早口でまくしたてる。それに対し、空から戻ってきたアナも含めてフラムの言葉を聞いていた5人が沈黙を返す。

「よろしい……カニンガムが居ないから、しっかりとHUDの表示に目を通すように。危ないときはお互いをカバーし合って、被弾は極力避けるわよ。じゃあ、総員、出撃!」

「「「「「了解!」」」」」

その時の5人の声には、普段以上に気迫が籠もっていた。

 

 

 

 

「どうさ、使い心地は。もう慣れたみたいだけど」

ただ飛んでいるだけの状態に飽きたのか、昨日と同じく「へ」の字のような編隊の右側で飛んでいたジャニスが、反対側のアナに聞く。

「まずまず。個人的には、こっちの方が35より使いやすく感じるかも」

くいくい、と細かく推力偏向ノズルを動かし、様々な方向に揺れながらアナが答える。基地に到着してから出撃前の数分間しか慣らし飛行をしなかったというのに、アナの飛び方には傍から見ても不安な要素は少しも無かった。

「スリャーノフ大尉、あまりはしゃぎすぎないで」

まるで何年も愛用しているストライカーであるかのように軽々とSu-37を扱うアナに、フラムが棘のある声で言う。それを受け、アナは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったが、すぐに編隊の元の位置に戻った。

「……まだネウロイとは距離がありますし、そう張り詰めていても良い結果は生まれませんよ、フラム。少しはリラックスして下さい」

アナへの態度に緊張を感じ取ったのか、フィーネが諭すような口調で言う。それを聞き、フラムが一度目を閉じて深呼吸をする。再度目を開いてアナの方向に振り向いて言ったフラムの声は、多少落ち着きを取り戻していたようだった。

「……確かにそうだわ。悪かったわ、スリャーノフ大尉。ごめんなさい」

「いい。それよりも、お互いにミスをしないように気をつける方が大事」

アナの返事に、深く頷くフラム。そして、視線を正面に戻したタイミングでHUD上の変化に気づき、声を上ずらせる。

「その通りね……っ、警戒態勢!ネウロイの反応を検知したわ!」

フラムの声で、編隊の間に緊張が走る。全員がレーダーを確認すると、間隔を空けた4つの光点が上端に映っていた。が、すぐに表示が乱れ、光点があった場所はぼやけてしまった。

「やっぱり、カニンガムが居なかったらジャミングの影響をもろに受けるね……」

「……いや、大丈夫。大まかな位置はわかったし、数も合ってた。4体ともそこまで離れてなかったから、一気に全部落とせばいいのよ。もし数が合わなかったら、全員で探し出しましょう」

深刻な表情で言うジャニスに、フラムが返す。カニンガムが居ないが故に、ある程度は強行的な手段に出なければいけない点は全員が理解していたため、その作戦に異を唱えられることはなかった。

「あっ、見えました!正面、かなり低い高度にいます!何かを攻撃しているっぽいです!」

レイが、正面の山の向こう側の空を指差す。そこでは、極めて小さな赤い光が明滅を繰り返していた。

「こっちも視認した。ツガイと李大尉は、攻撃の対象物があれば回収して。生き物や人だった場合は可能な限り助けるように」

フラムがそう言っている間にも、距離は互いに近づく。光は明るさを増し、放たれている位置や本数まで確認ができるようになった。

立方体型の2体と、鏃を半分に割ったような2体のネウロイが放つレーザーは木々が生い茂る森へと降り注ぎ、もうもうと土煙を巻き上げる。地上の何かを攻撃しているのは、ほぼ確実だった。

「私とスリャーノフ大尉、ボイドとフィーネ中尉で一気に攻撃を仕掛けるわ……それじゃ行くわよ、交戦開始(エンゲージ)!」

4人が加速し、一斉にネウロイへと攻撃を仕掛ける。突然の猛攻に、金切り声を上げてバラバラに散開するネウロイ。その隙に、攻撃を受けていた森の上空にレイと游隼が降下する。

「とりあえず最初は、上から探そっか」

「そうですね」

攻撃の対象物を確認するために、ゆっくりと森の上空を木に触れそうな高さで飛行する2人。しかし、木々の密度が高く、レーザーによって一部がなぎ倒されているとはいってもあまり見通しがきかない。

「……游隼さん、根本あたりまで降りませんか。葉っぱは上に集まってますし、開けているところから行けば大丈夫なはずです!」

しびれを切らしたレイが、力強い口調で游隼に言う。本来ならばここでレイの案をはねのけ、安全な策を取るべきだ、と游隼も理解してはいたものの、今更そう言ってもレイには効果が無いことも理解していたため、結局は渋々首を縦に振らざるをえなかった。

「……わかった、降りよう。でも、周囲にはしっかり警戒して。私はレイの反対側を見て、死角を無くすようにするから、何か異常があったら言ってね」

「はい、了解です!」

そう言い、ゴーグルを上げてレーザーで切り開かれた空間でもひときわ広い場所に降下する2人。木と草が焦げた強い臭いが漂う林の中で、ホバリングをしながら周囲をぐるりと見渡す。

「ここに攻撃が集中してたってことは、きっと近くに何かがあるはず……」

未だに熱気が漂う荒らされた大地を、根気強く眺め続けるレイ。いつまでそうしていただろうか、ふと、雑草や巻き上げられた土砂に混じったある物を発見した。

「游隼さん、これって」

「何かあったの?……これは」

自らの背中にくっつくようにして警戒していた游隼の肩を叩き、地面を指差すレイ。振り返った游隼が見たのは、指の先の比較的荒らされていない地面にあった、赤黒い染みのようなものだった。

奥の林へと一直線に続いているそれは一度笹の葉の茂みの前で途切れていたが、それらの笹の葉の先には同じような色彩の赤いものが付着しているものもあった。

「……もしかして、血の痕かな」

「そんな気がします。この先に行ってみましょう!」

「ちょ、ちょっと待って……」

ストライカーからランディングギアを出して着陸し、両足を抜いて装備も落とすレイ。その行動の速さに狼狽えながら、仕方なく游隼も同じようにする。

既にガサガサと笹の茂みを分け入って林へと入っていくレイの背中を、前後左右に気を配りながら追う游隼。一足踏み入れてしまえば、周囲に差し込む光は減り、足元も若干おぼつかないほどだった。

「游隼さん、あれ……」

ふと、レイが立ち止まって振り返り、声のトーンを落として游隼に語りかける。

「何かいた?」

レイの視線の方向に游隼が目を凝らすと、点々と続く赤い痕跡が地面に真っ直ぐに伸び、2人の正面5メートルほどの場所に生えている大木まで達したところで木の向こうに曲がっていた。

「多分、あっち側にいますよね……」

「しっ……何か聞こえない?」

ひそひそと話し合っていた2人が耳を凝らすと、自然音や4人が遠くで戦っている音に混じり、微かに呼吸音らしき規則的な音が聞こえていた。

「生き物なのは間違いなさそうだね……人かどうかまでは、まだわかんないけど」

「血が出てるってことは、怪我してますよね。出血量自体は多くないですけど、場所によっては……」

「レイ?」

じわじわと、なるべく音を立てないように木に接近するレイ。游隼が手を伸ばして制止しようとするも、レイは止まらずに木ににじり寄る。

仕方なく游隼も92式拳銃を抜き、すり足でレイの後に続く。木の左側から近づこうとするレイと反対に、何かがあっても挟み撃ちができるように右側へと歩く。

二歩ほどで木の正面に出られる位置に左右分かれて立ち、顔を見合わせる2人。アイコンタクトを交わして頷き合い、游隼が指を3本立てる。それを1本ずつ折り、人差し指を折ったタイミングで、勢いよく木の正面に飛び出る2人。

木の正面、椅子のように凹んだ木の洞の部分には、血に濡れた下腹部を抑えた少女が目を閉じて座り込んでいた。少女はプラチナブロンドの短髪と西洋系の顔立ちで、所々が破けたサイズの合っていない黒いパーカーを身に纏っており、森林の中でどこか異様な存在感を放っていた。

「わっ!……だ、大丈夫!?」

飛び出したレイが声をかけると少女は苦しげに顔を上げ、虚ろな瞳で2人を見上げて口を開く。が、そこから漏れるのは荒い吐息ばかりで、再び俯いて押し黙った。

「どこの人なんだろう……旭川の人じゃなさそうだけど、ネウロイに追われてたってことはこの辺に住んでるか来たってことだよね」

「わかりませんけど、とにかく治してあげないと!……ごめんね、少しずらさせてね」

少女の横にしゃがみ込み、落ち着かせるように話しかけながら腹を抑えていた腕を引くレイ。少女は若干の抵抗を見せたが力は弱々しく、すぐに諦めて手を置いた。

「ちょっと見せてもらうよ……」

言葉が通じたのか否かは不明だが、パーカーの裾に手をかけて持ち上げようとしたレイが聞くと、少女はゆっくりと頷いた。

乾いた血で貼り付いた服を中腹のあたりまで持ち上げ、特に大きく破けていた下腹部の肌を露わにするレイ。内臓がはみ出るほどの深さの傷ではないようだったが、かといって浅くもなく、絶え間なく流れる血が黒いズボンを染める。

「んっ……」

目を閉じて魔法力を発動し、左腕を下腹にかざすレイ。肉が音もなく盛り上がり、あっという間に腹の傷を埋めていく。その様子を眺めていた少女が、痛みに顔を歪めながらも驚愕の表情を浮かべる。

十数秒後、細かな生傷まで治し、破けたパーカーを元通りに着せるレイ。少女が恐る恐るという風に腹や他に傷を負っていた部位を触れて傷がなくなっていることを確認し、目を輝かせた。終いには立ち上がり、ぴょんぴょんとレイの周りを飛び跳ねる。

「元気になってくれたみたいですね……」

「よかった……こちら游隼、ネウロイに攻撃を受けていた対象を確認して接触。レイと同い年くらいの女の子で、負傷してたからレイが治療したよ」

『了解、こっちは次を落とせば終わり!その子は保護できそう?』

フラムからの無線にちらと横目で少女を見る游隼。現在は疲弊して木によりかかったレイの手を取って元気に飛び跳ねており、体調などに問題は無さそうだった。

「多分いけるかな」

『じゃあ、すぐ帰れるように準備しておいて……ネウロイがそっちに行ったわ、気をつけて!』

「任せて、ちゃんと守ってみせるから!」

フラムからの無線を聞き終えた游隼が、木々に遮られている空を睨んで両手を向ける。ストライカーの甲高いエンジン音と機関砲の発射音が鳴り響き、立方体型のネウロイを追う4つの影が林の上を通り過ぎていく。

再び戻ってくるような軌道ではないことを確認し、游隼は一息吐いて両手を下ろす。その片手に力がかかるのを感じて游隼が振り返ると、少女が不安げな表情で游隼の制服の袖を引いていた。

「大丈夫だよ、もう安全になるから……そうだ、これ、食べる?」

少女の頭を落ち着かせるように軽く撫で、制服の内ポケットに手を入れる游隼。その手に握られていたのは、個包装の橙色の飴玉だった。おずおずとそれを取り、飴を口に運ぶ少女。途端、ぱっと表情が明るくなる。

「レイも、ほら」

「ありがとうございます……すごく甘いですね、この飴。なんか、元気になるような感じもしますし」

投げ渡された飴を舐めたレイが、不思議そうに言う。それを見て游隼が自信ありげに胸を張り、自分も飴を口に運ぶ。

「清軍が作った特製キャンディだからね、疲労回復に魔法力回復、その他諸々と効果抜群だよ!高麗人参エキスにローヤルゼリーも配合で健康にいいし、味も……昔よりけっこう美味しくなってるし」

「エナジードリンクみたいですね」

「そんな感じだね」

すると、ネウロイの破砕音が遠雷のように響き、3人が口の中でころころと飴を転がしながら空を見上げる。

「落とせた?」

『ええ。今からそっちに行くから、件の女の子も連れてきて頂戴。早く合流して、帰りましょ』

「了解……レイ、歩ける?合流するってさ」

游隼が聞くと、レイはまだ少し怠そうに、寄りかかっていた木から離れる。それを、游隼がゆっくりと先導するように歩く。

「もう大丈夫です。ほら、行こう」

レイが手を差し伸べると少女はなんの躊躇いもなくそれを握り、楽しげにレイの後ろに着いて歩く。鼻歌でも歌いだしかねないような様子だったが、相変わらず言葉らしきものは一切口にしていなかった。

「あ、きたきた……お疲れ、みんな」

林を抜けた游隼の前に、4人が静かに降下してくる。舞い上がった草や土砂に目を細めながら、4人が游隼の背後にいる少女を見る。

「その子が例の?ヨーロッパ系か、オラーシャ系かしら」

「何か聞けた?」

フラムとジャニスの問いに、游隼が首を横に振る。

「いや。レイには懐いてるみたいなんだけど、何も喋らなくてさ。警戒されてるのかな……レイ、どう?レイ?」

游隼が振り返ると、2人はまだ林の中にいた。暗い林の中で少女がレイの手を握ったまま腰を引き、そこから出たがらないような動作をしていた。

「ど、どうしたの?あっちに行こうよ」

開けた土地を指して言うレイに、怯えたように首を降る少女。その様子に並々ならぬものを感じたのか、レイが少女に向き直る。

「どうかしましたか、レイ」

「何か問題?」

フィーネとアナが游隼の横を通り、2人がやりとりをしている笹の茂みに近づく。すると、少女は更に怯えた表情で後退し、林の奥へと行こうとする。まるで、フィーネ達を恐れ、逃げるかのように。

「ツガイ!早くその子を連れてきなさいよ!」

「ちょっと待って。あの子、なんか変だ」

急かすフラムをジャニスが止め、少女に起きた異変を指摘する。暗い林の中で、少女の瞳が怪しげに赤い光を放ち始めていた。それにはレイも気づいたようで、手を握ったままわずかに後ずさる。

「あなた、は……だ、大丈夫?痛っ!」

レイの様子に、少女の表情が怯えから悲しげなものに変わり、突然手を離して左胸を抑える。体を折り、苦しげに胸を抑える少女にレイが近寄って背中に手を置くが、少女はそれを払いのける。

「レイ!その子から離れて!その子、いや、()()()は……」

ジャニスが叫び、GAU-22 /Aを構える。少女の眼だけでなく、全身から漏れ出した赤い光が木々を照らし出す。心拍に合わせるように発光が強くなり、一際明るくなったところで、少女の体にはっきりとした変化が起きた。

頭部の中ほどの位置に、犬のものとも猫のものともつかない三角形の耳のような物体が。尾てい骨のあたりに、四角形の薄板が発生した。さながら、ウィッチが魔法力を発動させたときのように。

その上、苦しげに顔を上げた少女の足が突如としてふわりと浮き、空中を滑るように後退した。それを見て、ジャニスを除く3人と装備を整えていた游隼が、素早く機関砲を少女に構える。

「レイ!早くこちらに!」

「そこにいたら撃てない……!」

フィーネとアナの鬼気迫る声に、レイが振り返って5人の狙いを遮るように手を広げる。

「ま、待ってください!なんであの子に銃を向けるんですか!」

「そんなの決まってるでしょう!そいつが()()()()()()だからよ!さっさとこっちに来なさい!」

「なに言ってるのさ!嫌だよ!あの子は人間だよ!游隼さんだって、私が治療するところを見てたじゃないですか!ねえ!」

「…………」

フラムの怒号にレイが叫び返し、縋るような目つきで游隼に言う。しかし、游隼はそれに答えず、険しい表情のまま無言で銃口を少女に向け続ける。

(「ジャニス、このままじゃ埒が明かない。上から行こう」)

(「了解……タイミングは任せるよ」)

少女はレイと5人のやり取りを、先程後退した位置で停止して静観していた。が、ジャニスとアナが突如として上昇し、林を抜けたのを見て、再びレイに急接近し、半メートルほどの近さで止まる。

「危ない!」

フィーネが言うのとほぼ同時に、機関砲のグリップを握っていた右手を外し、正面のレイに向ける游隼。何時でもシールドを展開できるように、集中を切らさずに。

「戻ってきなさいって言ってるでしょ!死にたいの、このバカツガイ!」

「この子はそんなことしないよ!私はわかる!」

「レイ!」

フラム達に向かって手を広げていたレイの背中に少女が手を伸ばし、フィーネがそれを指差す。はっとしてレイが振り返ると、少女はレイに触れる前に手を引っ込めた。そして、口を開いた。

「ェ……イ……レ……イ……レ、イ……レイ……レイ?」

口をもごもごと動かし、正しい発音を探すように声を発する少女。これで合ってるか、と聞くように首を傾げる少女に、レイは呆然と頷く。

「レイ……レイ」

少女が名前を呼応しながら、悲しみの混じった笑みを投げかけ、レイと抱擁を交わす。レイから離れた一瞬、フラム達を突き刺すような鋭い視線で睨みつけてから、少女は再度林の奥へと後退する。

ウィッチの飛行時のそれと似た体勢になり、少女が猛烈な速度で木々の間を複雑な軌道で飛び抜けていく。いかに正確に狙いがつけられようと、フラム達の位置から少女に射撃を命中させるのは不可能だった。

「……ボイド、スリャーノフ大尉、ネウロイはまだ追跡できそう?」

『一瞬視認できたけど、今はもう見失った』

『カニンガムが居ないからねぇ。反応は微弱だし、森もかなり広いし、追い続けるのは正直厳しいかな』

「わかったわ……もう戻ってきて」

2人の報告を聞いて、フラムが目を閉じて言う。その正面の茂みから、レイがうつむき加減に出てきた。游隼とフィーネは何も言わず、機関砲を手持ち無沙汰に抱える。

「ツガイ……なんであなたがネウロイにあんなことをしたのか、今この場で説明して貰えるかしら」

先に口を開いたのはフラムだった。失望か怒りか、冷めた瞳でレイを見つめる。

「それは、あの子が人間だからだよ」

それを正面から受け止め、一歩も引かずに見つめ返すレイ。

「違うわ。あいつは人型ネウロイよ」

「人間だよ」

「ネウロイよ」

「違うよ」

「違わないわ」

レイとフラムによる、静かな言葉のやり取り。表面上は静かだが、その奥底にはお互いに激しい感情が秘められていることが明らかだった。

「殺されるかもしれなかったのよ、あなたは。私は、もう仲間が危険な目に合って欲しくなかった。2日続けてだもの。だから、あいつを撃とうとした」

「それでも。私が殺されてたとしても。あの子が、みんなに殺されるのは見たくなかった。だって、だって……」

レイが、自らの左手に視線を落とす。 

「この手で、治療したんだから……空を飛んでるとか、眼が赤くなったなんて関係ない。あの子は人間だよ。カニンガムさんと変わらない」

レイの言葉にフラムがぴくりと反応し、ゆっくりと口を開く。

「……それがあなたの結論なの」

「絶対に曲げないよ。たとえ、私があの子に殺されてもね」

力強く、真正面からフラムと対峙するレイ。

「そう……ツガイ、詳しい話は後でするわ。全員、帰還するわよ」

フラムが告げ、游隼とレイがストライカーを履く。全員が無言で上昇し、機械的に編隊を組む中で唯一、レイだけが広大な森林を振り返る。

所々から煙が上がる木々の間に、レイは赤い光が瞬いたような気がしていた。




お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、第8話のタイトルは「ファースト・コンタクト」、そして今回のタイトルは「セカンド・ケース」です。10話感覚で、こういった特殊なネウロイ関係の話と似たタイトルが続いていますよね?(ラッキー・デイは除く)
そういうわけで、(多分)28話かその付近でラストバトルになるかと思いますので、もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです
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