SW2020 スペリオルウィッチーズ   作:グリーンベル

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お久しぶりです
共通テストも終わり、二次試験まで少し間ができたので前々から書いてた話を仕上げました



第23話 幽谷を渡る幻影

「ふわ……ぁ」

口元に手を当てながら、小さくあくびを一つする游隼。目尻に浮かんだ涙をゴーグルを上げて拭っていると、後ろを飛んでいたレイが横に並ぶ。

「陽も出てきましたし、行きの時と比べてかなり暖かくなりましたね」

「おかげで眠くなってくるよ……んっ、よし!」

眠気を振り払うように両頬を軽く叩いて頭を振り、腕時計に目をやる游隼。時刻は11時8分になったばかりで、2人が哨戒のために基地を出てから1時間と少しが経過していた。

「ちなみに、今日のお昼ご飯は何の予定ですか?」

空腹感が出てきたのか、腹全体をさすりながらレイが聞く。それに対し、ポケットからメモを取り出して答える游隼。

「今日の予定はー、ボロネーゼと、シーザーサラダ!前アナと買い出しに行った時に食べたのが美味しくてさ、自分でも作りたくて──」

游隼が嬉々として語っているさなか、無線の接続を表す軽い電子音が2人の耳に届く。

『お話中に申し訳ありません、李大尉。緊急連絡です』

「……何かあったの?」

カニンガムの報告で2人の顔が瞬時に緊張で引き締まり、低いトーンの声で游隼が聞く。

『現在大尉達が飛行している付近の山中に2人の遭難者がいる、と道警から連絡がありました。遭難した地点の特定は大まかに済んでいるので、できる限り痕跡を探し、可能であれば回収してほしい、と』

カニンガムの言葉で、HUD上の景色に緑色の光点が浮かび、そこまでの距離が表示される。雲と並ぶような高度を飛んでいた2人が見下ろす目標地点は、天辺にうっすらと雪が積もった峰々の間にあった。

「大雪山ですね。一番高いのは旭岳、だったかな?」

「うー、こんな時に山に登らないでよぉ……しかも遭難してるし!」

「恨み言は助けた後ですよ!早く行きましょう!」

げんなりとした表情でこぼす游隼に発破をかけ、先行するレイ。

「あ、待ってよ!」

 

 

 

 

「それにしても、急に濃くなりましたね、霧」

「おかげで見通しが全然きかないよ……」

2人が山々を見下ろしていた時からうっすらとかかっていた霧が、目標地点付近へと降下した頃には濃霧と呼んでいいほどに立ち込めていた。山肌に沿って飛ぶ2人が霧を通して見えたのは、高い木々の先端だけであり、そのままでは地形すらも判らない。

「もう少し降下して探した方がいいんだろうけど、ちょっと怪しいような気もするんだよね。もしネウロイがいたら、私達だって危ないよ」

「ここまで来たんですし、遭難した人達を見捨てる訳にもいきませんよ!ネウロイの反応は無いんですよね?カニンガムさん」

心配げに言う游隼に、不服そうに返すレイ。耳のインカムに手を当て、カニンガムに聞く。

『現状、お二人の周辺にネウロイの反応は確認していません。が、以前お嬢様とボイド中尉が遭遇した擬態タイプのネウロイは、動き出すまで反応がありませんでした。潜んでいないとも言い切れません』

「遭難した人達だってこんな状況なら尚更動かないだろうし、せめて霧が晴れるまで待とうよ」

「……はい」

2人からの説得を受けて渋々頷くレイだったが、それでも納得できかねたのか、落ち着かない様子で游隼の周りをふらふらと飛ぶ。そうしている間にも霧はより濃さを増し、目下の白い大地は顔を出していた木々も飲み込んでいった。

「やっぱりおかしい……さっきから全然薄くならないし、むしろ濃くなってる。朝よりだいぶ暖かくなってるっていうのに」

『霧を放出するネウロイも、二次大戦時のヨーロッパで出現が確認されています。広大な範囲に濃い霧を発生させ、一部の作戦遂行に大きな支障を来たしたと』

「キール奪還作戦の時のネウロイですよね?もし同じタイプだとしたら、遭難した人達も危ないですよ!」

「キャァァァッ!」

「うわあああっ!」

カニンガムの言葉を聞き、游隼にレイが食ってかかった次の瞬間。2人の正面方向(おそらく山肌)のかなり低い位置に赤い光がぼんやりと浮かび上がり、続いて男女の甲高い悲鳴が山全体に木霊する。

「今の!」

『ネウロイの反応を検知。座標を送信します』

HUD上に緑色の正方形型の枠が浮かび、距離が表示される。振り返ったレイの目元はゴーグルに隠れていたが、真一文字に食い縛られた口が、悠然とその表情を表していた。

「……行くよ、レイ!」

「はい!」

それに呼応するように頷き合い、移動する正方形の方へと前進しながら降下する游隼とレイ。再び霧が赤く発光し、若い男女の悲鳴が響き渡る。

「攻撃されてる?でもレーザーの音も着弾音も無いし、妙に高度も低い……」

「もう少し降りましょう!多分、この先は山と山の間で谷みたいになってるんだと思います」

『救助を待っている間に霧に飲まれ、そこに攻撃を受けた、ということでしょうか。追われて……だけ……悲鳴を……るのも……』

2人が高度を下げて霧に突入すると、インカムから流れ込む音に雑音が混じってカニンガムの声が不鮮明になり、ついに途絶えてしまった。

「カニンガム、カニンガム!……くっ、無線が……上まで戻って作戦を立てたいけど、そんな時間は多分ないし……」

HUDの表示が乱れ始めたのに加え、付着する水滴によって視界が狭まるため、ゴーグルを額の上にずらした游隼が苦々しげな表情で言う。

「幸いネウロイはこっちには気づいてないみたいだから、一気に接近してネウロイを倒すか、無理そうなら遭難した人達だけでも救出しよう!……危ない橋を渡ることになるけど、それしかない」

「危ないと言われても、今更って感じですけどね」

肩をすくめるレイに苦笑いを返しながら、游隼が答える。

「まあね……私が先行するから、レイは周囲の警戒をしておいて。何かあったら、すぐ教えて」

「了解!」

がしゃり、と音を立てて互いの得物を両手で構え、明滅する赤い光へと迫る2人。移動速度自体は遅いのか、絶叫に近づくにつれ赤い光も大きくはっきりとしたものになっていく。

(「まだ大丈夫そうだね……よし、先に仕留めよう」)

(「同時に行きましょう!」)

(「いくよ、せー……のっ!」)

霧の中にぼんやりと浮かぶ黒いシルエットに2人が肉薄すると、それに反応するかのように赤い光が強く瞬いた。そして、光源は間髪を入れずに複雑な軌道を描きながら高速で霧の奥へと消えていく。

「逃げた!?くっ……!」

それを受け、軌跡の離れた方向へと自らも行こうとするレイ。そのオレンジ色の制服の裾を、游隼がしっかりと掴み、制動させる。

「レイ、あの速さじゃ追いつくのは無理だよ!救助が先!」

「は、はい!」

游隼の一喝で我に返ったのか、すぐさま降下するレイ。下から生えるように現れる木々に苦戦しつつも、地表付近までゆっくりと降りたところで、游隼の体が細かく震え出した。

「んっ……さ、寒い」

「確かに。いくら霧が出るくらいの温度だとしても、寒すぎる気がしますね……昔、オラーシャに寒波を起こすネウロイが出現した話を本で読みましたけど、さっきのネウロイも霧じゃなくて空気を冷やしてるのかも」

「早く、さっきの人達を見つけ出さないと……あ、これ、足跡じゃない?」

両手で体をさすりながら木の間をぬって飛ぶ游隼が、白んだ視界に広がる地面を見て声を上げる。レイが游隼の指すぬかるんだ地面を確認すると、そこには確かに4つの足跡が伸びていた。

「そうみたいですね」

「よし、じゃあこの先に……」

顔を見合わせた2人が、足跡の伸びていく先へと目を向ける。変わらず漂う濃霧によって見通しがきかない空間へと、ゆっくりと進んだ時だった。

「……許してくれぇぇ!俺が悪かったぁぁっ!」

男性の絶叫が2人の耳に届き、見えないながらも聴覚が捉えた正面方向へと急行する。笹が生い茂る藪を突き破り、針葉樹の大木がそびえる開けた場所へと着いた2人は、声の主であろう男性を発見した。

「大丈夫ですか?!」

即座にストライカーを脱ぎ捨て、背を向けてうずくまっていた男性の後ろにすとんと着地するレイ。巨大なリュックを背負って青いジャケットを着た男性は、レイの声にひいっ、と悲鳴を上げ、両手で頭を抱える。

「あ、あんなに早くネウロイが来るなんて思ってなかったんだ!お前の言う通りだ、俺はお前達を置いて……」

「しっかりしてください!私達はあなた達を助けに来たんです!」

何かに怯えるように叫ぶ男性の横にしゃがみ、負けじと声を張り上げるレイ。そのあまりの声の大きさに、後ろでストライカーを脱ぎ、レイの分と一緒に木に立て掛けていた游隼も驚いていた。

「た、助けに来た……?」

「はい!おそらく、今ネウロイは近くにいません!安心してください!」

レイの言葉に、男性が恐る恐るという様子で顔を上げる。ところどころに泥が付いた顔は蒼白の表情で、カチカチと歯を鳴らしているのは寒さによるものだけではなさそうだとレイは感じていた。

「あいつは、ダイキはどこだ?あ、あいつが近くにいるはずだ!さっき、そこの木の横に立ってたんだ!俺を恨んで、追ってきた……」

「ダイキ?……游隼さん」

「見てくるよ」

上体をひねり、背後の薄れた景色の中の木を指差す男性。一連の動作と言動を訝しんだレイが振り返って名を呼ぶと、游隼はすぐさまその方向に歩き出した。

ナイフを抜いて右手に持ち、静かに木へと近づく游隼。あと数歩で裏側に回り込める位置に立つと、僅かに聞こえてきた異音に気づき、耳をすませる。

「……さい……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

游隼の耳に届いていたのは、繰り返しかすれた声で発せられた、謝罪の言葉だった。すぐさま木の裏側に回り込むと、男性と同じく登山用らしきジャケットを着、ハット型の帽子を被った女性がそこに横たわっていた。

「だ、大丈夫ですか?あの!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

游隼がレイと同じく女性の近くにしゃがんで声をかけるが、女性は謝罪を繰り返すばかりで、游隼に一切反応を示すことなく虚空を眺めていた。

「レイ、ダイキって男の人はいないけど、もう一人の遭難者らしい女の人がいた!……意識が朦朧としてるみたいだけど、そっちに連れていく?」

「頭を打っているのかもしれませんし、私がそっちに行きます!もう少し話しかけて、何か反応が無いか確かめてみてください!……ダイキという方はいなかったみたいですよ!」

游隼の報告にぼやけた景色の向こうにいたレイが答え、続いてまだうずくまっているらしい男性に話しかける。

「わかった!……安心して、もうネウロイはいなくなりましたよ!どこか痛みますか……っ」

そう言ったのがきっかけで、游隼の過去の記憶が呼び起こされた。同じような文言を、同じような状況で言った記憶。

人が倒れている。ネウロイはいない、安心しろと励ます。どこか痛むか聞く。あの時もそうだった。

言葉に詰まった游隼は、視界が濁るような感覚に襲われた。混乱から平衡感覚が失われ、体が水平を保てない。思わず上半身がぐらつき、湿った落ち葉の上に片手をつく。

「どうですか、游隼さん!」

背後からレイの声が聞こえるが、答えることができない。寒さも相まって、口だけでなく全身が凍りついてしまったかと思うほどに体が動かず、振り返ることもできない。しかし游隼は、名前を呼ばれることに漠然とした恐怖を感じていた。

「游隼さん?……游隼さん!」

游隼は、男性のしていたようにやめてくれと叫ぶこともできない。そして、3度目にレイが名を呼んだ時。目の前の女性がゆっくりと起き上がり、静かに言う。

『游隼』

「そ、んな、なんで……」

帽子の下の顔は、最初に見た時から変化していた。蔑むような半眼に、肩ほどまでの長さで、滑らかに揺れる茶髪。そこにいるはずのない少女が現実となって、游隼の目の前にいた。

「違う、違う!私は……わたしは……っぐぅ……!」

鈍痛に襲われた頭を抱え、地面に両肘をつく游隼。自然と跪く姿勢になった彼女の後頭部に、言葉が投げかけられる。

『游隼、覚えてる』

無感情に響く声は游隼にとって懐かしく感じられ、聞き慣れたものであった。だが同時に、2度と聞けない、聞きたくない声でもあった。

『忘れられるはずもないよね、私のこと』

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鉄のニオイと、何かが焼け焦げるニオイがした。手に、足に、腹にべっとりと付いた血は、自分のものではない。腕に抱く、人間だったモノになりかけている人間の血だ。

「……痛みは……どこか、わかんないや……」

「しっかり、しっかりしてください!すぐに助けが来ますから!」

流れる血が、温かく感じる。触れている肌は、徐々に冷たく感じてきている。錯覚であって欲しかった。今、知覚している、全てが。

「……游隼は……良かった……無事そう……だね……」

「し、喋らないで!……いま、今、助けが来ますから、ヤマザキ大尉!」

上空を見回す。人々が避難し、もぬけの殻と化した青島の街には数人のウィッチが残っており、今もなおネウロイと交戦中だ。しかし、治癒魔法が使えるのは、目の前にいる彼女だけ。

意識を保たせる為に言いはしたが、既に彼女の命は()()()()()()と頭が認識する。体中に空いた穴から溢れる血が地面に赤黒い水たまりを作り、かろうじて感じ取れる呼吸も、今にも止まりそうなほど弱々しい。

「私の、わたしのせいです……!私が、もっと、しっかり周囲を警戒していれば……!」

「……ばか、だなぁ……全部、游隼に任せっきりの……ごふっ!……私が駄目だった……がはっ!」

蒼白な顔で、血を吹き出しながら、それでも彼女は笑って言う。

「大尉のせいじゃありません!私が油断してたから……どうして、大尉は私なんて庇ったんですか……!」

「……游隼は……必要だよ……これからの、未来に……」

ほんの少し持ち上がった手を、しっかりと握る。握り返す力はまるでなく、今にもほどけてしまいそうな抱合。

「しっかりしてください、大尉!私はここにいますから!」

彼女は私の手の感触を確かめ、顔を歪ませる。その目尻から透明な粒が落ち、血と煤に汚れた顔に流れていった。

「……ごめん……ね……」

それが最後の言葉だった。

全身から力が抜け、落ちる彼女の腕を支えることも出来なかった。落ちた手が血溜まりを叩くべちゃりという音も、近づいてきていた仲間たちの声も何もかも、遥か彼方に遠ざかっていく。

その日、私は初めて仲間を失った。

 

 

 

 

「私は……私が、大尉を……っ!」

心の底に閉じ込めたはずの記憶が蘇り、両目を見開く游隼。顔を上げると、正面に立つ少女の体が真っ赤に染まっていた。

『痛かった。苦しかった。辛かった……もっと、生きていたかった。あの日、游隼は多くの人を救ったよね。でも、私は助からなかった』

赤く染まった胸に手を当て、少女は目を伏せる。表情と声色は氷のごとく冷たいままだが、その目はどこか悲しげだった。

少女の言葉に、游隼は苦しげに立ちあがる。痛みに耐えられないのか、頭をがりがりと掻きむしりながら。

「助けられなかった……守れなかった……大尉を……大尉は……私の、私のせいで……いやぁぁぁぁあっ!!」

そして、游隼は虚ろな目で少女を見ると、一度ぐらりとよろけ、少女から逃げるように霧の奥へと駆け出した。

「……どうしたんですか、游隼さん!游隼さんっ!」

入れ違いになるように、レイが倒れた女性の近くに姿を表して叫ぶ。しかし、游隼は既に黒い影となって消えていた。少女の姿もそこには存在せず、血の跡などもない。

「一体、何があったの……?あっ、大丈夫ですか!ネウロイはいませんよ!」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

謝罪を繰り返す女性の横にしゃがみ込んだレイも、游隼と同じくことごとく無視される。続いて、顔の前で開いた手を何度か降るが、女性は無反応だった。

(「呼びかけに応答なし、眼は開いてるけど運動反応は無い……低体温症か低血糖?脳卒中……は、普通に喋れてるから無いか。意識障害っぽいけど、他の原因は何があったっけ……」)

女性の横に座り込んだまま、自分のこめかみをとんとんと叩きながら考えるレイ。女性の状態に合致する症状や原因を頭に思い浮かべようとするも、上手く考えがまとまらない。

「ダメだ、思いつかない……とりあえず、さっきの男の人のところに連れて行こう。失礼します……」

女性の体をゆっくりと持ち上げ、元きた方向へと歩くレイ。うずくまっていた男性は木にもたれかかっており、レイの姿に再度びくりと肩を震わせたが、意識は多少はっきりとしたようだった。

「この方が、一緒に遭難した方ですか?」

女性を静かに地面に降ろしてレイが聞くと、男性は震えながら何度か頷いた。

「あ、ああ!間違いない!さっき、ネウロイから逃げてた時……ダイキを見つけた時に、俺もだが、彼女も急に悲鳴を上げてぶっ倒れたんだ。情けないことに俺は一人で逃げちまったが、案外近くに居たんだな……」

「そうだ、ダイキさんは向こうには居ませんでしたよ!そもそも、私とこの方と……どこかに行ってしまいましたけど、もう1人、私の仲間しかこの場には居ない筈です」

「……そりゃあ、当然か。ダイキは……俺の親友は、5年前に死んでるんだから」

レイがそう告げると、男性の安堵の表情にそっと影がさし、呆れたように言った。男性は少しの間うなだれた後、話し始める。

「5年前、俺は名寄に住んでた。場所はわかるよな?……よし。俺は地元の大学で、登山が好きな奴を集めてサークルみたいなものを作った。俺と、彼女と、彼女の交際相手と、ダイキの4人でな。趣味も合ったし、俺達は全員すぐに仲良くなれた。でも、俺達が最後の登山に行った日に、ある事が起きた」

「……ネウロイの一斉侵攻ですか」

レイの言葉に、男性が「そうだ」と答える。

「大急ぎで下山して、なんとか陸軍の基地まで行こうとしたら、運良く通りがかった輸送バスに乗せてもらえることになった。だが、急なのもあったし、人もギリギリまで乗ってたんで、乗れても2人が限界だった……話し合って、結局俺と彼女が乗った」

「でも、残った人達は間に合わなかったんですね」

「……ああ。俺にはさっきまで、本当にダイキがいたように見えた。多分、彼女は交際相手を見たんだろう……君の仲間もどこかに行ってしまったみたいだが、思い当たる節は?」

男性の問いに、レイは首を振る。

「わかりません……でも、探しに行きます。今はこの場にいませんが、ネウロイが戻ってこないとも限りませんし、あなた達をここから連れ帰るのが私達の役目ですから」

きっぱりと言い放ったレイを見て、男性は一瞬呆気に取られたような顔をしてから、頭を下げた。

「君達の命を危険に晒すような真似をしておいて、自分でも全くおこがましいとは思うが……生き残ってくれよ」

「はい。では、この方をよろしくお願いします。ここで待っていてください……それと、もしネウロイが来たら、大声で叫んでください。攻撃性は低いようでしたし、最後まで諦めないで」

「わかった」

男性に一度サムズアップし、霧がかかった林へと走り出すレイ。ぬかるんだ地面には点々と靴の跡が残っており、林に入ってもある程度の追跡は可能だった。

(「……それにしても、全員に幻覚の症状が起きてるのはなんでだろ?あの2人は別として、游隼さんはネウロイを直接視認していないのに幻覚を見てたようだし、この霧も晴れないし……んー、こんがらがってきた」)

足跡を確認しながら、斜面を横切るレイ。2人が降下してからしばらく時間が経っているのに一向に薄まらず、むしろ濃くなっているかもしれない霧にも、レイは疑問を抱いていた。

『レイ』

ふと、鈴を転がすような声が林に木霊した。

声に反応して、真っ直ぐに走っていた足が斜めに踏み出され、地面をズルズルと滑りながらレイの体が止まる。

「その声……っ!」

立ち止まったレイが、声の主を探して首を振る。前方にそれらしき影はなく、振り返ると、ちょうど真後ろの木の間でその少女は微笑んでいた。

前は一直線に切り揃えられ、後ろは水色のリボンでポニーテールにしてある、腰まで伸びた艷やかな黒髪。落ち着いた雰囲気を漂わせる黒縁の眼鏡の下では、切れ長の目が細められている。

輝き出さんばかりに白いワンピースにスニーカー、そしてリボンと同じ水色のリストバンドという格好だったが、その立ち姿から寒そうな様子は一切見られない。

「お姉ちゃん、具合良くなったんだね!……でも、どうしてここに?それに、なんか私よりちっちゃくなってない?」

嬉しそうに声を上げ、なんの警戒もせずに駆け寄るレイ。が、微笑みを浮かべた少女は駆け寄ってきたレイに触れられる直前、くるりと身を翻してその手から逃れる。

『こっちよ』

「あ、待ってよ、お姉ちゃん!」

そう言って、ごつごつとした岩が顔を出す斜面を軽々と登る少女。レイも少女を追い、岩を飛び越えていく。

「なんで、そんな寒そうな服で、こんな場所にいるの?お姉ちゃん。それに、どこに、向かってるのっ?」

『…………』

走りながらの質問に少女が答えず、微笑んだまま真正面を見て山道を突き進むため、レイは黙ることにした。時に坂を下り、時に小川を飛び越え、2人は無言で霧の山を踏破していく。

「はっ……はっ……ここが、目的地?」

数分ほどそうしていただろうか、少女が窪地を見下ろすような場所に出たところで立ち止まる。流石に早足での登山は堪えたのか、少女の横に並ぶレイの息は多少上がっていた。

「あそこに、何かあるの?うーん……」

すると、少女が目下の窪地を指差す。その方向にレイが目を凝らすと、15mほど先の霧の上で寸詰まりの円柱形の物体がふわふわと浮かんでいるのを発見した。

「あっ!あれ、ネウロイだ!こんな所に居たんだ……もしかして、これを教えるためにここまで連れてきてくれたの?」

驚いて聞くレイに、微笑む少女は相も変わらず答えない。ひとまずそのことは置いておき、レイが脇のホルスターからSFP9拳銃を抜いてネウロイへと構える。

「……とにかく、あいつを倒さないと。ここから狙えるかな……ん?」

すると、少女が拳銃の前に手を出し、首を横に振る。いつの間にかその顔からは微笑みが消えており、今は完全に真剣な表情だった。

「使うなってこと?じゃあ、ナイフは。え、こっちもダメなの……素手でいくのは?……OKなんだ」

レイが拳銃を仕舞ってアーミーナイフを取り出すも、少女は再び首を横に振る。仕方なく握り拳を作ると、少女はようやく頷いた。

「素手かぁ……ま、お姉ちゃんがそうしてほしいなら、それでもいっか!」

最初は渋々といった感じだったが、笑顔でそう言って両手をほぐすレイ。ネウロイのいる位置の延長線上を後ろに下がり、助走のために5mほど距離をとる。

「じゃ、頑張ってくるよ!ちゃんと見ててね、お姉ちゃん!」

『……』

勇壮な表情で言うレイを応援するかのごとく、真剣な表情でガッツポーズのように拳を握る少女。それを見て、レイは両手を地面に付き、クラウチングスタートの姿勢で目を閉じる。魔法力が全身に漲り、頭と腰に赤く細い犬の耳と尾が生える。

「よーい……ドンッ!」

自ら掛け声を発し、乾燥していた地面を蹴るレイ。大きな歩幅で一気に加速し、窪地のギリギリの位置で大きくジャンプ。魔法力を集中させて青く発光した右手を、腕全体で弓に番えた矢のように後ろに引く。

「くらえぇぇっ!!」

美しい放物線を描いて落ちるレイの叫びに反応したネウロイが、赤く発光するのと同時に、金属的な破砕音を響かせて拳がネウロイに突き刺さる。その右腕を支えに、両足の先も勢いよくネウロイへとめり込ませ、レイの体が固定された。

「あった!」

手を引き抜くと、そこから一際明るい鮮紅色の光が漏れ出した。それがコアの光であることは間違いなく、これ幸いとばかりにもう一度右腕を大きく引くレイ。

「もう、いっ、ぱぁぁぁつっ!」

そして、ぽっかりと空いた穴へと突き通す。鮮紅に群青が混ざり、レイの拳がネウロイのコアを捉えた。

耳をつんざく悲鳴と共にネウロイの体がじわじわと白く染まり、無数の破片へと変わった。空中に投げ出されたレイは前にくるりと体を一回転させ、しっかりと着地。

「よし!これで……うん、霧も晴れてきた!……そうだ、お姉ちゃん!」

ネウロイを撃破したことで、周囲に漂っていた霧が薄れ、林に日光が差してくる。そこで少女のことを思い出したレイは、窪地から上がれる場所を探し、少女のもとへと走った。

「お姉ちゃん、今の見てた?凄かったでしょ!」

喜色満面でそう話しかけると、少女も満面の笑みをレイに返して口を開いた。

『……ちゃんと見てたよ。よく頑張ったね、レイ』

「うん!」

えへへと嬉しそうに頭を掻くレイに、少女はどこか挑発的な表情で言う。

『でも、アレを倒して終わり?まだ、レイにはやることがあるんじゃないの』

「そうだね。霧も晴れてってるみたいだし、遭難した人と游隼さんを見つけて一緒に帰らなきゃ!お姉ちゃんも!」

レイの返事を聞き、少女は満足げに目を閉じる。

『お仲間さんはあっちにいるから、行っておいで。私のことはいいから』

「……わかった!基地に戻ったらまた会いに行くからね、お姉ちゃん!」

自分の指す方向へと、ぶんぶんと手を振りながら走っていくレイの背中に、少女も手を振り返す。

『お姉ちゃんはいつも、レイと一緒だよ』

そして、レイの姿が見えなくなった頃。少女は微笑んだままそう言い、日光に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

「……しは……わたしは……わたし、は……」

木の根本のくぼみに体育座りで座っていた游隼は、虚ろな目でぶつぶつと呟いていた。その背後から、一つの人影が迫ることにも気づかずに。

『游隼』

「ひいっ!」

名を呼ばれ、悲鳴を上げて声の方向に振り向く游隼。そこには、茶髪の少女が立っていた。思わず座ったまま後ずさりをする游隼に、少女は掌を向ける。

『待って、游隼……話を聞いて。私は、游隼自身の罪悪感が作った幻。取り憑いて殺したりはしないから、安心して』

少女の言葉に、游隼が恐る恐る首を傾げる。

「罪悪感が作った幻……ですか?」

『そう、私はただの幻覚。さっき、游隼が私に抱いていた罪悪感を思い出したのが原因で、この霧……ネウロイが出すガスは私の幻を形成してしまった。あんなことを言ったのも、私ならこう言うだろう、って游隼が勝手に想像してるだけ』

「じゃ、じゃあ!大尉が今、私と話せているのはなぜ……」

游隼の疑問に、少女は肩をすくめる。

『さあ。でも、現状を説明できたってことは、游隼の深層心理では、私がただの幻覚だって認識できてるってことだ。それでも罪悪感が残ってるから、私はここにいる』

「……消えませんよ、多分、一生!だって、大尉は私なんかよりずっとずっと飛ぶのも上手かったし、戦闘の時も冷静に状況を観察していた!私があの時、代わりに……」

『バカ!』

「……ッ!」

少女の叱咤に、俯いていた游隼がはっと頭を上げる。

『私は、そんなことを言わせる為に游隼を庇ったんじゃない。ちゃんと認めてないだけで、游隼は未熟な過去()のことなんてとっくに乗り越えられてるよ……後は、こんな幻になってまでつきまとう影を振り切るだけさ』

腕を組んでそう言い、自分の顔を親指で差す少女。いつの間にか周囲の霧は薄れており、2人の間に陽光が落ちる。

『って、背負いこませた張本人が何様だって話だけど。だからあの時言ったんだ、ごめんねって……ただ、他のことも思い出してみなよ。本当に、君は現在という未来に必要のない存在だったかい?』

「それは……」

少女に聞かれて、游隼は自分の手を見、そして自身に問うた。この手が人々を、旅客機を、仲間を守った記憶に、本当に自分は必要なかったのか?

「……いいえ、違いました。私にしかできないことは、確かにあった」

游隼の、意志がこもった返答を聞き、少女はふっと口の端で笑った。

『ちゃんとわかったみたいだね……ん、君の新しい仲間もここに来るようだし、ここらでお別れかな』

金色の日差しに包まれ、少女の体は景色に溶け込むように徐々に透明度が増していく。

「大尉!あの時、私を助けてくれて……本当に、本当にっ!ありがとう、ございましたっ……」

游隼が、目元を拭いながら震えた声で言う。それを見た少女は、懐かしがるような表情を浮かべた。

『もう、すぐ泣いちゃって……じゃ、私が言うのも変だけど、元気でね。またどこかで会えるさ、きっとね』

「ヤマザキ大尉っ!」

笑顔で少女が振った手に触れようと、游隼が手を伸ばす。その手が掴めたのは、小さな光の粒だけだった。

「っ……今度は、絶対に仲間を守りますから。見ててくださいよ、大尉」

光の粒を掴んだまま握っていた拳を、木々の隙間に広がっていた空に突き上げる游隼。その耳に、レイが自分の名を叫ぶ声が届き、聞こえてきた方向へと叫び返した。

 

 

 

 

登山者を救出し、ガスの影響で多少惚けながら基地へと帰還した次の日の朝。2人は、部隊の全員と一緒に入浴を楽しんでいた。

「しっかし、幻を見せてくるネウロイとは、また随分と厄介なのが相手だったんだねぇ」

「厳密には、幻覚作用のあるガス……プロパンガスに近い成分のものを放出し、自滅を誘うようなタイプだったようです」

浴槽の縁にもたれかかったジャニスの言を、カニンガムが訂正する。

「なおさら危険じゃない。よく倒せたわね、李大尉」

「いや、私は何もできなかったんだ。遭難者の人達を発見したら、上手いように幻に翻弄されちゃって……だから、今回は完全にレイの手柄だよ」

「えっ、ツガイが?」

フラムの称賛に、申し訳なさげに首を振る游隼。名を呼ばれ、離れた位置でフィーネに取っ組み合いを仕掛けそうだったレイが4人に近寄る。

「どうしたのフラムちゃん。昨日の話?」

「そうよ。どうやってネウロイを倒したの?ガスに引火もしなかったって聞いたけど、まさか素手とか言い出さないでしょうね」

「うん、素手だよ。低いとこを飛んでたから、飛び乗ってパンチして倒したんだ!凄いでしょ?」

フラムが聞くと、レイは素直に頷き、自信満々の笑みを浮かべて起きた出来事を語った。その内容に、一同は首を傾げる。

「うーん……本当なら確かに凄いけど。そういえば、どうやって霧の中でネウロイを見つけたの?幻も見てたんでしょ?」

「その幻が案内してくれたんですよ!ネウロイを見つけた時は私も拳銃やナイフで倒そうとしたんですけど、幻に両方とも止められちゃって、結局素手でいきました!」

両腕を上向きに直角に曲げ、力こぶをジャニスに見せるレイ。続いて、カニンガムがレイに聞く。

「栂井少尉が見た幻覚とは、一体どのようなものだったのですか?資料では、遭難した方々は、既に死去された友人の幻覚を見たとのことでしたが……」

「そこなんですけどね……実は、助けてもらったことはちゃんと覚えてますけど、顔が思い出せないんですよね〜。確か、女の子だった気がします!」

「なんでそこは覚えてないのよ……」

レイがあっけらかんと言い、フラムがため息をつく。

「……游隼さんも、亡くなられた方の幻を見たんですか?話したくなければ構いませんが」

ふと、離れた位置で話を聞いていたフィーネが、背後から小声で游隼に尋ねる。浴場の様々な音に紛れ、かなり近づかなければ聞こえないほどの声量だった。

「えっと……うん。昔、私を庇って亡くなった先輩ウィッチだった。話したことも覚えてるよ」

「そうですか……ふむ」

何かを察したのか、声を落として游隼がそう言うと、フィーネは考え込むように目を閉じ、静かに話し始める。

「……游隼さんも遭難した方々も、亡くなった身近な存在が幻になって出てきたということでしたね。それは、ただ現実にないものを視る幻視とは明らかに違う症状です」

「そうだね……私が見た幻が説明してくれたんだけど、あのネウロイのガスは、それぞれが抱いていた罪悪感を元にして幻を作る。そして、自分が思う、言われて一番嫌なことを責めてくるんだって」

游隼の体験談を、いたって真剣な顔で聞くフィーネ。

「なるほど……レイが、特に誰かの命に関わることについてはそう簡単に忘れず、自分の意思も曲げない性格なのはお分かりですよね」

「うん。命令も聞かないし、銃を向けられても動じなかったね」

人型ネウロイの一件を游隼が例に挙げ、フィーネが続ける。

「そうです。ならば、ある程度身近な存在が亡くなっていれば、そのことを忘れるはずはないでしょう。自分と幻の行動はしっかりと覚えているのですから、尚の事ね」

「……つまり、何が言いたいの?これ以上頭使ってるとのぼせる気がする……」

「つまり……」

若干紅潮した顔で、游隼がフィーネに近づいて聞いた。それに対し、フィーネもその耳元で話す。

「レイは幻の正体を()()()()()()()のではなく、無意識下で()()()()()()()()()可能性が高いのでは?ということですよ。あくまで憶測の域を出ませんが」

「うーん……もし本当にそうだとしたら、件の幻の正体ってのは誰なんだろうね。あのレイに、無意識でもそう思わせるような存在って」

「わかりません。ただ、気軽に触れていい内容でないことは確かでしょう。それに、彼女は犯罪者ではありませんし、我々も警察官ではない。我々が役立つタイミングは、彼女が助けを求めた時、にっ!?」

滔々と持論を述べていた声が不意に上ずり、フィーネが立ち上がる。その胸には、下側から持ち上げる形で手が這っていた。

「うーん、私より大きいですねぇ……なんの話をしてたのか知りませんが、隙だらけでしたよフィーネさん!」

「くっ、話に集中し過ぎましたか……無念」

勝ち誇ったようにレイに背後で言われ、がっくりと芝居がかったポーズでうなだれるフィーネ。これで、201部隊に訪れたウィッチの双丘は(フラムを除いて)全てレイの手中に一度収められたことになった。

「ちょっとはまともになったかと思ったけど、勘違いだったのかしら」

「ま、あれが平常運転だから。むしろ、いつも通りで安心するよ……あ!アナが逃げる!」

呆れ顔でその所業を見ていたフラムの肩を叩いたジャニスが、サウナから出てきたアナが出口へと足音を殺して歩いているのを見て叫んだ。

「ジャニス、余計なこと……」

言わないで、と口にする間もなく、レイが目を輝かせながらザバザバと湯をかき分けて自分の方向に来ているのを見て、アナは手早く体を拭いて浴場から出て行った。

「……なるほど。これが、扶桑で言う『裸の付き合い』というものなのですね……」

「合ってるけど違うよ!?」

レイにひとしきり胸を揉まれたフィーネが妙に晴れやかな顔で言い、游隼がそれに反応する。

それをどこからか見ていた影が、くすりと笑った。




というわけで、今回はウィッチーズシリーズではある意味禁忌のようなものである「ウィッチの死」を明確に表現してみました
ヤマザキ大尉のシーンは、少ししか描写していませんでしたが20話でクリスタが触れていた「青島防衛戦」の一幕です。結果としては、大尉(幻)の言っていたように民間人の多くが游隼によって助けられたため、游隼は大尉の死を差し引いても大活躍をしたということで有名になりました
が、本人は間近で大尉の死を見届けてしまったために、その話を出されても手放しで喜ぶことは出来ないんですね。なので、クリスタの振りに微妙な反応を返してるわけです
結局何が言いたいのかというと、ウィッチーズシリーズでウィッチの死が描かれない理由は、「10代〜20代前半の女の子が仲間の死に触れてしまうと、よほど強靭な精神の持ち主でない限り耐えられないから」ではないかと思ったという話です 
ま、単純に女の子が死ぬとこを見たくないのもあると思いますけどね
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