SW2020 スペリオルウィッチーズ   作:グリーンベル

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アークナイツってゲームが流行ってるみたいですが、あれとストライクウィッチーズって相性良くないですかね。みんなケモミミだし違和感無さそうな気が。


第4話 夜の世界

「夜間シフト?」

「はい。中尉もここに配属されてから2週間が経ちましたし、新たな業務にも慣れて頂くためです」

3月のある日の夜、夕食後に基地の中をうろついていたジャニスはカニンガムによって引き止められ、説明を受けていた。

「夜間シフトという名ではありますが、旧来のように毎晩深夜に夜間哨戒をする必要はありません。夜間にネウロイが出現・接近してきた場合に二人一組で出撃し、必要であれば撃退するだけです」

「へえ、結構ラクそうだね。ネウロイが来なかったらそのまま基地で待機してればいいんでしょ?」

楽観的なジャニスの言葉に、カニンガムが首肯を返す。

「はい。待機中に眠ってしまわれても構いません。ネウロイが来たら起こすことになりますが。その為、昼間はご自由に過ごして頂いて結構です」

「そっかぁ……そうだ、私のペアって誰なの?」

「スリャーノフ大尉です。以前から一人で夜間シフトを行われていたのですが、中尉に仕事に慣れてもらうのと同時にチームワークを高めるために、ペアを組んで頂きます」

ふうん、とジャニス。

「まー、見るからに一人が好きそうだもんね。向こうは私と組んでも良いって言ってるの?」

「はい。快諾です」

予想外のカニンガムの言葉に、若干目を見開くジャニス。

「期間は1週間ですが、より詳しいことは大尉に直接聞くことをお勧めします。談話室か格納庫に居られるでしょうし、そちらを訪れてみてはいかがでしょうか……では」

「はいはーい」

廊下の先へ歩いていくカニンガムに手を振り、そのままジャケットのポケットに突っ込む。

「快諾、ね」

 

 

 

 

「…………」

秒針が時を刻むカチカチという音と、少しの間を置いてページをめくる音だけが、静寂な部屋に鳴り響く。ふと、壁の向こうから部屋に近づいてくる音があった。

一定のリズムで段々と大きくなる音に、アナは本を閉じて置き、立ち上がる。使い古された黒いブックカバーが、蛍光灯の光を鈍く反射していた。

扉をノックする音が四度鳴る。相手が誰かはわからなかったが、目星は付いていた。

「お邪魔するよーん」

扉越しに響く、くぐもった明るい声。予想通りだった相手に、アナは若干意地悪く返す。

「邪魔は困る」

うぇ、と狼狽する声が小さく聞こえる。くすりと微笑みながら、アナは扉を開けた。

「冗談」

「わかりにくいよそれ……入るね?」

「どうぞ」

扉から離れ、今まで座っていたソファに腰掛けるアナ。ジャニスもそれに倣い、向かいのソファに座る。

「何か用?」

「うん。カニンガムから聞いたんだけど、なんで私と組むのを快諾したのかってのが、ちょっと気になってさ」

快諾、と言う言葉にアナが反応する。再び持っていた本を置き、ゆっくりとした動作で額に手を当てる。

「……快諾した覚えはないけど」

「そうなの?」

「カニンガムに、ジャニスに夜間シフトの手ほどきをしてくれって言われたから、普通に答えただけ」

無表情なのでなんとも判断がしづらかったが、アナの言には嘘はなさそうだとジャニスは思った。

「じゃいいや……そうそう!その夜間シフトについて、詳しく知りたいんだけど、教えてくれる?」

「特段、大したことはしない。朝の4時くらいまで起きて、もしネウロイが来たら出撃するってだけ」

「ネウロイの接近はどうやって探知するの?カニンガムが夜中ずっと飛んでるわけじゃないだろうし」

「扶桑空軍のレーダーサイトが置かれてて、そこの情報が届くようになってる」

「なるほどねー。じゃあ、ずっと起きてなきゃいけないのね……」

ちらと壁掛け時計に目をやるジャニス。時刻はやっと9時をまわった頃だった。アナの言っていたタイムリミットまで、ざっくり見積もってもあと7時間。

「長いなぁ」

「私はしばらく起きてられるし、ジャニスは今のうちに寝てたら」

「そう?じゃ、お言葉に甘えようかな。あ、眠くなったらすぐ起こしていいからね」

アナの言葉に、待ってましたと言わんばかりにイヤホンを取り出すジャニス。スマホにイヤホンを繋ぎ、ジャケットを脱いで体の上にかける。

「電気、消す?」

「大丈夫〜」

ジャケットの中でもぞもぞと動いてスマホを操作し、無地のアイマスクを目にかけるジャニス。

「おやすみ」

「はーい」

再び、部屋に沈黙が訪れる。アナがページをめくる音、秒針の動く音。少し時間が経つと、すうすうというジャニスの寝息が部屋の中に響き始めた。

「……別に、ここで寝る必要は無いんだけど」

しばらくしてから、アナがぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

「ん……ふわあぁ……あ……ん?」

イヤホンとアイマスクを外しながら起き上がり、あくびを一つ。ふとジャニスが横のテーブルを見ると、小さな紙片が置いてあった。

「『異常が無かったので起こさなかった 寝てるから何かあったら部屋に来て』……こりゃまたご丁寧に」

丁寧な字体でそう書かれた紙片をポケットに入れながら壁掛け時計を見ると、普段起床する時間である6時過ぎだった。ということは、游隼が既に朝ごはんを作ってくれていることだろう。

「うーん……よく寝ちゃったなぁ」

ジャケットを着つつ、長く寝たこととソファで寝たことで凝った身体を伸ばしながら、ジャニスは談話室を後にした。

 

 

 

 

そして、その日の夜。所変わって格納庫の裏手では、二つの影が佇んでいた。

「どうですか、中尉の様子は」

ぷわりと白煙を口から吐き出しながら、カニンガムが聞く。冬場の吐息よりも白い煙は、明るい月の光をうっすらと遮り、風に流れて消えていった。

「別に。いつも通り」

同じく白煙を吐きつつ、アナが言った。カニンガムのそれよりも若干薄いアナの煙は、果物のような匂いを辺りに残しながら、同じように消える。

「……そんなことより、なんであんな風にジャニスに伝えたの」

「あんな風に、とは?」

アナの若干棘がある声に、珍しく呆けたように聞き返すカニンガム。その様子を見て、アナも首を傾げる。

「……私がジャニスと組むのを快諾した、って」

「ご自分でお気づきになっていなかったんですか?……私には、明らかに喜んでいられたように見えたのですが」 

仏頂面で互いを見つめ合う二人。見つめ合ったまま、アナが自分の頬をむにむにと引っ張ったり、伸ばしたりしていると、背後から二人に近づいてくる影があった。

「あ、いたいた!おーい、アナ!」

「ジャニス?」

手をひらひらと振りながら、にこやかに二人に近づくジャニス。

「こんばんは、中尉」

咥えていた煙草を右手で持ち、細く煙を吐き出して言うカニンガムを見て、ジャニスが口笛を吹いた。

「こんばんはー……って、それってタバコ?カッコいいね!」

「そうですか?とりあえず、お嬢様にはご内密にしていただけますか。お嫌いでいらっしゃるのです」

左手の人差し指を唇に当てるカニンガム。

「うん、わかった。アナもそうなの?」

「私のは匂いだけ」

ふぅ、とジャニスに煙を吹きかけるアナ。ほんのりと果物の香りが漂う煙に、おーと驚きの声を上げるジャニス。

「ところで、また何か用?」

電子煙草を吹かしながら、アナが聞く。頭の後ろで手を組みながら、ジャニスが答える。

「ん〜、用って訳じゃないんだけどさ。なんとなく、談話室に一人だとつまんなくて」

「ふむ。中尉は案外淋しがり屋なんですね」

「そ、そんなんじゃないよ!」

カニンガムがぽつりと言い、それに珍しくムキになって言い返すジャニス。が、その勢いもすぐに無くなり、何事かもにょもにょと口の中で呟くのみだった。

「……そろそろ終わりですね」

すっかり短くなった煙草を名残惜しげにポケット型の携帯灰皿に入れながら、カニンガムが言った。

「2本目、吸わないの?」

「吸うのは月に1本と決めているのです」

「だから私も一緒に吸ってる」

同じくポーチ型のケースに煙草を仕舞いながら、アナが言う。

ふぅん、とジャニスが声を漏らすのとほぼ同じタイミングで、唐突にカニンガムの魔導針が発現した。

「わっ!?」

同心円状に並んだ大小2つの光輪が、カニンガムの頭上でライトグリーンに輝く。外側の大きな輪っかは所々が棘のように尖っていたものの、天使のそれのような神々しさを放っていた。

「来た?」

アナの言葉に、意識を集中させるように目をつぶっていたカニンガムが少し遅れて頷く。

「……はい。つい先程、中型ネウロイの出現が確認されました。対象は稚内市を通過し、現在中川町付近を飛行中とのことです。推定時速はマッハ1.2」

「マッハ1.2!?」

予想以上のネウロイの速度に、ジャニスが素っ頓狂な声を上げる。が、そんな反応も意に介さず、カニンガムが目を開いて二人に告げる。

「対象は、現在も北海道の中央を通るように南下中と。ですので、現在より対象を迎撃目標として認定。直ちに離陸し、迎撃をお願いします」

「了解」

「り、了解!」

驚くべき速さで格納庫の中に駆け出したアナの背中を、一足遅れたジャニスが全力疾走で追いかける。既にスクランブル発進の情報は伝わっていたのか、格納庫内の二人のストライカーの周りでは数人の整備兵がテキパキと動いていた。

「武装は?」

迷いなくF-35に脚を挿れてエンジンを始動させつつ、横にいた整備兵に聞くジャニス。ヘッドセットを装着すると同時に、使い魔のジャッカルの耳と尾が生え、鈍い光で照らされていた格納庫に青い光が生まれる。

「9Xが2、AMRAAMが4です!22には120発入れてます!」

「よし、オッケー!」

弾薬の入ったバックパックを背負ってイコライザーを持ち、エンジンの回転数を高めていく。

「みんなどいて!行くよ!」

ジャニスの言葉に、正面にいた数人の整備兵が慌てて進路上から避ける。駐機台の安全装置が解除され、滑るように格納庫を出る。

『方位20!中尉、グッドラック!』

「ありがと!」

指定の方位に向いてしばらく上昇し、エンジンをフルスロットにするジャニス。まばらな雲を突き破り、夜の街の光の、遥か上空を飛んで行く。

「さて、どんなのが来るのかな……」

『ジャニス、聞いて』

「アナ?」

ヘッドセットから流れてくる、淀みのない声。直接声が届く距離まで近づくのも億劫だったのか、アナが無線を送ってきたのだ。速度を落とし、アナに並ぶジャニス。

「このままだと、ジャニス(F-35A)が最高速で飛んでもネウロイは人が住んでるエリアに到達する。私だけなら間に合うかもしれないけど、私とジャニスでも居住区の上空で戦いつつ、一般人に被害を出さないようにするのは骨が折れる。私だけだったらほぼ不可能」

ジャニスのすぐ真横に並んだアナが、冷静でありながらも力強い口調で言う。

「そっ……それは確かにそうかもしれないけど、でも、だったらどうするのさ?」

「簡単。()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()

はっきりと突きつけられた困難な状況に、俯くことしかできないでいたジャニスが、思わず顔を上げてアナの顔を見る。「それが出来れば苦労しないよ」と今にも言い出さんばかりに、疑念と困惑の入り混じった表情を浮かべながら。

「しっかり掴まって。剥がれないように」

そんな表情などまるで気にせず、ジャニスの腹の下に入り、手を取って自分の腰に回させるアナ。背負っていたバックパックは、主武装であるGsh-30-1機関砲を横に引っ掛け、体の前に来るようにアナが持っていたため、ジャニスは言われた通りに体を密着させることができた。

「カニンガム、ネウロイの現在地に一番近い居住区までの彼我の距離を」

『目標がこのまま南下を続けた場合は旭川市です。距離は約120km。到着までの推定時間は、長く見積もっても6分といったところでしょう。お二人は現在、市の南西部90kmを過ぎました』

「わかった。……そろそろかな。行くよ、ジャニス。絶対に離さないで」

無線越しのカニンガムの話が終わり、雲の切れ間から見えていた地面の光が無くなって、連なる山々が見え始めた頃。アナが言い、自分の両手でもジャニスとバックパックを抱える。

「え?ちょ、ちょっ……」

突然の宣言にジャニスが慌てて声を上げた次の瞬間。アナの体から生まれた青い光が、背中を通してジャニスごと二人の体を包み込む。そして、二人はあっさりと、音の壁を突き破った。

「うっ……わぁぁ────!?」

目の前に広がる光景に、まるでジェットコースターに乗っているかのような叫び声を上げるジャニス。

一瞬耳に届いた破裂音自体は、ジャニスは既に聞いたことがあった。リベリオンでもマッハを出したことは何度かあったし、F-35であればフルスロットルでなくとも音速など簡単に突破できるからだ。

今と過去の決定的な違いは、圧倒的な速さ。1年ほど前からジャニスが使っているF-35の最高速度はマッハ1.6。そこまでの速さは、流石のジャニスでも(色々と問題になるため)出すことが出来ても出した事は無かった。しかし、今ジャニスが味わっている速度は、今までのどれよりも上だった。

シールドで軽減されているとはいえ、体を叩く風の感覚。普段の戦闘時の何倍もの速さで後方に流れていく雲と時折覗ける地面。そして、全ての恐ろしいまでの静かさ。HUD上の速度表示は『1431』。表示されているノット表記から換算すると、2650km/h。つまり、二人は現在マッハ2.5で飛んでいた。

「……っ、……!…………?」

更に、声が出なくなっていた。正確には出ているのだが、口から出た瞬間に自らの声さえも置き去りにしてしまい、すぐに遠ざかってしまうため、ジャニスは声が出ていないように錯覚してしまっていたのだ。

『ジャニス、普通に話しても聞こえない』

口を閉じたり開いたりしていたジャニスを振り返り、耳をトントンと叩いて言うアナ。やっとその事実に気づいたジャニスが、無線に切り替える。

『こ、これって、アナの?』

『そう、私の固有魔法。ストライカーへの負担が大きいからあまり長くは使えないけど……ほら、見えてきた』

黒ぐろとした山地が広がっていた目下の雲の隙間に、ちらほらと光が見え始めた。アナが徐々に速度を落とし、世界が再び音によって彩られる。

「……とりあえず、ここら辺でいいかな。カニンガム、距離はどう」

街の光の上を通り過ぎ、約10kmほど離れた位置でホバリング姿勢になる二人。そのHUD上にレーダーが表示されるが、二人とネウロイとの間にはまだかなりの間隔があった。

『65kmを切りました。目標は依然南下中です』

「さあて、初めての夜戦だけど……アナ、何かアドバイスとかある?」

ホバリングから前進に移行しながらジャニスが聞くが、装備を整えていたアナがこともなげに言う。

「特に何も。ジャニスならなんとかなるよ」

アナの予想外の返事に苦笑しながら、ジャニスが続ける。

「そう言われてもさ……ちょっと不安なんだよね」

「高度に気をつけてれば大丈夫。あとは昼とそう変わらない」

「うーん……」

そう言うアナの声の調子は普段とまるで変わらず、からかっている様子は無いようだった。それ以上の助言は望めないであろうことを悟ったジャニスが、気合を入れ直すように両手で頬を叩く。

「よっし!頑張る!……ん、あれは」

「多分、目標」

アナとジャニスが再びホバリング姿勢になり、武器を構える。二人の正面下方で、雲に触れるか触れないかというような高さを飛ぶ、黒い物体が見えたからだ。

二枚の垂直尾翼に、後方にかけて流線型になっているコクピットらしき部位。後部には双発のエンジン、下部にはエアインテークのような膨らみも備えており、ぐんぐんと二人に近づいてくるそれは、明らかに人工物のフォルムだった。

「多分コピー元があるんだろうけど……あんな戦闘機、見たことある?」

ジャニスが振り返りながら聞く。彼女の記憶では、少なくともリベリオン製の戦闘機の中には、あんな見た目のものは無かったからだ。

「……確か、オラーシャの試作戦闘機に似たような機体があったはず」

顎に手を当てて思案顔を浮かべていたアナが答える。ネウロイは二人から20kmの距離まで接近してきていたが、相変わらず直進を続けていた。

「まあいいや、落とすことには変わりないんだから!ジャニス、交戦!」

「……スリャーノフ、交戦」

今度はアナがジャニスに少し遅れて行動を開始した。二人の方が若干高高度に位置していたため、ジャニスがウェポンベイを操作し、AMRAAMの発射態勢に入る。

「先手必勝ー!」

そのままバシュバシュ、と2発を発射。ある程度まで直進したAMRAAMがかくんと降下を始め、ネウロイへと一直線に飛翔していく。それから少し遅れて、アナも2発、ミサイルを発射した。

月夜に浮かび上がった白い線のうち2本が黒い物体へと接触、爆発する。ズゥン、という重い破裂音と共に赤とオレンジの球が2つでき、直下の雲を照らす。

しかし、その球をネウロイが炎と煙の尾を引きながら突き抜ける。直撃する寸前にミサイルを撃ち落としたのか、上部がところどころ白く発光している以外には目立った損傷は無く、飛行している様子にも全くの変化がなかった。

「うーん、当たんなかったかぁ」

「まあ、あのサイズだったら仕方ない」

直後、また爆発が起きる。アナのミサイルも撃墜されたらしく、ネウロイは表面が多少傷ついているだけだった。

「やっぱり機関砲じゃないと無理そうだね。何か作戦ある?」

「最後まで指示通りに動いてくれるんだったら、一応」

「うーん……全部は厳しいかも」

至極正直なジャニスの返事はアナもなんとなく察せていたようで、

「じゃあ臨機応変で」

という、とてもぼんやりとした返しをした。

「……それってつまり、自由にやれってこと?」

ジャニスの問いに、今度は首肯を返すアナ。それを見て、ジャニスがにやりと笑みを浮かべながら機関砲を構え直す。

「いいね、そういう方が性に合ってるや!」

「だと思った」

アナもジャニスに倣い、機関砲を構える。そのタイミングで、直進を続けていたネウロイがぎゅうっと回頭し、二人の方向へと進み始めた。機関砲での戦いを求めているかのように二人に迫ってくるネウロイの迷いのなさは、どこか戦士の如き風格さえ漂ってくるようだった。

「そらこぉい!……うひょお!」

二人の銃撃をものともせず、レーザーを乱射しながら二人の間の空間を切り裂くように飛ぶネウロイ。レーザーを散開して回避した二人の後ろで上昇し、反転。宙返り後の背面飛行の状態で、2本のレーザーを左右に照射するネウロイ。

「中々速い……ジャニス、そっちに行った」

「わかってるよ……!わっ!」

レーザーを回避したジャニスに、人が操縦していればまず不可能であろう急カーブを描いて追尾し始めるネウロイ。コクピットの左斜め後ろと両方の主翼の先端の、合計3箇所から怒涛の勢いでレーザーが放たれる。それを、バレルロールと右旋回を組み合わせて回避するジャニス。

「手数は多いけど……小さい分、脆いはず」

ジャニスが追われている間に上方に移動したアナが、ネウロイの軌道の先を読んで機関砲を連射する。ジャニスの少し後ろに放たれた20発ほどの弾丸の一部が、ネウロイの胴体真ん中あたりから右下方へと命中していった。

残念ながらコアには当たらなかったようで、一撃で撃墜、とはいかなかったものの、いくつも空けられた穴によって右主翼が真ん中あたりからぼろりと千切れ、ネウロイがバランスを崩す。

「やっぱり……ジャニス、いける」

「うん!今なら……!」

落ち葉のように空を舞っていたネウロイに、両脚を大きく突き出して静止したジャニスがAIM-9X-2、通称サイドワインダーを2発発射する。ほぼ直撃は免れないであろうコースでミサイルが接近し、1発が迎撃されてしまったものの、もう片方がネウロイの胴体に着弾した。

「いよっし!」

火球に包まれたネウロイは、四肢が捥がれた虫のようにバラバラになった。コアが胴体部にあったのか、主翼の先端やエンジンなどが散り散りに落ちていき、次々に光の破片となって空に消えていく。

「へへーん、初夜戦で初戦果!ぶいぶい!」

上空で待機していたアナに、満面の笑みでVサインを送るジャニス。それを見て、アナもふぅ、と一つ息を吐き、無線をオンにする。

「目標の迎撃に成功。カニンガム、周囲に敵影は……ッ、ジャニス!後ろ!」

「えっ?」

途端、アナが普段の冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。そのあまりの剣幕に一瞬たじろぐジャニスだったが、言われた通りに振り向いた。

その視界は、幾本も迫ってくる真っ赤な閃光によって今にも埋め尽くされようとしていた。突然の出来事に、手を突き出して咄嗟にシールドを展開しようとするジャニス。だが、間に合わない、とジャニスは本能的に理解していた。

ネウロイのコアは、胴体ではなくコクピットらしき部位にあったようで、爆炎と他の部位の消滅に紛れて落下しつつも、最後の一撃をジャニスに放っていたのだ。

危機的状況を前にして、ジャニスの体感速度は猛烈に遅くなっていた。ほぼ赤に染まった視界に、うっすらと青い光が広がっていく様子も、眼下で消えていくネウロイの姿も、くっきりと捉えられるほどに。

(「これは、ダメだ」)

意外なほど冷静に自らの終わりを覚悟し、諦観から目をつぶるジャニス。視界が黒く染まった直後には、レーザーが全身を貫き、あっけなく空に散ることになるのだろうと、ジャニスは感じていた。

だが、ジャニスの体を襲ったのは、強く揺さぶられるような感覚と、それに伴う遠心力だった。体に伝わってきた力の違和感に、せめて衝撃に耐えようと固く閉じていた目を、恐る恐るジャニスが開く。

「……間に、合った」

その目には、肩で大きく息をしながら言うアナが映っていた。ジャニスの胴体をぎゅっと抱きしめていたその顔は、普段の無表情に近くはあったが、どこか安心しているようだった。

「アナ……?」

「ギリギリだったけど、加速して……なんとか、なった」

安心しきった様子で、深く息を吐くアナ。抱擁から解かれたジャニスが、それを見て、ぱちんと手を合わせて言う。

「……本当に、ごめん!私が油断したばっかりに、アナも危ない目に合わせちゃって」

「構わない。最初は、大体皆あんな感じ。私の警戒不足もあった訳だし」

呼吸を整え、いつも通りの鉄面皮を取り戻したアナが、何事もなく言う。

「でも……」

「私もそうだった」

予想外の一言に、しょぼくれていたジャニスが鸚鵡返しで聞く。

「アナも?」

「うん……初めて夜に一人でネウロイを落とした時、さっきのジャニスとほぼ同じだった。嬉しくて、舞い上がって、油断して。加速が無かったら、今頃はここにいなかった」

「そうなんだ……」

「それに」

「それに?」

アナがくいくい、と下の方を指差す。ジャニスが差された方に目をやると、その視線の先にあったアナのストライカーが、息を詰まらせたような音を発する。よく見ると、ストライカーの先から放出されている魔法力の青い光が途切れ途切れになっていた。

「さっきの加速の負荷が大きすぎて、エンジンが壊れた。もし一人でこうなってたら、私はそのまま墜落してる」

言っている状況がかなり大変な事にも関わらず、まるで他人事であるかのように言うアナ。事実、出力が落ちてきているようで、ゆっくりと体が下に落ちて行っていた。

「……っふふ」

下に目をやってからそのまま俯いていたジャニスが、肩を震わせる。

「?」

「いや、ごめん……なんか面白くて……んふっ」

「そんなに変?」

恐らく本心からの疑問であろうアナの問いで、ジャニスがより一層激しく肩を震わせた。今やジャニスの腰あたりまで落ちてしまったアナが、首を傾げる。

「んっ、ん!……慰めてくれたのかどうかはよくわからなかったけど、ありがと、アナ。うん、次からは油断しない!」

咳払いをしてアナと高度を合わせつつ、ジャニスがきっぱりと言う。

「うん。それでこそジャニスだよ」

ジャニスの言葉にどこか誇らしげな笑みをアナが浮かべたのと、ストライカーからボフッ、という音と黒煙が吐き出されたのはほぼ同時だった。

「「あっ」」




今回登場したネウロイの元ネタはMig -1.44です。個人的なネウロイの強さランクは(あくまで参考程度ですが)小型<中型<大型≦戦闘機<人型等の特殊タイプ、というようなイメージです。ちなみに、2話の大型ネウロイのモチーフはB-52でした。

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