紅葉の君と、春まだきの君   作:瑞穂国

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お久しぶりです?

梅雨パースさんのボイスめちゃめちゃ可愛かったですね。

というわけでパースさんに甘えるお話&パースさんが甘えるお話です。


甘えたがりの君だから

 雨の日は、身も心も、人肌が恋しくなる。そんなことを考えるのは、私だけかしら。

 梅雨、という季節が日本にあることは、噂で聞いていた。夏の前にある、じめじめとした、雨の季節。紫陽花という、また可愛らしい紫の花が咲き誇る季節。ほんのちょっと、外へ踏み出すのが、億劫になる季節。

 今日も一日、鎮守府は雨だった。

 

「……早く、帰ってこないかしら」

 

 雨打つ窓を見つめる私は、真っ暗闇の埠頭へ目を凝らす。ぼんやりと霞のかかった夜景は、全く輪郭がはっきりとしない。ガラスに映るのは、提督がアメジストに例える、私の瞳ばかり。求めるものを見つけられなかった私は、何だか面白くなくて、コツコツと指先で窓を叩いた。

 私と提督、二人で暮らす部屋に、今は半分しか温もりがない。彼は数日前から、鎮守府から離れた海域へ、他の艦娘とともに出撃している。作戦を終えた提督は、今夜、鎮守府へと帰着する予定だった。

 無性に広く感じる部屋の、一番見晴らしのいい窓から、私は提督を乗せた艦娘母艦がやって来るのを待つ。雨で霞んだ水平線が、埠頭の先に広がっている。その先から、赤と緑の灯火が見えてくるのを、待っている。

 ……やっぱり、一緒に行けばよかったかしら。そんなことを、何度も考えた。定期整備のために、艤装をオーバーホールしているから、そんなことを考えても仕方がないって、わかっているけど。

 

――「留守番、よろしく頼むよ」

 

 いつもは、私が出撃して、提督がお留守番。でもその逆は、今回が初めてだった。

 今はただ、帰ってきた提督の顔を、早く見たくて仕方がない。

 窓枠で揺れる、二つのてるてる坊主を見遣る。出港前、提督と一緒に作った、おまじない。結局、効能切れで、今日は雨が降ってしまったわけだけど。

 やや不格好な、私が作った方のてるてる坊主。提督を模した姿の人形を、指でつつく。ぷらぷらと揺れる影に、ほんの少し、頬が緩んだ。

 丁度その時、警笛が一発、夜の中から聞こえてきた。景色と同じ、どこかぼんやりとした音。けれど確かに、この両耳が捉えた。

 提督が、帰ってきた。

 急いで身を乗り出し、窓に貼り付くほど、暗闇を凝視する。相変わらず、見えるのは人っ子一人いない埠頭と、船の気配なんてしない海ばかり。

 でも、よくよく目を凝らせば、微かな光を見て取れる。ゆっくりゆっくり、鎮守府の埠頭へと向かってくる、両舷灯と前後部マスト灯。

 さあ、ぐずぐずなんてしてられないわ。雨が降っているから、傘を持って、迎えに行かないと。まずは、温かいお風呂で体を休めて、それからたっぷり睡眠を。寝付けないなら、特別に、蜂蜜レモンなんて淹れてあげるわ。

 着替えずにいた制服を整えて、さっと全身を確認する。足早に部屋を飛び出した私は、手早く靴を履いて、お揃いの傘を傘立てから引き抜いた。そのまま、官舎の階段を、一段飛ばしで駆け降りる。

 傘を開くのももどかしく、雨の中へ足を踏み出す。今は、鬱陶しかった雨すらも、心を弾ませるメロディーだ。

 

 

 

 蜂蜜レモンで温まって、寝間着に着替え、ベッドへ腰かけた私へ、提督が寄り掛かってきた。

 ぽすんと、気の抜けるような音がして、提督の頭が私の胸元へ収まる。ふいにかかった重量に、私は思わず、ベッドへ倒れこんだ。ダブルベッドが小さく軋む。

 

「あなた……?」

 

 不審に思って、声をかける。返事はない。穏やかな吐息が胸元にかかって、くすぐったい。

 そのまましばらく、提督は動かなかった。どうしたものだろうと考えて、私は結局、その頭を撫でることにする。短い彼の髪を、それこそ毛づくろいでもするように、丁寧に撫でていく。

 ……ああ、なるほど。もしかして、これは。

 

「あなた、私に甘えたいのね?」

 

 私を抱きしめて離さない彼へ、殊更ゆっくりと語りかける。胸元の彼から、相変わらず声は聞こえない。ほんの少し、腰へ回った腕の力が、強まっただけだ。その反応を、私は肯定と捉える。

 穏やかに頬が緩むのを感じた。

 

「長い航海だったものね」

 

 日数にして、往復で一週間と少し。もちろん、仮眠は取っているんでしょうけど、作戦遂行中は、代わりのいない提督に休みはない。艤装のおかげで、ある程度疲労を軽減できる艦娘とは、訳が違う。

 それに、待つ者には、待つ者だけの、心労というものがある。今の私には、それがよくわかった。

 体よりも先に、心が疲れてしまうことだって、きっとあるわ。あなたは誠実で、真面目な人だから、なおさら。

 

「……すまない、ね」

 

 提督の頭を、背を、あやすように撫でること数分。ようやく彼が、声らしい声を発した。いつもと同じで、穏やかな声。雨の合間に見える、太陽の光のようだと、そんなことをふと思った。

 どうして謝るの?尋ねた私に、顔を上げた提督は、何だかバツが悪そうに視線を泳がせる。

 

「……無性に、君に甘えたくなってしまった」

「いいわよ、別に。私、甘えるのは好きだけど、甘やかすのも好きよ?」

「……ああ、うん。知ってる」

 

 やはり、疲れているんだろう。いつものような歯切れの良さが、今の提督にはない。要領を得ないまま、彼は産まれたてのカンガルーみたいに、私にしがみついている。いいえ、提督の方が大きいから、絵面的には、私が抱き枕みたいになっているのだろう。

 ああ、でも……そうね。提督の態度には、私にも思い当たる節がある。多分、彼も、私と同じことを、思っていたはずだ。

 意を決したように、提督は再び口を開く。

 

「寂しかった、って言ったら……幻滅するかな」

 

 そんなことを、不安そうに言うものだから。可笑しくって、込み上げてくる笑いを堪えるのに、必死だった。

 まったく、もう。何に幻滅するというのかしら。

 

「それは、私に会えなかったから?」

「……そういうことです」

 

 いつもの妙な口調が、提督の動揺と羞恥を物語る。

 本当に、可笑しくって仕方ないわ。だって、私たちの考えていたことは、こんなにも似ていたんだもの。

 窓を叩く時。てるてる坊主を突く時。霞に目を凝らす時。あなたも同じように、私を想っていたのかしら。

 

「そう。ふふ、私に会えなくて、提督は寂しかったのね」

「寂しかったよ。やっぱり、連れて行ったらよかったかなって、何度も思った」

「……私も、寂しかったわ。あんまり寂しくって、泣きそうな時もあったのよ?」

 

 ああ、私ったら、随分恥ずかしいことを、告白している気がするわ。今更ながらに、頬が熱くなる。本当なら、きっとこんなこと、絶対言わないのに。それでも、言わずにいられなかった。近くにあると思っていた温もりに、ほんの少し触れられなかっただけで、寂しくて堪らなかった。何をするにも一人で、それがこんなに切ないのかと思い知った。

 だから今、この胸にあなたを抱けることが、何よりも嬉しい。

 

「レディを泣かせるなんて、ひどい人」

 

 おどけて言ってみせると、提督はもう一度、「すまない」なんて呟いた。その代わりというのか、彼はさらに、腰へ回す腕の力を強める。私がそうしたように、お互いの温もりを、目一杯確かめるように。

 私を温めてくれるあなたを、今夜は私が、たっぷりと温めてあげるわ。

 

「さあ、あなた。ベッドに入って、お話しましょう。あなたが眠るまで、たくさんおしゃべりしましょう」

 

 その間、私がずっと、あなたの手を握っている。珍しく甘えたがりなあなたに、私の温もりを分けてあげる。

 二人で揃って、今度こそベッドへ潜り込む。私一人で使うには広すぎたダブルベッドに、ようやく、二人目の主人が戻ってきた。二人分の温もりが、少しずつベッドを暖めていく。

 部屋の明かりを消す。暗闇の中に、あなたの手を探る。吐息と衣擦れの混じる暗闇に、離れていた時間のことを語り合う。

 

「ありがとう」

 

 その呟きが聞けただけで、今夜の私は満足だ。

 

 

 

 てるてる坊主のぶら下がる窓から、朝陽が差し込んでいた。

 特別に何かがあったわけでもなく、ごく自然に眠りから引き戻された私は、薄目でその光を確かめる。昨夜までの雨なんて嘘みたいに、暖かで、そして美しい光。小さなダイヤモンドを、いくつも散りばめたみたいに、朝の空気が輝いている。

 

「綺麗……」

 

 思わず呟いて、布団の中でもぞもぞ、手を伸ばす。ぼんやりした視界の中で、指先が光の粒に包まれる。けれど、私の手があまねく金剛石に触れることはなくて、ただ朝焼けの涼やかな風を微かに掴んだだけだった。

 代わりに、どこかから私を呼ぶ声がする。

 

「おはよう。いい朝だよ」

 

 優しい声が、私に向けられたものだと、すぐにわかる。ころんと寝返りを打って、ベッドの反対側を見れば、すでに起きていたらしい提督が、こちらを見つめていた。その手には、二人でお揃いの、マグカップ。

 

「そろそろ起きると思った。パースはいつも、同じ時間に起きるから」

 

 提督はそう言って微笑んだ。マグカップからは、コーヒーの芳醇な香りが漂ってくる。

 

「おはよう。まだ寝ていなくていいの?」

「パースのおかげで、よく寝れたからね」

 

 ことり。提督がマグカップを並んでテーブルに置く。ベッドを見つめる目が、こっちへおいでよと、言っていた。朝の一杯をどうぞ、と。

 温もりの残るベッドから、私は彼へ手を伸ばす。

 

「起こして?」

 

 これくらいは、朝からでも許されるかしら。

 提督が苦笑する。けれど、彼は拒むことなく、私の横たわるベッドへ歩み寄った。

 

「朝から甘えん坊ですね、お姫様」

「言ったじゃない。私、甘えるのも、甘やかすのも、好きよ」

「うん、そうだったね」

 

 提督は、丁寧に掛布団を剥いだ。上半身を傾けた彼の首に、私は腕を回す。額にそっとキスをして、彼は私を抱え上げた。普段、あまり意識することはないけれど、こういうところ、ちゃんと鍛えられた、男性なのだと思う。

 まるで宝物でも扱うみたいに、丁寧に私を運んだ提督。用意していた椅子に私を座らせて、テーブルと反対側に彼も座った。二人の間には、提督の淹れてくれた、朝のコーヒーが一杯。

 

「ありがとう、優しい騎士さん」

「滅相もございません」

 

 おどけた調子で答える彼に、クスリと笑いが漏れた。

 コーヒーに口づける。微睡みから徐々に、感覚が醒めていく。心地よい苦味に、ほっと息を吐く。その間も、取り留めのない話を、提督とした。二人で寝付くまで、あんなに話をしたのに。それでもまだ、話したいことは有り余ってしかたがない。

 てるてる坊主、とってもよく効いたわ。でも一週間はもたないみたい。また新しいのを作りましょう。ああでも、雨が降っても、相合傘というのもあるのよね。それに、雨露で濡れた紫陽花も、きっと素敵だわ。

 朝陽がゆっくり、昇っていく。その速度と同じくらい、今日はゆっくり、過ごしましょう。今はそうして、あなたを感じていたい気分だもの。




甘えるのも甘やかすのも好きなんです…

どっちか片方だけではダメなんです…
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