紅葉の君と、春まだきの君   作:瑞穂国

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あまりご無沙汰しておりません、瑞穂国です。

ふと思いついたお話です。短め。


ただあの夕陽を、あなたに見せたくて

 それを見つけたのは、本当に、ただの偶然だった。

 ローテーションで行われる、近海の哨戒任務。その帰り道に、ふと、吸い寄せられるように、西の空を見た。本当に、何ということはないの。特に理由もなく、普段ならそんなこともしないのに、今日という日はどういうわけか、波間の煌めきを追いかけ、波頭の輝きを辿って、カモメに誘われるように、西の空へ目を向けたのだ。

 時刻は六時を回ろうとしていて、日の入りが近づいていた。沈みゆく太陽が、日中の余韻を引き摺って、水平線のすぐ上に鎮座する。光は弱くなっていて、ほんの少し目を眇めれば、そのまあるい姿を捉えることだってできた。

 右の手を、丁度庇のようにして、私は西の空に見入っていた。

 見れば見るほど、何の変哲もない。それはもちろん、綺麗な光景ではあるけれど。洋上でも、(おか)の上でだって、その景色は見慣れている。感動はあっても、真新しいものはない。どちらかといえば、それは懐かしさとか、親しみに近くて、食い入るように見つめるものではなかったはずだ。

 だというのに、どうしても目が離せなかった。艦隊の中で、そんなことをしていたのは私だけ。波を割きながら基地を目指す、待っている温かな夕飯に胸を膨らませ、湧きたてのお風呂に入れる幸せを噛み締め、そして無事に過ぎていった一日へ感謝する時間から、私だけが取り残されたような。雑踏の中、私一人が立ち止まっているような。そんな不可思議な錯覚を覚えながらも、私は夕陽に目を向け続ける。当の夕陽の方が、「何をしているの?」と私に尋ねているような気さえした。

 

「パースさん?」

 

 呼ばれて、我に返った。基地へ帰投の連絡を終えた大淀が、こちらを振り返っている。風にたなびく黒髪を押さえた横顔に、私の見つめていた夕陽が光を当てていた。

 

「どうかしましたか?」

「なんでもないわ。……夕陽を見ていたの」

「夕陽ですか?」

 

 大淀は、私と同じように、右手をかざしながら西の空を見た。今にも海とくっつきそうな――いいえ、少しずつ見えてきた陸地の向こうに消えそうな、そんな夕陽を見遣った彼女は、また私を振り返って笑う。眼鏡がきらりと茜色を映した。

 

「沈むまでには、帰れそうですね」

「ええ、そうね」

 

 私が答えると、大淀はわずかに速力を落として、私に併走する。小首を傾げる瞳が、私が夕陽を見つめていた理由を、尋ねている。

 

「……不思議ね」

 

 胸に、手を当てる。この、ふわふわと、どこか現実離れした不思議な感覚を、ゆっくりと私自身の言葉に落とし込んでいく。

 

「何の変哲もない夕陽だわ。いつも見ていて、もう見慣れてしまったくらいで、今更新しい感動なんてないような……本当にいつも通りの夕陽なの」

「そうですね。いつもと同じ、変わり映えのしない、ただの夕陽です」

「そう、そうなのよ。……でもね」

 

 ああ、この感情は。暖かな心地は。本当にどうしようもない、自分でも呆れてしまうぐらい、根拠も動機も一つもない、論理展開なんてすっ飛ばした、私の気持ち。

 だからとても単純で、それ故に、愛しくってしかたがないわ。

 

「この夕陽を……どうしようもなく、提督に見せたくなってしまったの」

 

 ただ、それだけなの。変わり映えのない、見慣れて、親しんで、いつもと同じ、取るに足らないような、あの夕陽を。だというのに、あなたに見てほしいと、思ってしまう。一緒に見られたらと願う。ただそこにある光を、輝きを、煌めきを、この一瞬を、分かち合いたいと乞うている。

 理由なんてないわ。だからどうしようもなくて、困ってしまう。けれど、悪い気分では、決してないわ。

 大淀は何も言わず、微笑む。沈みゆく穏やかなオレンジの光と同じ、優しい笑顔を残す。ポンと細い手が私の頭を撫でて、彼女は先頭へと戻っていった。

 

「もうすぐ会えますよ」

 

 彼女の言った通り、夕陽が沈み切る前に、基地の姿が見えてくる。夜の気配に照らされる庁舎、眠る準備をする補助艦艇たち、わずかに輝きを残す艦娘用埠頭。

 その先端に、彼が、立っている。

 ……ふふっ、そう、そうなのね。あなたも、私と同じものを、見ていたのね。

 速力を落としながら、私たちは帰るべき場所へと帰っていく。茜色を追いかけながら、最初に何を話そうかと、そんなことばかりを考えていた。




パースさんそういう可愛いことを言う…
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