紅葉の君と、春まだきの君   作:瑞穂国

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パースさんが愛情たっぷり込めて栗ご飯を作るお話。


パースさんの愛情たっぷり栗ご飯

 少しずつ冷える風が、秋を深めていく。

 今年最後の彩を控え、実りを迎える木々。葉と共に落ちるのは栗の実。木漏れ日の間に宿るは柿の実。湿った木陰にはきのこ。

 食欲の秋とはよく言ったもので、基地を歩けばあちらこちらからおいしそうなものの話題が飛んでくる。近くのスイーツ店の、新作モンブランの話。シャインマスカットの山ほど乗ったタルト。柿を並べたアイスクリーム。きのこの天麩羅とごまだれのうどん。食べてみたいものは日に日に増える一方で、休暇と胃袋が全く追いついていなかった。

 今日も私は、秋の味覚を堪能しようと、厨房に立っている。

 基地の艦娘三十余名の食欲を支える食堂。司厨員のおばちゃんたちが腕を振るう横で、私は水を張った大きなボウルと向かい合っていた。その中身は、一升半のお米。しかも同じボウルが二つ並んでいる。

 

「……よしっ」

「やってやるデース!」

 

 カーディガンの袖をまくって、隣に並んだ協力者――金剛と揃って気合いを入れた。お互いのボウルに手を突っ込み、お米を研ぎ始める。

 研ぐ、研ぐ、研ぐ。水を変えて、また研ぐ、研ぐ、研ぐ。一升半のお米を研ぐのは、結構な重労働だ。普段は、提督と私の二人分で三合くらいしか研がないから、余計にそう感じる。これを毎日のようにやっている厨房のおばちゃんたちは、やっぱりすごいわね。コツとかあるのかしら。

 

「お米を研いでっ。お水を変えてっ」

 

 ふと、隣の金剛が妙なメロディーを口ずさみ始める。手でお米をかき混ぜ、器用に水を変えながら、楽し気な旋律を奏でた。後頭部に櫛でまとめたお団子が揺れる。聞いたことのないメロディーは彼女のオリジナルだろうか。

 

「金剛、なあにその歌?」

「お米を研ぐ歌デス。パースも一緒に歌いまショウっ」

 

 さん、はいっ。ウィンクを綺麗に決めて、もう一度最初から口ずさみ始める金剛。即興の歌に、私もなんとか合わせる。

 

「お米を研いでっ」

「お、お水を変えてっ」

「綺麗に磨いてっ」

「真白に磨いてっ」

「お米がキラキラっ」

「炊いたらつやつやっ」

 

 少しずつ、調子が掴めてきた。「いい感じデス」と言いたげに笑う金剛。二人でワンフレーズずつ、即興のリズムと歌詞を口ずさみながら、お米を研ぎ続ける。

 洗い流す水の色が、どんどん透明に近づいていった。「透き通るまで研いでくださいね」とは、吹雪とウォースパイトとともに栗を剥いている大淀からのオーダーだった。

 今夜、私たちは栗ご飯を作っている。午後の半休を使って山に入ったのは、私と吹雪、ウォースパイト。三人で基地の人数分になる山ほどの栗を収穫した後、厨房を借りて栗ご飯にしようということになったのだ。私含め数人の艦娘から上げていたリクエストを叶えた形になった。

 とぎ汁は、いよいよもって透明になった。

 

「もち米ちょっぴり」

「お塩もちょっぴり」

「栗さんたっぷり」

「愛情たっぷり」

 

 水を切ったお米を、蒸気炊きの大きな炊飯釜に移そうとした時、どさりと大きな音がして、厨房のカウンターに薄い黄色の宝玉が積み上げられた。鬼皮を剥き、渋皮を取り去った栗の山。金剛と揃って感嘆の声を上げると、その向こうからきらりと夕陽を反射する眼鏡が現れた。端正な顔立ちは、しかしそのままカウンターへ突っ伏してしまう。普段のかっちりした様子からは珍しく、大淀は艶やかな黒髪を揺すって肩で息をしていた。

 

「く、栗さんたっぷり、です」

「大淀、頑張ったみたいですネー」

 

 三十人分の栗を剥き終えた殊勲艦の頭を、金剛が優しく撫でる。吹雪に次いで基地への所属が長い、彼女らしい仕草。基地所属の艦娘からあれやこれやと頼られて相談を受ける大淀が、金剛にはしっかり甘やかされている様子に、私は思わず頬を緩めた。

 

「愛情もたっぷりよ」

「一生懸命込めましたっ」

 

 大淀に続いて、ウォースパイトと吹雪、栗の下準備を担当した二人が並ぶ。大淀ほどではないにしても、二人も相応に疲れた様子だった。ウォースパイトが吹雪へ肩を竦め、「毎年恒例だけど、骨が折れるわね」と苦笑いしていた。

 

「吹雪とウォースパイトも、よく頑張りマシタ!偉い偉いッ」

「わ、わわっ、金剛さんっ」

「あら……まあ」

 

 そんな二人の頭も、金剛は優しく撫でる。文字通り、ダイヤモンドの笑みを添えて。数十カラットの微笑みに、艦隊最古参の駆逐艦も、基地で一番の淑女戦艦も、されるがままになっている。笑う二人の頬が朱い。

 どっさりと山盛りの栗を、私はカウンターより受け取る。三人の愛情がたっぷり詰まった、たっぷりの栗。その重さを抱えた。これが今から、私と金剛で研いだお米と一緒に炊かれて、栗ご飯になる。

 

「ね、金剛。私もう、待ちきれないわ」

 

 炊きたての、愛情たっぷりの栗ご飯を想像するだけで、もう堪らないわ。

 そんな私に、金剛が笑う。金剛石の輝きを宿した目を細め、彼女は親指を立てた。

 

「オッケー。いざ、ご飯を炊くデース!」

 

 温かな手のひらが私の頭もクシャリと撫でて、あわや栗を取り落とすかと思った。

 

 

 

 炊き立ての栗ご飯。お茶碗に形よく盛られたお米と栗。つやつやの粒は真珠のようであり、ごろりと転がる秋の味覚はトパーズさながら。思わずうっとりと息が漏れる。

 揺れる湯気。空腹由来の食欲を今少し留めて、私は幻想的な景色の向こうに、その人を見た。

 星を宿す瞳が、温和に微笑む。彼をそんな表情にしているのは、私が持っているのと同じ、栗ご飯。秋の味覚の、宝石箱。私たちが丹精込めて作ったそれを、提督は殊更おいしそうに、ゆっくりと咀嚼して、味わっていた。

 二口目を口へ運び、同じように噛み締める提督。緩み切った頬が、まだ早い紅葉の色だ。その表情に、私も思わず、口元が綻ぶ。

 ふと、提督と目が合う。口のものをゆっくりと飲み込んでから、彼は私に言った。

 

「栗ご飯、おいしいね」

「……ふふ。そう、よかったわ」

 

 その笑顔が見たかっただけ。その言葉が欲しかっただけ。心が一杯になった私は、今度はお腹を一杯にするべく、手にした栗ご飯をお箸で取った。

 口へ運ぶ前に、ふわりと柔らかな香りが広がった。普段の白米とは違う、ほんのりと甘やかな香り。どこか秋を感じさせる優しい香り。それに誘われるように、お腹の虫が鳴いた。

 炊き立ての栗ご飯を頬張る。私と金剛が磨いたつやつやのお米をたくさん。そこに、大淀と吹雪とウォースパイトが剥いたごろりと大きな栗一粒。

 新米が、甘い。ほくほくした栗も、甘い。噛めば噛むほど、じんわりと甘さが口の中に広がる。強くなった香りが、鼻から抜けていく。思わず、溜め息を吐いた。

 これは……おいしいわ。きっと止まらなくなる。

 提督と同じように、すぐ二口目を口へ運んでいた。自分で獲ってきた栗で、自分が炊いたご飯、というのもあるのだろうけど。それでもこの秋の味覚は、比べようもないほど、形容しがたいほど、おいしい。

 

「本当に、おいしいわね。癖になりそう」

「おかわりの列ができるのも頷ける」

 

 苦笑いした提督の言う通り、食堂のカウンターには、おかわりをねだる艦娘の列ができている。これを見越して少し多めに炊いたのだけれど……すぐになくなってしまいそうね。

 

「提督はおかわりしないの?」

「したい気持ちはあるけど……お腹の空いてる皆が優先かな。それに、折角パースが作ってくれたんだ。ちゃんと味わって食べたい」

「ええ、ぜひそうして。ふふっ、提督のために、愛情たっぷり込めたんだから」

「ひしひし伝わってくるよ」

 

 答えた提督が、イワシの梅煮を箸でつつく。そっちは、基地の艦娘漁労同好会が、近くの漁師さんたちと獲って来たものだ。ほろほろと口の中で蕩ける身の、濃厚なうま味が、梅干しの酸味で程よく引き締められた逸品だ。こちらもおかわりが欲しくなる、秋の味覚。

 それだけじゃない。今日の夕食は、秋の味覚尽くし。きのこ、野菜、魚、季節を代表する旬のものたち。

 その一つ一つに、箸を伸ばす。摘まんで、口に運び、噛み締めて、味わう。落ちそうな頬を支えて、しばらく幸福感に浸っていた。

 

「……この季節が、待ち遠しかったわ」

「パースが着任した頃は、もう秋も終わりだったからね」

「ええ。おいしいものの話だけ聞かされて、しばらく悔しかったわ」

 

 この国で、最後に残った、私の知らない季節。私の知らない味覚。私の知らない色彩。

 ……でも。この季節が待ち遠しかったのは、それだけじゃないわ。

 

「ねえ、提督」

「どうした、パース?」

 

 一通りおかずを摘まんでから、また栗ご飯を頬張る提督に、私は問いかける。

 

「栗ご飯、もっと食べたい?」

「ああ。やっぱり、列に並ぼうかな」

「ええ、それでもいいけれど。――ねえ、今度は二人で、作りましょう」

 

 私の提案に、提督が二、三と瞬きをする。どこか間の抜けた彼の表情に破顔して、私は言葉を続けた。

 

「材料も作り方も手順も、ちゃんと教えてもらったわ。ね、だから今度、二人で栗ご飯を作りましょう。二人で栗を剥いて、二人でお米を研いで、二人で炊けるのを待つの。お魚も焼いて、後はお浸しと……煮物は、作り置きかしら」

 

 いつになるかわからない夕食の献立が、スラスラと頭の中に浮かんでくる。あなたのことを想うと、不思議と留まることなく、二人の夕食の情景が浮かんでくる。食卓を囲んで、他愛もない話を交わす私たちが浮かんでくる。

 私を見つめるばかりだった提督が、力が抜けたように眦を下げた。柔らかな微笑みは秋の色。風は冷たくなっても、繋いだ手が温かい。だから心が温かい、そんな季節の色。

 

「いいね、それ。やろう。きっと楽しい」

「ええ、そうね。あなたとなら、きっと楽しいわ」

 

 優しさと喜びに満ちた表情に、私もとびきりの笑顔で答える。あなたが私に一目惚れしたという季節に、もう一度――いいえ、何度だって、あなたに私を「好きだ」と言わせるために。今年も私に一目惚れさせるために。

 待ち遠しかった季節は、あなたが私に、一目惚れする季節。

 栗ご飯を頬張る。溢れる秋の甘みを堪能していると、ふと、さっき金剛と口ずさんだ即興の歌が頭を過った。ふふ、そうだ、あの歌も提督と一緒に歌おう。歌詞なんて決まってない。リズムも不鮮明だ。きっと面白おかしい歌になる。

 でも、最後のフレーズは、決まっている。

 

 

 

 愛情込めて、たっぷりと。




栗ご飯食べてるパースさん無限に可愛い。
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