メ ン タ ル ヘ ル ス 秒 読 み ド ク タ ー   作:pilot

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都合のいい
第10話


私は衝撃を受けた。

ドクターが、まさかそこまで追い詰められ、壊れているとは思いもよらなかった。

そして、失望よりも先に憐れみと、申し訳なさと、心のどこかで実は嘘ではないのか、という淡い期待を抱いていた。

 

......あの人が、あの人の姿が、まさか私にとって都合のいい存在であろうとしていた等と、本当だとしてもおぞましすぎる。

 

夢だとか、そういうものならばどれだけよかったのだろうか。

 

ああでも、もう私も正気ではないのかもしれない。

だって別にドクターが()()()()()()()であろうと、もうどうだってよくて、気にもならないように思えてしまう。

 

そうだ、それで済んでいるのならばそのままでも良いのではないか?

 

 


 

ドクターが倒れて、次の日。

朝起きて、食堂で、ここまでは全くもって同じ。

ドクターの介在しない、私の短い時間。

 

ああ、願わくば嘘であってくれ。

会いたくないとは思わない。

 

むしろもっと早く会いたい。

会わなくては、やっていけない。

私の中で、ドクターはそれほどに大きな存在となっていた。

背中を押してくれて、信頼してくれて、そして頼れる存在。

それが「ドクター」だ。

 

ぞろぞろ、ざわざわ。

徐々に食堂へ人が集まる。

誰も彼も、顔は暗い。

美味しい朝食を前にしているというのに、それは何故か。

 

とぼけるのもやめだ、もちろんドクターに関してのことであるに決まってる。

 

かくいう私も、きっと酷く歪んだ顔をしていることだろう。

 

ポツリ、ポツリ、と配給を取りにいく人影。

いつもは我先にと殺到するのに、今日はその面影すらない。

規律正しいならびが産まれる。

 

昨日のケルシーが配布したデータが本物とするのなら、やはり「ドクター」は私たちの心の中に、自我が無いからこそ水のように入り込み、中毒を起こさせるのだろう。

 

知っていても、目を背けたくなる。

 

「隣、いいか?」

 

現実からの声だ。

よく聞きなれた声だが、それはドクターの声ではない。

 

「ああ。」

 

返事する前に、既に彼は座っていた。

シルバーアッシュだ。

 

いつも肩を並べて戦っているのだから、私たちは仲がいい方だと思う。

シルバーアッシュがどう考えているのかはわからないが。

彼は底知れない、人間性の中に、冷えきった知性が垣間見える。

 

「空気が暗いな。」

 

そういいつつ彼はいつも通りの食事を滞りなく続けている。

呑気なものだ、結局彼もドクターがどういう状態なのか知らないとその程度だということだろう。

彼はカランド貿易という企業からの一時的な協力者、乱暴に言えば外部の人間なのだ。

 

だから昨日のデータのことを、彼は知らない。

 

____少しだけ、優越感を感じた。

 

「そのわりには余裕綽々に見えるが。」

 

だから少し、踏み込んでみる。

情報的有利はこちらにあるのだ。

無駄とわかっていても、彼の内心を引きずり出して、見てみたいと柄になく思った。

 

だけどもシルバーアッシュは、やはりその余裕を崩すことがないのか、ニコリと笑うと

 

「私は盟友のことを信頼しているからな。倒れた、だからどうした?彼奴はその程度で終わる人間ではない。」

 

と、いいのけた。

 

知らぬというのに。

 

私よりも、知らぬというのに。

 

カチャカチャと、とてもとても小さな音しか出さず、育ちのよさを感じさせる所作で朝食を食べている

 

「随分と知ったような口をきくんだな。」

 

だから少しくらい、強い語調になる私を許して欲しい。

 

「いいや、現状は知らない。「過去」を知っているだけだ。」

 

するとズイ、と彼は顔を近づけ耳打ちをしてきたではないか。

 

「____今、何かあるんだろう?」

 

底冷えを感じた。

 

ホークアイ、そう言われる彼の戦術眼は、確かにここでも発揮されるのだろう。

 

もうシルバーアッシュはたどり着きかけている。

 

朝のこの短い時間で、ドクターが倒れた事件という大きな「カモフラージュ」となるものもあるというのにも関わらず、彼はその裏に潜む真のロドスの課題、弱味といってもいいそれを。

 

食器の音は止んでいた。

長い時間がたった気もした。その目は私の心の底まで見通しているのかと思える。

これからの会話でボロを出さないという保証もない。

 

この手の謀略とはもう離れたと思ったのだがな......

 

「ドクターが倒れたという大きな出来事があるな。」

 

こういうのは苦手だった。元々。

煙に巻こうとしても、相手が悪い。

大袈裟にシラをきるしか方法を知らない私にとっては、シルバーアッシュは難敵過ぎる。

我ながら拙いものだ。

 

「私が聞いているのはそのような「表面上」のことではない。それの「原因」、火種を見付けたいのだ。

大方口止めでもされたのだろう。

だが考えてもみろ。

口止めをしたそいつは本当にドクターのことを考えていたのか?

_______ロドスのために、助けになるかもしれぬ人間に対して口をつむぐ、その行為はドクターのためになるのか?」

 

息をつかせぬ尋問。

尋ねている?いいやちがう。

確実に「言わせる」という意思を感じる。

 

それは_____

 

「ヒュー。朝からおあついことで。」

 

それは。

その言葉を吐きそうになったところで、思いもよらぬ助け船がやって来た。

 

「ノイルホーンか。そう見えるのか?心外だな。彼女とはそういう関係ではないのだ。少し内密な話を、な。」

 

「それがもう十分怪しいんだよなぁ。そういう関係なのは別に責めねえが、場所を選んだ方がいいぜ?」

 

中々、賢い。

ノイルホーンは地味な奴だという認識を改めなければならないな。

 

「そうだな。だが「そういう」関係性は否定させてもらおう。」

 

シルバーアッシュが引いた。

おくびにも出さないが、きっと残念がっていることだろう。

また食事の音が小さく小さくなっている。

 

「へいへい。」

 

「私からも言わせてもらおうか。」

 

「えー、否定的だなぁ。シルバーアッシュって顔いいじゃん?」

 

軽口は止まらないな。

案外、ノイルホーンは頭が固いわけでもなく、面白いやつなのかもしれないな。

 

ドクターは、未だ来ない。

 

 




シージ、中々危うい精神をしているイメージあります
ないです?

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