メ ン タ ル ヘ ル ス 秒 読 み ド ク タ ー   作:pilot

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第15話

「あれからドクターの異常な精神挙動は減少傾向にある。」

 

そんな話をレッドが小耳に挟んだのは、あの不祥事からしばらく経ってのことだ。

他人には何故レッドがあのような凶行に臨んだのかもわからないし、レッドも、そしてドクターもそれに対して口をつぐんでいた。

 

ケルシーからはもちろんキツく叱られた。

 

それでも「それだけですんだ」というレベルなのだ。

ドクターは何も語らなかったが、レッドは悪くないとうわ言のように繰り返していたらしい。

 

前々から奇異の眼差しで刺し貫かれていた節もあったレッドにしてみれば他人が自らをどう思おうが大したことでもなかったが、けれども仲良くなった筈のオペレーターとすこしばかり接点が少なくなってしまったのはこたえたようだ。

 

ドクターは前と同じく他人と会話することが許されたが、少し前までの饒舌で尚且つ他人の心を見透かし、自分の姿をどうとでもねじ曲げる姿勢は何処かに消えてしまった。

全員がまるで別人のようだと感じただろうが、しかし復帰直後、チェルノボーグから逃げてきた時はそんな感じだったというのを思い出すには時間はかからなかった。

 

あの事件の次の日にアーミヤからドクターの陥っていた状態の詳細が周知されたので、皆それもあってかドクターの変化には直ぐに適応したのだ。

 

すこしばかり不器用で、完璧じゃなくて、頭は切れるけど情を捨てきれない。

そんな人間に戻った。

人は付加価値に目をやることが多い。

ドクター自身、自らの価値をその付加価値に見出だし、それに取り憑かれたのだろう。

生きている限りそれはこの世界だれにだって起きる事象で、そこから気付かぬ内に皆狂う。

 

レッドはそれを眺めて、束の間の安心を得ていた。

 

 

ロドスの宿舎は暖かい。

直近のそういった出来事を思い出しながら、レッドは一人窓の外を眺めていた。

他人のことに必死になったことなど、レッドはつい最近初めて経験したことなのだ。

 

今までは特になにも考えてなかった。

というよりも余地が無かったと言うべきだろう。

そしてこのロドスで、ケルシーによってそのためのリソースを得た。

 

最後のきっかけをドクターが与えたのだ。

 

よくわからないが口寂しかったのでレッドは適当に選んだ飲み物を含みながら、逡巡を続ける。

 

なんとなく選んだものだったが、あたたかいものだったことは覚えていた。

 

オオカミというのは信頼するものと口を舐めあう習性があるらしい。

 

寂しさを感じたときにこのように口に、舌と同じくらい暖かい物を入れたくなるのは彼女がオオカミのような姿をしたループスだからか、あるいは人の形質が気分の落ち込んだときに暖かい飲み物を求めているのか、それとも文化的な物なのかはわからなかったが。

 

「レッド。」

 

彼女を呼ぶ声がした。

ふと考える。

これはオバアサンの声か?

いいや違う、あの声とは明らかに違う。

じゃあこの宿舎に今いる人物の声か?

当てはまらない。

 

ここにいるのは今現在イグゼキュター、アーミヤ、ドーベルマン、自分、そしてlancet。

 

この声にはそういえば聞き覚えがあった、ということにレッドが気づくのは数秒かかった。

 

「......ドクター?」

 

何せしばらくのあいだ全くもって口をきいてなかった、いや会ってすらいなかったドクターが突然現れたのだから。

 

「隣に座らせてもらってもいいか。」

 

急な宣言。

 

......しかし、そういったわりには一向に座ろうともしない。

 

「どうした、ドクター。座らない?」

 

「いや、良いのかなって返事を待ってた。」

 

声が震えている。

結局本来彼は小心者なのだ。

嫌われたくない、失敗したくない。

だからああなるのだ、自分が壊れても壊れた側からそれで理想の自分に作り直す。それができるしできてしまう。

 

「それ、なんか変。隣が空いてるから座ればいいのに。」

 

「スペース的には空いてても精神的には空いてないときもあるんだよ。」

 

「なんとなく言いたいことはわかった。なら、そっちも空いてる。」

 

レッドは下らない同情に似たものかもしれないが、彼を救いたいと思っていた。

自分も彼に救われた、そう感じていたのだろう。

 

「それは良かった。」

 

遠慮がちにレッドの隣へと腰を下ろすドクター。

 

「ドクター。悩む必要は、無い。」

 

「そうか。」

 

「ドクターが教えてくれた。

ドクターも、他人の中に答えを見つけるんじゃ無くて、自分の中に答えを見つけるべき。」

 

ぎこちない励ましで、ドクターのそれとは大きく異なるけれど、それでもレッドは心からそう言った。

 

「ありがとう。」

 

それに対する答えも、またぎこちなくて、そして静かで短かった。

しかし、言葉に浮き出る感情は本物だった。少し、鼻声だ。

あれだけ虚無だった、機械らしい面影は今はない。

 

きっといつかまた、レッドか、ドクター、あるいは誰かがすりきれて壊れるかもしれないけど、きっと皆で、何度でも修理しあえる。

 

そう考えると、ドクターは少し、気が楽になった。

 

レッドもしばらくすればまた皆に溶け込むだろうし、ドクターも自分の弱味をもらす勇気を得ることができた。

ロドスは、暖かい。

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