メ ン タ ル ヘ ル ス 秒 読 み ド ク タ ー 作:pilot
爆発音。
叫び、泣き声。
打撲音。
あれ?私はさっきまで......
わからない。
ショックで頭が働かない。
そこまで逡巡した瞬間、私は突き飛ばされた。
ほんのコンマ数秒前に私が存在していた空間に、太く速い矢が存在を主張し、通りすぎていった。
死にかけたのか?私が?何故今?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
理性を使いきった頭は、肝心なときに回らない。
「ドクター......!無事......?」
レッドだ。
先ほど突き飛ばして命を救ってくれたのは彼女だろう。
徐々にショックから脳が復帰してくる。
そうだ、さっきまで私たちは散歩していたんだ......
だが、今の光景は散歩とはかけ離れてしまっていて、どこもかしこも暴徒が暴れていた。
レユニオン......
レユニオンか......
死体の山だ。
さっきまでは幸せの象徴だった、カップルたちの死体だ。
家族たちの死体だ。
老人と孫の死体だ。
私にはもう、区別はつかないが。
龍門のスラムにいた感染者の内の過激派か?
それとも外部からの侵入者か?
いや、もうどうだっていい。
一つ確かなのは、私はまた失敗したということだ。
これ以上私は失敗するわけにはいかない。
「逃げよう......撤退だ。」
そうだ。逃げよう。逃げるんだ。
レッド。
「今はまだ、逃げたくない。」
何を?
何を言ってるんだ?
「なんで?」
なんで?
「奴等、殺す。」
なんで?どうして?
「どうして!?」
無茶だ。
「初めてだ。初めて、ケルシー、オバアサン、ロドス、ドクター、全部関係なく、殺したいと思った。だから、殺す。許せない。」
強い語調。いつも穏やかで無邪気な彼女らしくない
ハッと気づく。
今まで他オペレーターでは良く見た、しかしながらレッドは今までに見せることのなかった、初めて見る表情を浮かべていることに。
憎しみだ。
義憤だ。
怒りと悲しみを混ぜた酷い目をしている。
醜い顔だ。
醜い精神だ。
でも、人はそれを止められない。
レッドには、もう少しマシな理由で自立して欲しかった。
願わくば、ポジティブな理由で自分の意思を発露させて欲しかった。
だが実際には、殺意と怒りと喪失感に突き動かされた、おぞましき感情を原動力にし凶行に及ぼうとしている。
私にそれを、止めることはできない。
出来るとするなら、彼女の決断を最後まで見届け、責務を一緒に背負ってやることだろう。
「ケルシー、私と、二人でレユニオンを壊滅出来るって、だからドクターとも、ドクターとレッドでも、二人で......」
そんな恐ろしいことを言わないでくれ。
それはケルシーが強いだけだろう?
わからないかな。
私が理解しようとしていないだけであろうか。
ああでも、もうここまで来てしまったのだ。
私がどうであろうと関係ない。
「わかった。適宜私が指示を出す。」
私はもう、選択を肯定するしかない。
レッドが決意の表情を浮かべた気がした。
死体。
死体。
死体。
死体。
どこもかしこも、死体だらけ。
全身重装備の近衛局と、急行してきたロドスの感染者死体処理班が、まぜっこぜにされた数多の死体を運んでいく。
私たち二人は、二人で作り上げた死体の上を歩きながら、辺りを見渡す。
彼ら近衛局と処理班はその死体の直前の生命を知らないし、私は直前に何をしていたかは知っていても、誰がどの死体なのかは知らない。
穴の開くほど見つめていた、幸せそうな家族たちは今は本当に穴だらけになってしまって、もう生きていた頃と判別がつかない。
だが、レッドは違う。
暴徒とその被害者は、私たちの瞳からすればどちらもただの肉塊だが、レッドにはそう見えない。
彼女の認知能力は優れすぎているのだ。
「犬の家族。若い家族。老いた家族......」
だからああなっても判別がつく。
ついてしまう。
「子連れ家族......」
暗い声だ。
「犬、蹴り飛ばした奴。若い女、引き裂いた奴。」
怒った声だ。
「老いた人間、殴り殺した奴。子供を生きたまま、内臓を抜き取った奴。」
先ほどまでただ歩いていただけなのに、今は念入りに肉塊を踏みにじり、何度も踏み抜き、その黒い靴を赤黒く染めている。
「レッド、殺したのに、まだ、まだ殺したりない。
獲物が足りない。どうして?なんで?
教えて、ドクター。」
なんで?
どうして?
そんなものは私にもわからない。
私たちが休みもとらず働いていれば良かったのか?
わからない。
わからないのだ。
きっとこれは誰にだってわかるものではない。
「答えは......君が......」
だから私は逃げた。
逃げるしかなかったのだ。
こうも我々の努力は目の前で簡単に潰えると言うことを、認めたくなかったが故に。
レッドはこの一件で前よりも自立したようだが、それが良いのか、悪いのかはまだわからない。