メ ン タ ル ヘ ル ス 秒 読 み ド ク タ ー   作:pilot

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第6話

消え入りそうな声で、私は泣いていた。

泣いていた?

泣いたはずなのだ。

 

夢かもしれない。

何もない部屋の、天井を見ている。

涙が出た筈なのだ。

確かに目尻には涙が溜まっている。

 

夢だったのか。

いいや違う、あまりの不甲斐なさに泣いていたのだ。

鬱というのは、何かの拍子に止まらない連想を産み、自分でも良くわからないうちに涙があふれでる。

何が悲しいのかもわからず、しかしただひたすらに悲しくて、自分が情けなくて、その目から涙を流すのだ。

 

あぁ、鬱だ。

 

前と今は変わらない、でも変わってしまったのだ。

私が、致命的な後押しをしてしまった。

 

レッドはあれから、特に変わらないように見えた。

むしろ、「オバアサン」だとかいう未知なる存在とも距離を置いて、望ましい方向に進んでいるかのように見えた。

 

我々からも、距離を置くようになった。

命令に忠実だった筈が、より殺意を剥き出しにし、敵に果敢に突撃するようになった。

 

もう彼女の枷は外されたのだ。

その研ぎ澄まされた牙と爪を、怒りのままに振るうようになっていた。

その要因の大部分は、レユニオンにある。

 

だが、最後の一押しをしてのは、他ならぬ私だ。

 

その目はかつての純真さが薄れ、いささか濁ったようにも見える。

子供っぽさはそのままに、邪悪になってしまったようにも思える。

無邪気な子供など存在しない。

ただ知らないだけなのだ。

知ってしまえば、大人すら凌駕する残酷さを垣間みせる。

彼女は、それだ。

 

今の今まで実感なく戦い、命の価値を理解してなかったがための、その純真さだった。

 

私が、見せたのが良くなかった。

彼女に暖かみを一度与え、そしてすぐ奪い去ったのだ。

もとよりないものに、人は執着しない。

今よりも失えば、やっと人は気づく。

レッドにはなにもなかった。

なにもなかったからこそ、恐れるものはなかった。

 

ところが私は、それを与えてしまった。

与えた上で、一番残酷な方法で奪い去った。

彼女の家族への憧れ、ロドスの皆の努力の結晶、平和な龍門をその目に焼き付かせ、その上でそれを思いっきり踏みにじった。

 

上向きの心は、そのまま符号を変え、負の向きへと進んでいったのだ。

ゼロにはいくら負の数をかけようがゼロだが、プラスへ負をかければ、マイナスとなる。

それがいくらささやかで、つつましやかで、欠片のようでしかなかったとしても、もう既に一歩を踏み出したのだから直ぐに転げ落ちていく。

 

ケルシーには、悪いことをした。

事実どれだけ私は怒鳴られたか。

仕方のないことだ、私が悪いのだ。

 

ああそうだとも、余計なことをした。

アーミヤすら満足に慰めてやれぬこの私が、他の人間をどうこうするのが間違いだったのだ。

 

ああ、願わくば自分の意思で、幸せになって欲しかった。

不幸になど、自分の判断でもなってほしくはなかった。

 

あれから数週間後、今日も私は悔やみ続ける。

 

 

毎日毎日付き合わせる顔。

だが今日は、すこし違った。

 

今日の顔は、酷くなかった。

 

私の前では、柔和な前と変わらぬ顔を見せてくれているのか?

無理はしてないのか?

あんなに残酷な物を見たのにか?

 

ほんのすこし前まで、あんなにも憎悪に駈られていたのにか?

 

わからない。

 

なんで?

 

「ドクター、今日も疲れてる?」

 

疲れているか?

きっと疲れているのだろう。

だからどうした?

疲れたら休ませてくれるのか?

それは誰が保証するんだ?

私か?アーミヤか?ケルシーか?

いくら我々が知性と技術と武力に秀でたとして、世界の絶対的な明日を保証することなど到底不可能で、畏れ多いことだ。

 

明日宇宙からなにかがやってくるかもしれない。

海の底からなにかがやってくるかもしれない。

我々の心からなにかがやってくるかもしれない。

 

結論として、私は疲れている。

世界が疲れている。

明日へ、この世界は生まれた頃から歩んできた。

希望と絶望と欲望と倫理に苛まれ、それでも全員の共通目的として明日があった。

 

もうそれすら揺らいできている。

源石のもたらした異常な進化は、まるで我々という種族の寿命すら近くにもってきてしまったのかもしれない。

 

「ドクター......レッド、話がある。」

 

話、だと?

 

「そんな浮かない顔はやめろ。レッドも、もちろん私たちもそんなおまえは見たくもない。」

 

聞きなれた声だ。

シルバーアッシュ......

どうしてレッド以外のオペレーターもここに?

 

「ドクター。」

 

アーミヤまで?

なんで?

どうして?

 

「ドクターやケルシー先生が、レッドさんとのことで悩んでいるのはオペレーターの間では有名な話ですよ?」

 

不甲斐ない話だ。

レッド関係の話は、色々と検閲が入ってるんじゃなかったのか。

 

「......は、はは、バレてたのか。私達は隠し通していたつもりなんだがな。アーミヤ、君も秘匿する側なんじゃないのか?」

 

「そんなことは関係ありません。

レッドさんやドクターの状態をみて、それで放っておくような職場なら、ロドスのオペレーターは今頃殆どが死体に変わっていますよ。」

 

強い目をしている。

 

「レッドさんともよく話しました。答えのでない問いというものもあります。だからこそ、逃げないで。いつもの戦闘指揮みたいに、自信を持って。

それでも出した答えをレッドさんに言ってあげてください。」

 

「おまえはこの程度のことすら処理できぬ人間ではあるまい。期待を裏切るなといっただろう?」

 

「いろんな話、いろんな人から聞いた。レッド、まだまだ、経験が足りない。だから、今度こそ教えて。ドクター?」

 

そろそろ私も、頑張らなければいけないのだろう。

 

「君の、好きにすればいい。他人のための復讐でもなく、ただひたすら、君が幸せになる方法を選ぶんだ。」

 

これは私も、今この瞬間までわからなかった。

アーミヤ、シルバーアッシュ、ここにはいないが、レッドに話を聞かせてくれたオペレーターはまだまだいるのだろう。

 

彼らこそが、それぞれ先生なのだ。

 

「そう......か。皆にも言われた。復讐するのはレユニオンと同じ、なにも生まない。なにも救えない。

幸い、レッドは、まだ、そう考えれた。皆が、いるから。」

 

それから私は、レッドが皆から聞かされた話を聞かせてもらったり、ケルシーに秘密保護の条文はどうなったんだと詰められた。

皆でうどんが食べたいなどと私に群がられたときの、レッドの顔といったら。

 

レッドも食べたかったんだな。

不器用な私のものでよければ、いくらでも作るさ。

 

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