第15話 妖精の世界へ
SAOがクリアされてから二ヶ月が経過した。
二ヶ月もリハビリを行えば、完全に元通りとまではいかないが、SAOが始まる前と同じぐらいには筋肉が戻り、前と変わらない日常を送っている。
目覚めてすぐ、私はログアウト寸前にヒースクリフこと茅場晶彦にもらった彼の隠れ家の住所と引き換えに、総務省のSAO事件対策本部の役員「菊岡」という男から他のSAO
まず最初に会ったのは、カフェバーの店主を務めているエギル。その次に《風林火山》のクライン。
そして最後にキリト、アスナと出会った。もっとも、アスナに関しては目を覚ましていないが……。
アスナだけではない、彼女を含めた約300人のプレイヤーが目覚めていないらしい。
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「もう、二ヶ月か……」
私はというと、実家の縁側で空を見上げながら、ボーッと物思いにふけていた。
「にゃ〜」
そうしてると、一匹の白猫が擦り寄ってきた。
「貴様、また来たのか……」
この猫はお隣さんの飼い猫だ。SAO事件の前からよくウチの庭に入ってきては、いつの間にか私の隣に丸くなっている事が多々あり、気付けば自然と仲良くなっていた。
SAOから帰還した直後は来なかったたが、リハビリ兼大学のオープンキャンパスに行ってきた後、偶然にも再会してからは、また前のように来るようになった。
「あら、その子また来ちゃったの?」
先刻、私が発した言葉と同じ事を口にしながら、母がやってくる。
「この子ねぇ、貴方がSAOに囚われた後も毎日来てたのよ。きっと貴方のことが大好きなのね」
「そうかもしれないな……」
私はそう言いながら手元にいる猫を撫でた。すると猫は「ゴロゴロ」と気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「もういっそのことウチの猫にしたら?」
「それはお隣さんにも迷惑だろう」
私がそう言うと、母は「それもそうね」と言いながら笑った。SAO帰還直後に駆け付けた母は、目いっぱいに涙を溜めて泣いていた。あの時のに比べれば、今の笑っている顔の方が母には数倍似合っている。
「そういえば貴方、もうVRゲームはしないの?」
「………」
「別に止める気も無いわ。貴方がしたいならそれも良し、貴方の人生なんだから自分でよく考えなさい」
母はそう言い残し、リビングの方へと姿を消した。
それと同時に私の携帯にメールが届く。
「エギル?……なっ⁉︎」
私は送られてきた写真を見て驚愕し、勢いよく立ち上がった。猫は驚いて逃げてしまったが、今はそんな事を考えてる場合ではない。必要最低限の荷物を持ち、母に少し出かけると言って、父に貰ったバイクに飛び乗りエンジンを掛けると、エギルの店へと急行した。
▼
『
東京の中心から少し離れたところにある小さな路地にその店はあった。
店主曰く、朝はカフェ、夜はバーとしてかなり繁盛しているらしい。
「よお、お前も早かったな」
扉を開けて店内に入ると、既にキリトが来ていた。
「彼も来たんだ。エギル、話を聞かせてくれ」
「ちょっと長い話になるんだが……これ、知ってるか?」
エギルはカウンターの下からゲームのパッケージを取り出して、私たちに見せた。
「ゲーム?」
「“アルヴヘイム・オンライン”だな。ナーヴ・ギアの後継機“アミュスフィア”対応のVRMMOだったか?」
「良く知ってるな」
「たまたまテレビのCMで見てな。アルヴヘイム・オンライン…通称“ALO”。確か北欧神話を元に、妖精の国を舞台にしたゲームの筈だ」
「妖精の国か……まったり系か?」
「いや、そうでもなさそうだぜ」
エギルは私とキリトの前にコーヒーを出す。
「どスキル制、プレイヤースキル重視、PK推奨」
「どスキル制?」
「所謂レベルは存在しないらしい。各種スキルが反復仕様で上昇するだけで戦闘はプレイヤーの運動能力に依存する」
「そりゃハードだ」
「ソードスキル無し、魔法有りのSAOってとこだな。コイツが今、大人気なんだと。理由は……飛べるからだそうだ」
「飛べる?」
「そのままの意味だ。妖精だから翅が存在する。フライトエンジンという物を搭載していて、慣れると自由に飛び回れるらしい。私もネットでその情報を知った時は少々驚いた」
「人間には存在しない翅を使うゲームか……どう制御してるんだろう。背中の筋肉を使うのかな……」
キリトのゲーマーとしての血が騒いだのか、彼は翅の動かし方についての考察を始める。
その姿に呆れたエギルが咳払いをすると、キリトは自分の世界から戻ってきた。
「それでエギル、このゲームと
私は遠回しに本題に入るよう催促する。
するとエギルはポケットから数枚の写真を取り出した。少しぼやけているが、写真には栗色の髪の毛をした一人の女性が写っていた。
「どう思う?」
「似ているアスナに……」
「やっぱりそう思うか」
「早く教えてくれ!これは何処なんだ⁉︎」
痺れを切らしたキリトがエギルに問いただす。
「ゲームの中だよ。アルヴヘイム・オンラインのだ」
エギルはパッケージを裏返す。裏にはゲーム内の簡単な地形情報が描かれており、エギルはその中央にある木の絵を指差した。
「『世界樹』っと言うそうだ。この木の上の方に伝説の城があってな。プレイヤーは九つの種族に分かれ、どの種族が最初に城に辿り着けるかを競ってるんだと」
「飛んでいけばいいじゃないか」
キリトがもっともな事を言うが、それは不可能だ。ALOには滞空時間があり、無限に飛び続ける事は出来ないからだ。
エギルが言うには、この写真を撮った五人のプレイヤーは滞空時間を考慮し、体格順に肩車してロケット式に飛んでみたという。
だが、それでも世界樹の一番下の枝にすら届かなかったらしく、何枚か写真を撮り、そこに写っていた鳥籠を解像度ギリギリまで引き伸ばしたのがアスナの写真に繋がるのだ。
「でも、何でアスナがこんな所に……」
キリトはパッケージを手に取る。そして『
「エギル、このソフト貰って行っていいか?」
「構わんが、行く気なのか?」
「この目で確かめてみる。死んでもいいゲームなんてぬる過ぎるぜ」
キリトは目の前に置かれていたコーヒーを一気に飲み干す。
「ならば私も行こう」
「良いのか?」
「ああ、それにそろそろ刺激が欲しかった所だ」
私もキリトの様にコーヒーを飲み干す。
「まずハードを買わなきゃな」
「ナーヴ・ギアで動くぞ。アミュスフィアはナーヴ・ギアのセキュリティ強化版でしかないからな。それとペルソナ、お前もこれ持っていけ」
エギルはソフトをもうひとつ投げ渡してきた。
「これは前金だ。必ず救いだせよアスナを。そうしなきゃ、俺たちの戦いは終わらねえ」
「ああ。いつかここでオフをやろう」
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「ただいま。……ねえ母さん」
「なあに?」
「母さんには悪いけど、やっぱりまたVRやるよ。やらなきゃいけない理由が出来たんだ」
「そう、貴方がそう決めたのならそうしなさい。そのやらないといけない事を終わらせたら、その後は思う存分楽しんだら良いわ」
「ああ」
「あ、それでも受験勉強は怠らない事」
「わかってる」
私は部屋に入ると準備を整える。
–––まさか、またこれを被ることになるとはな。というか、ちゃんと動くのか?明日にでもアミュスフィアを買いに行った方が良いかもな。
そんな事を思いながらナーヴ・ギアを被り、ベッドの上に横になる。あとはあの言葉を言うだけだ。
「……リンクスタート!」
彼が行くのは新たな仮想世界
そこにはどんな困難が待ち構えているのか?